夢幻遊戯
カイドウと、女中エミリーのお話。
いかがわしい描写があります。(R18にならない程度)
※難しい、と感じた箇所は「AIのべりすと」というサイトを使用しております。ご了承下さい。
私はあの夜の出来事を何度も反芻している。
深夜、誰も通りがからない長い廊下で。
あの娘に、エミリーに、首を締め上げられたこと。
細く綺麗な指だったが、確かに意志を感じたのだ。
「───!申し訳ございません!!!ああ、わたくしは!なんと出過ぎた真似を………」
そう言ってエミリーは青ざめていたが、対象的に私は、解放されてしばらくした喉から小さく笑い声が零れた。
「ふふ、ふふふ」
「エミリー」
「次は、もっと激しく」
***
あれから何日経っただろうか。
夕飯を食べ終わり、眠気が襲ってきた身体を無理矢理起こそうと、なんとなく宮廷内を散歩しようと歩いている。
こんなにも広い家だが、床にも手すりにも目立った汚れは見えない。下女達が懸命に掃除をしてくれているんだな。王子という身分なのだから、そんなこと気にせず堂々としていればいいのだろうが、感謝せずにはいられない。私はそうゆう性格なのだ。
そんなことを思っていると、目の前から見慣れた金髪の女中が歩いてきた。
何故だろう、無意識に。私は笑みを零した。
「エミリー」
呼び止められた彼女は、一瞬ビクッと身体を震わせたが、すぐに澄ました顔になり、スカートをたくし上げた。
「カイドウ様…。こんな時間にどちらへ」
「少し散歩をね。きみは?」
「夜の見回りですわ」
淡々と応える彼女は、いつも通り落ち着いていた。
しかし、草原を映し出したような瞳に僅かに警戒が見えた。
あの夜みたいだ。
私が次に何を言うのか、用心しているのだろう。
「少し、付き合ってくれませんか」
「…はい」
短く返事をしたエミリーの手を引き、奇しくもこの前──私が初めて彼女に迫ったあの時だ──と同じ書斎に入った。
扉を閉めると、静寂が広がった。一つだけカーテンを閉め忘れた窓から、月明かりが差し込んでいる。
壁一面の本が、私たちを見つめる。
「…カイドウ様?」
恐る恐る声を出すエミリーをよそに、私は机の引き出しから一本の紐を取り出した。
「何をなさるおつもりですか」
「お願いしたいことがあるのだけれど」
「…、お断りします」
即答だった。あまりにも早すぎる返答に、私は思わず笑ってしまった。
「まだ何も言っていないでしょう」
「言われなくてもわかります」
声を掛けた時とは違う、強い視線だ。
「あの夜のこと、わたくしは後悔していますのよ」
「だが、私は」
「危険です!」
私の言葉を遮るようにエミリーが強く言った。
「カイドウ様は…カイドウ様はご自分を軽んじすぎです」
エミリーは拳をキュッと握りしめた。
「だから…わたくしは…」
「王子の言うことを聞けないのか」
今度は、私がエミリーの発言を遮り短く、だけど強く言い放った。
「…カ、カイドウ様」
「前にも言った。私は、きみのような大人しくかわいらしい人に、好きにされたいと。きみが首を絞めたあの夜、私は確信した。やはりきみは、心の奥底に加虐心を飼っている、とね」
エミリーはその場に凍りついたように立ち尽くしていた。月光が彼女の金色の髪に降り注ぎ、まるで神聖なオーラのように輝いている。その一方で彼女の瞳は深い影に覆われていた。
「どうして……」
ようやく絞り出した声は震えていた。草原色の瞳が私を見据えている。
「ただの下女であるわたくしに、そのようなことを望むはずがありません」
「…きみは、本当の私のことを見ようとしていない」
紐を手に取ると、古臭い特有の香りがした。
「首輪だと思えばいい」
紐をくるくると指先で弄びながら私は微笑んだ。
「互いの自由を縛り合うための小さな儀式さ」
エミリーの呼吸が浅くなるのが見える。窓辺から吹き込んだ夜風がカーテンを揺らし、彼女の頬に触れる。
私はゆっくりとエミリーに近づいた。
「私がきみに委ねたいのは」
紐の端を彼女の掌に乗せる。
「支配される喜びと……きみの中に眠る獣を目覚めさせる悦び」
