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暁降ちを望む  作者: コウ
激走の夜
123/333

 風見ビルから少し離れた建物の屋上、そこには暗闇の中で必死に目を凝らす二つの人影が存在していた。


「マリア、MCポイントに移動。おじ様達も向かうから上手く連携して」

「ん、分かった。祈ちゃんもお願い」


 篁とマリア、付き合いが長く息の合った二人は初期配置でコンビを組んでいた。それぞれ他の誰かと組ませて交流させるのも良いが、今は悠長にそんな事をしている場合ではない上にそれに合った作戦を考えるのは本当に面倒だ。

 そうして組まされた安牌コンビの最初の役割が、作戦エリアのほぼ中心に位置する高所から全体の様子を把握する事である。腕輪の効果によって向上した視力は既に宮村と男を捉え、彼女達の役割は達せられていた。


 初期配置での役割を果たしたのだから、次は移動して新たな仕事が待っている。二人は視線を交わしてから頷き合った。ここからは別行動、夜の闇にも臆する事なくこの場を後にするマリア。そんな様子が頼もしいやら余裕があり過ぎて心配やら、思わず苦笑して、篁は気合を入れる意味を込めて自らの頬を軽く叩く。すると、その手と頬の間から微かな光が発生して、そしてすぐに消えていった。


「はぁいはい……さて、あたしは次の合図を出してからMEポイントか……働かせるなぁ」




「連絡、かぁ……」


 時間は再び遡り、作戦会議中。とても順調に作戦の説明ができていた真田であったが、篁によるツッコミを受けて腕組みをしながら俯いてしまった。

 そのツッコミと言うのが、連絡方法である。全員がそれぞれに行動しなければならない作戦。しかも、内容は一通りだけではない。いくつかのパターンにリアルタイムで対応しなければならないのだ。現状を伝え合う方法がなければそれは不可能。他者とのコミュニケーションを考えた事のない、あるいは真田らしいと言える見落としだ。


 そして、そんな中で真田と同じように頭を悩ませているのが吉井である。何となく自分が役に立つとしたらここしかないと勘付いているのだろう。


「みんなで同時に通話できる方法かぁ……しかもガラケーが三人。……ごめん! 私、力になれないかも!」


 しかし結果的に匙を投げてしまった。問題は主に時代に適合していない真田・宮村・日下の三人にある。彼らはいわゆるスマートフォンという物を持っていない。従来型のフィーチャーフォンを使用している三人の弱みが、グループによる通話ができない事だ。たった一秒が重要なこの作戦、呑気に連絡を取っている余裕はない。何か喋れば全員同時にその言葉を受け取る事ができるようでないと難しい。


 今すぐ全員で同時に(できれば無料で)通話できる方法を考えていた、恐らくこの中でも最もこのような事に詳しいであろう吉井。そんな彼女に見付からなかったという事は、つまり携帯電話以外の要素で連絡を――正確に言えば、意志の疎通ができる方法を見付けなければならない。

 そう、連絡を取るという発想から抜け出た瞬間、真田の頭の中で何かが眩く光ったような気がした。言葉を交わさなくとも意志の疎通ができれば良いのだ。


「――じゃあ、さっき篁さんが言ってた魔法……使えませんかね」

「え、あたしの?」

「はい。えっと、光るヤツ……ですよね?」


 考えていた作戦を説明する前、実行が可能かどうか確かめる意味を込めて篁とマリアの使う魔法について聞いたばかりだったからこそ思い浮かんだ方法だ。個人戦闘に向いていないと彼女は言っていたが、それは割と正しい。しかし、こうして誰かと組んだならばとても使いやすい強力な魔法だ。


「まあ、そうだね。自分で自分の体叩くとピカッて光るのよ。強けりゃ強いほど明るいの。何か通電でもしてんのかなーって思ってるんだけど」

「うぅん……雷属性なんでしょうか……まあ、ともかくです。作戦序盤の情報共有を篁さんのフラッシュの回数とかでできたら良いかなって、そう思います」


 腕輪に触れて魔法を使える状態にしてから篁が一度手を打ち鳴らして見せると、両手の間から眩しい光が発せられる。攻撃能力は一切ない、直後に戦闘行動に移る事ができる仲間がいてこその目くらまし。そして、夜なら極めて目立つ合図となるのだ。




