3話 レイルカ・ナーディス
今回はほんの少しだけ長く書きました。
区切りよく終わらせるのって難しいですね。
「さあ行こう。世界が君を待っているぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
呆然とする自分の手を引いて、歩き出そうとする少女を慌ててキリは止めた。
「ん? どうしたのだ。早く行こうではないか」
「早く行こうって言われてもな、突然知らない人から一緒に旅に出ようって言われて、はいそうですかってなるわけないだろ」
「ああ、その辺は問題ない。道すがら話そう。とにかく行こう」
「ちょっとは人の話を聞けよ!」
「むう。面倒なんだな、君は。私はレイルカ・ナーディスだ、と言ったら分かるか?」
レイルカ・ナーディスと言われて、キリが、いや、世界中の人が思い浮かべるのは一人だけだ。
大天使レイルカ・ナーディス
300年前、人間界に降臨し、『魔王』と呼ばれた存在を封印した伝説の天使である。彼女の名前と、彼女と共に戦った7人の人間の物語は、世界中で語り継がれてきた。
「レイルカってあの大天使だよな? それが君だって言うのか?」
「その通りだ。そして今、300年前の災厄が再び起ころうとしている」
「え……?」
レイルカの言葉は、キリにとって寝耳に水だった。
300年前の災厄が再び起こったなら、人間界は『魔王』に侵略され、多くの人々が死ぬことは確実だ。そんな大事を少女はあっさりと言い切った。
「なんでだ……『魔王』は封印されたんじゃなかったのか?」
「封印はしたとも。ただ、あのとき私は深い傷を負っていてな。完璧な封印ができなかったのだ」
「じゃあ何で今になって封印しに来たんだ? 傷を治してすぐにすればよかったじゃないか」
「封印し直すためには、一度封印が解けなければならない。それを待っていたら、15年前に転生の時期が来てしまってな。今はこの通り、少女の姿をしている」
「…………」
キリは聞いた話を反芻した。この少女の話が本当なら、世界が滅ぶ危険がある。世界を救うために、命を懸けることに不思議と抵抗はなかった。おとぎ話にしか聞いたことのない冒険を自分が体験できるならば、ぜひ体験したい気持ちだった。しかし、
「でも、俺は何の役に立てそうにないよ」
「どうしてだ? そんなことはないと思うぞ。見たところ、剣も魔法も使えるようだ。私が望む基準を、君は満たしているぞ」
「確かに俺は剣と魔法を使える。でも、俺には『天使の剣』を振るう資格がない」
「『天使の剣』? ああ、私が天界に戻るときにあげた剣のことか。別に誰が使ってもいいぞ。私が許可しよう」
「君が許可しても、この国が許可しないよ。『天使の剣』は王族しか振るってはならない決まりなんだ」
「? それなら問題ないだろう? 君は」
「それ以上言うな!」
突然大声を出したキリを、驚いた様子でレイルカが見る。
「こんな公の場でそれ以上言わないでくれ」
「よく分からないが、君がそう言うなら別の場所に移動しよう」
レイルカはキリの手を引いて歩き出した。キリはうつむき、何かに耐えているようだった。
ご愛読ありがとうございました。