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神は死にました、過労死です。~異世界カルトを詭弁でぶっ壊して宗教改革しちゃいましょう~  作者: 今井三太郎
第2章『つよいよ神様』

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第16話『大人怖すぎるだろ、ふざけんな』

 対面のソファに座るプルーシィ司祭。

 その横に立つ聖教騎士マーガリン。

 そして私。


 たった三人しかいないのに、応接間は息が詰まるほど狭く感じた。



「まずは無事でなによりだ騎士くん。ずいぶん心配したんだよ。……それで、名前はなんといったかな?」

「……マーガリンです」

「ああ、そう。そうだったね」



 心配していたという割に、やっぱり名前は覚えていない。

 司祭様は本当に、自分が興味あること以外にはまったく脳のリソースを割いていないのだろう。


 だがその興味がいま、私の罪に注がれている。



「さて騎士くん。ボクはキミに任務を与えたわけだが、どういうわけか石になって修道院の荷物にまぎれこんでいたわけだ」



 マーガリンに向かって語りかけているのに。

 司祭様の冷たい目はずっと私の顔を見つめている。


 今すぐ逃げ出したい。

 でも逃げ場なんてどこにもない。



「キミは修道院で何を見つけたんだい?」

「……血痕です」

「おやおや穏やかじゃないね。誰か怪我をしたのかい?」

「はい。ひよこです。コカトリスの」



 まるですべて最初から決まっているかのような受け答えだ。


 それはそうだろう。

 すでにすべて聞いたからこうして私が呼び出されたんだ。


 つまりこの話は、私を追い詰めるための。

 結論ありきのデモンストレーションだ



「その件でこのアレクシスを問い詰めたところ」

「ひよこに石化させられてしまったと」

「おっしゃる通りです、司祭様」



 これは交渉なんかじゃない。

 断罪が始まろうとしている。


 ここでごめんなさいと謝って済む話じゃない。

 謝ろうにも声が出ないんだけれども。



「そう言えばコロリーヌはいつもひよこを抱えているね。とても大事そうに」



 司祭様の声は柔らかかった。


 だけど確信に満ちている。

 お前は知っているんだろうと。



「修道院で観測された古い魔法。そして私の治癒魔法が効かなかった子供。偶然にしてはできすぎていると思っていたけれどね」

「…………」

「ようやく確信できたよ。魔法がコカトリスを変質……いや、原種へと回帰させた。そしてその魔法を使ったのは、コロリーヌだね」



 私は否定も肯定もできなかった。


 すでに否定できないだけの決定的証拠を積み上げられてしまっている。

 だけど肯定すればコロリが戒律違犯で捕まってしまう。


 窓を叩く風の音が、やけに耳についた。



「アレクシス。やっぱりキミは賢いね」



 急に名前を呼ばれて、肩がびくりと跳ねた。



「キミ、何も言わないほうが賢明だと思っているだろう? 正解だよ、今はね」



 司祭様の細い指が、ローテーブルをこつこつと叩く。


 私の言葉を急かしているわけじゃない。

 これは、私たちの力関係を明確にする儀式のようなものだ。


 この場のすべての主導権は自分にある。

 そういう主張だ。



「アレクシス。キミは魔法がどういうものか、正しく知っているかい?」



 私は一瞬、司祭様の話が飲み込めなかった。


 それが私の罪と関係あるのか。

 あるのだろう、だから話題を振ったのだ。



 私は小さく首を振った。


 この世界における魔法研究の第一人者に。

 はい、知ってます。なんて言えない。


 プルーシィ司祭は頷いて、両手を組みなおした。



「女神ヴェリナスによってもたらされた恩寵。不可能を可能にする奇跡の術。まあ、そんなところだろうね」



 明らかに、先ほどまでとは目の色が違う。


 魔法のことになると人が変わる。

 市場の女店主から聞いた話が頭をよぎる。



「だが実際には恩寵なんてあいまいなものじゃない。ヴェリナスはね、かつて実在したんだよ。文字通りもたらしたのさ。世界に、魔法を」



 司祭様の声には研究者としての熱がこもっていた。

 相手が子供だからって、嘘をついている声じゃない。


 女神が実在した。


 教団が魔法を独占するための詭弁ではなく。

 本当に、いたというのだ、教団の司祭が。



 司祭様は私の戸惑う反応を見て、満足そうに笑みを浮かべる。



「ボクが研究している現代魔法はね。ヴェリナスがかつて用いた魔法の、ただの模倣に過ぎないんだよ」

「……模倣、ですか」

「そうさ。洗練はできる。効率も精度も上げられる。だけどいくら工夫しても、たどりつけるのは似姿まで。頭打ちなんだよね、現代魔法ってさ」



 ようやく司祭様の話が見えてきた。


 プルーシィ司祭は、教団から魔法の研究を任されている。

 若くして魔法を自由に扱える高位を与えられたのもそのためだ。


 つまり。



「そこに現れたのがコロリーヌ。原典の魔法を使う少女というわけだ」



 話が繋がった。


 私も、生まれてこのかた十年。

 魔法そのものは何度か目にしている。



 だけどコロリの魔法は異質だった。


 それ(・・)が、司祭様にとっては何よりも。