 立て続けに三度のフラッシュ。これは宮村が男の追走を始めて、二つ目の分かれ道を右に曲がった時の合図だった。作戦エリアの中心から発せられた光は、待機していた全員が等しく同時に見る事ができる。そして、相手の男にはそれが理解できない。せいぜい何かの合図である事までは分かるかもしれないが、それ以上は分からない。意味を考えさせる効果も望む事ができるかもしれない。

 これが真田に考えられた、使える手の中で最善だと思われる方法だった。


 合図はごくシンプルなもの。ただ明滅する回数で知らせるだけである。単純であるが故に、あまりにパターンが多すぎると把握しきれない。そのため、今回決めた合図は四回までだった。たった四種類の合図で全てを伝える。

 本来なら不可能である。そもそも、最初に三つの分かれ道に対しての合図がなかった。その段階で行先を伝える三種類の合図があって然るべきなのに、それを用意しなかった。とは言えその理由も単純明快。高い確率で男が左に曲がると事前に予測していたためだ。




「これさぁ、マジでこの通りに行くのか?」

「さあ、分かりません」

「んな適当な……」


 鉛筆による書き込みと、主な魔力のない(人通りのある)道に引いた緑色の線が増えた地図を見ながら純粋かつ当然の疑問を口にした宮村は、真田のあまりに無責任な発言に絶句した。それも当然、真田がこの作戦の立案者なのだ。この作戦は上手くいくのだろうかと聞かれて一切悩まず分からないと答えられたら言葉もない。

 もちろん、戦場は生物だというような意味でこのような発言をする者もいるだろう。しかしそれでももう少し自信を見せるものではないだろうか。ここまで堂々と言い切るとは。


 一応真田なりの考えがなかった訳ではない。台本の練り込み不足でその考えの説明を挟む事ができなかっただけだ。そのために、補足として宮村に同意を求めるよう述べる。


「僕の経験則ですから。他の人がどうかは分かったもんじゃないです。でも僕の経験上、逃げる時には手当たり次第に曲がりたくなるます。あっちこっちに曲がって逃げて……宮村君だって分からない事はないはずです」

「ん? あー……ああ、まあ、そうかも」

「先輩、意外にアッサリ納得しましたね……」


 聞いていた日下は、分からないでもない気はするがすぐには納得できないと言った様子。なので少し考えただけですぐに同意した宮村に対して怪訝そうな視線を向けている。

 しかし、宮村も真田の言っている事が割と納得できてしまったのだから仕方がない。彼の頭の中には桜色をした巨大な謎の生物(の着ぐるみ)が全力で追い掛けて来る光景が浮かんでいた。あの時も確かに右に左に、足の向くまま極めて適当ではあるがとにかく曲がりながら逃げたのだ。なお、それを説明するのは面倒なので真田は何も言わず、宮村は言葉を濁すばかり。何とも言葉にすることが難しい思い出である。


 そんな何の話をしているのかと不思議そうな空気が漂う中、曲がりながら逃げる事以外の作戦の前提を説明する方法を思い付いた真田が軽く手を合わせてから首を傾げる。


「それとですね、分かれ道で右が魔力のない道、左が魔力がメチャクチャに濃い道。逃げてる時にどっち選びます?」

「ああん? ……右。魔力ない方が良い」

「僕もそうです。でも、多分ここは左にした方が正解なんですよ」

「正解あったのかよ」


 ただのアンケートのつもりで答えてみたら模範解答が存在していた恐怖。これがテストだったとしたら、尚の事恐ろしい。


「だって、魔力が濃いって事は人がいないんですから、遠慮なく走れるじゃないですか。前にあの人を追っ掛けた時に分かったんですけど、人通りがあるとどうしてもスピードが落ちるんです。当たり前ですけどね。単純なスピード勝負にならなくなるんですよ」

