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暁降ちを望む  作者: コウ
最強の
145/333

 これで話し合いも終わりと、みんながいそいそと帰る準備はしつつも何となく誰が最初に帰ろうとするのかを探り合っている微妙な時間。真田だけは帰りたい気持ちは大いに抱えつつも肉体的にも精神的にも疲れ切ってしまっているため少し休憩しようと椅子に深く座り直していた。そしてチラリと、再び眠りかけているマリアへ目を向けて問い掛ける。


「マリアちゃん、こんな時間まで外に居て大丈夫なんですか?」

「ああ、意外に平気よ。マリアちゃんの両親には私の家に泊まってる事になってるから」

「平気なのか……?」


 平然と返してきた店長に対して本当にそれで良いのだろうかと首を傾げる宮村。それを尻目に腕組みをしながら篁がまた何かしら考え込んでいる。どうやら中途半端に終わる事になってしまったこの話し合いの続きを可能な限り早く行ないたいらしい。


「ううん……早い内に話し合いはしておきたいわね……じゃあ明日、と言うか今日は――」

「ああ、すまない。明日は少々忙しくてね」


 帰って寝て起きてすぐにでも集まろうとするような提案を梶谷が遮る。流れからして明日と言うのは日付上では今日の事だろう。梶谷のような人種が一体どのようにして一日を過ごしているのかは分かったものではないが、暇という事は流石に無いだろう。今日までのような何かあれば駆けつけるような姿勢がおかしいのだ。


「そうなんですか。おじ様は相変わらずお忙しいですね」

「私としては忙しくなくなったつもりなんだが……」


 労われるような言葉にも不思議そうにしている梶谷からすれば本当に忙しくはなくなっているのだろう。忙しいという言葉の基準が高すぎる。本人が忙しいと思っているかどうかはともかくとして、夜なら来られるなどとも言わないという事は一日中、あるいはいつまで用が続くのか分からないという事だろう。それを察したか篁も明日(正確には今日)すぐというのは諦めたようだった。もっとも、その代替案は非常に安易であったが。


「じゃあ明後日は? 用事ある人ー」

「あ、俺らは学校あるけど午前中だけだから、その後なら大丈夫」


 明日が駄目なら明後日。先程まで使っていた脳はどこへやらの安直思考。今度は梶谷からも申し入れは無かったが、その代わりに手を挙げたのは宮村。その発言は別に提案を拒絶しようとするものではない。なので篁としても特別に変な反応をするような事もないのだが、どこからか喉の奥から絞り出したような奇声が発せられる。梶谷の代わりが宮村なら、篁の代わりは真田であった。


「うえぇ……」

「ど、どうしたんですか、真田先輩……」

「ああ、こいつは『別に忘れてたつもりはないけど、いつの間に明後日まで迫ってたの!』って顔だな」

「いつから人の顔見て考えまで読めるようになったんです」


 ものの見事に考えていた事を的中されて真田も不機嫌顔。まさに、忘れていた訳ではない(実際は忘れてたのを思い出させられたのだが)事ではあってもまさかそれが明後日とは思いもしなかった。こういう事、たまにないだろうか。


 驚きと言うよりも明後日には学校に行かなければならないのかと心の底から大いに嘆く真田の姿はさぞ滑稽だった事だろう。また笑いが起きる店内で一人、ドンドンと空気の変わる様子に馴染めていない鴨井が居た。


「……話してる時との切り替えどうなってんだお前ら」

「メリハリが効いてんのよ、真面目なのは真面目にする時だけで良いの。じゃあ明後日の午後、お店でお昼でも食べてから話しましょっか。アンタも来るのよ!」

「お、おう……」


 篁の勢いに気圧されながら頷く鴨井。真田達からすれば切り替え以前の話であり、普通にその場その時に合わせたテンションで会話をしているだけであるのだが、どうも鴨井にはやたらと切り替えが早い連中に見えているのだろう。むしろ真田に関しては人と話している時に切り替えをするのがまだ苦手なのだが。切り替えていると言うよりも少し情緒が不安定な感が強い。


 こうして話が一つ落ち着いた所で本当に切り替えが上手そうな宮村が改めて大きな声で号令を掛ける。


「っしゃあ、いい加減に俺も疲れたし、マジでかいさーん!」

「ああ、僕は疲れたんでお茶を一杯……」


 疲れ切ってむしろ今はまだ帰りたくない真田の注文に、客商売とは思えないほど露骨に面倒そうな顔をしながらも店長はアイスティーを用意しようとしている。


「真田君、もう遅いが……あまり遅くなり過ぎないように、気を付けて帰るんだよ」

「はいぃ、気を付けますー」

「てんちょー、あたしもお茶。せっかくだからあたしも店長の所に泊まる事にするわ」


 再度解散が告げられると今度は顔色を窺い合う事もなくみんな簡単に挨拶をしながら去って行く。その前に心配して声を掛けてきた梶谷に向かって全力でダラダラとした返事をした真田、そしてそれに倣って篁も椅子に深く座り直して注文を告げた。


「えぇ? マリアちゃん運んでくれるのは助かるけど、何かあったら全部責任取るのは私だって事を忘れないでもらいたいねぇ」


 またしても店長は嫌そうな顔をした。マリアも篁も、端的な表現をすれば金持ちの子である。もしかすると何事かある可能性が少し高い、そして何事かあった場合の責任も……そう考えると真田も思わず「大変だなぁ」と同情してしまう。絡まれたくないので一切口には出さないが。

 二人分のアイスティーをテーブルにドンと、他の数少ない客にも同じ接客をしていないだろうかと心配になるほど荒く置くと店長はそのまま奥へと引っ込んでしまった。もちろん、姿を消す直前に金は置いておくようにと真田に釘を刺して。