 ライフワークとしてだけではなく、公務としても重要なことなんだ。



 でも。


 よりにもよって、あのコロリが。



「キミにもコロリーヌの価値を正しく知っておいてもらいたくてね」



 ここでマーガリンが口を挟んだ。



「司祭様。現時点ではまだ判断材料が不足しています」

「そうだねえ。キミの言う通りだ」



 プルーシィ司祭はあっさりうなずいた。



「でも断定は重要じゃない。大事なのは、コロリーヌにはボクの研究に資するだけの価値があるという事実だよ」



 マーガリンは黙った。


 反発はある。でも従っている。

 それが今の彼女の立ち位置だった。


 聖教騎士は司祭の駒にすぎない。

 石化を解いてもらった恩もあるだろう。


 だから飲み込む。

 けど、飲み込んだあとに苦いものが残っている。

 そんな顔だった。



「さて、そんなコロリーヌは、ボクの研究にとても非協力的で困っている。だけどキミには従順だ。ボクの言いたいことはわかるよね、賢いアレクシス」

「……はい」



 聖教騎士の石化事件は、いまこの司祭様の手のひらの上にある。

 裁くも、見逃すも、プルーシィ司祭の心ひとつで決まる。



「尊い友情をどう利用するかはキミに任せるよ。その代わり、コロリーヌがボクの研究に協力してくれるなら、今回の件は穏便に済ませると約束しよう」



 穏便。

 便利な言葉だ。


 処刑を免れるかもしれない。

 コロリや修道院を巻き込まずに済むかもしれない。


 でも安全を保証するとは一度も言っていない。


 大人は、この人は、そういう逃げ道のある脅しが上手い。



 裏を返すなら。

 この話に乗らなければ。

 最悪の事態を起こすと言っているんだ、この人は。



「……わかり、ました」



 それ以外の返事をする選択肢なんて、私にはなかった。


 みんなそろって破滅するか。

 それとも、コロリを司祭様に差し出すか。


 だったら誰でもそう答える。


 胸の奥が、氷の針を刺されたようにズキリと痛んだ。



 でも、仕方ない(・・・・)んだ。



「じつに結構。では明日、ボクの研究室で会おう。おともだちも一緒にね」



 それで話は終わった。


 私はマーガリンに促されるまま、応接間を後にした。




 …………。




 マーガリンに連れ添われて、私は広い廊下をうつむきながら歩く。



 司祭様は終始笑っていた。

 全部、この人の手のひらの上だった。


 でも納得するしかない。



 最悪の破滅は回避した。

 だから、これで正しかったんだ。


 少し研究に協力するだけじゃないか。

 コロリにとって悪いことじゃないはずだ。


 修道院にとっても、司祭様にとっても。

 みんな不幸になるよりずっといい。



 いい、はずだ。



「アレクシス」



 不意に声をかけられ、肩が跳ねた。

 隣を歩くマーガリンが、足を止めて私の顔を覗き込む。



「……はい」



 怖かった。


 だって私はこの人を石に変えて。

 半年以上も、暗い修道院の地下に隠し続けたんだから。


 もし今回の一件で貧乏くじを引いたやつがいるとすれば。

 それは私じゃなくて、この騎士様だ。


 敵意を向けられるに決まっている。

 強い言葉で罵られるに違いない。



 私は目をつぶって全身をこわばらせた。



 だけどマーガリンは、静かに私の頭に手を置いた。



「すまなかった」



 意味がわからない。

 なぜこの人が謝るんだ。


 謝らなきゃいけないのは私のほうなのに。



「言いたいことは色々あるが、君はまだ子供だ。私はああいうやり方が正しいとは思えない」



 本当は責めたいのだろう。

 なじりたいのだろう。


 だけどそれら全部を飲み込んで。

 騎士様は私に同情している。


 自業自得で大人に脅迫された、ばかな子供を。



「勘違いするな。私だって君を信用しているわけじゃない。でも怖かっただろう」

「……騎士様」

「泣くなよ。私だって怖いよ、あの人は」



 悔しくて涙がこぼれていた。


 情けをかけられたことじゃない。

 自分の愚かさが、悔しかった。


 最善だと思った判断を積み重ね続けて。

 いま私は、この最悪の状況にいる。


 そのことが、どうしようもなく悔しかった。



「私が君の立場ならあの場で泣く。……それだけだ。今日はもう休め」



 マーガリンの言葉にはまだ固さがあった。

 これだって最低限の事務的なケアにすぎない。


 だけどあの応接間での張り詰めた緊張感の中で。

 積もり積もった恐怖の堰を切るにはじゅうぶんだった。



 私は声を出して泣いた。


 大人怖すぎるだろ、ふざけんな。って泣いた。



 ようやく泣きやんで、部屋に戻るころには。

 とっくに消灯時間を過ぎていた。



 コロリはもう、寝台でぐっすり寝ている。



 私はコロリの寝顔に向かって、小さくつぶやいた。



「……守るよ、絶対に」





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― 新着の感想 ―
アレクシスが泣くとは思わなかった、、最後の三行が刺さる
急に優しい言葉なんか聞いたら感情が溢れて泣いちゃう.アレクシス..
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