「なるほど。つまり、その男はピンクの道の方に曲がる可能性が高い、と」


 理解を示した梶谷に対して、真田が頷いて見せる。あの時、人通りのあった道から曲がる瞬間、真田に追い付かれそうになった経験がある例の男はきっと学習をしている。そう何も考えず走り回る事はないだろう。


 そして、この地図にはビルの周囲を囲むようにピンク色と緑色の線が引かれていた。ビルによく出入りする男、周辺の状況は把握しているに違いない。宮村が追い掛け始めた最初の分かれ道、三方向に進む事が可能であるが、その内の二つは緑色の線によって道が塞がれているのだった。




(おぉ……真田の考えた通り、上手い具合に誘導できてるわ)


 結論から言って、真田の作戦はかなりの精度で上手くいっていた。最初の分かれ道はもちろん、その後も想定通りのルートを男は走っている。緑色の線によるルート封鎖のおかげで一本道も同然となっているのが大きいだろう。二つ目の分岐を右に曲がるルート、これが最も相手の選択肢を狭める事ができるルートなのだ。合図の一つすら必要としない、彼らにとって最高の当たりルート。


(もうちょいだ、もうちょい……)


 この作戦は、宮村がひたすら追い続けて終わるものではない。作戦は次の段階に移らなければならない。そのタイミングがもうすぐ訪れる。思わず力が入りそうになった拳を必死に押し止めて、軽く軽く握ろうと意識した。

 チラリと、右前方に視線を向ければそこには寂れた雑居ビル。何が入っているのか、今も機能しているのか分からないそのビルこそが目印だ。男がその雑居ビルを通り過ぎようとするまさにそのタイミングで、これで最後とばかりに右腕を振るう。


「来た……いっけぇっ!」


 もう走る必要はないと足を止め、ここまでのフラストレーションを全てぶつけるような見事なフォームだった。ここにきてようやく放つ事のできた、本当の意味で当てなくても良いパンチ。その風弾は伸ばした腕から真っ直ぐに飛び、男の右腕をかすめる。そしてその瞬間、再び乾いた破裂音と共に一度だけ強烈な発光が男を襲った。


「ぐ……うぅっ!」


 二つの衝撃に襲われた男であったが、足を止める事はできない。ガクンとスピードは落としたものの、その足は止まる事なく前に出続けていた。一瞬の光で目が眩んでいる間に背後の追跡者が姿を消している事にも気付かず走ろうとしている彼は、チカチカと点滅する視界の中で必死に、三方向の分かれ道を見ていた。緑の線での制御がし切れない、正面と左の二方向に曲がる事ができる道だ。


 この道、ここを左に曲がらせたい。作戦は既に『相手の行動への対応』から『相手の行動の制御』へとその動きを変化させている。その方法は実に簡単。行かせたくないルートを妨害してしまえば良い。


「――まったく、暑い夜だ。氷をあげよう」

「何っ……」


 分かれ道の右から、一人の男がヌラリと姿を現した。何故か透明なペットボトルを持ったその男が素早く腕を振るうと、そこから水滴が放たれた。この場にいるのは魔法使いだけ、誰もが全ての出来事をゆっくりと流れる時間の中に収める事ができる。

 ここまで逃げて来た赤い男は、突如として現れた新たな人物に驚き足を止めようとする。空中の水滴は十字路を右から正面の道へ斜めに飛びながら、その状態を変化させる。その水は、魔法によって生み出された水とペットボトルの中の水道水が混ざった物だった。勢いよく飛ぶ事で形状を変化させた水滴は、触れた物を凍らせる魔法の力によって、次第に氷へと変貌を遂げる。それはまさしく氷の弾丸。


 現れた男――梶谷は全身から魔力を迸らせている。そこには間違えようもないほどの攻撃しようとする意思が込められており、赤い男もそれを確実に感じ取った。右には敵が、正面には敵による攻撃が飛ぼうとしている状況下、ブレーキを掛けようとしていた足を軸に回転し、彼は左を選ぶ。

