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暁降ちを望む  作者: コウ
最強の
139/333

 話の流れが掴めていなかったせいもあるが控えめな口調。それでもしっかりと意思表示はした。後は、これを聞いた面々がどのような反応を返すか、だ。


 真っ先に口を開いたのは梶谷だった。普段は最後に場を纏めるように発言をする彼であるが、今回はそうではない。それだけ危険を感じているという事なのだろう。年長者として正式に反対意見を口にする。


「ふむ。間違いなく危険だね、私としては近付きたくはない。どこかで誰かが倒してくれる事を願うばかりだ」

「いやいやいやいや、そいつ超強いんだろ? 観察なんかじゃなくて戦っちまおうぜ! 魔法を消すとかスゲェ面白そうじゃねぇか」


 やたらと好戦的なのは、やはりと言うべきか宮村である。立ち上がって鼻息荒く奮い立っている。もちろんその意見は真田としても賛成したい所だが、そんな簡単にはいかないからこその話し合いだ。

血気盛んな者もいれば冷静な者もいる。そうやってこのチームはバランスを取っている。冷静派は(今回に限り立場を異にしているが)真田と梶谷、篁。そしてもう一人。


「魔法を消すって事は宮村先輩なんか手も足も出ないんですよ? もちろん俺もですけど」


 日下はその魔法使いとこのチームの相性の悪さをしっかりと把握できていた。近距離から遠距離まで、サポート要員も居るバランスの良いチームではあるのだが、今回に限ってはそのバランスは崩壊してしまう。日下と、ついでに宮村は近接戦闘が一応可能であるが、距離を取って風を使った攻撃を主導権を握る強みが無くなる。そして積極的な近接戦闘を行なえる唯一である真田は大きな火での強引な戦闘が基本なため無効化されると本当に手も足も出ない。


 普通の相手ならば作戦次第ではあるがかなり優勢に戦える事だろう。しかし、今回ばかりは圧倒的に不利に傾く。それを知ってか知らずか、もう一人の血気盛ん組が気炎を上げている。


「手も足も出ないような敵、マリアがブッ飛ばしてあげるわ!」

「……ですってよ。ちなみにあたしは反対派」

「人数が増えても僕達の意見は割れるんですね……」


 本来ならば冷静派優勢により多数決で即否決、あるいは弁論くらいは許される程度だろうが、真田が鞍替えしているせいでいつもの真っ向対立。どうしてこうも上手く話が纏まらないのだろう。誰が悪いのではない。強いて言うならむしろ息が合い過ぎているのだ。良い方に捉えたい。

 だがそれでは話が進まないのも事実。真田にも決定権は無く、何とかして話を前に進めるためのキッカケが欲しい、そんな状況。そのキッカケを与えてくれたのは眉を潜めた梶谷の質問であった。


「真田君はどうしてその魔法使いを見てみようと思ったんだい?」


 この質問は出てきて当然の物だったろう。真田が、近頃は索敵や戦闘にも参加していなかった真田が突然集合を掛けて、危険である事など分かりきっている相手を見に行かないかと提案してきたのだ。梶谷からしてみれば真田らしからぬ、随分と行動的な考えであっただろう。

 もっとも、真田がそのような考え方をしない訳ではない。それが最終的に自分にとっての利に繋がるのならば行動的にもなれるのだ。正確に言えば、行動的な考えが出来、それを実行に移す事ができるようになったのだ。それは以前、魔法使いの正体が宮村であると結論を出して大胆な行動に出たりするなどした事からも明らかだ。その時も相手を把握する事で自分が優位に立てるという利のための行動であった。


 だが実際、今回はそういった考え方とはまた異なった考えに基づいた、特に利がある訳ではない行動である。ただ会いたい、感情だけの行動。それを説明する事はできない。謎の魔法使いに出会った事、そしてその魔法使いに言われた事。それらは誰にも言わないでいたし、言う気も無かったためだ。


 本当の事が言えないのならばどうするか。何となくそれらしい事を言うしかない。この場合、それらしいとは何だろう。そう考えるとやはり、こう言うしかないのだ。


「そう、です、ね……攻め気と言いますか。そんなに強い魔法使いが近くに居るなら、無理に距離を置くんじゃなくて少し近付いてでも体勢を整えておくべきだと思うんです」


 これで納得するかどうかはともかく、少しくらいは説得力もあるだろう。それは反対派の方に回っている篁から一応の同調を得られた事からも確かだ。もちろん単純に同意された訳では決してないが。