彼女は反射的に紐を払いのけようとした──だができなかった。私の指が彼女の手首を捕らえていたのだ。
「もう遅い」
私は低く呟いた。
「あの夜、きみ自身が気づいたはずだ」
「あ…ぁ、王子…」
「私は人間だよ、エミリー。きみと同じ」
エミリーの手を静かに掴む。驚くべきことに──
彼女は、強く握り返してきた。
「…一度だけですよ」
声は低く、震えていた。
だが明確な決意が宿っていた。
***
エミリーの身体が突如として動いた。
それは訓練された動作だった。王子の護衛たちが習得する武術の動き──だが今は主君である私に向かって放たれている。素早い足取りで近づくと同時に彼女の左手が私の右手首を捉え、そのまま背後に捻り上げた。痛みに呻く私の耳元で彼女の唇が囁く。
「…カイドウ様……お許しを」
後ろ手に縛られた私は、柔らかく笑んだ。
「嬉しいよ、エミリー」
「…王子が痛みを恐れないのなら」
エミリーの声は低く、研ぎ澄まされていた。
「わたくしは、あなたを殺します」
書棚のガラス戸に映る景色──従者が主君を押さえつけている、異様な光景。
私は、身動きひとつできないまま、目を見開いた。
露わになった、エミリーの本性。
草原の奥で燃える炎──それが明確に行動となって現れている。
折りじわのない親指が私の喉仏にかけられた。
その刹那。
どこからその力が出るのか。わからないほどの圧迫感が私を襲った。
苦痛ではない…、快楽。
王子として産まれた私が、無防備な家臣に生命線を握られている。
その事実に、脳裏で火花が弾け飛ぶのを感じた。
「ふ、ふふふ、ふ、エミ…リー」
「今だけ、今だけ、あなたを解放しましょう」
エミリーは、涙ぐんでいた。
「王子という、檻から」
***
「はぁ…、っ」
どのくらいの時間、首を絞められていたのかわからない。
されるがままの私は、抵抗できず──しようとも思っていなかったのだが──、口から一筋の唾液を垂らした。
「…カイドウ様……」
エミリーが私の眼前に迫り、そして次の瞬間。
私の口を、その口で塞いだのだ。
「お慕いしておりますわ…………」
唇に触れた熱は、すぐさま冷めていった。
その代わりに、肩を押し返される感触。
エミリーの顔が離れていく。花の顔は──歪んでいた。
「ああ…!わたくしは…何てことを!」
エミリーは俯き、自らの手で顔を覆った。
「わたくしは…、ただの使用人なのに!」
窒息の心地良さに揺らぐ視界がだんだんと晴れていき、私は…やはり笑んだ。
「言ったでしょう、エミリー。私は王子である前に、人間であると」
ライムグリーンの丸い瞳からぽろぽろと涙を零すエミリーのことを、真っ直ぐに見据えた。
「ありがとう。正直になってくれて」
気づけばすっかり緩まった紐を自力で解くことなど、造作もないことだった。
自由になった両の手で、私はエミリーを抱き締めた。
エプロンドレスの上からでもわかる、か細く、しなやかな身体だ。
「それでも…これは禁断の感情ですわ」
私はエミリーの涙を人差し指で拭った。
「禁断…か」
私が発したのか?
そう疑うほどの低く、落ち着いた声が書斎に響いた。
月光に照らされた二人の影は、絡み合う草花のようだ。
私の胸の中で、エミリーはようやく泣き止んだ。
それでも、この状況をあまり理解できていないようだ。
「…そうだな、ならばこうしよう」
私は左手をゆっくりと下ろしていった。
ロングスカートの下に隠されたエミリーの太腿に這うように……。
「これは私の一時的な気紛れだ」
今度は私が、エミリーの唇を強く塞いだ。
***
「エミリー…」
続きを言おうとしたところで、廊下に女中たちの足音が響いた。エミリーの身体が強ばった。
「わたくし、行かなくては」
エミリーはメイドの様相を完璧に取り戻し、身を引いた。
私は、書斎を出ようとする彼女の腰に手を触れた。
「…また、今度」
その言葉を聞き、エミリーは驚いた顔をしたが、するりと落ち着きを取り戻し、一礼をした。
パタン、と音を立てて扉が閉まる。
夜の最中に溶け込むようにエミリーが消えた後も、指先に彼女の体温が微かに残っていた。
私は深く息を吸い込み、窓枠に寄りかかった。