 唯一の道は即ち、新たな敵から最も分かりやすく距離を取る事ができる道だ。その道を全力で駆け抜けようとする男に向かって、梶谷は再び腕を振るう。放たれた水滴は、激しく振られていた男の右腕に直撃した。


「こんのっ、凍りやがる……っ!」


 基本的に魔法の力は絶対だ。それぞれの魔法のルールに逆らう事は難しい。この場合の、梶谷の魔法のルールは放った水滴に触れた物を問答無用で凍らせる事。それは人体であっても関係はない。かつて真田の体を砕いたように、彼の魔法は男の右腕を凍結させた。

 自らの体だけで完結する超近接タイプの魔法を持つ男には、真田のように梶谷の魔法を未然に防ぐ手段は存在していない。しかし、その後ならば話は別だ。右腕を覆っていた霜が消え始める。そうすると中からは、赤々と色を変えた肌が姿を現した。赤熱するほどに体温を上昇させる彼の魔法。熱の要素が完璧に氷を溶かし切ったのだ。


 相手からの攻撃を無効化した男は走り続ける。梶谷が追っている様子はなかったが、できる限り離れたいという気持ちが働いたのだろう。そうして迎えた正面と左の分岐点。どちらも選ぶ事が可能なポイント、真田の考えに従うならばこの場合は左に曲がろうとするだろう。だが、ここは正面が助かる。そちらの方が手間が減る。


 ならばどうするのか。妨害だ。


「こんばんは。お相手、お願いします」


 選ばせたくない左ルートからまた新たに一人、別の人物が登場する。長箒の先端を外した、ただの長い棒を構えた少年。部活を辞めて竹刀を持ち歩いていなかった日下である。この武器は出発前にカフェで調達した。少々扱いにくいが、腕輪で強化された腕力ならば強引に振り回す事も可能で、刀をイメージする事もできる。

 道を塞ぐため先回りして配置された伏兵。その存在が男の足を鈍らせた。どう動くのか。伏兵の方へ進む事はできない。必死こいて逃げて来た自分と、明らかに万全の体勢で長物を構えた相手。戦闘は避けたい。ならば振り返って後退するか。問題外だ、敵がいた方向に逃げる事などできない。


 そのように判断するだろうと予見していた真田の目論見は的中する事となる。男は正面の道を選び、日下の目の前を全力で過ぎ去った。それを日下は見送る。攻撃をする事もできたが、今回の作戦では追い掛ける事こそが彼の役目だ。


(ここから俺が追い掛ける……宮村先輩と梶谷さんが移動して、それで……えっと?)


 作戦に集中していないと言うべきか、むしろ作戦の事しか考えていないと言うべきか。日下は箒の柄を腰の鞘に納めた刀のようにして持って走りながら、この後の展開を必死に思い出していた。武器の調達にまで頭を使わなければならなかった彼は少しばかり暗記が甘い。

 それでもどうやら鍵となるポイントを見ればそれをヒントに思い出せる事ができるよう条件付けはしてあったらしい。先に見える十字路が記憶を刺激する。


(ああ、そうそう。ここで道が分かれるから、右側に行かないように牽制するんだった)


 左は緑の線によって封鎖されている。そして他の理由でもこちらの道を選ぶ可能性は低い。よって、右を塞ぐ事で正面の道を選ばせる事がこの場における日下の仕事だ。スルリと気負いのないスムーズな動きで箒の柄を上段に構えると、振り下ろした事で生まれた鎌鼬が右ルートにある壁を傷付ける。ここのタイミングは重要だ。男が十字路に差し掛かる直前に行動を起こさなければ制御ができない。


「! こっちは……」


 男は真っ直ぐ走りながらも僅かに左へ膨らみ、右へと曲がる準備をしていた。そこで突然、壁にダメージが発生した事で彼は悟っただろう、これは追い掛けて来ている敵の攻撃だと。脅威を感じてそのまま真っ直ぐに走り続ける。

 ここからの展開は日下も流れで思い出す事ができていた。このまま走って行けば、その先には二つ連続の分岐がある。正面と右を選ぶ分岐、そこで正面を選ばせると直後に正面と左の分岐が待ち構えている。


(よし。……で、もうすぐCポイント。そこから、連続で、誘導!)