「あたしにもその考えは分かる。でもね? 今すぐ観察しに行こうってのは急よ。幸い、色んな人から目撃談が出てるの。それをもっと待って、例えば魔法の詳細とかを把握してからでも良いはず」

「その目撃談を出す側になろうと言ってるんです」


 即答する真田の目は真剣だ。情報を得るだけだった掲示板に情報を提供する側へ回る。自分達が情報を得られるという事は誰かが情報を与えてくれている、それがコミュニティというものだ。自分達も受けるばかりという訳にはいかない。

 これもきっと正論。そして、危険だと考える事も、情報を自分達で集めるのは今回でなくとも良いというのも正論だろう。反対派にも理はある。


「目撃できても殺されたら意味が無いじゃないですか!」


 強く反対意見を口にする日下は必死だ。それだけ真面目にこの話について考えてくれているという事になるのだが。それとは反対に、多分考えてはいるのだろうが、それがどうにも伝わりにくい気楽な口調で返す宮村。口にストローを咥えて、少なくとも見た目は超不真面目だ。


「べっつに、見付からなきゃ良いんだろ? 真田は今すぐ戦おうって言ってるんじゃないワケだし」

「こちらに戦闘意思が無い事は相手には関係ないだろう? 見付かったら戦闘は避けられないが、どうする気かな?」


 梶谷の言う通り、戦うかどうかは相手次第だ。相手が襲って来れば此方の意思とはまったく関係無く戦闘となってしまう。それに対しての対策も考えていないと、今回の提案はこれ以上の審議の必要も無く否決される事だろう。

 とは言え、真田の答えは対策と言うほどのものではなかった。極めてシンプル。かつ当然。何も考えていないに等しい、何だったらこの段階で否決されても仕方がないような答え。


「……逃げます。全力で逃げます。逃げるための作戦も何パターンか考えて……いや、そもそも行動には全部、逃げる方法を最初から用意しておくべきなんですよ。特別に気負う事もなく、いざという時にはその方法を当たり前に実行するんです」


 見付かったら逃げる。ただそれだけ。抗戦の意思は一切見せず、その時の状況に合わせてとにかく逃げる。絶対に逃げるのだと決めておくのは大切な事だ。危険を感じたらすぐに逃げるつもりで少し戦ってみようなどと下手に考えてしまえばそれが命取りになりかねない。


 真田は慎重な人間だ。性格からしても意外という事はないだろう。特に以前の事件で仲間が増え、打てる手が増えた事によって作戦失敗したパターンへの対策も考えられるようになった。自分一人、宮村と二人では思い切ってとにかく行動しなければならない状況が出て来るが、本来ならば常に逃げ道は用意しておきたい人間なのだ。行動を起こす前に別のスロットにセーブした上にバックアップまで取っておきたい人間なのだ。


 単純は単純であるが、それ故に分かりやすい。その考えを改めて策として口にして徹底しようという事は汲み取れたのだろうが、次がれた問いは方向を変えた、そしてやはり疑問に思って当然の事。


「逃げる姿勢は良いんですけど……逃げ切れるんですか?」

「逃げ切れる相手かどうかを確かめに行くんだよ。それに話を纏めてみた限り、相手の魔法を消しながら近付いて、腕を掴んでタコ殴りにする接近戦型のスタイルみたいですから。戦闘状況に入る前に逃げ出せばスタートが違います、追い付かれる可能性は低い」


 確かに相手の事を知っていると言うには情報量が少ないだろう。しかし、何も知らないのではない。相手の魔法の最終的な効果、そして勝利パターンは把握できているのだ。何らかの隠し玉を持っている可能性は否めないが、それを疑い出したらどれだけ情報があっても足りやしない。ならば早々に行動するのも良いだろう。相手のパターンを一つ潰せているのだ、それは大きい。後はいくつか不測の事態に備えて色々と考えておけば盤石(とまでは言わないが充分)だろう。


「難しく考えねぇでも、俺らは人数がいるんだぜ? サポートし合えば逃げるのなんか余裕だろ。や、むしろ倒せるんじゃねぇか?」

「それは駄目よ。観察してから対策を考えて戦うの。あたし達が急に挑んでも無謀、相手が不気味過ぎる」


 数は力だ。質で多少劣ろうとも引っ繰り返す事もできる。そういう事なら宮村の発言は完全に正しい。だが、ここで問題になってくるのはやはり相手の悪さだ。可能性として相手は数の力を完全に無視して、一騎当千の戦いぶりを繰り広げるかもしれない。こうして危険も考えず大胆な行動に出ようとしているのも結果として実際に戦う時の危険を減らす事に繋がるのだ。無理に今すぐ戦う必要はない。

