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「コホン……では、改めて自己紹介をさせてもらうわね? あたしは篁 祈。サイトの管理をしてるわ。あんまり魔法を使ったり戦ったりはしてないから、渾名はまだ無い」
どこぞの猫のような言い草である。咳払い一発で場の流れを仕切り直して二度目となる自己紹介をした篁は、自分の事はそこそこに隣にいる女の子にパスを出した。
「次にこの子……」
「マリアよ。まあ、よろしく」
髪をかき上げながら短く名乗るマリアだったが、篁がその頭に手を置いてグラグラと揺らしながら半笑いで注意する。
「こーら、ちゃんとフルネーム名乗るの。それも誠意よ」
「う、うう……セーイなんて……セーイなんて……」
乱れた髪を必死に直しながらマリアがブツブツと零している。何だか分からないが、相当に嫌なようだ。その証拠に、それでもなお決してフルネームを名乗ろうとしていない。
だが、そうやって名乗らないのも想定の範囲内だったのかあまり待たずに篁が勝手に名前を教えようとしてきた。
「この子はサエモンガワマリア」
「さえ……っ!?」
咄嗟に頭の中で漢字に変換できなかった。と言うよりも想定よりもかなり長かったり響きが変わっていたりして上手く聞き取れなかった。その名前にピンと来ていない事もまた想定通り、またマリアの頭に手を置いて更に続ける。
「左、右、衛星の衛に門番の門。それと真理に逢うと書いて左右衛門河 真理逢よ。凄い名前よねー」
「この苗字ヤダ、可愛くない……」
まるでお決まりの台詞かと思うような自然な字の解説。流れるように発せられたその台詞で何とか頭の中で名前を漢字に変換する事に成功したが、当の彼女はと言えば篁の手から離れてカウンターに置いてあったカフェオレを啜りながら拗ねている。
「苗字と名前を合わせて八文字、ご両親の挑戦心が窺えるねぇ」
「良い? マリアの事は名前で呼ぶ事! 絶対だからね!」
グラスからストローを引き抜いて突き付けてくる左右衛門河(以降、面倒なので彼女の言に従ってマリアと表記)を親指で指し示しながら篁が笑う。
「ふふっ、面白い子でしょ? この子、さっき言った一応の戦力よ。あたしよりかはよっぽど戦力になるから使ってやって。ちなみに渾名は猪幼女……」
「それは言わなくて良いの! まあ? マリアはすっごく強い魔法使いなんだから! 安心してオーブネに乗ってユラユラしてたら良いわ!」
大船と言ったのだろうか。つまり船に揺られていれば良いのか。どうも彼女は意味よりも言葉の響き先行の語彙しか持っていない可能性がある。
これで二人の紹介が終わり、篁側の人員はあと一人。騒がしくしてしまったせいか極小の埃が舞う店内、他のテーブルを拭きながら黒いエプロンを着用したショートカットの彼女もついでのような軽い口調で名乗る。
「最後に、私は木戸 典子。ここの店長なんだけど……先に言っておくと、私は魔法使いじゃないから場所以外で力は貸せないよ」
「え、魔法使いじゃなかったのかよ!」
宮村が驚くのも無理はない。考えてみれば確かに魔力は感じていなかったが、これほど当たり前のように魔法だ何だといった会話に一般人が混ざっていたとは思いもよらなかったのだ。
「そう。私はなーんにも貰ってないんだけどね、祈ちゃんがわざわざ届いた手紙を店に持って来て一緒に読んでくれないかって言うもんだから。ラブレターか何かかと思ったのかねぇ、子供じゃあるまいし一人で読むのが緊張するなんて……おかげで私まで関係ないのに魔法がどうとか知らされちゃって今じゃこんな状況。ホント困ったもんだよ」
「う、うるさい! その事はもう良いでしょ! ほら、次に行くわよ、次ぃ!」
半目でジットリとした視線を送られた篁が騒ぐ。この賑やかさ、似た者同士なのかもしれない。さぞや仲が良いのだろう。彼女は強引にこちら側に順番を回してからオレンジジュースをズズズッと啜った。本当に似た者同士だ、言動がまるで同じである。小学生と名門女子大生が同じレベルなのはどうかと思うが。