 ジワリと浮かんだ手汗で滑らないよう、しっかり柄を握り直す。先程と同じだ、右ルートに対して攻撃を仕掛け、そちらを選ばせないようにする。そこからは管轄外だ。二つ目の分岐は正面を妨害しなければならない。正面への攻撃は得意分野であるが、前を走る男に当てないようにするのは極めて難しいのだ。だからそこは、別の手が打ってある。

 分岐の直前、今しかないタイミングで、日下は再び棒を振るった。


(ここだっ!)


 壁や電柱。完全に破損させるような事態にはならなかったが、それでも攻撃の意思を感じさせるには充分過ぎる威力だ。それを見てやはり、男は右ルートを選ぶ事はしなかった。だが、すぐに次の分岐がある。彼らの足ならば三秒にも満たない。ほんの一瞬の勝負。

 彼らの足は速い。一般人の中なら世界にも余裕で通用するだろう。そんな彼らの横を、一陣の風と共に魔力が駆け抜けた。


「えええいっ!」


 ほんの一瞬。文字通り瞬く合間。それほどの短い時間で、正面の道に一人の少女が現れていた。物陰から姿を見せたのではない。砂煙を纏いながら、突然そこに出現したのだ。そう、彼女こそが先程吹いた風の正体。


「なっ……コイツ、どっから出やがった!」




「ううん……一番納得できないです」

「何でよ! マリアの魔法なんだから納得してよ!」


 回想も、篁とマリアの魔法の説明へと遡る。篁の発光する魔法にも今一つ納得はできていなかった真田であったが、それに次がれたマリアの魔法は首を捻るくらいでは収まらない。何だそれはと肩を落とすほど。

 マリアも自らの魔法について理解してもらえない事が、特に真田に理解してもらえない事が腹立たしいのか腰に手を当てて仁王立ちしながら不満に頬を膨らませている。


 言っている事が理解できないのではないのだ。使う魔法の効果は分かった。しかし、その原理がどうにも分からない。もちろん、原理など分かるはずもないのだが、そんな話でもない。とにかく表現が難しいのだが、シンプルに言うと『よく分からない』と、これに尽きる。


「……もっかい、教えてください」

「雷で、すっごい速く走れる」

「納得できないです」


 何とも簡単な説明である。そして、間違いなくこれが全てである。速く走れるようになったのは真田達も同じ事、それを改めて魔法と言われてもピンとは来ない。どうやらもっと速いらしいのだが、それが雷属性だと言われるとどのような原理で速くなっているのか分からない。

 ちなみに、どうして雷属性だと分かるのかと問うてみたら「何か走る時にバチッてするから」といったありがたいお返事があった。原理を解き明かすヒントになりそうもない。


「電気で筋肉を収縮させて……とか、そんな感じでしょうか」

「いやいや、もしかすると雷のような速さで走れるという魔法かもしれないよ?」

「おじ様、そんな表現上の事が魔法になるんでしょうか」

「さてね。ただ、思っていたよりも魔法は何でもアリだと思うよ。私の魔法も単純に水とは違う。我々が追う例の男とやらも熱を操っているのであって火とは厳密に言うと違う。君もだ、選択肢として存在しているのなら、それは光属性と呼ばれるべきだろう。つまり……魔法は、自由過ぎて考えるだけ無駄だという事だね」


 予想はいくつか飛び出す。真田の考えも正しい可能性があるが、梶谷の言い分を聞くと文章表現を実現している魔法という可能性も否定できないような気がしてくる。つまりは考えるだけ無駄、という結論に落ち着くのだが。こんなものまでアリになってしまうと、今後は見知らぬ魔法使いの能力の特定がさぞ困難になる事だろう。頭の痛い話である。


「はぁ……もう、何でも良いです。雷だろうと収縮だろうと、理由とかはもう何でも良いんで、その能力だけ頭に入れておきます」

「ふふん、マリアに任せておけば全部だいじょーぶよっ!」


 匙を遠く彼方まで放り投げた真田を見て、どこにそのような表情をする根拠を見付けられたのだろう。何とも嬉しそうと言うか満足そうな顔で、彼女は薄いと表現するにも至らない胸を張っていた。




