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暁降ちを望む  作者: コウ
束の間の
152/333

「まずは敵の能力についてハッキリとさせておきたいわね」


 邪魔にならないようにと隅の方へと戻っていった雪野を除く八人を前にして篁が切り出す。敵の能力、それは知っておきたい最も重要な情報だ。どれだけ話しても足りないと言っても良いだろう。しかし本件に関しては既にハッキリしているだろうと宮村が挙手をする。


「ハッキリも何も、魔力の無効化だろ?」

「そうね。ちょっとした情報としてはそれで充分だけど、戦うつもりなら他の情報も必要よ。今から話し合いたいのは一昨日の話の続きね。具体的に能力の制限はどんなのか、本当に無効化するだけなのか、そもそも別の能力である可能性……できるだけ詳しく、細かくよ」

「言い出したらキリが無くなりそうですね……」


 そう、ハッキリしているようでそうではない。相手が親切に教えてくれた訳ではないのだ、事実の誤認である可能性だってある。同じ魔法を使う人物が複数居るのかどうかは分からないが、一つの能力につき一人しか存在しないのならば真田は魔法を消滅させた魔法使いを二人も知っている事になるのだ。どちらかは魔法を無効化している訳ではないという事になる。

 根本的に魔法の無効化であるか否か、まずはそこから明らかにしなければならない。


「直接戦った真田は何かあるか? 能力の正体に繋がりそうな事」

「う、んん……繋がりそうな事、ですか……」

「誰も直接はやり合ってねぇんだ、お前が頼みだからな」


 相手と対峙したのは真田だけ、それも二度。ならば誰よりも、それこそ今までキャンセラーに倒されてきた魔法使いよりも何かが分かっているかもしれない。そう思うのは当然の事だ。だが、真田本人からしてみればそう簡単ではない。初めて会った時はすぐさま逃げ出した、二度目の時はほとんど動揺していたり苦しんでいただけ。魔法を体感したとしても何か語る事ができるほどの情報は得られなかった。推察する事は不可能ではないが、できれば確証を得て話したい真田にはそれを軽々に口に出す事が難しい。


「んんっ……まあ、多分能力は無効化で間違いないと思うんですけど……」

「根拠は?」

「…………」


 気が急いているのか、篁の鋭い問いに押し黙ってしまう。真田も焦っていない訳ではない、一番危機が迫っているのは自分自身なのだから。だからこそどうにも頭が回らない。普段ならばもっと冷静に一つ一つ考える事ができるはずである。

 無効化である事は合っていると思うのだ。ただ、どうしてその発想に至ったのかが口から出てこない。真田が喋る事を苦手としているのはもう誰もが知っている、なのでそれを無理に話させようとはしない。どうしたものかと、沈黙が訪れる。


 そんな時、彼らの背後からまったく異なる、十一番目の声が唐突に聞こえた。


「――正体に繋がらなくても、何でも良いから少しだけ思った事はありませんか?」

「え? ……うわぁ!」


 背後を向いて本当に驚いた。座っている椅子から転げ落ちそうになるほどだ。同じ方向を向いた半分以上がキョトンと目を丸くする。見覚えが無い人物だった。しかし、真田を含むほんの数人だけはその人物を知っている。その人物にマリアが呑気に呼び掛けた。


「あー、荒木のおじさんだ」

「す、すみません! お気付きできなくて!」

「いえ……緊急な状況である事は見て分かっていたのに百八十秒も自分から声を掛けなかった僕が良くありませんでした」

「そんなそんな……!」


 荒木と呼ばれた、以前一度だけこの店であった男だ。営業と言っていただろうか、この時間に昼食でも食べに来たのだろう。こちらに気を取られ過ぎて入店していた事に誰も気が付いていなかった。店長が焦りながら接客をしようとするのだが、荒木はそれを手で制する。話の内容は聞かれていたようで、加わろうとしているのかもしれない。

 そこで、宮村が隣に居た真田を肘で軽く突いた。驚きはしたがキョトンとしている様子がない事に気付いていたのか、どうやら彼の事を知っているらしいと踏んで問うてくる。


「――なあ、アレ誰?」

「営業魔法使いの荒木さんです」

「ごめんなさい、ちょっと意味が分からないです」


 色々と纏めて短い言葉で表した真田の素晴らしい答えだったのだが、どうやら日下には通じなかったようである。恐らく真田もそちらの立場だったら同じ事を言っていただろう。ただ理解してほしいのは、真田も彼について情報は持っていないのだ。持っている情報全てを結集させたのが営業魔法使いである。ここに全部集約されている。


「この店のお客さんで魔法使い。一応味方よ」

「荒木です。急にお話に加わって申し訳ありません」


 あまり補足にもなっていない篁の言葉に続いて荒木が一礼する。その声に力は無い。相変わらず生気に欠ける人物だ。そんなダウナーぶりに誰もが会釈を返す事しかできない。周囲を巻き込んでテンションを下げているようだ。道理で元からテンションの低い真田は普通に相手ができるはずである。

 そこに口を挟んだのは梶谷だった。確かにここで割り込めるのは彼だけだろう。客という事で対等、かつ年上で、社員ではないだろうが地位も上の存在だ。状況に呑み込まれた面々と、話を引き戻すような力や気力を持たない真田と荒木。唯一、彼だけはこの場を何とかする事ができる。しかし、眼を鋭くして放たれた言葉は少しだけ空気を冷えさせる。


