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暁降ちを望む  作者: コウ
次の日の
135/333

「そう言えば、篁さんは今日は来ますか?」


 テーブル席に戻って本を開こうと思った。が、しかし。そちらに集中してしまうよりも先に聞かなければならない事があったと思い出す。そう、今日この店に訪れたのは別に昼食をとろうと思ったからだけではない。ここに来れば篁がいるのではないかと考えたからなのである。


「祈ちゃん? 今日は……どうだろうね。昨日来たから、今日は来ないかもね。私も別に毎日連絡取ってるワケじゃないから。どうしたんだい?」

「ああ、ちょっと……わざわざ電話とかするほどではないんですけど、掲示板、気になる書き込みがあったんで」


 どうやら今日は来ない可能性が高そうだ。その《気になる書き込み》について少し篁と確認して話し合っておきたいと思っていたのだが、どうも空振りらしい。会えなかったら会えないで構わないつもりだったが、空振ったか、と思うと少し残念に感じられる。


 掲示板とはもちろん例のサイトの事だ。それは昨晩、真田が掲示板を確認した時の事だった。彼は魔法とは少しだけ距離を取っていたが、流石に完全に離れてしまう訳にもいかなかったので定期的に掲示板の確認だけはしていたのだ。


 最初の書き込みは例の疾風の某氏であった。内容は割とシンプルなもの。


『凄い魔法使いがいた! 手を掴んだら何もさせないでボッコボコ、全然反撃できなくなってた』


 この時はそれで終わりだったのだが、その翌日、この書き込みに対しての反応があった。


『その魔法使いに会った。というか俺がやられた。そいつはマジでヤバい。俺の魔法が全部消されて、腕掴まれたら振りほどけないし魔法も使えなくなって、一方的に殴り殺された。ヤバい、本当にヤバい、もう思い出したくない』


 これをきっかけとして、掲示板はこの話題で賑わい始めたのだった。二番目の書き込みが事実であるのかは分からない。本当にその魔法使いにやられたのかも分からず、本人らしき書き込みもその後はなくなった。

 しかし、その後から続々と目撃談が相次いだ。もちろんそれらが愉快犯である可能性も否めないが、沢山。目撃したと認識していなかったが、この話を聞いてあの時の光景はそうだったのかと気付いたパターンもあるようだ。何故なら、画が非常に地味なのだ。捕まれれば最後、抵抗もできずに殴られるだけ。魔法の要素が周りからは見えやしない。


 中三日で掲示板を確認していた真田であったが、その三日の間で一気に有名人だ。けれど詳細はあまり分かっていない。その魔法使いが男である事、魔法を無力化する事ができる事。それくらいだ。ふと見掛けただけの者はそこまで気に留めない、下手すれば魔法使いの戦闘とも思わなかったかもしれない。観察しようとした者はあまりの強さにその魔法使いの容姿すら気にもせず逃げ出す。そして直接出会った者は、何も語ろうとはしない。ただ危険だと言うだけだ。そう、二番目の書き込みの最後にもあった。『もう思い出したくない』と。


 この掲示板の慣習、特定の魔法使いの会話をする時には渾名を付ける。これだけ話題を盛り上げた男に渾名が付かなかったはずがない。


 あらゆる魔法を無力化して、反撃すらも許さない。その能力を指して、人は彼を《キャンセラー》と、そう呼んだ。単純にして明快。そして、その脅威性を実に分かりやすく表しているではないか。

 そして、それとは別にもう一つ。これもまた同じ人物を示す渾名である。こちらはもっと分かりやすい、これ以上ないほど端的な渾名だ。


 《最強の魔法使い》――賛辞と畏怖、それらを束ねた肩書を背負い、その男は今日もどこかに潜んでいる。



「はー、最強……そりゃあ、凄い渾名だこと」


 と、真田がザックリと行なった説明を受けて(魔法使いでもないので当然だが)この事を知らなかったらしい店長は、テーブルに注文の品を置きながら感心している。他の魔法使いから付けられた渾名が《最強》なのだ。それはそれは凄まじい話ではないか。


「でも、魔法を消すなんてできたら間違いなく最強ですよ。ほとんどの魔法使いをシャットアウトできちゃうじゃないですか」


 魔法の無力化。何がどのように作用して無力化しているのかは不明だが、つまり自ら接近して戦えなければ勝ち目がないという事。そしてそれは、真田にも勝ち目がないという事だ。より強い炎で焼き払う事によって勝利を掴むスタイルの真田とは非常に相性が悪い。普通に考えれば、出会いたくない相手だ。少なくともタイマンだなんて状況には陥りたくない。


「ふぅん……ああ怖い怖い、そんなのに会わないように気を付けるんだよ? アンタらが集まらなくなったら、この店はまた祈ちゃんと荒木さん、たまーに来る新規のお客さんからしかお金が入ってこなくなるんだからね!」

「よく経営成り立ってますね……」


 その魔法使いと、客が来ない現実。果たしてどちらを指して怖いと評したのかは不明であるが、とりあえず心配はしてくれているようだ。別に腕輪がなくなったからと言って来なくなる訳ではないのだが。


 だが本当に、その魔法使いとは出会いたくない。普通に考えれば。


 魔法を打ち消す魔法使い。真田の脳裏には一人の人物の姿がある。名前も知らない、たった一度しか出会っていない相手。その人物は間違いなく真田の炎を掴んで消した。そして間違いなく完璧に無傷だった。今日もまた思い返してしまっている、あの時に出会った青年の事を。

 真田の心に微かなトラウマのようなものを刻み付けた男。その男にはもう一度会いたいと、会わなければならないと彼は思っている。


(最強の魔法使い……でも、向こうが最強ならいつかは戦う相手だ。戦おう。魔法使いとして。戦って、けじめをつけよう。僕はもう間違えないって、見せ付ける!)


 殺そうとするのではなく、魔法使いとして正式に戦う。その先にはきっと、理解があると信じている。あの男の評は勝手に決めつけたものだ。冷静になればそれがすぐに分かった。そして、自分が間違えないと強く思っていればきっと道を踏み外す事はない。そんな考えを支持してくれる人もいた。


 あの男にもう一度会いたい。そんな気持ちが強く表れてしまったのだろう。真田の顔は硬く強張っていた。

 その顔がどうやら不満だったらしい、カウンターの向こうから店長が聞こえるような声で文句を言ってくる。


「シリアスやってるねぇ……美味しそうな顔で食べてほしいもんだよ」


 耳に届いたその声で我に返る。つい思い詰めてしまっていた。一人で居る場所ならまだしも、このような所でそんな顔をしていてはいけない。それくらいの事は真田も学んでいるのだ。変に空気を悪くする必要などない。慌てて座り直して、両手を合わせて置かれた皿と向き合う。


「――っとと、ごめんなさい。改めて……いただきます」

「はいよ、召し上がれ」


 当然の言葉を言えば、当然の言葉が返ってくる。やはり悪くない事だ。なかなかに気分が良い。


 目的が果たせなかった事は仕方がない。その事はキッパリと諦めて、たまの外食を楽しもうと彼は、目の前のチキンサンドに嬉しそうに手を伸ばした。


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