 それを説明するのは慎重派かつ賛成派である真田の仕事のはずだったが、ここで説明をしたのは何故か篁であった。


「ほう……その言い方、祈ちゃんは賛成派に鞍替えかな?」

「別に、鞍替えと言うほどではないですけれど……あたしは危険だから反対派に回ってたけど、優介クンの考えは分かるから。逃げる目処が立つんなら賛成もやぶさかではないわ」

「ふふん、これでマリア達の方が有利ね! ……でしょ?」


 篁が一応ではあるが賛成派の方に傾いてくれた事もあって過半数を突破。それで自慢げに胸を張るマリアであったが、リアクションが無かったので不安になったのかキョロキョロとみんなの顔を窺っている。

 宮村を除いた四人は申し訳ない事に話し合いに夢中になっていて完全に聞いてはいなかった。だが反対派が減った事は紛れもない事実。神妙な顔で日下が頷いて見せた。


「……なら、話を詰めましょう。俺のスタンスはまだ変わりませんけど、話は伺います」

「劣勢に立たされた以上、これくらいは譲らなければならないな。駅の裏だったか、どうやって観察をするつもりかな?」


 反対されて当然でもある話題だったが、何とか話を前に進める事ができる。その幸運、そして話をしてくれる三人に感謝しながら、真田はカウンターの向こうで口を挟まず見守っていた店長に向かって声を掛ける。


「ありがとうございます……前使った地図あります? よね?」

「アンタらは店長ってのを召使だと思ってるんじゃないだろうねぇ……」


 どうやら奥にしまってあったようだ。文句を言いながら以前使った風見市の地図がテーブルの上に広げられる。ピンクと緑、二色の線と鉛筆の書き込みが加わった地図だ。しかし、蛍光ペンで線が引かれているのは今回とはまるで関係の無い場所ばかり。


「えっと、出て来るって話があったのがこの辺なのよね?」


 割かし大きな風見駅は地図の中でも存在感を持っている。そんな駅の裏、一切の書き込みが無い未開の地。そこを指差した篁の後ろから、興味が湧いたのか宮村が地図を覗き込んではゲンナリといったような顔をしていた。


「ペンで塗ってねぇけど、魔力ヤバいんだろうなぁ……テンション下がる」

「先輩、アレ苦手なんですね」

「動き回りながらだと上手くやれねぇんだわ」

「ふっふっふ……じゃあこのマリアが単純バカなアンタにもできるようなコツを教えてあげるわ。感謝するのね!」


 宮村はひたすら思考を停止する事で魔力を無視する事ができる。それはつまり普通に何事か考えなければならない動いている時は常に魔力を感じざるを得ないという事。それに対してマリアは思い切り上から目線。そうして二人は少しだけ離れて特訓を始め出した。子供二人(では当然ないのだが)で賑やかに騒いでいる様子は腹立たしいような少し安心するような、不思議な感覚である。雑音があるからこそ、より集中する事ができる。四人は地図に意識を向けた。


「ビルが多いですね」

「怪しい雑居ビルがね」

「言い換える必要はないんですけど……」

「身を隠す場所は多そうだ」

「このビルとビルの間。ほっそいスペースくらいありますよね、多分」

「そんな所まで使うとなると、バラバラに行動した方が良さそうだね」

「ターゲットを分散させると考えるとそれが妥当でしょうね」


 短い言葉で妙に小気味よく会話が進む。そもそも頭を使う事が苦手ではない四人、ある程度は同じくらい深く考える事ができる。そう多くの言葉を使わなくとも発言の意図は何となく読み取る事ができるのだ。なお、真田はこの時、自分があまりに自然に他人の考えを読み取る事ができている事を自覚してはいなかった。


「別行動となると、また合図が必要になるわね……」


 今回はそれほど距離を取る状況にはならないだろうが、それでもハンドシグナルか何かで意思疎通が可能であるかと聞かれると現実的ではないと言うしかない。そして今回は戦闘にならないようするため、フラッシュによる合図は避けたい。

