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暁降ちを望む  作者: コウ
一番の願い事
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 真田 優介は立ち尽くしていた。気怠い七限の体育。体を動かしてさえいれば授業が終わり家に帰れるとあって、クラスメイトの男子達は特に元気だ。楽しそうに興じている種目はサッカー。

 真田はサッカーが嫌いではない。試合には出てもあまり動く必要が無いためだ。

 もちろん、本来はそんな事あるはずがない。しかし、真田はもはや暗黙の了解と言わんばかりのスムーズさでディフェンダーとなり、それが役割なのだと言わんばかりにゴールポストの近くに立ち尽くしていた。


 右手首には例の腕輪。しかしそれはジャージの袖で隠されている。着替える時にさえ気を付ければ誰にも気付かれずに済むだろう。

 景山高校はアクセサリーの類は禁止されている。もっとも、厳しく指導しない教師も多く、定期的に行なわれる服装指導の時に外してさえいれば問題にはされないと言ったような事が当然となっていた。そのため、アクセサリーを着けている者もいない事はない。学年が上がるにつれてその人数も増える。だから今の所は見つかっても問題は無いのだが、真田にとっては大問題だ。

 そう、目立ってしまうのだ。

 着飾り、目立つための装飾品で目立ちたくないと言うのもおかしな話だが、それが事実なのだから仕方がない。真田 優介は目立ちたくない。それが全てだった。


 昨夜、先に読んでいたら絶対に腕輪は身に着けなかったであろう怪しい内容の手紙を読んだ後、真田は一睡もできていなかった。


 目を閉じるとふざけた内容の手紙を思い出し、何を馬鹿な事をと思うのだが、事実として魔法をその目で見、そして自分も行使した。ならば願い云々も本当なのだろうかと思った直後、魔法の事を思い出したせいで今立っているグラウンドで行なった戦闘の事までが思い出された。その戦闘を思い出すと、あの坊主頭の男の目が血走っていた事を思い出し、きっとそれは一番の願いを叶えようとする《意志力》の表れなのだろうと思い、その単語からまた手紙の内容に思考が巻き戻る。

 そんな事を繰り返す内に窓の外ではすっかり太陽が昇り、小鳥が元気にさえずっていた。普段からあまり睡眠時間を長くとる方ではないが、それにしても一睡もできないのは限界を超えている。


 不眠というのは不思議なもので、寝ようとすると眠くなくなり、起きる時間になった途端に強烈な眠気が襲って来るのだ。結局野菜ジュースも飲む事ができなかったため調子も出ず、明るい朝の通学路を少しふらつきながら歩き、朝のホームルームが始まる前まで目を閉じる。そんな時に限って普段は少し遅れてくる担任も時間通りどころか少し早めに教室に入ってくる始末。間が悪いとしか言いようがない。

 なお、校門の前に捨てた野菜ジュースは朝には無くなっていた。誰かが拾ったのか、捨てたのか。それは定かではない。仮に残っていたとしても、それをもったいないと拾ったのか、それとも流石にそれはと諦めたのか。それも定かではない。


 とまあ、そのような状態だったため、当然の事ながら一限の数学は途中で意識を失った。もともと授業の内容などあまり聞いていなかったのだから大きな問題は無いが、もしかすると目立つ可能性があったために授業中の居眠りは控えていた真田にとっては失態だ。

 授業の終わり際に目が覚めてその事を大いに反省した彼は、それ以降の授業では手の甲にシャーペンを突き刺しながら考え事をするといった荒業で乗り切った。昼食には持ってきたチキンカツサンドを食べ、適度に腹が膨れたせいか五限の古典も意識を失った。


 満身創痍の身にとって、ある意味で体育はありがたかった。未だに睡眠不足は解消されていないが、グラウンドに立っていれば流石に眠る事はない。そのような理由もあって、真田は立ち尽くしていた。


 昨夜死闘を繰り広げた場所であるためか、グラウンドに立っていると背筋がゾワゾワとして非常に落ち着かない。右手に着けた腕輪の辺りが疼いているように感じた。

 それによって改めて腕輪の存在を思い出す。まだ着けてから一日も経っていないにも関わらず、腕輪は自分の体の一部かと思うほどに馴染んでいた。自分の意思で外す事ができないこの腕輪がある限り、また昨夜のような事があるかもしれない。そう思うと腕輪の存在に違和感を覚えない事はありがたかった。この腕輪があれば隙を作って逃げ出す事ができる、仮に戦う事となっても死ぬ事は避けられる。


 本当は腕輪による戦いに巻き込まれたくはないのだが、着けてしまったのだから仕方がない。存在している力はしっかりと使う。そう考えられるだけのある種の冷静さ、現実的で建設的な思考は持ち合わせていた。

 しかし、腕輪の力と言えば魔法と怪我の肩代わりだけではない。最も大きな力、この腕輪によって戦う資格が得られ、最終的には一番の願いが叶えられると言う事を忘れてはいけない。

 そうして真田の脳裏に浮かんだ疑問は一つ、真田自身の《一番の願い》とは何であるか、であった。手紙の内容を信じるならば、何かを願う《意志力》とやらが目立つほどに大きくて強かったらしい。何が基準なのかは把握していないが。


 それほどまでに自分が願う事とは何か。真田も人並みに欲はある。物欲に食欲、あるいは性欲だってもちろん無い事はない。そして金銭。金が欲しいとは強く思うがしかし、それを一番の願いと呼ぶのは違うような気がした。

何せ一番なのだ。願いを叶えようと言われて「金が欲しい」と答えるような自分では流石に情けない。

ならば何だろうと考え、願っている事と言えばさらにもう一つ思い浮かぶ。


(目立ちたくない……ってのは違うよなぁ、やっぱり)


 目立たないように生きる事が願いならば腕輪など必要が無い。これまでもそうして生きてきたし、腕輪がある方が目立つくらいなのだ。

 もちろん、そんな一つ一つの願いまで把握している事はないだろうが、それでも違うだろう。これも強い意思を持った一番の願いと言うには違和感がある。この消極的な願いが一番だと言う自分もどうかしている。


 しかし、そこでふと気が付いた。意識はしていなかったが、あるいは心の奥底でずっと思い続けてきた一つの願い事。自らの生き方とはむしろ正反対のその願い。


「ああ……そっか。変わりたい、なぁ……」


 今より少し明るく振舞えたら、今より少し度胸があったら、今より少し人と話せたら。誰とでも話す事ができる人間だったらどんな人生だっただろう、友達がいたのならばどんな人生だっただろう、誰かから認められたならどんな人生だっただろう。

友達がいて、友達でなくてもたまに話すような知り合いがいて、もしかすると恋人がいて。今のように誰からも好かれる事も特別に嫌われる事もない無色透明な人生を送る自分から変わる事ができたら、それはどれほど素晴らしいだろう。夢のような事だ。それこそ、真田 優介の一番の願いと呼ぶに相応しい。

そんな、今日の太陽が昇ってから初めてこぼれ出た彼の声は誰の耳にも届かずに消えていく。

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