第5話『なんてことをしてくれたんだピヨシ』
「アルさん、この子を修道院で飼いましょう!」
「え、絶対やだ」
「なぁんでですかァーーー!」
そりゃあそうだろうよ。
コロリが胸に抱いているのは、コカトリスのひよこだ。
さっきまで死にかけていたのが嘘みたいにぴよぴよ鳴いている。
つぶらな瞳をしてはいるけれど。
そもそもでかいのだ、コカのひよこは。
修道院の子供たちが蹴って遊ぶボールぐらいでかい。
「あのさ、修道院だよここ。生き物を飼う場所じゃないでしょ」
「でも慈愛の心で満ちた場所ですよ」
「こういうときだけ都合いいこと言うじゃん……」
コロリはひよこを抱えたまま、ふんすふんすと鼻息を荒くする。
「いいですかアルさん。命を救った者には、助けた責任があるのです」
「いや責任どうこう以前に、そもそも修道長先生が首を縦に振るとは思えないよ」
「そこは私に任せてください!」
無理だと思う。
以前のように理屈でねじ伏せることはできるかもしれない。
だけどその結果はどうだったか。
子供は黙って大人の言うことを聞きなさい。だ。
それが大人の論理なのだ。
「ぴよっし」
「ほらこの子もやる気まんまんですよ。さあ行きましょう、ピヨシ!」
うわ、もう名前までつけてる。
……ていうか、今つけたな。
………………。
…………。
……。
「駄目に決まっているでしょう」
コロリの提案を聞いた修道長の、一言目がそれだった。
「ほらコロリ。やっぱり飼えないよ」
それに、修道長はコロリを前にして顔が引きつっている。
言い負かされたことがトラウマになってるよこれ。
修道長は頬と眉とあと色んな顔の筋肉をひくつかせながら続ける。
「いいですかコロリーヌ。修道院は本来、修験の場です。あなたたちのような孤児を預かっているのも、ゆくゆくは女神ヴェリナス様にお仕えする聖職者を育むためです」
修道長の言っていることはもっともだ。
反論の余地はないかと思われたが、コロリは待ってましたとばかりに目を輝かせた。
「はい。まさにその通りです修道長先生」
「だったら……」
「だからこそです。この小さな生命を慈しみお世話をすることは、女神ヴェリナス様の慈愛の体現。すなわち教義の実践そのものではありませんか?」
修道長が、うっ、と小さく声を漏らす。
コロリは否定ではなく肯定を取っ掛かりに、自分の理屈に持ち込んだ。
しかも教義を持ち出されては、それを拠り所とする修道長には分が悪い。
「たしかに、それはそうですが……」
「それに修道長先生のお立場も、今より良くなります」
「……なんですって?」
次は餌を撒いた。
さんざん感心させられてきたが、コロリは本当に口が上手い。
修道長はもう“聞く耳”になっている。
「この修道院で孤児たちが尊い模範的実践教育を受けていると知れ渡れば。おのずとそれを統括する修道長先生の、教団内部での評価も上がるでしょう」
とどめの音がした。
相変わらず顔は引きつっているものの、修道長の体はかなり前のめりになっている。
「修道長先生、いかがでしょうか?」
「………………」
しばらく黙って考えこんだあと、修道長は口を開く。
「……あなたたち二人が責任をもってお世話をするなら……いいでしょう」
「え? 私も?」
「当然です。コロリーヌに任せるのは不安ですから。アレクシス、あなたが中心となってしっかりと面倒を見るのですよ」
なんとなく、こうなることは予想していたが。
ここで了承しない。というわけにはいかないのだろう。
「……はい。わかりました修道長先生」
「わぁー、ありがとうございます! よかったですねピヨシ!」
「ぴよっし」
人の都合もかえりみずこいつらは。
まあ、今でさえコロリの保護者みたいなものなんだから。
実質たいして変わってはいないんだけれども。
かくして、私……とコロリは。
ひよこあらため、ピヨシの面倒を見ることになった。
………………。
…………。
……。
とはいえひよこなんだし。
それほど面倒はかからないだろうと。
そんなふうに考えていた時期が、私にもあった。
「アル、コロリとピヨシがまたカブトムシと喧嘩してる!」
「またか」
一週間もしないうちに、これだ。
これじゃあコロリがふたりに増えただけじゃないか!
「ぬわーっ!」
修道院の庭に駆けつけるやいなや。
コロリは早々に木から振り落とされていた。
もう樹液は諦めろ。
そしてピヨシはというと。
私の存在に気づくなり、木からぴょんと飛び降りて駆け寄ってくる。
そして私の足もとまでやってくると、ちょんちょんと靴をつついた。
「アルさんは懐かれてますね」
「いや、別に嬉しくないよ」
「嘘つき」
そんなふうに少しだけ、ほんの少しだけ。
何事もなかったみたいに、穏やかな時間が流れた。
でも、そういうのは、長く続かない。
…………。
その日の昼過ぎのことだ。
「アル、大変だよ」
「今度はなに? コロリもピヨシもここにいるけど?」
「騎士様が来てる」
背すじが一気にこわばった。
コロリが戒律で禁じられている魔法を使ったことは、私とコロリだけの秘密だ。
私は動揺を悟られないよう、呼吸を整えてから尋ねた。
「……騎士様は今どこにいるの?」
「さっき修道長先生の部屋に入ってったよ」
「ふーん、そうなんだ」
私はコロリに目配せをした。
嫌な予感がする。
だけど様子を見に行かないという選択肢もない。
戒律違犯の件は、うまく誤魔化してすべて終わったはずだ。
だというのに。
私の手は少し震えていた。
…………。
私たちはこっそりと、修道長室の前までやってきた。
そしてそっと扉に耳をあててみる。
「率直に申し上げますと、これは異常値です」
聞き覚えのある女の声。
私に魔法のことを尋ねてきたあの新米騎士だ。
そいつが修道長となにやら込み入った話をしている。
「異常値……というのは?」
「この修道院で観測された魔法反応の波形です。教団本部での解析に時間はかかりましたが」
「それが、見たこともない形だった、ということかしら?」
私はコロリのほうをちらりと見た。
ピヨシの傷を癒したあの治癒魔法が?