 そのため少し方法を考えようとした所で、割と簡単だった解決方法を梶谷が提示する。


「合図と言ってもいつ逃げ出すか、だ。メールの一斉送信で良いだろう」

「ああ……それもそうですね。誰かが撤退タイミングで全員にメールを送る形で」

「じゃあ、あたしと優介クンの二人で送るわ。あー、同時じゃなくて、どっちかが危ないって感じたら送って全員で逃げるみたいな」

「良いですね。音は鳴らないようにしておいて、携帯を手に持ったままそっちにも意識を向けてもらいましょう。えーっと、マリアちゃんも連れて行きますか?」

「んー、まあ逃げるのには一番向いてるし。それに連れて行かなかったら怒って面倒だから、あの子」


 作戦を考えるとは言っても危険な行動、子供のマリアを帯同させる事に少し抵抗がある真田であったが、篁はそれに対して肯定的。確かに彼女の言う通り、マリアの魔法は誰よりも逃げる事に向いている。逃げる事を徹底させればむしろ誰よりも安全かもしれない。


 また、いざ戦う段となった時には危険だなどと言っていられない。その時は全ての戦力を用いて戦う事となるのだ。それに備えて実際に敵の姿や空気感、気配に魔力といった特徴をしっかりと把握できていた方が良いだろうというのも事実。


「そう、ですね……なら、また篁さんがマリアちゃんと一緒に行動してください。そうじゃないと捕まりそうですから」

「ははっ、確かにそうだね。あたしとマリアがペア。後は一人一人で動く、と」


 これで魔法使い六人全員の参加が決まった。他に決まっている事は逃げるための合図だけだ。割と決まっている事は少ない。何よりも大切な事がまだ決まっていない、と言うよりも把握できていないのだ。そこについて地図を睨みながら日下が問い掛ける。


「その魔法使い、具体的にいつどこに現れるんです?」


 そう、把握できていないのは現れる場所と時間。この辺りに出没するという情報だけは持っているのだが、どうにも範囲が広い。そして時間帯は夜としか分かっていない。つまり、またしても作戦の開始は相手次第という事になる。待ちの一手だ。


「分からない。毎日でも張り込むつもりでいるけど……とにかくまず、できるだけ見通しの良いポイントを五つ決めたいんだ。相手に見付かる可能性も下げたいし……ビルが多いんで屋上に上がれたらと思うんですけど、僕達は最悪、壁でも登ります。梶谷さんは大丈夫ですか?」

「…………何とかしよう」


 腕輪の力によって結構に無理な動きが可能になっている。正直、そこそこ程度の高さだったらハイジャンプ、三角飛び、クライミングなどなどの様々な方法を用いて屋上まで辿り着けてしまうのだ。


 同じく腕輪は持っていてもそもそも体に特別無理のきかない梶谷には少し大変かもしれない、そう思っての問いに対し、梶谷は苦々しく答えた。想像通り、大変なのだろう。まず常に服装はスーツなのだ。それで壁を登るなどしたら、さぞかし奇妙な光景が見られるだろう。どうするつもりかは分からないが、言葉通り何とかするのだろう。場合によっては人がビルをいくつか買う光景も見られるかもしれない。一瞬忘れがちだが、本来は住んでいるステージが三、四個は違う人間なのだ。漫画のような光景、少しだけ見てみたい気もする。


 そんな会話で少し緩んだ空気を割って、篁の笑いの混じったような声が聞こえるその声色は、今や二人だけとなっている反対派を煽っているようだ。


「さて、少しずつ話は進んできたけど……おじ様も青葉クンも、とうとう止めようとは言わなくなったわね?」

「うっ……んん、正直、やってみるだけやってみるかって気になってました……」

「そうなると、私一人が反対しても意味は無さそうだ……。良いだろう、頑なに反対する事もない。乗った方がお互い安全だろう」


 話を詰めようとなった段階で、もはや決着はついているのである。纏めようと話し合っているのだから改めて否定的な意見は挟みにくい。そして最終的には話がかなり固まってしまっているという罠。

 これでまんまと二人も賛成寄り、満場一致で大賛成である。実際、行動するとしたら梶谷の言う通り全員で行動した方が安全に決まっている。もし失敗して人数が減ろうものなら、戦力が減って作戦に参加していない方にも被害が出るのだから。


「よし……頑張りましょう。宮村君、マリアちゃん? ちょっと、話纏めるから来てくださーい」


 真田が特訓をしていた二人にも声を掛ける。ここからが作戦会議の本番だ。そして今夜からその作戦は始まる。鬼が出るか蛇が出るか、などと言うが、敵対する魔法使いが出て来る可能性が圧倒的に高い。心の準備が必要である。


 そして彼らは出会う。誰もが恐れる、《最強の魔法使い》に。

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