2
四人掛けの四角い長方形のテーブル。長辺に二人ずつ座る形となっている。片方には真田と吉井が。それと向かい合って宮村と日下が座っていた。梶谷は椅子が足りないので何か用意しようとしたが、「私は話に加わる訳ではないから遠慮しておこう」などと言って立ったまま紅茶に口を付けている。そんな姿もやたらと優雅に見えた。
「――しかし、これはなかなか良い茶葉だと思うんだが、高くなかったかい?」
話に加わらないと言っていたが、先陣を切って梶谷が喋り出した。それは別に悪い事ではない。何故ならば、他の四人が驚くほどに口を開かなかったからである。せめて何か話して本題に入りやすい空気を作り出そうというパスだ。これ幸いと真田は前髪に隠れた目を爛々と輝かせる。
「そうなんですよ。カップは持ってたんですけど葉はなくて……全力で買いに行ったんですけど、僕あまり紅茶に詳しくないんです。とりあえず高けりゃ間違いないと思って、そんでダージリンは聞いた事があったんでそれを選んだんです」
「ほう。ダージリンは香りが強いからストレートに向いている。良い選択をしたと思うよ。特にセカンドフラッシュはね」
「へー、私も紅茶に詳しくなかったから適当にストレートでいっかーって思って淹れ方調べてたんですよねー」
「はっはっは。息が合っているじゃないか。どうやら昨夜、より仲良くなれたみたいだね」
真田と吉井が二人で「いえーい」と軽くハイタッチする。一気にここまでコンビネーションが良くなると、もはや少し気味が悪いレベルだ。
しかし、そんな二人の様子を見て……と言うより、梶谷の言葉の方により大きく反応して、宮村の手が小刻みに震えて持っていたカップがカチャカチャと音を立て始める。
「お、おい? えっとー……真田、君? あんだって? 昨夜……なんて?」
「え、あ、いや……誤解ですよ? お考えになってるような事はないですよ?」
「お考えって何だよ、俺は別になーんにも考えてないぜ? ってこたぁ何かあったって事か!」
「宮村先輩、落ち着いて!」
カップを置いて立ち上がろうとしていた宮村を日下が全力で食い止めようとしている。宮村はもう動揺全開である。それも仕方ない。自分の友人が一人暮らしをしていると思ったら何故かその家にクラスメイトの女子がいて、やたらと仲良く接している上に夜に何かあった事が示唆されたのだ。動揺だってしようというもの。もっとも夜にあったのは別にいかがわしい事ではなく、ただの語らいだったのだが。
再び座り直した宮村はカップに口を付けて気を落ち着かせようとしている。こんな混沌とした状況で、渦中の吉井は(やはり真田が全力で買ってきた)さくらんぼが乗ったショートケーキを満面の笑みで食べていた。もはや全てを知っているはずの彼女であるが、会話に加わるつもりはなさそうである。篁と出会った時から今も、何故だか妙に真田が矢面に立たされている。
そんな、強制的に立たされている真田へと、見掛けばかりはようやく落ち着いてきたらしい宮村から思いっきり震えた矢が放たれる。
「で、だ。それでよ。そんで……まあ、何があったのか聞かせてもらえるか?」
「う、うう……はい。そのですね、あれは日曜……というか土曜の深夜ですね。宮村君と一緒に変な真っ赤な男に襲われたって話はしたじゃないですか。その後の事なんですけど――」
そうして真田はできるだけ簡潔に話した。吉井と出会った事、顔に火傷を負った彼女が帰りたがらない事、火傷が未だに治る兆しを見せない事、梶谷に相談した事、魔力傷の事、魔法使いについて話した事。一応、事前に頭の中に台本は作ってあったのでスムーズに話は進んだ。それでも吉井がケーキを食べ終えて、物欲しそうに見られた結果差し出す事となった真田の分まで半分ほど食べてしまうだけの時間を要したが。
「んー……」
話を聞き終えて、宮村は腕組みをして唸っていた。その横では日下も考え込むように天井を仰ぎ見ている。この話を聞いてどのような感想を持ったのか、それを真田は知る事はできない。ただひたすら、口に出して言われるまで待つしかないのだ。まるで判決を言い渡されるのを待つように姿勢を正して、テーブルの中央に視線を向けていた。
