8話 天使の剣
この次で第一章が終わります。
第一章終了後もまだまだ話は続きますので、お付き合いいただけると幸いです。
「よし、無事に転移できたな」
城の最上階の廊下にキリとレイルカは転移してきた。
「この前の宿屋で使ったのと同じ魔法か」
「魔法ではない。これは天使という個体が持つ先天的な能力だ」
「まるで魔法だな。天使って何でもありなんだな」
「そういうわけでもないぞ。天使にも死は存在するし、病気にもなる。そのあたりは人間と変わらない」
「ふうん……まあ細かいことはいいや。とりあえず、この扉の奥が宝物庫だ」
2人の目の前には、木でできた大きな扉がそびえ立っていた。その大きさはキリの2倍以上ある。
「あと、この扉は特殊な魔法で封印されてる。解呪の方法は封印をした本人と、国王しか知らない。元王子の俺はその方法を知らないんだ。どうする?」
「何の問題もない。私の神気の前では魔法なんて無力だ」
レイルカは光り輝く右手で扉に触れた。
「不思議な光だな……暖かさを感じる光だ。それがレイルカの?」
「そう、神気だ。もう少し待っててくれ。魔法を全て吸収してしまうから」
レイルカが無言で扉に向き合っている間、キリはこの城で過ごしていたころのことを思い出した。
キリは王子という身分であったが、そのふるまいは王子のそれとはかけ離れていた。
勉強の時間になると、いつも城の中を駆け回り、教師から逃げ回っていた。彼は勉強が大の苦手だった。
そんな彼が唯一真剣に勉強したのが魔法である。教師を務めた魔術師は、国内でも有名な人物で、キリは彼になついていた。元々素質があったのだろう。キリの魔法の腕はみるみる上がっていった。
魔法の次にキリが真剣に取り組んだのが、剣術の修練である。魔法と剣に真剣に取り組んだのは、小さい頃から、レイルカ・ナーディスと7人の人間が世界を救ったというおとぎ話を、何度も繰り返し読んでいたからである。7人の人間の中の1人が自分の先祖であるということをある日、キリは父から聞いた。その日から、一層熱心に魔法と剣術に取り組んだのは言うまでもない。
小さい頃憧れたおとぎ話の世界に、自分が旅立とうとしていることをキリは意識し始めていた。彼の前には、レイルカという大天使が実際に存在している。それだけでキリは、心躍るような感覚を感じていた。
「キリ、どうかしたか? じっと私の顔を見て」
「ああ、いや。何でもない」
「そうか? それより、終わったぞ」
「せっかくだから2人で開けようか」
「ふふ。君も気の利いたことを言うものだ。いいぞ、共に開けよう。
「よし。じゃあ、いち、に、さん」
ぎーっという音を出しながらゆっくりと扉が開く。扉の奥、宝物庫にはこれまで王族が蓄えた金銀財宝が山のように積まれていた。
「これだけの金銀をよく蓄えたものだ。数十年ではすまない年月をかけて蓄え続けたのだろうな」
「俺も宝物庫には初めて入る。城にこんなに財産が蓄えられていたとは知らなかったな。まあ、俺たちの目的は財宝じゃないけど」
「ほらキリ、あそこにあるぞ」
レイルカが指さした方向。そこにはガラスケースに入れられた1本の剣があった。
「なあレイルカ、このガラスって」
「当然、魔法がかかっているな。まあ、このくらいなら神気を使わなくても大丈夫だろう」
そう言うと、レイルカはガラスケースに近づき、右腕を振り上げた。
「おいレイルカ。何しようとしてるんだ?」
「これを見て分からないか?」
「まさかとは思うが、割る気か?」
「その通りっ!」
キリが止める間もなく、レイルカは腕を振り下ろした。大きな音をたてて、ケースが砕け散った。
「ふう。さあキリ、これは今から君のものだ」
レイルカがガラスの破片を払って剣をキリに差し出す。
「もっと穏便に済ませられないのかよ……これが『天使の剣』か……」
キリは自分の手に収まった剣を眺めた。見た目は普通の両刃の剣だが、触れてみると、この剣に宿る力を強く感じる。
「これにレイルカの力が与えられているのか?」
「私の神気の一部を纏わせている。私が近くにいるほど、その剣はより力を発揮する。私の隣で戦ってもらうから、問題はないな」
「これから改めてよろしく頼むよ、レイルカ」
「こちらこそだ、キリ。さあ、次の目的地に向かうとしよう」
「そうはさせんぞ」
宝物庫に男の声が響いた。
ご愛読ありがとうございました。