第6話『この秘密は、あまりにも重すぎる』
慌てず騒がずに状況を整理しよう。
聖教騎士がコロリを捕まえにきた。オーケー。
ピヨシが騎士を石にしてしまった。オーケー。
ペットがやったことは飼い主の責任。オーケー。
うん。私が犯人だなこれは。
「あばばばばばば! どどどどどうしよう!」
「おちおちおち落ち着いてくださいアルさん!」
場所と状況も最悪だ。
修道長室での取り調べ中に起きた惨事。
そんなの、もう言い逃れのしようもない。
「隠そう」
それしか打つ手がなかった。
司祭様を呼んできて石化を解いてもらうことも考えたが。
今それをやるとコロリが捕まる。
というか、石化させてしまった罪で私も捕まる。
「ぴよっし」
「ちょっとは悪びれろよ犯人」
コロリの腕の中でピヨシがのんきに鳴いた。
お前はいま、何をやらかしたかわかっているのか。
わかってないよね、そうだよね。
理解してたらそんなにぴよぴよしないもんね。
だいだいなんでそんなに黄色いんだお前。反省しろ。
「うう、家畜化されたコカトリスは安全なはずなのに……」
「それはたぶん、私が怪我を治しちゃったからですねえ。治癒魔法の本質は“あるべき姿に戻す”ことですから」
そんなばかな。
コロリが治癒魔法をかけたから。
ピヨシが品種改良前の危険なコカトリスに戻ってしまったと。
「それはもう回復じゃなくて回帰だよ」
「やっちゃいました。てへ」
それで、運悪く騎士様がその犠牲になったと。
もう必然的なテロだよこれは。
だが今はとにかく行動しなければ。
下手にいろいろ考えていたら終わる。
まだ終わってはいけない。
「コロリの魔法とピヨシの件については一旦後回しだ。さっさと運ぼう。修道長が戻ってくる前に」
「うぬぬぬーっ! ダメですアルさん、ビクともしませんーっ!」
そりゃそうだ。
成人女性サイズの石像なんだもの。
二人がかりとはいえ、子供の力では動かしようがない。
「砕いてちょっとずつ運びます?」
「それやったらこの人ほんとに死んじゃうんじゃない?」
「そうですね、死にます」
「じゃあダメだよ!」
事故で石化させてしまった、ならまだしも。
意図的にバラバラにしてしまっては“事故”では済まなくなる。
これ以上、状況を悪くしたくない。
何か他に方法はないか。
石像になってしまった騎士を、この部屋から運び出す方法は。
「アルさん、洗濯用の台車を使いましょう」
「それがあったか!」
修道院では多くのシスターや預けられた孤児たちが共同生活を送っている。
だから毎日、洗濯物が大量に出る。
もちろん、それを運ぶための台車もある。
私は大急ぎで台車を持ってきた。
重い石像をそのまま動かすことはとてもできないが。
台車の上に転がすことさえできれば、運べる。
「慎重に、慎重に……っ!」
修道長室のシーツを石像の頭にかけ、てこの原理で引っ張る。
ごろん……!
二人がかりで、なんとか台車の上に倒すことができた。
引いてるあいだ首の部分が折れそうで怖かったけど。
次の問題は、どこに隠すかだ。
このまま修道院の外に持ち出すのは、目立つし誰に見つかるかもわからない。
「修道院の中で。人があまり立ち寄らなくて。大きなものが保管されていても不自然じゃない場所……」
「そんな都合のいい場所あります?」
「……ある」
私には一箇所だけ、心当たりがあった。
「懲罰房だ」
コロリがよく放り込まれるあそこなら、しばらくは隠しておける。
懲罰房はもともと、配給用の肉や牛乳を保管する地下倉庫だ。
今でも空のタルや木箱が山積みになっている。
「でもこれ、階段おろせます?」
「搬入出用の昇降機みたいなものがある……はず。たぶん」
その昔、まだ修道院が配給をしていたころは。
重い肉の塊や、タル満杯の牛乳を地下まで運び込んでいたってことだ。
人力で、あの狭い石階段を通って?