「……なーんでもうちょっと早く相談しなかったん?」
「それですよねぇ……」
「うぅ……ホント面目ないです」
二人の感想はごく普通に、そりゃそうだとしか言えないものだった。真田自身も、むしろこの反応が怖かったからこそどんどん相談しにくくなっていたのだが。こうして一週間弱の短い間ではあるが同じ部屋で暮らした今になって相談されたらそれはこんな感想になるだろう。
「別にさ、さっさとおっちゃんに相談すりゃホテルの滞在費くらい出してもらえたんじゃね?」
「うん? ああ、そうだね。それくらいならお安い御用だ。風見シティホテルのスイートに一ヶ月から住まわせてあげよう」
「や、その金額出されたら出された側がお安い御用じゃ済まないんですけど……」
どうもこの男の金銭感覚には少々常人とかけ離れたものがある。上手く説得できれば金銭面には困らないという大きなメリットも抱えているので問題はないが。
真田が相談をしなかったのは謎の交友関係を知られたくない事であったり吉井が人と会う事に抵抗を覚えないだろうかなどと色々考えた末のものであったが、そんな事を言っても仕方がない。吉井と真田が一緒に暮らしていた事だけが事実なのだ。
「そ、それにしても……魔法を研究している人がいる事にも驚きましたけど、魔力傷ですかぁ」
日下が凄まじく強引に話を本筋の方へと持っていった。そう、本題はそれなのだ。吉井の事を打ち明ける事も目的であるが、全てを話した上であの男を殺す事を本格的に依頼したいというのが今日の目的である。
「ふぅん……あの真っ赤野郎を倒せば、吉井の火傷も治るのか……」
「そう! 倒す、倒すの! 分かってんじゃん宮村!」
突如、それまで完全に無言を貫いていた吉井が勢いよく椅子から立ち上がりつつ大きな声で言った。手にしていたフォークでビシリと宮村を指している。よく分からないが、どうやら宮村を褒めているようなのだけは伝わった。しかし、宮村自身も何を褒められているのかサッパリ分からずただ困惑するばかり。
「ビビらせんじゃねぇよ……つーか、話した事もないのに超ガンガン来るな、お前」
「え? だって優介の友達でしょ? じゃあ宮村も青葉君もおじさんも、みーんな私の友達!」
「そりゃあ、また……随分と気に入られてんなぁ、真田?」
先程まで困惑、動揺で一杯だったはずの宮村だが、色々な説明を受けてとうとう現状を受け入れたらしい、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらイジる方向へシフトしてきた。一度受け入れてしまえばすっかり高い対応力を見せている。そんな彼に対して真田は引き攣った、それはもう不愉快極まりないという気持ちを前面に押し出した笑顔で返したのだった。
「まぁ、そんなワケで……どうか、僕に協力していただきたいんです。よろしくお願いします」
真田がテーブルに両手をついて頭を下げる。昨夜も同じような行動をした覚えがあったが、その意味合いは異なっている。過去を悔やみ謝罪する気持ちと、未来のために戦おうとする気持ち。同じ行動に、反対の二つの意味が込められていた。
そんな彼を見た宮村達三人の様子は真田には見えていない。しかし、肩に手を置かれて恐る恐る顔を上げてみると、そこには――
「私は元より、協力は惜しまないつもりだよ。涸れた老人の手で良ければ最後まで使うと良い」
「真田先輩の頼みなら、俺に断る道理はありません。全力で、お手伝いします!」
「つーか、俺って割と当事者じゃん。良いぜ、やろう。お前がいるなら俺らは無敵だ」
三つの笑顔があった。彼らは少しも難色を示す事なく、この要請を受け入れる。この時の真田は、これほど簡単に受け入れられた事に驚いたのだが、そんな事は当たり前なのだ。隠し事をされていた事を怒りはすれども、こうして頼まれて断るはずがない。仲間という概念を本当の意味で真田が理解するには、まだ時間が必要なのである。
しかしそれでも、驚きに支配されてなお。真田の表情は無意識に動いた。それは、前髪に隠れていても分かるほど。これまで誰にも見せた事のないような、本物の、満面の笑顔だった。
「ありがとうございます……ありがとうございますっ!」




