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暁降ちを望む  作者: コウ
準備万端
119/333

「――いや、誰?」


 風見市。まだ二度目とはいえ今日も客のいないカフェにて。

 宮村を先頭に梶谷、日下、真田と続いて最後に入ってきた吉井を見た篁の第一声がこれである。自分が呼び出した四人の後ろから当然のようにマスクを着けた女性が付いて来たのだ。怪訝に思うのも無理はない。


 口には出さないが、他の二人も同じような表情をしている。明らかに四人と別の客とは思えない距離感、それも魔力を感じさせない一般人。顔はと言えば半分が白い使い捨てマスクに隠されている。思わず発せられてしまった一切オブラートに包まれていない極めてシンプルな疑問。それを受けて宮村達が真田を見る。当然だ、真田だけが唯一説明する権利と義務を持っているのだから。

 しかし言葉が出ない。アパートから少し離れたコインパーキングに停めてあった梶谷の乗って来たらしいシルバーのカイエン(駐車場で明らかに浮いていた)でここまで送られている間、真田は疲労で当然行うべき説明の内容を考え忘れていたのだ。後頭部を軽く掻きながら、説明台本を急ごしらえで作成しようとする。


「その、ですね。実はその……かくかくしかじか、と言うか……」

「とらとらうまうま、と言うかってヤツだな」

「どこのフロイトさんですか」

「や、どっちにしてもあたしにはサッパリ分からん」


 文章表現上の省略などではなく、実際に口に出した。焦りに焦ったせいで頭が回らなかったのだ。そうすると何故か宮村まで乗っかってきたのだが、もちろんこんな言葉で説明ができるはずがない。漫画などではどうして伝わるのだろう。実際は事細かに説明しているのだろうか。そしてこの言葉は一体どこからやって来たものなのだろう。


 そのようなほんの短い時間稼ぎが功を奏して一応ではあったが話も纏まる。たどたどしいながらも、真田は吉井について説明をした。彼女との出会い、それからの暮らし、例の探していた魔法使いとの関係、魔力傷に至るまで。大筋は宮村達への説明と同じだが、真田が女性をホイホイと家に連れ込むような人間ではないという事に重きを置いての説明だった。彼女達とは出会ったばかりで真田の人間性を正確には把握していないのだ。必要な編集である。

 その代わりに他の部分では要点だけに絞って話をしたためか、トータルでは先程よりも早く話し終わった。


 真田なりに重要な話をしたつもりであった。魔法使いを探そうとしていた理由、そして魔力傷の概念まで説明をしたのだ。真田についてほとんど多くを曝け出したと言っても過言ではない。会ったばかりの相手なのだから破格の対応である。


 それを受けて、篁の反応はこれだった。


「はぁ、ふぅん……同棲ねぇ」

「どうしてそこだけ抜き取ったんです?」


 前後を無視した抜粋、恣意的な言い換え。極めて悪辣な編集である。真田のすぐ隣で吉井が「あらヤダ」などと言いながら照れる真似をしているのだから面倒な事この上ない。げんなりとしながら変えず真田にまた別の方向から声が飛ぶ。


「ちょっ、ちょっと! マリアはそんな女は認めないんだから!」

「僕は何を怒られてるんです?」


 理由も分からず小学生に怒られてしまった。何をしたと言うのだろう。真田は倫理的に問題がある行動をしたのかもしれない。が、それについて彼は全力でフォローを入れたつもりなのだ。そこを除けばむしろ褒められるべきではなかろうか。何ともやるせない気持ちで最後の一人を見る。何かしらの救いを求めての動きだっが、その救いを求めた相手はしかし――


「わたしゃ店に客が増えるなら何でも良いよ」

「凄い無関心ですね。もう何でも良いとか言い出しましたね。そんでこのノリちょっとデジャヴなんで止めて良いですか?」


 誰も真田の話を真面目に聞いてなどいなかった。店長は興味無さげにひたすらグラスを磨いている。そのグラスはいつ使った物なのだろう、そしていつから磨き続けているのだろう。もうこれ以上ないほどにピカピカだ。完全に手慰みである。篁達以外の客がどれだけ来ないのだろうか。