そんなはずない。
必ず別の方法がある。
そしてそれは、あっけなく見つかった。
「頼むぞ……当たっててくれ私の推理……!」
廊下のつきあたり、古びた木戸を開ける。
ぎいーーー、と鈍い音。
中は暗くてほこりっぽい。
ほとんど倉庫と化していたようで。
古い縄や壊れた箱が無造作に置かれている。
そして天井近くの太い梁から、錆びた滑車がぶら下がっていた。
「ありました! アルさんの言ったとおりです!」
「やった!」
感動と安堵がいっぺんに押し寄せてくる。
だがそれも束の間だった。
「動くか……これ?」
「縄も滑車もボロボロですね」
昇降機には厚くほこりが積もっており。
それを支える麻縄は、ギッチギチと今にもちぎれそうだ。
この部屋自体、おそらく数十年は使われていない。
だがこいつを使うしかない。
もし階段を使おうものなら、子供二人の力で安全に運ぶのは困難だ。
転がり落ちた石像マーガリンが粉々になるのは容易に想像できた。
台車を慎重に乗せて、動かないよう縄で縛る。
あとは昇降機の固定を解除して、滑車を動かすだけだ。
無事に動けば、の話だが。
ギキョギキョギキョギキョ……。
「ひぇぇ……アルさん。ものすごく嫌な音がしてます……」
「だっ、大丈夫、信じて! 信じるしかないんだから!」
錆びついた滑車が回るたび、鉄のこすれる不快な音が響く。
それに油をさしていないせいか、ちょいちょい引っかかる。
コロリと二人がかりで、なんとかハンドルを回せているような状況だ。
「アルさんアルさん」
「っ、なに? こんなときに」
「……もう限界です」
「マジで言ってる?」
体力を使い果たしたコロリがふらつく。
そうだこいつ、カブトムシに負けるぐらい貧弱なんだった!
ハンドルが私の制止もきかず、ひとりでにぐるぐる回り始める。
こうなるともう私一人では止められない。
滑車がガラガラギュルルンと音を立て、昇降機がすごい勢いで降下していく。
「あああーっ! 止まれ止まれ止まれーーーっ!!」
どすんっ!!
最後はほぼ落下のような形で、石像マーガリンは地下に落ちた。
「…………あー……」
しばらく固まっていた私とコロリは、お互いに青い顔で目を合わせる。
「壊れたかな?」
「そしたら共犯ってことでいいですか?」
「絶対やだ」
急いで地下に降りて、石像の状態を確かめる。
ひえっ……。
石像と目が合ってしまった。
悪いことをしている自覚があるだけに、なおのこと気まずい。
見たところ目立ったヒビなどは入っていないように見えるが……。
物言わぬ石像の上で、ピヨシが跳ねる。
「ぴよっし」
「死者を冒涜しちゃダメですよピヨシ」
「いや死んでないでしょ、たぶん。石だからわかんないけど」
なんとか無事だった台車を転がし、私たちは生々しい石像を懲罰房に運び込んだ。
壁際に押し込み、古い布をかけ、空の木箱やタルで覆い隠す。
自分たちが犯しに犯し。
重ねに重ねた過ちを隠すために。
子供に罰を与えるための独房の奥へと、騎士を隠した。
もう何もかもが間違っている。
「よし。いや、よくはないけど」
「これで私たち立派な共犯者ですね」
「嫌すぎる。バレたらほんとに終わりだよこんなの」
戒律にちょっと喧嘩を売っただけなのに。
気づけば特大の、それも致命的な秘密を抱えこんでしまった。
それにいつまでも隠し通せるようなものじゃない。
この秘密は、あまりにも重すぎる。
…………。
私のそんな懸念は、すぐに現実のものとなった。
その日の夜。修道院は騒ぎになった。
「うちの新米がまだ帰ってきてないんだ。今朝この修道院を訪れたことは確かなんだが」
そう語るのは聖教騎士団の、おそらくはマーガリンの上官だ。
修道院の面々は私たち孤児も含め、ひとり残らず講堂に集められていた。
言うまでもなく、修道院そのものが疑われている。
修道長がおそるおそる騎士に答える。
「子供たちに話を聞いたあと、そのままお帰りになったと聞いたのですが……」
敬語になってる。
権力に睨まれると弱いなこのお婆さん。
「ええもう。捜索ということでしたら、もちろん全面的にお手伝いいたします。わたくしどもビタークリーク修道院の名誉に関わりますので」
さっそく、とてもまずいことになった。
修道長は保身のためならば、きっと本気で騎士団に協力する。
つまり修道院中をくまなく探すということだ。
もちろん、あの地下も、懲罰房も。
私は誰にも見えないよう、ぎゅっと拳を強く握った。
怯えたところで今さらもう戻れはしない。
一度踏み越えてしまったのだから。
なんとしても、隠し通さなければ。
「感謝する。それでは、これから部屋という部屋をすべて確認させてもらう」
騎士の声が講堂に響いた。
女神ヴェリナスの石像が私たちを見つめている。
生まれて初めて本気で祈りたくなった。
しかしすぐに、そんな考えは捨てる。
神様はいない。
祈るなアレクシス。頭を使え。
重すぎる秘密は、まだ地下に沈んでいる。




