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暁降ちを望む  作者: コウ
次の日の
134/333

 真田 優介は外出していた。今日もまた眩しく照りつける太陽が忌々しい。暑さなんてほとんど感じないのに、暑いんじゃないかと錯覚させられる。


 ほとんど伸びてもいないヒゲも一応再び剃って、とりあえず小奇麗な身なりでわざわざ電車に乗ってまで出掛けた先は風見市。正直、遠出する先なんてここくらいのものだ。


 最初の目的地は少し歩いた所にある三フロアからなる大きな書店。漫画の新刊が発売されている事に気付いた真田は近所の書店に駆け込むも取り扱いがなく、他にも用事がない訳ではなかったのでネットではなくついでに出掛けた先で買ってしまおうと考えたのだった。

 無事に漫画は購入できた。加えて、何となく面白そうだった小説も一緒に。この辺りを描写していくと面白くも何もない真田の書店巡りとなるので割愛する。とにかく、たっぷり一時間は書店を歩き回って楽しんだ。彼にとっては奇跡的なまでのアクティブさである。本が沢山あるとテンションが上がるのだ。


 そして、用事の一つを無事に終えた彼は機嫌良く次の目的地へと歩き始める。手にした袋をガサガサと鳴らしながら歩く事数分。たった数分だというのに、どんどん人通りが減っていく。これほど人が少ないのに魔力を感じないのだから不思議なものだ。いや、感じないのではなく、感じる魔力に慣れてしまっているのかもしれない。何せ、ここに集まるのは知り合いばかりだ。今さら不快に感じるようなものではない。


 そう、今、目の前にあるのは《Lilion Cafe》と書かれた看板。ここは魔法使いの集う店。いつもの集会所だ。


「こんにちはー」


 ドアベルと共に挨拶をして来訪を伝えながら、かなりナチュラルに彼は店内へと入った。この店に入る事に緊張はない。慣れたと言えるほど訪れた訳ではないが、以前の事件で拠点としただけあってホームグラウンドの感が強くなっている。そして理由としてはもう一つ。


「お、いらっしゃい。こんな時間にどうしたの?」

「どうも。今は夏休みなんです」

「あー、夏休み。遠い思い出だねぇ……ああ、座って」

「あ、すみません。ありがとうございます」


 ここには驚くほど気を遣わせない店長がいるのだ。宮村に近い、ざっくばらんな性質。そして性格は割と彼と相性が良く、温度を合わせてくれる大人。もちろんそれを指して友達などとは呼べないが、すっかりなかなか居心地の良い場所としてこの店を捉えている。


 が、この日は少しだけ状況が違っていた。何故ならこの日、店には珍しく……などと言っては失礼かもしれないが、客が入っていたのだ。もっとも、それは一人だけであったが。


「注文は?」

「ああ、えぇっと……サンドイッチとアイスティーで」

「はいよー」


 使う者などいないのでテーブルの席に一人で悠々と座り、カウンター席に座っていたもう一人の客に気を取られていた所を店長の問いが引き戻す。相手はただの客だ、それに気になった理由も普段は誰もいない店にいた客だからというもの。本来的には気にする必要などない。そう考えてなんとかその客から意識を切り離す。そうして適当に注文をしたのだが、品を用意するより前に店長が思い出したように再び話し掛けてくるのだった。


「そうだ、ちょっと良いかい?」

「……何です?」


 せっかくなので買ったばかりの本を読もうと思っていた真田は、いきなりそれを邪魔されて少しだけ不機嫌。しかし返事をしない訳にもいかず顔を向ける。すると、彼女はちょいちょいと手招きをしている。どうやら席を立てと言っているようだ。


 何故そんな事に従わなければならないのか、そうは思いつつも仕方なく立ち上がって、彼女に導かれるまま付いて行く。その先は、ついさっき無理矢理に意識を切り離したはずのもう一人の客の所。何となく納得いかない真田を尻目に、彼女はその客に話し掛けた。


「ちょっと、ちょっと……荒木さん、これが以前お話しした魔法使いの子です」

「ああ、はい……そうなんですか」


 荒木と呼ばれたその客は、スーツ姿の男だった。真田が店に入った時からそうだったのだが、もしかするとマネキンか何かではないのかと思うほど静かで微動だにしない。かと思えば時折コーヒーを口にしている。そして、呼び掛けられてこちらを向いた動作は実に緩慢。ゆっくりゆっくりとこちらの方を無気力な目で見てくる。何とも年齢の判断がしにくい顔だ。若いようだが、全体的に滲み出ている疲労感がもっと上のようにも感じさせる。まあ、敢えて表現するならば、くたびれた会社員だろうか。しかし、そんな人物と会わせてどうしようというのだろう。それも魔法使いだなどと。


