第4話『私はいま、戒律に喧嘩を売った』
焦げたにおいで目が覚めた。
その夜、両親と大喧嘩した私は、部屋にこもってふて寝していた。
喧嘩の理由は、私が魔法を使おうとしたからだ。
ただの興味本位だったのに、あまりにも強い言葉で叱るものだから。
泣きはらした目がみょうにしみた。
部屋の中が、なんだか煙でかすんで見える。
「暑い……なにこれ……?」
廊下に出るとそこはもう火の海だった。
家が燃えていると気づいたところで、なにもかもが手遅れだった。
火はすでに家を包み込むように燃え広がっており、幼い私にはどうすることもできない。
「げほっ……苦しい……息、できない……お母さん……お父さん……」
喉が痛い。胸の中がひりつく。視界はどんどん暗くなる。
こんなことになるなら、両親に謝っておけばよかった。
そのときだ。
「水魔法!」
両親の声だった。
魔法を使ってはいけないよと、私を強く叱ったあの声だ。
轟音とともに水が押し寄せ、炎を押し返す。
蒸気が立ち込める中、私は両親に抱かれていた。
わけもわからず泣いている私に、両親は何度も大丈夫、大丈夫だと声をかけてくれた。
聖教騎士団がやってきて、両親を連れていく間も、私はずっと泣いていた。
戒律違犯は、どのような理由があっても処刑される。例外はない。
それがこの世界のルールだ。
………………。
…………。
……。
「だから、ね……コロリ。ダメなんだよ」
私の話を、コロリは黙って聞いていた。
話すつもりはなかった。
でも話せば少しは軽くなると思っていた私がいる。
ところがどうだ。
私の心は重く沈むばかりだ。
「仕方ないんだよ……そういうものだから」
遠くで鐘が鳴っている。
もうすぐここにも、魔法の使用を探知した聖教騎士団が来る。
私はぎゅっと手を握りしめ、地面を見つめていた。
「アルさん。それは本当に仕方ないんですか?」
胸がギリッとしめつけられる。
心の奥底に沈んだ何かが、出てこないようにと。
「納得、するしかないでしょ」
少し強く、口にした。
私はこの修道院で、そうやって自分を支えてきたから。
わがままを言ったって、何も変わらないと知っているから。
「してませんよね、納得」
顔を上げた。コロリと目が合う。
青くて大きな、人間の底まで見通すような、目。
「今ここにある結果を受け入れている人は。死んじゃえばよかったなんて、言いません。だからアルさんは、納得なんてしてません」
コロリは強く断言する。
いつものようにコロコロ笑っていない。
真剣に、私と同じ子供とは思えないほど真剣に。
私はコロリに向かって酷いことを言ったのに。
どうして、そんな私のことで真剣になれるんだ、こいつは。
「アルさんは納得したふりをしているだけです。ご両親が間違っていた、ということにしているだけです」
図星、だった。
言い返そうとしても言葉が出てこなかった。
だから感情に任せて、がむしゃらに言葉をふるうしかない。
「だから何なの。私が納得しようがしまいが、結果は同じでしょ」
「違います」
即答。逃げ場はない。
「人を助けることに間違いなんてありません。それを戒律が厳しく裁いたのであれば、戒律が間違っているんです」
それはこの修道院に預けられてから。
私が何度も何度も、己に問うたことだった。
「だからどうしろって言うんだよ。変えられないなら身を任せるしかないじゃないか」
「今はそうかもしれません。でも」
コロリはすうっと息を吸い込む。
そして背すじを伸ばし、ニコリと笑った。
「納得なんてしなくていいじゃないですか」
簡単に、そんなことを言う。
修道院のほうが騒がしくなってきた。
聖教騎士団が来たのだ。
魔法の反応をたどって、コロリを捕まえに。
もう、時間がない。
「コロリ、逃げ……」
「逃げません」
ひよこを抱えて、なでながら。
コロリは私の顔をじっと見つめる。
「アルさんがなんとかしてくれますから」
迷いが、なかった。
「ダメならそのときはそのときです!」
ばかを言うな。
お前の命がかかってるんだぞ。
だけどコロリはまるで怯える様子もなく、本当に信じ切っている。
私がこの状況をどうにかする、と。
「おーい、そこの子供たち」
鎧に白い外套、騎士がこちらに向かって歩いてくる。
ルールが、戒律が、もう目の前まできた。
聖教騎士のお姉さんは、腰をかがめて私たちと目線を合わせて尋ねる。
「このあたりで魔法の反応があった。何か見ていないか?」
私はそっと、コロリの顔と、ひよこを交互に見た。
こんな野生動物一匹のために、コロリが処刑されるのか。
……本当に?
戒律を犯したから仕方ないと?
いいわけがない。
納得して、いいわけがない。
しぼり出せ、灼ける喉から、私を。
「見てないよ」
嘘を、ついた。
私はいま、戒律に喧嘩を売った。
「何も見ていないのかい?」
「うん。ずっとここで遊んでたから、間違いないよ」
ぴくりと、騎士の眉が上がった。
彼女は周囲を見わたす。
修道院の敷地の端っこ。
はらっぱが途切れた先にあるのは、生い茂った森だけだ。
「怪しい人の気配とか、そういうのはなかった?」
声のトーンが一段さがっている。
こいつ、思ったより疑り深い。
鎧も外套も綺麗だからまだ新人っぽいけど。
それでも下手に嘘を重ねると看破されかねない。
「人はわかんないけど、鳥ならいたよ」
「……鳥?」
「さっき見つけたの。まだひよこだけど」
騎士はコロリに抱かれたコカのひよこを興味深そうに見つめる。
「ふーむ。コカトリスだな。でもどうしてこんなところに……。そういえば最近獣害の報告があったな。狼にでも追われて迷い込んだのか?」
「どうかな? 弱ってるみたいだから、これから何か食べさせようかなって」
嘘は言ってない。
たぶんこの人には、本当の話が効く。
大人は“子供の嘘なんかすぐに見抜ける”と思っている。
この騎士もそうだ。
さっきからあちこちを観察しているようにみえて。
私が話すときだけは、じっと私の顔や目を見ている。
「……ふむ、わかった。情報提供ありがとう。もし何か思い出したら聖教騎士団の詰め所まで教えてくれ。協力感謝する」
「はーい。コロリ、行こ」
私はコロリの手を引っ張って駆け出した。
うまくやれた、と思う。
だけど手汗はびっちょりだ。
「どきどきしましたねー!」
「……はあ、人の気も知らないで呑気なこって」
「アルさん嘘つきの才能ありますね」
「それ褒めてんの?」
嬉しくない。
嬉しくないんだけど。
高揚、していた。
私は戒律を、理不尽を、納得を。
ほんの少しだけ見返してやった。
悲しみを吐き出してもちっとも軽くならなかった心が、嘘のようにはずむ。
「もうこんなばかなことに命を張らないでよ」
「はーい、もうしません!」
「嘘つけ」
ぎゅっと、強く手を握る。
これでいいんだ。
これで。
…………。
浮かれた私は気づかなかった。
あの新米騎士が、しゃがみこんで何かを呟いていたことに。
「……血だ」
私は気づかなかった。
売られた喧嘩を、ばかみたいに高く買うやつらがいることに。
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