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暁降ちを望む  作者: コウ
放課後の
146/333

 真田 優介は消耗していた。


 学校というのは疲れるものである。何よりも精神的に疲れる。学校は勉強をする場所というのではない、勉強それ自体はいつ、どこでもできる事だ。ならば学校という場所は共同生活を送るために存在しているのだろう。生きていく上で多くの人間が他の人間と共に行動しなければならなくなる。そのための練習の場だ。その共同生活の中で何かを学ぶ場所。


 我々は人間という同じ種の生物である。しかし、その人間という言葉の下にはもっともっともっともっと細かく種類というものが存在する。同じ種でも同じ生物ではないのだ。


 つまり何が言いたいのか。この学校生活と言うのは合う人間と合わない人間が存在しているという事である。誰かと共に生きる事を苦に思わない、何だったら楽しむ事ができる人間が居る一方、その真逆な人間も居る。誰もが同じように楽しく過ごす事などできないのだ。

 学校という場所は、言うなれば動物園の動物達を一つの巨大な檻にぶち込んでいるようなもの。その中には何も恐れる事のないであろうライオンやら象やらも入っているが、同時に完全に被食者であるネズミだっている。そのネズミ共は常にビクビクと恐れながら過ごしている訳で、日々ストレスを溜め続けながら何とか爆発しないよう抑えつつギリギリで生きているのだ。ちなみにこのネズミには大きな生物に向かって襲い掛かるような度胸など無い。腑抜けの歯抜けである。


 そんな人間界のネズミ代表、真田 優介はもちろん学校が苦手だ。登校するという行為は酷く体力・気力を消費する。真田自身も慣れてきているので少し忘れがちだが、片方の聴力が極端に低下してしまうほど精神的に消耗している。それでも普段は惰性で何とか続けられているのだが、こうして夏休みという存在を一度挟み込みつつ改めて学校に行けなどと言われようものなら消費は二倍三倍。何でも動かし始めが一番エネルギーを使うのだ。



 最強の魔法使いなどと呼ばれる男の戦いを観察した日から丸一日挟んだ今日。彼は何とか登校していた。もちろん簡単にではない。昨夜から目覚ましのアラームを意図的にセットし忘れてしまおうかと思ったり、鳴り響くアラームに気付かなかった事にしようと思ったり、朝起きてみたらもの凄く頭が痛いような気がしてみたり、色々な障害物を乗り越えて頑張って登校したのだ。登校しなければうるさい若干二名が居るだろうと思って。


 しかし、学校というのはそれだけがハードルではない。これはいつからだっただろう梶谷と戦った後あたりからだろうか。学校中を魔力が覆い尽くしているのだ。その中心がグラウンド。つまり、この学校のグラウンドが丁度良いバトルスポットになっているのである。距離を取って戦えるだけのスペースがあり、一般人に見られる危険性が低く、場所が分かりやすい。素晴らしい場所ではないか。


 だが、それによって割を食うのはこの学校に通っている魔法使いだろう。グラウンドを中心に魔力は校舎にまで及んでおり、こうして教室の席に座っているだけでも嫌な魔力が粘っこく体に纏わりつくようでより一層消耗を煽る。様々な感触の魔力が混在するカオスな空間であるこの学校の敷地内において、もはや彼には他者の魔力すら判別できない状況となっていた。宮村が同じ教室内に居ればそれは何とか分かるのだが、もしこの学校内に他の魔法使いが存在していたとしても、以前宮村の存在に気付いた時のようにはいかないだろう。冷静に考えなくとも非常に危険な状況だ。危険だからと言って学校に来なくて良い訳がないというのが最も危険だ。


 学校には来なくてはならない。精神の離脱を習得したおかげで何とかそれは守って生活できているが、それが無かったら今頃は完全に登校拒否していたに違いない。そう思うと、逆に何故こんな技能を得てしまったのだろうと一瞬だけ考えてしまうのが彼の心の弱い所であるが。



 一週間強ぶりの学校。登校時に歩くペースをすっかり忘れていたせいで通常よりも早く学校に到着してしまっていた。今の真田は普通に歩いても割と速くなってしまう。そうしていつもより少し人数の少ない教室に入って、いつものように扉近くの自席に滑り込んだ真田。登校中にも既に精神離脱を行なっていたが、深呼吸をしてから改めて意識を内へ内へと持っていく。この行為もかなり自然に、日常生活を送りながら行なえるようになってきた。


