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暁降ちを望む  作者: コウ
魔力の傷
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 真田 優介は静止していた。


 昼休みの教室は賑やか。人口そのものは通常よりも少ないが、教室に残っている人々は自由な音量で会話していて通常よりもよっぽど人数が多く感じるほどである。

真田は一人、さっさと昼食(冷たい照焼チキンバーガー三個)をたいらげて自席に座ったまま、静止しているのだ。


 目を閉じて、意識を体全体に行き渡らせる。頭から胸、そこから腕、指先。足、足先にまで行き渡った意識をグッと集中させる。イメージは骨だ。あるいは棒人間。自分の体を極めてシンプルに捉える。中心に中心に、細く細く。

 自分の体はただの細い棒で出来上がっているのだと認識する。その上にある肉も皮も、そしてさらにその上にある物も何もかも、そんなものは全て存在していない。

 その意識を最大限まで張り詰めて、やがて完璧に自分が肉の檻から解き放たれた時、本当に何かから解放されたようなそんな気がした。体が軽い。頭がスッキリする。


 彼がこのような事をしているのには理由がある。それは昨日の夕刻、篁 祈との会話がきっかけであった。



「街を歩くのが大変?」

「そーなんだよ。この辺さぁ、魔力ゴッチャゴチャな所あるだろ? そこ歩いてんのマジで大変」

 乾杯の後、とりあえずの親睦として全員が飲み終えるまで店内で軽く会話をしていた時の事。話題は自然とこの日の散策、もとい索敵へと移り、街中に渦巻く魔力への愚痴へと移っていた。

「体が大きい割に情けないわね、おっきいの」

「まさか、おっきいのってのは俺の事か……そんなにデカくねぇよ、そこそこ普通だよ! そんで情けないとか言うんじゃねぇよ、こちとら大変なんだからな!」


 小馬鹿にしたように言うマリアに対して宮村が噛み付く。ここにも小学生と同じレベルで生きている人間がいた。この勢力は果たして大丈夫なのだろうか。

 ほとんど飲み切って九割方、氷が溶けた水になっていたアイスティーを音を立てながら吸っていた宮村が街中の魔力とマリアへの苛立ちを混合させてブツブツと零していたその話に、篁が擦り寄るように乗っかってくる。


「ふぅん……じゃあさ、ちょっとした裏技を教えてあげる。その感じだと暁クン達みんな知らないでしょ? おじ様も。しっかたないなー、このあたしがまた一つ特別な情報をあげちゃおう。いやー、助かる? みんな助かる?」

「あ、お会計はみんな祈ちゃんで良いかい?」

「はい。えと、そのー、それで……お願いします」

「待って! 感謝の言葉も何も要らないからせめてお代は……!」


 本気で泣きつくお嬢様。先程までブイブイ言わせて乗っていた調子はどこへやらである。


「真田先輩、人見知りしながら会計押し付けるってどういう精神状態なんですか」


 少々ジットリとした視線が向けられている気がしたが、真田は気にしなかった。調子に乗っているとこのような目に遭うのだ。それを知らしめただけなのだ。そんなあまりにも無理矢理が過ぎる正当化が頭の中でグルグル回っている。

 すると、カウンターに座っていた梶谷が鶴の一声を発する。


「では、ここは私が払おう。六人分で良いんだね?」

「そ、そんな! 私の分までおじ様に支払っていただくなんて!」

「良いから話続けてくんねぇかなぁ……」


 混沌である。いつの間にか本題が消え去り、ほぼ二重人格も同然な篁と、そんな困惑する友人の姿を見て大笑いしているマリアと。それに加えて我関せずな真田と日下。場を収めるつもりもない大人組、梶谷と店長。ぽつねんとグラスの中身をかき混ぜる宮村。

 話が再開されたのはここから五分後、店を出るより先に梶谷が六人分の代金を支払った後であった。


「ん、んんっ! あたしが教えるのは、魔力を感じなくする方法よ」


 結局諦めて梶谷に自分の分まで支払ってもらった彼女は、取り乱していたのが少し恥ずかしいのか大きくわざとらしい咳払いをしてから唐突に切り出した。もはや場は完全に別の空気になっていたにもかかわらず、強引に話を引き戻したのだ。剛腕である。

 不意を突かれた形にはなったものの気にならないと言ったら嘘になる話題。全員(主に宮村側の陣営)が居住まいを正して静聴の姿勢を見せる。


「感じなくする?」

「そう。基本的にメリットは無いわ。自分の魔力を他に感じさせなくする訳ではないし、むしろ自分が一方的に敵の魔力を感じられなくなるだけ」


 篁は左腕に着けていた腕時計をズラして腕輪を露わにした。時計が一番メジャーな隠し方なのだろうか。

 確かにそれ自体にメリットはあまり感じられない。ただ単純に目と耳を塞いだのと同じような事だ。しかし、それでもこの話は聞いておきたいほどの魅力があった。特にこの風見市に渦巻く魔力を今日初めて感じた真田にとっては。


「それでも、日常生活を普通に送るためには必須のスキルだと思わない?」



 そうして彼らに教え込まれたのが腕輪から意識を切り離す方法。肉から皮から、その上にある腕輪からも解き放たれて魔力に対して完璧に盲目になる方法であった。


 今、真田は実に約二ヶ月ぶりに魔力を感じない状態にある。登校すればグラウンドからは戦闘の痕跡が魔力として残り、教室に入れば他人(宮村)の魔力が充満している。唯一落ち着けるはずの家では少し前から微かに魔力を放出する同居人がいるのだ。気にならない程度の魔力ではあるが、だからこそ不意に気になるとむしろストレスが溜まる。


 意識を一点に集中させる事で、そこから外れた腕輪への意識を切る。この方法は真田にとって割と相性の良いものだった。本を読んだりゲームに集中したりして嫌な事、マイナス思考から解き放たれる事など日常茶飯事だからである。気分転換としてではなく、最初からそれを目的として強引に集中状態に持っていくのだから、歪んだ話である。


 集中が切れる。すると、真田は解放されていた分いつもより魔力を鋭敏に感じ取れるようになっている気がした。メリットがあると言うほどの事ではないが、索敵前には一度こうして魔力から解放されるのも良いかもしれない。今はジッと動きを止めなければできないが、慣れてくれば生活しながらでも意識を切る事ができそうだ。


 そんな事を考えながら左側を向くと、窓際の席では宮村も座って目を閉じ、同じ事をしていた。かと思えば首を捻りながら腕輪(ちなみに白いリストバンドを両腕に着けて隠している)を見ている。どうも、真田とは違って少々苦手らしい。

 一つの物事に没頭してどれだけトランスできるかどうかだ。宮村はそういった事が得意そうではない。真田は延々と単純作業を続けられるが、確かに宮村は続けられそうにない。集中に欠けると言うのか。


 そうして悩んでいる宮村の所に行って話し掛けるほど真田は真っ当な人間ではなかった。その場から離れるつもりはなく、もちろんアドバイスなどしようはずもない。上手くいっていない宮村を完全に無視して、真田は自身がより慣れるために再び集中を始めた。


 しかし、それ故に彼は迫り来る外敵に対して無防備であった。

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