 先程まで賑やかだった店内に二人と眠った一人だけ。真田としては出会ってから長い相手という訳でもなく、他の面子が居ない状況下では特に話す事も無く。無言のままアイスティーを吸い上げていたのだが、そのせいか唐突に飛んで来た質問に対して間の抜けた返事をしてしまう。


「――後悔、してる?」

「はぁ?」


 意図の読めない質問、その自覚があったのかそれとも真田の返事が面白かったのか。小さく笑ってから篁は手にしていたグラスを置いて真っ直ぐに真田の目を見た。薄く笑ってはいるが、真面目な表情。


「暁クンを助けた事。何だかんだで面倒な事になっちゃったでしょ」

「ああ、その事ですか……何か、こういう時に宮村君を助けられたんだから後悔はしてませんとでも言えれば格好もつくんでしょうねぇ」

「へぇ……って事は、後悔してるって?」

「してます」


 真田の答えはシンプル。そのあまりの直球ぶりに篁も目を丸くしている。まさかこれほどまで直接的に言ってくるとは思っていなかったのだろう。


「そりゃまた、随分ハッキリと」

「ハッキリとも言いますよ。僕はあの時、宮村君を助けるべきじゃなかった、絶対に」

「その心は?」

「確率の問題です。鴨井さんがあの場に来なかった場合、僕よりも宮村君の方が逃げ切る確率が圧倒的に高かった。僕は、宮村君を見捨てる勇気(・・・・・・)を持つべきでした」

「暁クンとは友達なんだと思ってたけど、割とドライね」

「む……まぁ、友達では、その……あると思ってますけど……少なくとも僕は……でも、それとこれとは話が別ってヤツです」


 改めて友達だ何だと言われると真田はモゴモゴと何事か口にする。自分は友達のつもりだが、相手が自分をどう思っているのか分からない。友達とは思われていないかもしれない。そんな自信の無さが大いに表れている。しかし、その発言の最後だけはしっかりとした口ぶりであった。


「僕がこうして居られるのは宮村君に会ったからです。宮村君と会ったから梶谷さんが仲間になって、日下君とも仲間になれました。そうやって人数が増えたから篁さん達にも会えました。このチームは宮村君が先頭で引っ張ってくれないと成り立たないんです」


「じゃあ助けるべきでしょ?」


「でも今回の場合、僕は邪魔でしかないんですよ。宮村君はこう、単純と言うか……今回は言う通りに逃げてくれましたけど、僕の手助けをしようとする可能性も充分にありました。それじゃ意味が無い……それに、宮村君は単純ではありますけどちゃんと考えられる人です。特に戦ってるとか、ヤバい時には。野性の勝負勘的な。一人残ったなら、それなりの考えた行動ができる人です。僕はそれを邪魔する不確定要素になります。助けたいと思うなら見捨てるのが正しいんです」


 妙に喋り過ぎてしまったと、真田は俯く。しかしその言葉は少しも嘘偽りの無い本心である。自己評価が極端に低い事もあるが、宮村の事を大いに信頼している、高く評価しているとも言える。今こうして冷静に考えてみれば、あの時に宮村が逃げるかどうかから既に賭けだったのだ。

 この考えは真田の宮村に対する妙な信頼感というものが前提にあって初めて成立している。なので、その前提が無い者にこれはただ見捨てただけなのではないかと思われても仕方がない。しかし、そんな話を聞いた篁は何か得心したように頷いて、特に変に思った様子もなく呟いた。


「ふぅん、色々と難しく考えるのねぇ」

「考える質なのはそっちも同じでしょう?」


 俯いたままで視線を上げて睨むようにしながら言い返す。真田と篁、この二人が主にチームにおける立案を担当しているのは役割が決められたからではない。そもそもが色々と考え込む性格だからだ。

 考えて考えて考え抜いて、時には泥沼のような思考に沈んで。そうして生きる事が完全に習慣となっている二人は視線を合わせて、小さな声で笑い合った。


「行動も伴わないと、あたしらお互い頭でっかち一歩手前ね」

「そうですね、助けないって行動をしっかり取らないと」

「見捨てる勇気、ね……考えてみるのも面白いかもね」

「はい。みんなが自分が生き延びる事を考えれば、結局みんなが生き延びられますし」

「生き延びるために足を引っ張り合わなければだけどね」

「そんな心配しないといけない程度の相手なら安心して見捨てられます」


 肩を竦めて冗談めかした言った真田は、まだ半分ほど中身が残っているグラスを両手で覆うようにして持った。冷たくて美味しいが少し飲みにくいアイスティー、その温度を少しだけ上げるように。常人よりも高い体温が少しずつ温度を上げる。そして適当に飲みやすくなったところで口を付けて一気に煽って椅子から立ち上がった。


「それじゃ、帰りますね。マリアちゃん見てたら眠くなってきましたよ……」

「ふふっ、ホントによく寝てるわ。じゃあ、また明後日。しっかり勉強しなさいよ」

「うぅ……はぁい」


 忘れたかった事をしっかりと思い出させる言葉。悪くない話し合いができて揚々と帰ろうとした出鼻をくじかれた一撃。渋々と返事をした真田は財布から出した小銭をテーブルの上に置いて背を向けた。マリアは幸せそうに眠っている。普段からこんな顔をして接してくれたらやりやすい、そして分かりやすいのにと思わざるを得ない。


 気が重い明後日、それを乗り切るためにはまずは明日、全力で引きこもって英気を養う事が肝心。そう考えた真田は冷蔵庫の中身を思い返しながら、一切買い物などによって外出せずに済ませるための食事を考えつつ暗い家路につくのだった。

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