「え、えっと……えぇ? その、何でしょう、あのー……この方は……?」

「この方、荒木さん。営業職をやっておられる方でね? 魔法使いなのよ」

「は……はぁ、魔法使い、ですか……」


 彼女が真田の事を魔法使いと紹介した段階で少し想像はしていたが、どうやら荒木と呼ばれた男もまた魔法使いらしい。つまり、当然のように訪れているこの客も魔法使い。本当に魔法使いの集まる店と言うか、魔法使いしか訪れない店と言うか。色々と不安になる所である。

 紹介を受けて腕輪を見せてくるその動作はやはり緩慢。驚くほど覇気というか生気がない。人付き合いが得意そうなタイプには見えないが、営業を上手くやれているのだろうか。そして、やはり彼も腕時計で腕輪を隠している。社会人の必須装備のような物だ、便利なのだろう。


「荒木です。よろしく」

「あっ……あ……さ、なだ、です……はい」


 緊張もあるが、どのように接して良いのか分からずいつもの喋り方。いつもより酷いかもしれないほどだ。自らも長い袖に隠してあった腕輪を見せる。名前がきちんと聞こえていたかどうかは不明だが、荒木は悠然と頷いていた。見事なまでに感情が読み取れない。興味がない可能性も大。


 そんな二人の間を取り持つように、店長が割って入る。苦笑いしているその表情、何とか話を盛り上げるではないが、上手く回さなければと考えているのだろう。


「ほら、あのサイトあるでしょ? アレを作ってくれたのが荒木さん。祈ちゃん、パソコンとかまったく使えないから……」


 その言葉を聞いて思い当たる節もある。確かに篁は妙にタイピングがおっかなびっくりな様子だった。決まりきったサイトのパスワードの入力は指で覚えたのだろうが、自由に入力するとなると途端に何を押せば良いのか分からなくなるのだろう。

 で、これに対して真田が適当な返事をすれば会話もそこそこ弾ませる事ができたのかもしれないが、それよりも先に口を開いたのは荒木の方。しかも話の方向はまた少し変わってしまう。


「敵ではないつもりです。僕はたまにこのお店に来ますから、何かあったら言ってください。木戸さんに伝言でも頼めば大丈夫だと思いますよ」

「ああ、はい……」


 淡々と話されても今一つリアクションに困る。ここで「ありがとうございます」であるとか「頼りにさせてもらいます」という言葉がパッと出てこない辺りが真田 優介。

 気の利いた事が言えない真田を気にする事なく。と言うよりも気に留める事もなく荒木は時計を見て言葉を続ける。


「――ふぅ……では、もう時間ですので失礼します。お金、ここに置いておきますので。ごちそうさまでした」

「はいはい、またのお越しをー」


 そう言って、いくらかの小銭をカウンターに置いてかれは店を後にした。所作は相変わらず遅いが、歩く速度だけはやたらと速い。店長も去って行く背中に向けて声を掛ける事しかできていないが、それを当たり前の事のようにしているので、どうもこれがいつも通りの感じらしい。ほんの一言二言しか話していないにもかかわらず、何故だか納得させられる。


 生気がなく、何を考えているのかも分からない。それでいて自分というものが妙に強いのか話をあまり聞かない。この人付き合いの苦手そうな様子は、まったく同じではもちろんないが、真田に近いものがある。しかし、真田は自分自身以外にそんな人物を知らなかった。


「……今まで会ってこなかったタイプです」


 そう言う真田の顔は少しだけ引き攣っていた。自分に近しいタイプの人物を初めて目にした接した彼は、自分がこれほどまでに付き合いづらい人物だとしっかりと把握させられた。自分でも面倒な人間だとは思っていたが、それにしても想像よりもう少し酷かった。

 店長も何とも言いがたい微妙な表情をしている。何となく、真田の気持ちが分かっているのだろう。普通に対応しているようで内心はかなり苦労しているのかもしれない。


「まあ、マイペースだから、あの人」

「マイペースって言うか、目ぇ死んでましたよ」

「アンタの目も半死半生だよ」

「生と死の狭間に立つ僕、カッコよくないですか?」

「そもそもアンタの目をちゃんと見た事ないんだけどね」

「それが良いですよ、僕の目を見たら恋に落ちると評判……あ、駄目。今のナシで。最近見られたばっかでした」

「アンタも自分の世界を持ってるねぇ……」


 自分で言い出して、自分で却下して、自分の中だけで話を完結させている。その様子を見て思わず呆れたように呟いた店長。別に何があった訳でもないくだらない遣り取りであったが、何となくリズムを取り戻したような気がする。


 新たな出会いがあった日。しかし、その相手はどうにも面倒そうな、そして嫌になるほどシンパシーを感じる人物であった。


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