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暁降ちを望む  作者: コウ
三つ首の
157/333

 真田 優介は準備をしていた。鼻歌混じりに軽い屈伸運動。魔力で動かす体と言えど準備運動くらいはしなければ痛めるものは痛めるのだ。体育の授業で行なう体操など真面目にした事がない真田は、今になって必要な行為なのだと気付かされる。意外に効果があるものだ。


「そう言えば、今日は何かテンション高けぇんだな」

「はい?」


 三人が立っているのは丁度「田」という字のような十字の道の中央。太い道だ、それが交差しているので戦うスペースは充分に存在している。マリアが介入する機会を窺いながら位置を悟らせないよう周囲を回る事も出来る。身を潜める場所もあり、場所としては理想的と言っても良いのではないだろうか。

そんな場所に背中合わせのような形で立ち、四方の様子を確かめながら横目で真田の方をチラリと見た宮村がふと思ったらしく何気なく問う。今日の真田はよく喋る。作戦の説明をしていた事もあるのだが、喋り始めると少し長くなる。それが傍からは妙にテンションが上がっているように見えてもおかしくはない。事実、そう思っていたのは宮村だけではないようだった。


「あ、俺も思ってました。何だかちょっとよく喋ってましたよね、真田先輩」

「ああ、うん……そうでしたか?」

「そうだよ。お前も成長したもんだなぁ」


 まるで保護者の如きしみじみとした口調。何様なのだろうかと思わなくもないが、それは置いておく。


「と言うかテンパってました。テンパり過ぎて頭の中ゴチャゴチャで、喋らないとパンクしそうだったんです。何か考え事をする事は多い人間だと思ってましたけど、こんなに一気に色んな事を考えたのって今まで無かったかもしれないなぁ。しっかしこんな事ってあるんですねぇ、今まで話す相手も居なかったですから初めて知りましたよ」

「ははは、まだテンパってますね。喋り出したら止まらないじゃないですか」

「いやもうホント、冷静にならないと不味いんだけどね。でも、少しくらいは余裕ぶって見えたかもしれないし、そう考えると良かったかも」


 真田が余裕を見せつけたい相手は一人だけ。そしてその相手は真田の事をよく知らない。真田がどれだけ饒舌だったとしてもそこまでの違和感を感じる事は無い、自分の知らない所ではこのような人間なのだと思うだけだ。つまり、純粋に余裕があるように見えているはず。真田がこれほど緊張して動揺しているのも無駄ではない。


「まあテンパってでもテンション上がるなら良いんじゃねぇか? まともなノリじゃやってらんねぇほど大変かもしれないしな」

「クレイジーにならないと付いて行けないようなのも嫌だなぁ……」


 思わず苦笑する真田。出来る限り冷静に考えながら戦いを運びたい真田としてはあまり歓迎したい状況ではない。考えて考えた先に勝利はあるのだ。感覚であるとか、とにかく頑張るなどと言った精神論的な要素は排除したい。もっとも、最終的には各々の努力というものが必要なのであるが。


 そんな事を考えていた真田のポケットの中で携帯電話が一度、ブルリとその身を震わせる。事前に店長と打ち合わせをしていた合図だ。指定した時間の一分前になったら真田にワンコールだけ電話を掛ける。周囲の警戒をしつつ同時に時間も把握する、そのために決めておいた方法であった。


「――五十九分です、準備を」

「はいっ」

「よっしゃあ」


 三人の表情が一気に締まる。指定したのは二十三時、今はその一分前。いつ敵が襲って来ても不思議ではないような状況なのだ。揃って無言、先程まで適当な会話が繰り広げられているとは思えない。


 十秒、二十秒。何も起こらない。魔力の高まりも人の気配も感じられない。

 三十秒、四十秒。何も起こらない。特別に治安の良い場所ではないが、平穏な夜。

 そして五十秒、六十秒――


「……来ねぇな」

「時計見ながら時間通りに来てくれる相手ならもう少し楽に戦えるんでしょうね」


 一分、そして二分と過ぎてもやはり何も起ころうとはしなかった。しかし、これくらいは予想通り。普段の生活でも常に完璧に時間通りとはいかないものだ。それも相手は敵であり行動の読めない人物。時間を守るのか、敢えて遅れて焦らすのか、はたまた来ないのか。どうなるのか分かったものではない。


 三十分は可能な限り集中を乱さないよう、そう決めていた。そうしている間にどれだけの時間が経過したのだろうか。それほど長くはなかったように感じる。せいぜい十分ほどか。《その時》はあまりに突然に訪れる。


