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神は死にました、過労死です。  作者: 今井三太郎
第1章『詭弁の悪魔と理屈の女神』

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第6話『この秘密は、あまりにも重すぎる』

 慌てず騒がずに状況を整理しよう。



 聖教騎士がコロリを捕まえにきた。オーケー。


 ピヨシが騎士を石にしてしまった。オーケー。


 ペットがやったことは飼い主の責任。オーケー。




 うん。私が犯人だなこれは。



「あばばばばばば! どどどどどうしよう!」

「おちおちおち落ち着いてくださいアルさん!」



 場所と状況も最悪だ。

 修道長室での取り調べ中に起きた惨事。


 そんなの、もう言い逃れのしようもない。



「隠そう」



 それしか打つ手がなかった。


 司祭様を呼んできて石化を解いてもらうことも考えたが。

 今それをやるとコロリが捕まる。

 というか、石化させてしまった罪で私も捕まる。



「ぴよっし」

「ちょっとは悪びれろよ犯人」



 コロリの腕の中でピヨシがのんきに鳴いた。

 お前はいま、何をやらかしたかわかっているのか。


 わかってないよね、そうだよね。

 理解してたらそんなにぴよぴよしないもんね。

 だいだいなんでそんなに黄色いんだお前。反省しろ。



「うう、家畜化されたコカトリスは安全なはずなのに……」

「それはたぶん、私が怪我を治しちゃったからですねえ。治癒魔法の本質は“あるべき姿に戻す”ことですから」



 そんなばかな。

 コロリが治癒魔法をかけたから。

 ピヨシが品種改良前の危険なコカトリスに戻ってしまったと。



「それはもう回復じゃなくて回帰だよ」

「やっちゃいました。てへ」



 それで、運悪く騎士様がその犠牲になったと。

 もう必然的なテロだよこれは。


 だが今はとにかく行動しなければ。

 下手にいろいろ考えていたら終わる。


 まだ終わってはいけない。



「コロリの魔法とピヨシの件については一旦後回しだ。さっさと運ぼう。修道長が戻ってくる前に」

「うぬぬぬーっ! ダメですアルさん、ビクともしませんーっ!」



 そりゃそうだ。

 成人女性サイズの石像なんだもの。

 二人がかりとはいえ、子供の力では動かしようがない。



「砕いてちょっとずつ運びます?」

「それやったらこの人ほんとに死んじゃうんじゃない?」

「そうですね、死にます」

「じゃあダメだよ!」



 事故で石化させてしまった、ならまだしも。

 意図的にバラバラにしてしまっては“事故”では済まなくなる。

 これ以上、状況を悪くしたくない。


 何か他に方法はないか。

 石像になってしまった騎士を、この部屋から運び出す方法は。



「アルさん、洗濯用の台車を使いましょう」

「それがあったか!」



 修道院では多くのシスターや預けられた孤児たちが共同生活を送っている。

 だから毎日、洗濯物が大量に出る。


 もちろん、それを運ぶための台車もある。



 私は大急ぎで台車を持ってきた。


 重い石像をそのまま動かすことはとてもできないが。

 台車の上に転がすことさえできれば、運べる。



「慎重に、慎重に……っ!」



 修道長室のシーツを石像の頭にかけ、てこの原理で引っ張る。



 ごろん……!



 二人がかりで、なんとか台車の上に倒すことができた。

 引いてるあいだ首の部分が折れそうで怖かったけど。


 次の問題は、どこに隠すかだ。

 このまま修道院の外に持ち出すのは、目立つし誰に見つかるかもわからない。



「修道院の中で。人があまり立ち寄らなくて。大きなものが保管されていても不自然じゃない場所……」

「そんな都合のいい場所あります?」

「……ある」



 私には一箇所だけ、心当たりがあった。



「懲罰房だ」



 コロリがよく放り込まれるあそこなら、しばらくは隠しておける。


 懲罰房はもともと、配給用の肉や牛乳を保管する地下倉庫だ。

 今でも空のタルや木箱が山積みになっている。



「でもこれ、階段おろせます?」

「搬入出用の昇降機みたいなものがある……はず。たぶん」



 その昔、まだ修道院が配給をしていたころは。

 重い肉の塊や、タル満杯の牛乳を地下まで運び込んでいたってことだ。


 人力で、あの狭い石階段を通って?


