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「おうおう、ちょっと待てよ。俺らは何だかんだあってお互いに実力を認めてこうしてるんだ。急に出てきてそれはないんじゃねぇのか?」
その素直な言葉に反応したのは宮村だ。彼女は真田達の勝算が高いと踏んで協力しようとしている。その姿勢はきっと熱血漢の部類に入るであろう宮村にとっては承服できないものなのかもしれない。
「とは言われても、ねぇ……あたし、個人戦闘向きじゃないのよ、魔法が。だからこうして勝ち馬に乗ろうとしてるワケで」
「戦闘向きじゃない魔法があるんですか?」
「はぁ……あたしも驚いた上にガッカリしたわ。でも、割といるのよ? 戦いに使いにくい魔法の人。でも、そういう人がその魔法を使って偵察したりして、このサイトに情報を落とす……そんな形で戦いに参加しているの。強いのが潰し合いにでもなってくれれば自分にも利があるしね」
日下の疑問に対して深い溜め息を吐き出す。真田も含め、これまで出会った魔法使いは全員が何らかの方法で魔法を戦いのために使っていた。あの《白息》や梶谷などはもしかすると戦闘に向いていないタイプの魔法なのかもしれないが、どちらも真田を苦しめた強敵だ。
そう言った魔法を知らないはずのない彼女がそれでも向いてないと言うからには、それほどまでに使えないのだろう。と言うより、戦闘に使えない魔法が存在するほど種類が多い事にも少し驚いた。
「……では、私達が君を信用するだろうか」
「されないでしょうね。そもそも、あたしを含めたこの五人が最後まで残ったなら不意打ちでも毒殺でもなんでもする気ですから」
「こえぇ……」
まったく恐ろしい。何が恐ろしいって、顔色一つ変えずに平然と笑って言ってきた事だ。本当にそう考えていて、本当に実行する。そんな彼女の本気がそこから窺える。彼女は、必要とあらば切り捨てる事ができる人間だ。人の上に立つならば持っていて損はない能力である。
とは言え、そんな発言に少し気持ちが引いてしまうのも仕方がない。その空気に気が付いたのか、彼女は洋画風に大袈裟に肩を竦めて見せる。
「でも、色々と円滑に進めるためには一応信用は必要よね。そこでまず、知らないようだったのでこのサイトの情報。それと、そこそこ回るつもりのあたしの頭。さらに、一応の戦力。加えて大っぴらに魔法の話ができる場所としてこの店を提供するわ」
「人の店を勝手に提供しないでほしいもんだけどねぇ」
「馴染みの店にお客さんを増やしてあげようって心遣いなのに。ほら、このお店って一見さんお断りでしょ?」
「そんなつもりはないよ!」
「あーらら、お客さんがほとんどいないからてっきり」
「くっ……」
客がいない事実は否定できない。完全に言い負かされた店長の肩に手を置いて勝ち誇りつつ顔だけこちらに向けて、問うてくる。完全に風上に立つ人間の雰囲気だ。
「さあ、どうする? また相談タイムくらいはあげるけど」
「……との事です」
真田がクルリと体の向きを変えて、再び相談を始める。しかし、それに対する反応はどうも芳しいものではなかった。
「俺は……分かりません。ごめんなさい」
「決めるのは君達だ。大人はあまり口を出さない事にしよう」
「あー、アレは怖い女で? でも色々くれて? それで、えー……っと?」
考えが定まらない者、考えを委ねる者、考えが追い付かない者。満場一致だ。満場一致で回答保留。
よもや示し合わせているなどという事はないだろうが、それを思わず疑ってしまうほどに息の合った連係プレイである。あからさまに期待しているような三つの視線が真田に向く。決定は再び、真田に委ねられる事となってしまった。いや、時間をかけて話し合い答えを出す事もできるだろうが、それだけの時間を与えてもらえるものかどうか。
時間をかけたところで答えが出るかどうかも不明。だとするならば、ここは思い切ってズバリと決定してしまった方が話が早い。それで遺恨を残すほどの文句も出ないだろう。
宮村達に伝えるよりも早く、彼らに背を向けて自分で決定した答えを口にする。
「……えっと、はい。その……この話、お受けしても良いでしょうか」
「ふふっ、お目が高い。後悔はさせないわ」
協力関係を結ぶ、その答えに満足したのか唇の端をつり上げる。どうでも良いが、その表情は微妙に悪人のように見えなくもないから止めた方が良いとは思う。
すると、背中を指で軽く二度突かれる。宮村である。
「判断任しといてアレだけど、良いのか?」
「はい。確かに少し危険かもしれないですけど……それくらい腹の内を明かしてると思えば人畜無害な人間よりよっぽど信頼できるかと」
「水清ければ……と言う事だね。殺し合いをした相手を仲間に引き入れようなんて考える子だ、毒があっても受け入れるくらいの図太さを持っていた訳だ」
「あたしは毒なんて持っているつもりはありませんけれどね。まあ良いでしょう、これからは協力関係になるんだから、改めて自己紹介を――」
ワンピースの裾を翻しながらその場で一回転。胸に手を当てて再び名乗ろうとした篁の声を遮るかのようにドアベルが鳴る。誰かが来た。高くて何だか耳に残る、そんな新たな声が聞こえる。




