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神は死にました、過労死です。  作者: 今井三太郎


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第1話『冒涜は空から降ってきた』

挿絵(By みてみん)

 神様はいない。たぶん死んだ。



 こんなことを口にしたら、その場で異端審問にかけられて火あぶりにされるだろう。

 だから私は今日も黙って(いの)るふりをしている。


 なにせここはヴェリナス聖教の修道院。

 神の庭で、神を否定することはけして許されない。


 神を信じる良い子にはパンが与えられる。

 でも悪い子は鞭で打たれて懲罰房に入れられる。



「アレクシス。お祈りに身が入っていませんね。もっとアゴを引きなさい」

「……はい、修道長先生」



 ここに預けられているのは私を含め、わけあって親がいない子供たちだ。

 他に行き場なんてないから、みんな黙って大人に従っている。



「さあみなさん、感謝の言葉を捧げて穢れた血を清めましょう。ヴェリナス様は必ず救いをお与えくださいます」



 修道長がニコニコと笑いながら子供たちをうながす。


 このお婆さんはいつも笑顔だ。

 子供を懲罰房に放り込むときも、ずっと。



 私をはじめ十数人の孤児たちはみんな、心から神様を信じているわけじゃない。

 でも祈らないと修道長が怖いから。


 遊び盛りの子供たちが、みんな黒い服を着せられて一生懸命お祈りする。


 これを毎日5時間やる。

 いたって健全で、いたって敬虔で、いたって異様な光景だ。


 幼い私たちは、いったい何に対して、何を祈っているのだろう。

 理解も納得もしていない言葉を口の中で転がして、どんな救いを求めているというのだろう。


 何もわからない、誰も教えてくれない。

 大人たちが押し付けてくるものは、いつだって空っぽだ。


 誰かが教えてあげればいいのに。



 いないよ、神様。って。




 ………………。


 …………。


 ……。




 修道院の敷地内、小高い丘には一本の大きなリンゴの木がそびえている。

 女神ヴェリナスの恩寵を授かった、それはそれは大変ありがたい“神様の木”なのだそうだ。


 私はいつもその木のたもとから、眼下にひろがる町を眺めていた。



「今日も平和だ……ばかみたいに」



 私はこれといって、人々の営みに関心があるわけじゃない。

 あの町に住んでる人たちが光に導かれていようがいまいが、知ったこっちゃない。


 ただ、私は昔あそこに住んでいた。

 本当に、それだけのことだ。


 いくら思い出にすがっても過去には戻れないのに。

 どれほど神様に祈っても死んだ人間は生き返らないのに。



「……神様なんているわけないじゃないか。ばかばかしい」



 誰に言うでもなく、空に向かって皮肉まじりにつぶやいた。

 ちなみに神への冒涜は戒律によって死刑と決まっている。


 だからどうした。

 誰にも聞かれていなければいいのだ。



 誰にも。




「はい。神は死にました、過労死です」




 冒涜は空から降ってきた。



 ぎょっとして“神様の木”を見上げる。

 いったい、いつからそこにいたのか。


 やんごとなき大樹の枝に、私と同じ黒いチュニックを着た女の子が座っている。

 しかもあろうことか、神聖なリンゴをもぎってむしゃむしゃ食べていた。



「な……なっ……!」



 驚きのあまりまともな声が出ない。


 そりゃあ予想なんてできるはずもない。

 冒涜の言葉を聞かれたどころか、それ以上の冒涜が降ってくるなんて。

 そもそも神聖な木にのぼるバカがいるなんて。

 それどころかやんごとなき実をもぎとってむしゃむしゃ食べてるなんて。


 いろんな驚きが私の頭の中をぐるんぐるんと駆け巡る。



「な、なに、やってんの……?」



 ようやくしぼり出せた一言がそれだった。



「木にのぼっています」

「それは見ればわかるよ」

「おりれなくなっちゃいました」



 そう言うと少女は木の枝の上でふらふらと立ち上がる。

 私はとても嫌な予感がした。



「あら……あらららら?」

「ちょっ、待っ……落ちるってェ!!」



 案の定、小さな体は足を踏み外して落ちてきた。

 私はがむしゃらに全身を使って、必死にそいつを受け止める。


 想像よりも、ずっと軽くて、ずっと細い。

 とか思っている間もなく少女を抱えて芝生の上をごろごろ転がる。



「死んじゃうだろ!? ばか!!」



 怪我の有無を気遣う余裕なんてなかった。


 少女は罵倒を気にする様子もなく、私の腰にまたがってむっくりと体を起こす。


 木から落ちたひょうしに脱げたのか。

 ベールで隠されていた金髪がふわりと風に揺れる。


 空より青い大きな目で、私の顔を見つめながらにこりと笑う。



「ありがとうございます。また(・・)死んじゃうところでした」



 みんなが崇める神への不敬をばちくそにはたらいて。

 それでもまるで悪びれやしない、じつにいい笑顔だった。


 怖いもの知らずにも程がある。

 うらやましい。



「……ばかなんじゃないの」



 せいぜい、そう言い返すのが精いっぱいだった。


 なんてばかなやつなんだ。

 もし、こんなところを修道長に見つかったらと思うと――。



「……あら? あなたたち、いったい何をしているのかしら?」



 ――背筋が、凍ってしまうではないか。



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