 そんなはずない。

 必ず別の方法がある。



 そしてそれは、あっけなく見つかった。



「頼むぞ……当たっててくれ私の推理……!」



 廊下のつきあたり、古びた木戸を開ける。

 ぎいーーー、と鈍い音。


 中は暗くてほこりっぽい。

 ほとんど倉庫と化していたようで。

 古い縄や壊れた箱が無造作に置かれている。


 そして天井近くの太い梁から、錆びた滑車がぶら下がっていた。



「ありました! アルさんの言ったとおりです!」

「やった!」



 感動と安堵がいっぺんに押し寄せてくる。

 だがそれも束の間だった。



「動くか……これ?」

「縄も滑車もボロボロですね」



 昇降機には厚くほこりが積もっており。

 それを支える麻縄は、ギッチギチと今にもちぎれそうだ。


 この部屋自体、おそらく数十年は使われていない。


 だがこいつを使うしかない。


 もし階段を使おうものなら、子供二人の力で安全に運ぶのは困難だ。

 転がり落ちた石像マーガリンが粉々になるのは容易に想像できた。



 台車を慎重に乗せて、動かないよう縄で縛る。



 あとは昇降機の固定を解除して、滑車を動かすだけだ。

 無事に動けば、の話だが。



 ギキョギキョギキョギキョ……。



「ひぇぇ……アルさん。ものすごく嫌な音がしてます……」

「だっ、大丈夫、信じて! 信じるしかないんだから!」



 錆びついた滑車が回るたび、鉄のこすれる不快な音が響く。

 それに油をさしていないせいか、ちょいちょい引っかかる。


 コロリと二人がかりで、なんとかハンドルを回せているような状況だ。



「アルさんアルさん」

「っ、なに? こんなときに」

「……もう限界です」

「マジで言ってる?」



 体力を使い果たしたコロリがふらつく。

 そうだこいつ、カブトムシに負けるぐらい貧弱なんだった!


 ハンドルが私の制止もきかず、ひとりでにぐるぐる回り始める。

 こうなるともう私一人では止められない。


 滑車がガラガラギュルルンと音を立て、昇降機がすごい勢いで降下していく。



「あああーっ! 止まれ止まれ止まれーーーっ!!」



 どすんっ!!


 最後はほぼ落下のような形で、石像マーガリンは地下に落ちた。



「…………あー……」



 しばらく固まっていた私とコロリは、お互いに青い顔で目を合わせる。



「壊れたかな?」

「そしたら共犯ってことでいいですか?」

「絶対やだ」



 急いで地下に降りて、石像の状態を確かめる。


 ひえっ……。

 石像と目が合ってしまった。

 悪いことをしている自覚があるだけに、なおのこと気まずい。


 見たところ目立ったヒビなどは入っていないように見えるが……。


 物言わぬ石像の上で、ピヨシが跳ねる。



「ぴよっし」

「死者を冒涜しちゃダメですよピヨシ」

「いや死んでないでしょ、たぶん。石だからわかんないけど」



 なんとか無事だった台車を転がし、私たちは生々しい石像を懲罰房に運び込んだ。

 壁際に押し込み、古い布をかけ、空の木箱やタルで覆い隠す。


 自分たちが犯しに犯し。

 重ねに重ねた過ちを隠すために。


 子供に罰を与えるための独房の奥へと、騎士を隠した。


 もう何もかもが間違っている。



「よし。いや、よくはないけど」

「これで私たち立派な共犯者ですね」

「嫌すぎる。バレたらほんとに終わりだよこんなの」



 戒律にちょっと喧嘩を売っただけなのに。

 気づけば特大の、それも致命的な秘密を抱えこんでしまった。


 それにいつまでも隠し通せるようなものじゃない。


 この秘密は、あまりにも重すぎる。




 …………。




 私のそんな懸念は、すぐに現実のものとなった。


 その日の夜。修道院は騒ぎになった。



「うちの新米がまだ帰ってきてないんだ。今朝この修道院を訪れたことは確かなんだが」



 そう語るのは聖教騎士団の、おそらくはマーガリンの上官だ。

 修道院の面々は私たち孤児も含め、ひとり残らず講堂に集められていた。


 言うまでもなく、修道院そのものが疑われている。



 修道長がおそるおそる騎士に答える。



「子供たちに話を聞いたあと、そのままお帰りになったと聞いたのですが……」



 敬語になってる。

 権力に睨まれると弱いなこのお婆さん。



「ええもう。捜索ということでしたら、もちろん全面的にお手伝いいたします。わたくしどもビタークリーク修道院の名誉に関わりますので」



 さっそく、とてもまずいことになった。


 修道長は保身のためならば、きっと本気で騎士団に協力する。


 つまり修道院中をくまなく探すということだ。

 もちろん、あの地下も、懲罰房も。



 私は誰にも見えないよう、ぎゅっと拳を強く握った。


 怯えたところで今さらもう戻れはしない。

 一度踏み越えてしまったのだから。


 なんとしても、隠し通さなければ。



「感謝する。それでは、これから部屋という部屋をすべて確認させてもらう」



 騎士の声が講堂に響いた。


 女神ヴェリナスの石像が私たちを見つめている。



 生まれて初めて本気で祈りたくなった。

 しかしすぐに、そんな考えは捨てる。



 神様はいない。

 祈るなアレクシス。頭を使え。




 重すぎる秘密は、まだ地下に沈んでいる。




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