 口々に言われた事に対して言い返すような流れは非常に良くない。それはつい先程やって散々疲れたばかりなのだ。このまま宮村辺りまで口を開き始めたらもう収拾がつかない。そう考えた真田は生贄とばかりに吉井をグイと前に出し、自己紹介を促す。すると、彼女は着けていたマスクを外して火傷を露わにし、笑った。


「えーっと、吉井 香澄でーす。ちょっと今こんな顔しちゃってますけど、よろしくお願いしますっ」


 外したマスクをポケットにしまい込んでから、右手を挙げて名乗る彼女の口調はどこまでも明るい。何も考えていないのではないかと思えるほどに。平気な顔をして自虐まで挟み込むその様子は、いつかの嘆いていた時とは大違いである。治る目処が立って心に余裕ができたのか、少しでも心を癒す事ができたのなら真田にとっても喜ばしい事だ。

 すると、先程まではいやらしくニヤニヤ笑っていた篁も、その笑顔の性質を変化させた。少し真面目な色を滲ませた、子を見守る親のような優しさを持った笑顔。


「女の子が顔にそんな傷付けちゃって……人前に出るの、勇気が要ったでしょ? よく頑張ったね。あたしは篁 祈、全力で手伝うわ」

「ありがとうございます! えへへ、優介が絶対何とかしてくれるって信じてますから、火傷ももう怖くないです! 清咲の学生さんなんですよね? すぐにでも学校復帰しそうだし、すぐに期末があるからちょっとそっちも手伝ってくださぁい」


 吉井はなかなかどうしてコミュニケーション能力が高い。満開に咲いた笑顔と無邪気さ、度胸と少しの図々しさで年上の相手の懐にも飛び込んでしまう事ができる。まだ初めて顔を合わせて少ししか経過していないのに篁は既に彼女の事を気に入っているようだった。女性として顔の傷に心から同情できるらしい。そして、それを跳ね除けるような強さを見せている吉井の事を早くも認めている。新たに顔を合わせるメンバーの中心人物にこれだけ気に入られたのだ、割と簡単に馴染めるかもしれない。


 けれど関門はもう一つ。あるいは最も考えが読めない上に少々身勝手な面があるため、それが一番厄介であるかもしれない最年少の少女。

 しかし、彼女もまた吉井に対して同情的であった。下から睨み付けるように見ていたが、その言葉はどうも切れ味が悪い。


「マリアよ。……む、むむ……よろしくしてあげるわ、負けないけどね!」

「わぁ、さえちゃんだね!」

「ちょっと! さえ(・・)ってどっから持って来たの! 何で知ってるの!」


 何に負けないのかは分かった事ではないが、どうやら認めてくれたらしい少女に対して吉井はノリだけで決まったような呼び名を付ける。それは明らかにマリアという名前には掛かっておらず、意図的に省かれた苗字の方が元ネタだ。事前に真田が三人の名前をフルネームで伝えておいたのだが、どうもその時に思い付いたのだろう。

 なお、その名字の知識の出処が判明してしまうとマリアに引っ掻かれそうなので真田は固く口を閉ざした。吉井も誰から聞いたのかは口にしないので、これで丸く収まるだろう。丸くとは言っても一ヶ所が思い切り尖った水滴状なのだが。


 そんな尖りに尖ったマリアをいつの間にかカウンターから出てきた店長が抱え上げて引き離す。このままではギャーギャーと面倒な事になりそうだったので、それはファインプレイと呼んでも差し支えないだろう。


「はーいはい、マリアちゃんはちょっと黙ってな。私はこの店の店長の木戸、今後とも当店をよろしくね」

「はい、よろしくお願いしまーす! ちょっと雰囲気良いから気に入っちゃった。あんまり人もいなくてゆっくりできそう!」

「ああ……うん、そうだね。ゆっくりすると良いわ、うん……」


 かなりナチュラルに痛い所を突かれて、店長は肩を落とした。人に客が少ないと言われるのは辛いらしい。いや、客が少ないと直接的には言われていないのだが。気にし過ぎて被害妄想の兆候が出始めている。出会ったばかりというだけでなく、どう見ても悪気がないので怒る事もできず、スゴスゴとカウンターの奥に戻っていく妙に背中に哀愁を漂わせた大人の女性がそこにはいた。

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