「荒木君。気にしないでくれ、使える頭が多いのは良い事だ。ただ一つ聞いておきたいんだが、君の能力は何なんだい? こちらも余裕が無い、使えるものは使いたい」

「……いえ、僕が味方なのは一応ですので。皆さんの戦いに加わるつもりもありません。梶谷さんですね? すみませんが、そういう事で」

「ぼう、つまり口出しをするだけして後は好きにしろという事かい?」

「そうですね。結論を言わせていただくと」


 スーツを着た大人二人が睨み合っている。表面上は冷静な会話なのだが、だからこそむしろズンと肩に重くのしかかるような嫌な雰囲気。魔力でも発しているのだろうか、この二人。


「おおう……雰囲気わりぃなぁ」

「悪いって言うか、何か圧が凄いですね」


 もうこうなってしまえば二人の世界。協力はするが味方のままとは限らない荒木、協力するなら今だけでも腹を割って味方になるべきとする梶谷。どちらも別に間違ってはいない。だからこそ、二人に任せて他の面々はお茶でもしているしかなかった。この人数の多さだけあって店長と吉井がフル稼働で給仕をしている。

 とりあえず二人の話が纏まるまで見守っているしかないだろうと思っていた矢先、その話は唐突に終わりを迎えた。睨み合いが終わったと言った方が正しいだろうか。やれやれとばかりに両手を肩の高さに上げる梶谷。こちらが折れた形となる。


「…………いや、すまなかったね。どのような物でも自分の考えを持っているのは良い事だ。ありがとう、知恵だけでも貸してくれるかい?」

「ええ、もちろん。僕如きで良ければいくらでも」


「丸く収まったらしいですよ」

「収まったの?」


 二人を知っている篁は懐疑的だったが。



「じゃあ、仕切り直すんですけど……多分、無効化で間違いないです。腕を掴まれたんですけど、その時に魔法が使えなくなって。確かそんな感じの書き込みが掲示板にあったと思うんですけど、嘘じゃなかったです」


 既に放たれた魔法を消すという事は他の能力でもできる。真田もそのような戦い方をした事があるのだから、それは間違いない。だが、今回は間違いなく体内を流れているイメージの魔力までもが根こそぎ消えてしまっていた。それが可能なのは魔力無効化の能力となるのだろう。掲示板に書かれていた内容は悪乗りして書いたものではなく事実だったという事だ。

 他に何か可能性があるとするならば、能力を二つ(あるいはそれ以上)持っている可能性だろう。


「普通に魔法の無効化ね……たとえばだけど、他に何か魔法が使えるとかそういう事はなかった?」

「隠されたりしたら分からないですけど、多分無いと思います。ずっと殴るだけでしたから。――あ、でも……」

「でも?」

「いえ、ちょっとアレなんですけど……」


 真田は曖昧に言葉を濁す。脳裏にはある光景が思い浮かんでいる。それがどうしても引っ掛かるのだが、結局それが何なのかが言葉にならないのだ。とにかく考えを巡らせる事ばかりは苦手ではない真田だが、やはりこういう時には裏目に出てしまう。

 しかし、そんな真田の背中を押したのは荒木の声だった。力は無いが、ある意味では落ち着いた声と表現できなくもない低い声だ。


「正体に繋がらなくても構いません、言ってみてください」

「……はい。何と言うか、パワーが凄いんですよ。殴って漫画みたいに吹っ飛ばされましたから。腕輪があるからってアレは地の力が相当じゃないとできないですね」


 浮かんだのは真田が壁まで殴り飛ばされた光景。掴む手に意識が向いていなかったのだろうと推測はしたが、それでも手を離れ、壁まで飛ぶほどの力だ。想像もつかない、まさに冗談のような力。真田も特別に体が重い訳ではないが、距離にしておよそ三メートル。よろめいた訳でもなく空中を飛んで壁にぶつかったのだ。怪力と呼ばれるような人物が腕輪を着けなければそうはいかないだろう。


 だが、これを思い付いた所で正体には繋がらない。実はとんでもない怪力の持ち主かもしれないし、二つ目の能力の効果なのかもしれない。まったく分からないが、けれどもどこか引っ掛かる。


「パワー系って事はシンプルに殴り合いにでもなったらヤバいか。捕まれると危ないって事もあるし、遠くから攻めるのがメインだな」

「でもあの男、そんなパワーファイターにも見えなかったけど。多分この中で一番力がある暁クンでも吹っ飛ばすのは無理なんじゃない?」

「まあ、漫画みたいにピューンってのは無理かもな」

「じゃあ何ですか、そこに別の魔法の力が働いてるって事ですか?」


 宮村、篁、日下が戦い方について話し合っている。そのきっかけとなったのは真田の発言なのだが、当の真田本人はずっと考え耽っていた。この引っ掛かりに何かヒントがあるはずだと信じて。これはきっと天啓だ。何かそこに意味を見出したい。


(別の魔法……いや、魔法は一人に一つだ。手紙にそう書いてあったはず。魔法は意志の力って言うけど、別に魔法を使おうと思って魔法を使ってるんじゃない。戦おうとする強い気持ち……もっと言えば、願いを叶えようとする気持ちを何かしらの魔法に変えてるんだ。自分で魔法を使おうとしてるワケじゃないから魔法は使い分けられない、自分に一番向いてる一種類にしか変換できない)


 現実的に考えて、あの男が凄まじい怪力だとは思えない。ならば魔法を無効化して、かつ、腕輪の力以上に腕力を強くする魔法を考えなければならない。


 消す、強くする。減らす、増やす。


 考えて、考え続けて。真田の中で重い扉がゆっくりと開けたような気がした。思考に光が差すのを感じる。

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