(はっや……見えなかった。あの速さでカバーに入れるなら助かるなぁ)


 マリアは、日下が先程攻撃した右ルートに潜んでいた。日下が攻撃をした直後に姿を現し、魔法を使って正面に回り込むという算段だ。彼女の能力については篁からも太鼓判を押されていたので信用はしていたが、想定以上の圧倒的なスピードである。まさに光速、あまりに驚異的なスピード。


 どこにいても即座に飛んで来る事ができる魔法、何とも便利ではないか。使い勝手が良い。速すぎて直線にしか進めないという欠点があるらしいのだが、それが《猪幼女》などと呼ばれる由縁か。


 無事に男を左へ向かわせる事に成功した二人。追跡を続ける日下に最後の仕事が待っていた。それこそが、最後の分岐へ追い込む事。

 十字路、正面に真っ直ぐ進ませなければならない最後の関門だ。


(来る。三方向全部が選択肢、二つを潰す……お願いします!)


 日下の仕事はここまで追い続ける事。これ以上は何もせずとも、話は動き始める。熱帯夜に相応しくない冷気が漂い、再び疾風が駆け抜ける。


「やあ、また会えたね」

「ここは通さないから!」


 右ルートには先程の妨害の後に先回りをしていた梶谷が、自らの水滴を混ぜたペットボトルの中身を撒いて自らのフィールドを作り上げている。左ルートにはマリアが、安定感を誇るスピードで回り込んでいた。彼女は幼い少女、一気に蹴散らす選択肢もあるかもしれないが、三方向に敵がいる状況だ。愚かな選択はしない。

 真っ直ぐ走りながら左右に首を振って状況を確認した男の目は、可哀想なほどに泳いでいる。当然だ、普段通りに一日を終えようとしていたら急に追い掛けられて、逃げ切るどころか徹底的に回り込まれて捕捉され続けているのだから。恐怖だ。捕食者に狩られる恐怖。


 足を止めた日下は、箒の柄で肩を叩きながら夜空を見上げる。作戦を完璧に暗記できてはいなかった不安感は、それを乗り越えて上手くやり切った達成感へと変化していた。


(俺も、ちゃんと仕事しましたよ……後は任せます)



 男は走るスピードを落とし始めた。いつの間にか、気配も魔力も薄くなっている。背後には誰もいなくなっている。この状況で彼が安易にスピードを落としたのは、無意識の安堵感によるものだろう。


「……? 追ってねぇ……のか?」

「追ってないけど、もうゴール目前だよ」

「なっ……かはっ――」


 振り向いた男の目の前には、彼にとって初めて見る顔がまた新たに出現していた。ニヤリと笑って告げた彼女は両手を顔の前まで持ち上げて、強く一度、打ち鳴らす。今宵三度目の発光。視界を光によって閉ざされた男は、至近距離からの衝撃と混乱、そして先程の安堵感によって切れかけていた精神のせいか、完全に足を止めた。


「クソ……クッソが……ふざけんな! 何が起きて……っ!」


 両手で顔を覆いながら恨み言を口にする男だったが、その視界もじきに回復する。しかし、篁は既に姿を消していた。どこに行ったのかと周囲を見渡した彼が代わりに目にしたのは一人の少年。


 《メゾン・ド・カワカミ》、木造のワンルーム、建てられてから結構な年月が経過した、外観からも感じ取れる安アパートだ。その前に少年はいる。


 何も考えずに必死に走った時、足は自然と慣れた方へと進む。かつて彼が追い掛けられた際、いつの間にか学校へ向かっていたように。逃げていた男のルート選択は魔力を根拠にしたものだけではない。それと同時に、自らの家へ近付こうと足を動かしていたのだ。


「お帰りなさい。――それと、お久し振りです」

「お前、は……」


 緊張感と魔力をその身に纏いながら、真田 優介は立っていた。

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