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暁降ちを望む  作者: コウ
最強の
140/333

 真田 優介は退屈していた。ビルの屋上、機械的に決まりきったルートで一周回り、通りの様子を確認する。ただそれだけで何時間が経過した事だろう。作戦会議をしたのが遠い昔のように思われる。いや、遠くはないが実際に昔の事だ。


 あれは昨日の……もっと正確に言えば一昨日の事である。会議をして、方針を固めた彼らは駅の裏にやって来た。そして五ケ所のポイントにそれぞれ陣取って敵が現れないか現れないかと待ち侘びる事、数時間。結局その日は戦闘が始まるどころか魔法使いらしき人物の一人すら現れはしなかった。


 そしてその翌日、再びカフェに集まって同じポイントにやって来た真田はこうして退屈しているのだ。他の五人も、それぞれ異なる四ヶ所に散らばっている。真田はパイプを伝って屋上まで登ったが、昨夜は必死に屋上まで登っていた梶谷はどうやらビルのオーナーに「時間が無く夜中しか無理だがビルを見させてほしい」などと話を付けたらしい。それも直接ではなく、オーナーの知り合いで、かつオーナーよりも立場が上の人物を見繕い、それを通じて。たった一日とは思えないほどの早業、そして力技である。

そんなちょっとしたお話もあった二日目。今日もまた日付が変わって二時間ほどが経過したか。早くも心は折れそうである。


 何もしなくて良い、というのは真田からしてみれば喜ばしい事だ。妄想でも何でも浸って数時間は余裕で過ごせる。これをしなくてはならない、という状況も好ましい。何も考えずにその行為に没頭できる。しかし、これをしなくてはならないが、現状はする事がない。この状況は苦痛で仕方がない。

 確かに今は例の魔法使いを発見、観察をしなければならない。だが、発見自体は何も考えなくても歩き回っていればできてしまう。誰かが歩いていたら注目すれば良い。だが、そもそもその注目すらする機会が少ないのでは本格的に何もする事がないのだ。しかも完全に集中を切らす訳にもいかないので妄想に浸る事すら許されない。これは地獄だ。


 この頃の真田の人生のテーマは『人間、表面的にだけは意外と変われる』である。自分を取り巻く状況が動く事によって、とりあえず人と接する事はできるようになった。しかし、逆を返せばそれは本質的な部分は変わるのが実に難しいという事だ。当然の事。

 真田という人間は精神的に強くない。腹を括れば話は少し変わってくるが、基本的には駄目となったら駄目だ。現状のような、別段腹を括らなければならない訳ではない状況では彼の心はいとも容易く折れてしまう。


 何も起こらないのは平和な事だ。何も起こっていないとはつまり、誰も戦いに巻き込まれる事なく死ぬ事もない。それはとても良い事だろう。だが今は違う。例の魔法使いが現れ、あわよくば誰かと戦闘になってくれないものかと私欲のためだけに思っている。何とも自己中心的な考えだ。もっとも自分の事を第一に考えられるようでないと生き抜く事は難しいのかもしれない。そう考えると、きっとこれもアリだ。


(自己中なのは得意だけど、誰かが襲われてほしいって思ってるのを自覚すると流石に落ちるなぁ……)


 とは言え、まだ真田には完全に受け入れる事は難しそうである。一応真田にも、赤の他人に対して意識を向ける事くらいあるのだ。『他人がどうなろうが知ったこっちゃない』というような境地にまで達する事はできていない。


 他人も平穏無事であってほしいとは考えている。そうすればほぼイコールで自分も平穏なのだ。彼にとっての理想の世界は《人類皆不干渉》だ、それぞれがそれぞれに平和に過ごせているならそれは素敵な事。こうして今のように各々が独自に動いている状況、基本的に干渉し合う事はなく行動している。これが理想に近い。

 このような状態が続くのならば素晴らしいのだが、そんな時間にも終わりは訪れる。その事を、無意識に口から出た欠伸がハッキリと思い知らせてくる。夜行性の真田と言えど、気疲れのせいもあってもう眠いのだ。ちょうど手には携帯電話を持っている。五人全員に宛てた『離脱を。』という短い文面のメールが既に作成されている画面の隅に表示されている時間は午前二時半。今頃神社にでも行ってみればさぞや恐ろしい光景が見られる事だろう。見た後にどうなるのかは知った事ではないが。


