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こちら側の四人が名乗る段となって、誰とは書かないが三人の意見が合致した。正確にはその内の二人は真田を最後に回そうとしていて、、一人は少なくとも最初になるのだけは勘弁願いたいと思って。そうして、その三人はまず最年長に名乗ってもらおうと視線を向けたのだ。
「う、うん? 私からかい? 私は最後についででも良かったんだが……梶谷 栄治と申します。現在はとある会社の相談役を務めております。以後、お見知りおきを」
自分が最初になるとは思っていなかったのだろう、真田に視線を向けていた梶谷は珍しく少し動揺していた。しかしそこは場慣れした男、すぐに気を取り直して名乗ってから名刺を篁に差し出す。すると、その名刺を受け取った彼女はこれまで一度も見せていなかった穏やかな笑みをその顔に浮かべた。
「やっぱり、梶谷のおじ様ですよね?」
「何だ、覚えていたのか……他人の振りをしていて恥をかいてしまったかな?」
気恥ずかしそうに梶谷が頬を掻く。篁の口調にはまず驚かされた。確かに先程までも梶谷と話す時は丁寧な口調になっていたが、もう少し砕けていた。それが今は何だか格好も相まってお嬢様のようではないか。そして、その口調で発せられた内容にはもっと驚かされた。
「おっちゃん、知り合い?」
「ああ、彼女のお父上は会社を経営する資産家でね。仕事を越えた付き合いをさせてもらった事もあって、彼女とも小さな頃に会っているんだよ。それと、そちらの彼女にもね。同じような理由で会った事があるけれど、今よりももっと小さかったから、名前を聞くまでは分からなかったな」
「? うー……ん?」
お嬢様のようだと思ったが、実際にそうだったようである。一瞬の伏線回収。しかも梶谷と仕事をした上にそれ以上の関係を築いているという事は結構なお家である可能性が高い。そしてそれはマリアも同じであるようだが、引っ掛かるものはあってもハッキリとした事は思い出せないらしく首を捻っている。
「思い出せなくても無理はない。何となく見覚えがあると感じてくれただけでも嬉しいものさ。まさか二人が友達だとは思わなかったから少し驚いているよ」
「左右衛門河家とは家族ぐるみのお付き合いをさせていただいてますから、おじ様がマリアとお会いになった時には既に私とマリアも出会っていたはずです」
「ふむ。仕事は手広くを常としていたが、どうも釈迦の掌だったようだ。世間とは狭いものだね」
「お釈迦様の掌の話をしてから世間が狭いと表現するのも何だか可笑しな話ですけれどね」
ウフフと、口に手を添えて上品に笑う篁。一人称まで変わっている。まだ初めて会ってから少ししか経っていないが、完全に余所行きのキャラになっているのが分かる。梶谷が元からかなり紳士的な部類なのもあって、気のせいか話をしている二人の周囲だけ柔らかな陽が差す庭園のような雰囲気を感じる。
「ヤベェよ……何か超インテリっぽい会話してるよ……」
「お、俺は会話に付いて行けそうにありません……」
「二人とも落ち着いて、別に難しい話はしてませんから。頭良さげでも何でもない普通の会話です。普通に理解できる話です、上流階級の空気に呑みこまれてるだけです。……いや、上流階級の空気がどんなのかは知りませんけど」
一般人共はもう萎縮するしかない。精神的に負けているので別に難しいものでもない話もやたらと難しく感じられてしまっている。真田も少しくらいは裕福であったが、そんな程度ではまるで歯が立たないセレブ感。そのプレッシャーに負けないよう必死に耐えていると、それに気付いたのか篁が通常の口調に戻る。
「――っと、失礼。ちなみに、おじ様は《ミスタークールダンディ》、短くして《ダンディ》とかって呼ばれてるわ」
「ううん、どうもむず痒いね」
クールという言葉は彼の魔法にも係っているのかもしれない。そんな良きようにしか聞こえない響きの渾名が恥ずかしいのか曖昧に微笑む梶谷。今日は彼の新しい面をよく見る事ができる。
渾名の発表が済んだ事で梶谷の順番は終わったらしい、篁の視線が日下の方へと向けられた。どうも彼女の方から指名されているようだ。
「え、あ、次、俺ですか。――日下 青葉、風見中学三年です。家は日下一刀流剣術道場を開いています。未熟者ではありますが、どうかご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」