「――シッ!」


 宮村の右腕が唸る。その瞬間に魔力が膨れ上がった。それは《誰か》を見付けて攻撃を繰り出した宮村の魔力。そして、それを防ごうとする《誰か》の魔力。


 真田と日下、二人が宮村の方を向くと、凄まじいスピードで走って来る人影が見えた。それはもちろん《キャンセラー》、《最強の魔法使い》その人である。

 何らかの攻撃が行なわれたと判断したらしく、男は両腕でガードを固めている。恐らくその腕には魔力を無効化する魔法を纏っているのだろう。宮村の攻撃が男の腕に直撃する、その直前で消滅。見えない風弾が消滅した所で視覚的に分かりはしないが、離れた場所を移動しているように感じられた宮村の魔力が消え、男の魔力が少し強くなった事からそれは明らかだった。


「おお、そういやあの時やられたのはこんなんだったなぁ。お前の方の顔も見れて嬉しいぜぇ?」


 立ち止まった男はニヤリと笑う。先日の観察の際、攻撃をしたのは宮村だったが、その姿は真田が炎で見えなくした。つまりは顔を合わせるのはこれが初めてという事になる。

 そして男は視線を日下、そして真田へと動かして目を細めた。その表情は「楽しみにしていた」と言っているようにも感じられる。それだけ気合が入っているとするならば、警戒をより厳にする必要がある。自信のあるような発言はしたが、やはり自分達は挑戦者であり、どこまで喰らい付けるかどうかの勝負だ。


「作戦開始、ですっ」


 真田の言葉が終わるのとほぼ同時、本当に心から感謝したいほどの素早い反応で二人が動いた。当初の打ち合わせ通り、敵を三人で囲む形。常に誰かを敵の死角に置きながら相手の足を止める。三位一体、協力体制。言うなれば三つ首の地獄の番犬。


「おっとぉ、なるほど囲まれたか」


 敵は真田の方を向いている。この段階で宮村と日下、少なくともどちらか一人は一切見えていないはずである。しかし、その態度は変わらない。ニヤニヤと笑ってこちらを見ている。現状を少しも危機とは思っていない事が真田にも手に取るように分かる。


(僕がチームを組んで待っている事くらい分かってるはず、つまり相手の予想の範疇を出てない。いや、どこまで情報が知れてるのか分からない以上は全部知られてると思うべきだ。ならとにかく速攻、せめて主導権だけでも握る!)

「っしゃオラァ! 行くぜ!」


 そんな思考が通じた訳ではないだろうが、早速とばかりに宮村が思い切って右腕を振るう。体勢を崩されていない今、最も威力の高い二重思考を用いた渾身の右ストレート。


「なるほどなるほど、そういう能力なワケだ!」


 しかし、どれだけ威力が高くても当たらなければそれに意味は無い。そして敵は遠距離攻撃に当たらない事にかけては天才的だ。思惑通りではあるがとても賑やかに仕掛けた宮村に敵も反応する。風弾、特にストレートの着弾点を読む事は割に簡単だ。初見だとしてもある程度の推測が立つ。拳から放出される高威力の風弾。それは強力ではあるが極めてシンプル。顔面を両腕でガードすると、そこに風弾が命中して(正確にはその直前で)消滅する。見るのは二度目、喰らうのは三度目。それだけ経験を積めば能力をほぼ正確に理解する事は可能。ダメージどころか微かに力を増して、敵は笑っている。


(チッ、もう見切られたか……俺が決めてやりたいのは本気だが、それにゃあ決めれる所まで追い込まねぇと駄目だ。それまでは自分の役割に徹するべきか。力を入れ過ぎると狙われる、しかもそれだと警戒されて俺が決めるのも難しくなっちまう。でも弱過ぎると無視されて役割が……ああクソ! 俺の仕事難しいぞ! 取り敢えず速く! 強くだ!)


 頑張り過ぎても頑張りなさ過ぎても駄目。絶妙な加減が必要になる役割。しかし、難しくとも宮村の戦闘勘ならば出来ると考えている。そう、宮村の持ち味は感覚だ。いざという時には理屈よりも自らの勘に思い切って身を任せる事が出来る。

 そしてこの男は見事に細かく考える事を一旦放棄してくれた。一気呵成に攻めるための奥の手とも言えるスイッチを早くも解禁。右左のストレートには劣り、左のジャブよりも強い。まさに頑張りながらも力を抜くといった塩梅の右ジャブの連打を浴びせる。


 その攻撃を男は片手で次々と消滅させていく。その光景、まるでデモンストレーションが如し。余裕で対応はできるが、集中はしなければならない。宮村は確かに囮の役割を果たしていた。


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