んなばかな話があるか。
私の疑念をよそに、新米騎士が続ける。
「もっと正確に言えば、古い記録に一致する波形でした。最後に確認されたのは今から数百年も前です」
「不思議な話ねえ。それが……この修道院で?」
「はい。そういった特殊な魔法が、ここで用いられた可能性があります。なんとしても使用者を特定するようにと、教団から騎士団に通達がありました」
穏やかじゃない雰囲気になってきた。
戒律違犯や処刑といった危機もさることながら。
どういうわけか、教団そのものがコロリを探している。
「コロリ……お前なにやらかしたんだ……?」
「んー? アルさんが見たとおりだと思いますよ?」
いまいち危機感のないやつめ。
とにかく、捕まったらろくでもないことが起こるのは間違いない。
どうにかしてまた誤魔化さないと……。
と、そのときである。
「ぴよっし」
コロリの腕の中で、ピヨシが鳴いた。
まずい。
本能的にそう思ったが、遅かった。
「……あなたたち、こんなところで何をしているのかしら?」
扉が開かれ、修道長が険しい顔で私とコロリの顔を交互に見る。
もちろん、その部屋の中には礼の新米騎士もいる。
「おや、君はたしか先日の……ちょうどよかった。また話を聞かせてもらおうと思っていたところだ」
そう言われてしまうと、断るわけにはいかなくなった。
今ここから逃げ出せば疑念を強めるだけだ。
「ちょうど報告もキリがいいところですし。修道長。彼女たちとも話がしたいのですが、このまま部屋をお借りしてもよろしいですか?」
「ええもちろん。アレクシス。コロリーヌが粗相をしでかさないよう、しっかり見張っているのですよ。それと、騎士様には正直に話すようにね」
そう言うと修道長は部屋を出て行く。
私たちはというと。
あっという間に外堀を埋められ、修道長室に招き入れられてしまった。
部屋の中には私とコロリ、ついでにピヨシ。
そしてあの、妙に鋭い新米騎士。
けして内心の動揺を悟られてはいけない。
私はせいいっぱい平静を装った。
「あらためまして、聖教騎士団ビタクリーク駐屯部隊のマーガリンだ。君はたしか……」
「……アレクシスだよ。こっちはコロリ」
「これは丁寧に、痛み入る」
マーガリンと名乗った騎士は私たちの顔を交互に見ると、そのまま視線を下げた。
「そのひよこは、このあいだの?」
「ピヨシ」
「……個性的な名前だね」
「そうかもね」
慎重に言葉を選ぶ。
大丈夫、前と同じだ。
知ってることの断片だけを話せばいい。
「あのときはずいぶん弱っていたようだけど」
「うん、もうすっかり元気になったよ」
ピヨシがぴよぴよ鳴きながら羽根をぱたつかせる。
「脚の傷はもうふさがったのかい?」
「…………!」
いや、脚だけじゃない。
違う、そうじゃない。
ピヨシの傷のことは、この女に話してない。
もし話せば治癒魔法に言及される可能性があったからと、誤魔化したところだ。
一瞬、ほんの一瞬だけ言葉に詰まった。
そして、その一瞬が命取りだった。
マーガリンの目がすっと細まる。
かまをかけられた。
やられた、と思った時にはもう遅かった。
「ありがとう、アレクシス」
穏やかだったマーガリンの目は。
いまや鋭く強く、私たちを突き刺している。
それは彼女の中で、疑念が確信に変わったことをはっきりと示していた。
「やはり、君は見ていた。……知っていることを話してくれるね?」
もはや質問ではない。確認だ。
「あ、あの……私は、本当に、なにも……」
ダメだ。あのときみたいに言葉が出ない。
ここまで手を詰められては、嘘も誤魔化しも、もう通用しない。
私はしどろもどろになりながらコロリに目を向ける。
コロリは、こいつだけは守らなきゃ……。
「安心してくれアレクシス。正直に話してもらえれば……」
絶体絶命。
まさにそのときであった。
ぱたぱたと、小さな羽根がはばたく音が私の耳を打つ。
飼い主を守るという本能が。
鳥にもあるのだろうか。
「ぴよっし!!」
マーガリンの言葉をさえぎるように。
ピヨシがとつぜん口から煙を吐いた。
「んなっ!?」
その煙は一瞬にして、マーガリンを包み込む。
「あ、ああ……騎士様が……!」
それだけなんとか口にして。
私はまたしても言葉を失った。
昔は危険な野生動物だったコカトリス。
家畜化された品種は安全ではなかったのか。
ところがどうだ。
目の前にいる聖教騎士、マーガリンは。
驚愕の表情を浮かべたままカチンコチンの石になってしまったではないか。
なんてことをしてくれたんだピヨシ!
ピヨシは悪びれるようすもなく、コロリの腕の中でぴよと鳴く。
「アルさん、これどうしましょう」
「わ、わかんない……どうしたらいいと思う?」
先日まではただの嘘だった。
さっきまではただの隠し事だった。
だけど――事態は一気に悪化した――。
修道長室、石になった騎士、ふたりの子供。
そして、のんきにぴよぴよ鳴くひよこ。
……詰んだ。今度こそ詰んだ。