 体はほとんど動かさぬままで目だけを動かして教室内を見渡す。そこには見覚えのある、見覚えだけはあるクラスメイトが数人談笑している。名前は未だに把握していない。真田が彼らに興味を持っていないように、彼らも真田に興味は持っていない。真田がこうして教室に入ってきた事にも気付いていないだろう。しかしそんな中で、真田の事を見ている視線があった。それも二つ。

 宮村はまだ学校に来ていない。ショーゴ、レージも同じくだ。ならば、この教室内でわざわざ真田の事を気にする人間など一人しかいない。もちろんそれは吉井である。彼女は割と早めに学校に来ているようだ。真田の方を見て(できるだけ学校では話し掛けないよう頼んだ事を守ってくれているのか)笑顔で小さく手を振っている。そんな彼女は自席に座っているのではない。珍しくも誰かと会話をしていたのだ。しかし、その相手を見ると珍しい、などと言った感想は消え失せた。その相手こそがもう一つの視線の主。


 雪野 奏美。このクラスの中心的人物であり、吉井の疎遠になっていた幼馴染。彼女に改めて話し掛けてみたらどうかと言ったのは数日前の事。あの時はこの登校日で話し掛けてみればと言う話であったが、彼女の行動力と打ち解けようから察するにそれよりも前に連絡を取ったのだろう。そうして二人は何だかんだと上手くいって今に至る。そういう事だ。それは真田が頭の中で適当に思い描いたストーリーであるが、それがあながち間違いではない事を雪野の視線が物語っている。

 夏休み前の彼女ならば、真田に視線を向ける時はもう心の扉に錠前を三つ付けた真田ですら落ち込むほどの冷たい視線だった。吉井と真田の間に何かあったと思って目の敵にしていたためである。しかし、今はそうではない。控えめと言うべきか、これは真田の思い込みかもしれないが少し申し訳なさそうにも感じられる視線だ。


 つまり、詳しい事までは流石に話していないだろうが、吉井から真田について話があったという事に他ならない。ある程度の誤解が解けるような話だ。

 その視線はストーリーだけではなく、真田が予想していたもう一つの事柄についても肯定しているようであった。


 もう一つの予想。それは今朝、全力で引かれる後ろ髪を断ち切らんばかりの勢いで何とか家を出た直後の事である。




 朝から体が重くない人間など居るのだろうか、いや、居るはずがない。世の朝から元気だの体が軽いだのスッキリと目覚める事ができるなどと言っている人間なんて、嘘八百も良い所だ。


 真田は当然のように体が重い。そして気分も重い。結局アラームはいつもの時間にセットして、結局そのアラームによっていつも通りに目覚めさせられ、結局普通に体調は良い。色々な障害物は真田の何だかんだと臆病(決してチキンとは表現しない)な性格によって薙ぎ倒されていった。

 ノロノロと朝食の支度をして、ノロノロと食べ、ノロノロと着替える。その行動の遅さが彼の気分の重さ、学校に行きたくない気持ちをこれ以上なく表している。このまま少しでも家を出る時間を過ぎてしまえばそのままサボる事にしていたかもしれない。問題はどれだけゆっくり準備をしても時間には間に合ってしまう事だ。いつも登校前に怠惰な時間を味わうためのスケジューリングは完璧である。彼の行動は怠惰な時間を少し削る効果しか得られはしない。


 家を出てみれば炎天下。朝から暑い。冷夏などという言葉は頻繁に耳にするが、それを実感した事は一度も無い。都市伝説程度の信憑性、未確認生物レベルの疑わしさである。

 それでも鍵を閉めて部屋に別れを告げ、真田は一歩踏み出した。そして階段を下りてすぐ足を止めた。


 集合ポスト。何とも不用心な響きではなかろうか。しかし配達する側としては一気に投函する事ができて楽なのかもしれない。そう考えると仕方ない。朝っぱらから何か入っている事があれば何も入っていない日ももちろんある。今日は前者だった。