「ああ、あの大きい道場の……父が名士とは懇意にしたいと昔から言ってたわ。どうも、機会には恵まれないみたいだけれど」
「すみません……父はどうも、外には関心を示さずに剣術に対してストイックすぎるきらいがありまして」
マイナーな剣術道場、実は名士だったらしい。そのような事情には詳しくない真田は普通に驚かされた。恐らく結構なお家であると思われる篁家が懇意にしたいと思っているレベルの有力者。三週間ほど前に知り合った二人は両方ともかなり社会的に力を持っていそうだ。特に、地元である日下家は下手をすれば梶谷よりも力を持つ場合もあるかもしれない。そんな事だけを目的として協力しようとする訳ではなかったが、思わぬ幸運である。
「お互い家庭が大変ねぇ。青葉クンの渾名は《竹刀鼬》。これ、考えたヤツが凄くドヤってたけどそんなに絶賛されるでもなく流れで定着したといういわくつきの……」
「その解説は要らなかったです……」
特に歓迎されて生まれた訳ではなさそうな渾名。その事実に彼は少し落ち込んでいる。好き勝手呼ばれるならばせめてみんなに愛された名前で呼ばれたい。一応、鎌鼬をもじって普段の武器である竹刀に変えたものなのだろう。それ以上でもそれ以下でもない。
日下の渾名も発表された。つまり、日下の番も終わりだ。ここで、それを待っていたとばかりに真田が珍しく勇気を出して自分から名乗り出た。理由は簡単。最初になるのはもちろん、最後に名乗る羽目になるのも嫌だったからである。
「つ、次は僕で。えと、真田 優介です。その、と、特になにもありませんけど、よろしく……お、おね、お願いしま――」
「よろしくしてあげない事もないわ!」
頭にドが付くほど緊張しながら言い終えるよりも先に、カウンター席に座って足をブラブラさせているマリアが声を張り上げた。
「はいはい。食い気味に口挟まないの。特に何もないって事はないでしょ? 腕輪を着けてから二日で二戦して実力者相手に勝ってるだなんて、期待されてるんだから」
「ふんっ、まあマリアの次くらいにはやるじゃない!」
拗ねて以来ここまで口を閉ざして聞いていたのに、急にやたらと元気になっている。何なのだろう。真田の言葉を潰したり自分より下に置いたり、もしかすると徹底的に嫌われているのではないかとマイナス思考の真田は考えていた。
「いえ、その……ひたすらに運が良かったと言いますか」
「仮にそうだとしても、それも実力よ。渾名は《炎の前髪》、何でも昔の特撮ヒーローがどうとか言ってたっけ……あれ、それはたてがみで、それをもじって前髪にしたんだったかしら」
「ほっほーう?」
篁と会った時から前髪などと呼ばれていたが、どうやらそれは渾名で間違いなかったらしい。炎と前髪、実に単純明快な構成要素ではないだろうか。その由来を知って宮村が目を輝かせている理由はよく分からなかったが。特撮が好きなのだろうか。そうなのだとしたら少し意外だった。
ともかく真田の紹介も終わったため最後の一人。目を輝かせていた男の出番である。
「そんじゃ、最後は俺だな。宮村 暁だ、いざって時は俺に任せてくれ。敵なんざボッコボコにしてやるからさ。んで? んで? 俺の渾名は?」
「えーっと、《ボクサー》ね」
「シンプル!」
渾名に少し期待していたらしく、宮村が頭を抱える。宮村の戦っている姿を見てボクサーと名付ける。実に分かりやすい。恐らくセンスに欠けていると自覚している人が名付けたのだろう。そして恐らく、それでいっかー的な空気が回線を通って蔓延したのだろう。なんて可哀想な。
「え、いや、もっとこう……痛かったりネタに走ったりしてて良いからさ、もっと何か変わった渾名が……」
「《ボクサー》、ね」
「シンプル過ぎんだよ! 何かむしろ恥ずかしいわ!」
今度は顔を覆い隠している。耳は真っ赤だ。この何も係っていない適当さ加減。この何とも言えない仲間外れ感。渾名の恥ずかしさや微妙な気持ちを共有できない事が宮村の心にダメージを与えていた。
結果論ではあるが、真田は良い仕事をしたと自分で思っていた。自分が三番目に名乗った事で上手い具合にオチが生まれた。大きなリアクションをする宮村を見てみんなで笑っていると、意外と早く結束できそうな気がしてくる。




