飴が見せる夢
不幸な少年が現実逃避するお話
僕はつらいことから逃げるために飴をなめ続ける。
僕に飴をくれたのは路地でであった綺麗な女の人だった。彼女は僕を見ると優しく微笑んで僕の手を包み込んだ、とても温かい手だった人に手を握ってもらうのは何年ぶりのことだろうか。
「可哀そうに」
彼女は僕を憐れむような目で見つめて言った。
僕はそう言われるのが恥ずかしく思えて彼女の手を振り払った。
「こんなに傷を作って、ぼろぼろになって、疲れているでしょう?」
「そんなこと・・・」
「今とっても辛くて苦しいでしょう?」
反射的に頷いてしまった。頷くと彼女はにっこり笑って鞄から一つの飴を僕の手のひらに乗せた。
「あげるわ、きっといい夢が見られるから」
そう言って彼女は去って行った。僕はもらった飴をしばらく眺めていた、彼女はこの飴を食べるといい夢が見られると言っていたそれは本当なのだろうか。半信半疑だったがお腹が空いていたので食べることにした。飴はきれいなピンク色をしていた。
「何味かな?」
口に含むと甘い味が口の中に広がって行った。今まで食べたことのある飴よりもおいしく感じた。
飴をなめ続けても夢を見られることはなかった、僕は少し残念に思いながら飴をかみ砕いて飲み込んだ。
「やっぱり嘘だったんだ」
人間はやっぱりみんな嘘つきなんだ。
そう思った瞬間、目の前が鮮やかなピンク色へと変わって行った。体がふわふわと宙に浮くような感じがして気持ちよかった。
遠くの方に二つの黒い人影が見えた。よく目を凝らしてみるとその人物は僕がよく知っている人物だった。
「父さん、母さん・・・」
僕は二人に駆け寄った、父と母は優しく微笑んで抱きしめてくれた。
「会いたかったよ、父さん母さん」
しばらくそのままでいると抱きしめられていた感覚が次第になくなって行った。不思議に思って父と母を見るとだんだんと二人は黒い影のようになって行ってやがて消えてしまった。
気が付くと先ほどまでいた路地に座り込んでいた。もう慣れてしまった生ごみの匂いがあたりに漂っていた。
「父さん、母さん」
もう一度彼女に会えばあの飴をもらえるのだろうか、そして飴を食べたらまた両親に会えるのだろうか。僕は飴の入っていた袋を握りしめ彼女を探すことを決めた。
早速探してみるものはいいものの、この町は広いのでなかなか見つけることはできなかった。もしかしたらこの町から出て行ったのかもしれない。
あきらめかけた時頭上から聞いたことのある声が聞こえてきた。
「あら、坊や久しぶりね元気かしら?」
「あの、飴を持っていませんか?」
尋ねると彼女は満足そうに笑った。
「あの飴が気に入ったのね」
「うん、だから欲しいんだ」
「いいわよ、あげる。坊やが望むのならたくさんあげるわ」
「本当?」
「ええ、私は嘘はつかないわ・・・」
彼女は袋に色とりどりの飴を僕にくれた。僕はそれを大事に抱えてお礼を言った。
「ありがとう!お姉さん」
「お礼なんて言わなくていいわ」
「本当にありがとう!」
彼女は微笑んで「じゃあね」というとその場から去って行った。
袋をのぞいてみると黄緑やピンク、黄色などのおいしそうな飴がたくさん入っていた。早速口の中に運ぶ、今回もいい夢が見られるといいな。
飴を食べ続けてから一週間もたたないうちに異変が起きた。
だんだんと夢を見られる時間が減ったような気がする、そして飴の味もなんだか薄く感じる。
「もっと夢が見たいな・・・」
夢はいろいろな世界に連れて行ってくれた。お菓子の国や両親のいる場所に連れて行ってくれる。
飴はなくなってしまった。だけどなぜだろう、もうお腹いっぱいになってしまった。夢から目覚めるとどうしても寂しくなって虚無感を感じるようになった、だから僕は一日中飴をなめ続けた。
「坊や、元気かしら?」
「・・・」
話したくても話せられなかった、言葉は出てこなかった。
「飴がもうそろそろなくなってきたでしょう?ここに置いておくから食べてね」
僕のもとから立ち去ろうとした彼女はふと振り向いて。
「その飴は毒も入っているから気を付けてね、幸せになるには代償が必要なのよ。欲張る人間に本当の幸福はやってこないのよ」
僕は何も返せられなかった、彼女は小さくため息を吐いた。
「・・・もう手遅れね」
今まで見たことのないような邪悪な笑みを浮かべて彼女は去って行った。
僕はやっと気が付いたんだ、この飴はきっと悪い食べ物だったんだ、そして彼女も悪い大人だったんだ。でも僕はたぶん気づくのが遅かった。この飴なしでは生きていけなくなってしまった。
どうせもう戻れないのなら思う存分夢を見続けてやる。
僕は袋に入っている飴を一つ口に含んだ。