(昨日は何時に中断したんだっけ……ああ、三時前くらいにマリアちゃんが寝ちゃったんだ。じゃあ今日もそろそろ終わりか)


 これくらいの時間に篁からマリアが寝てしまうといったメールが届いて昨夜は解散となったのだった。となると、おおよそのタイムリミットは最長でも三時となる。それもあくまで最長であり、真田がこれほど睡魔に襲われているのだ。マリアなど既に睡魔に負けているかもしれない。他の面々も程度の差はあれど同じように集中力は失われつつあるだろう。


 弁護しようというのではないが、決してやる気がないのではないのだ。こうして見張っていても誰一人としてやって来るような人物がいない、という訳ではない。たまにではあるが、誰かが歩いて来る事はあった。だが、その人物に注目した所で腕輪が見えなければ魔法使いと断定する事など、この魔力が渦巻く場所では不可能に等しい。そしてそのまま観察を続けていると結局それは魔法使いでも何でもなかったりする。この徒労感は精神を着実に蝕む。


 作戦を立てて行動をしようという機会もこれで二度目なのだが、どちらも相手次第の極めて受動的な作戦となってしまっているのが辛い所。相手を特定の一人に限定してしまっているので相手が現れなければどうしようもないので仕方がない部分はあるのだが。今後は少し考えなければ、この不毛な時間を過ごすのはできるだけ勘弁願いたい。もっとも、今後というのが存在するのかどうか、それは現在の作戦の成果次第なのだが。


(待つしかないってのはどうしてこう……ぼかぁスナイパーにはなれないな)


 狙撃手というのは、数日もの間ジッと待ち構えて対象を狙撃すると言う。まったくもって恐るべき忍耐力だ。真田など、ジッと待つどころかこうしてウロウロと歩き回っているのに忍耐が保たなくなってきてしまっている。ゲームではスナイパーライフルを担いで狙撃手を気取ってみたりする事も多いのだが、現実ではそうはいかないだろう。使い物にならず捨て駒同然で前線に放り出されるも怖くなって隠れ、その内に見付かってちょっとした反撃も虚しく排除されてしまうのが関の山だ。


 こうして待ち構えている対象。その情報は少ない。もちろん魔法を無効化するといったような大きな特徴は判明しているのだが、そのようなものではなく容姿の面での特徴はほとんど話が出ていないのだ。分かっている事はたった二つ、『若い』『男』である事、ただそれだけ。情報は少ないどころか無に等しい。

 たまに通りかかる人々を見ると、そのほとんどが男だ。わざわざこんな所にやって来る女性はまず居ない。若いというのは人それぞれの感覚であるが、イメージするような若さから大きくは外れないだろう。

 やって来る人物は高確率で男。そして半分くらいが若い。歩いている人物のほとんどを疑って見ていると言っても過言ではない。そうなってくるとキリがないのも事実なのだが。そんな状況がより精神的な疲労を蓄積させるのだ。視界の端で何かが動いたと思ってそちらを見ると、誰かが歩いている。パッと見た感じ若い男だ。疑わなければならない。しかしやはり見た目では魔法使いか判別はできず、魔力もよく分からない。とりあえずは、疑わしい人物が来たとだけ頭に入れて再びグルグルと屋上を回って周囲の監視を再開だ。


 そもそも、真田が見付けたい人物はたった一人なのだ。一応の可能性を考えて疑わしい人物が居た事は覚えておくのだが、ずっと特定の一人が現れる事を待っている。あの時に会った、真田の魔法を消し去った魔法使い。その人物もまた若い男。条件には当てはまる。

 その人物は現れる様子はない。真田の死角となっている場所にいるかもしれないが、今日もまた空振りに終わりそうな雰囲気。さらなる疲労感が真田の肩にズッシリとのしかかったような気がした。

 そんな、完全に集中力が切れてしまった時の事であった。


「っ!」


 これほどまでに魔力が渦巻き、他者の魔力など判別できないような場所であっても、それが戦闘となると話は別である。大きく膨れ上がるような嫌な感覚。右手首が激しく疼く。間違いない、すぐ近くで戦闘が始まろうとしているのだ。

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