 開けてみると誰かがいつの間にか入れていたチラシが一枚。手に取らずとも分かる、特に興味の無い出前の物だ。とりあえずそれは面倒なので帰ってきた時にでも処理しようと踵を返そうとしたその時、チラシの影に隠れていた他の郵便物の端が目に入る。


(あ……? 何だこれ)


 封筒だ。白い封筒。封筒で何かが送られてくる心当たりなど少しも無い。何かの間違いである可能性も考えて手に取ると、そこには間違いなく『真田 優介様』と書かれていた。ボールペンで書かれた几帳面な字だ。住所が書いてなければ切手も無い。ポストに直に投函された物のようである。

 何となくざわつき始める心を抑えながら裏返して見るも、そこには何も書かれていない。その白い封筒には、真田の名前しか書かれていないのだ。


(何が入ってる……)


 嫌な予感しかしない。これではまるで、腕輪を送ってきた時と同じではないか。微かに手が震える。正直に言って、大いに恐ろしく思っている。もし、腕輪を送ってきた誰かが同じように送ってきた物だとすると、中から何が飛び出てくるというのだろう。きっと良い事ではないだろう。それでも、彼はその封筒を開かない訳にはいかない。内容次第では、それこそ真面目に学校に行っている場合ではなくなるかもしれない。

 覚悟を決めて封を開ける。中身は便箋が一枚。つまり手紙だ。魔法が存在するという前提が既にどうかしていると思うレベルなので、世界を引っ繰り返すような事が書かれていてもおかしくはない。


 そう思って目を通した文章は、彼の予想とはまるで違ったものであった。それは短い短い、ちょっとした手紙。



『真田 優介様へ

 放課後、体育館の裏に来てください。

               雪野 奏美』


「あぁ?」


 少し変な声が出てしまっても仕方がない。あまりに予想外の、突拍子もない手紙だった。宛名と同じくとても丁寧な字で書かれた文章の最後には間違えようもないほどハッキリと雪野 奏美と署名がある。


(そう言えば、家を知られてたんだった……)


 彼女は以前、真田が家に帰る姿、そして吉井が出迎える姿を目撃している。それはつまり真田の部屋番号を把握する事も可能という事であり、集合ポストに直接手紙を投函する事も可能であるという事。


(でも呼び出しって……何だ何だ、直接対決か?)


 雪野と言えば真田の事を目の敵にしている訳で、そんな相手からの呼び出しという事はつまりそういう事である可能性が。もちろん殴り合いなどと考えているのではないだろうが、わざわざ体育館裏に呼び出すのだというのだから徹底的に色々な事を追究してくるかもしれない。

 しかし、彼女は基本的に穏健派だ。吉井が無事である以上、真田を信用はしていないだろうが直接的な接触はしない可能性も高い。


 そこで一つ思い当たる事があった。それは吉井と話をした事だ。仲直りを目的として話し掛けてみればと言ったが、既に連絡をしている可能性もある。その結果として、何か話をしようとするためにこうして手紙で呼び出したのかもしれない。そう考えるなら、睨み続けた相手に声を掛けて呼び出すのも気恥ずかしく、住所以外の連絡先は知らない相手に対する呼び掛けとしては無くはない。


(どっちだ……や、どっちにしろ何か話さないと……うっわ、ヤバいもっとテンション下がってきた……)


 学校に行きたくないという気持ちが加速する。半ドン(という言葉は現役なのだろうか)が何事も無く終わってくれれば良いと思っていたのだが、間違いなく何かが起きる事が確定してしまった。

 それでも行かなければならない。何らかの厄介事に向かって行かなければならない。便箋を封筒に戻して鞄に放り込み、ガシガシと両手で頭を掻いてから、泥沼にはまったようにズシリと重い足を強引に持ち上げて彼は学校へと向かう。


 もしかすると学校に行こう、行かなければと思う気持ちが強すぎた事も早く到着してしまった原因なのかもしれない。そうして早く到着した真田よりも早く雪野(ついでに吉井)は到着していて、あまり冷たくない視線を向けている。


 仲直りの末に誤解が解けたかもしれない事。そしてもう一つ、雪野が真田と話をしようとしている事。この二つが、肯定されているように感じた真田の予想である。



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