契約と現実
「うん、、」
6歳とはいえ、今置かれている状況が全く理解出来ないと言うわけではない。30年前に、突如竜が人間界に現れ、そして今に至るまで、世界中のあらゆる所で自然や街を破壊し、人を屠ってきた。そんな神話的モンスターに生身の人間が勝てる筈がない。
そこで人間は、悪魔と契約をする事によって、力を得て、竜を討つ。これは、今を生きる人類にとって周知の事実である。たとえ、物心がついてない生まれたての赤ん坊だろうが、母親のお腹にいる胎児だろうが、人間の本能で理解する。
「〈復讐者〉と契約が成立しました。」
気がつくと、セイナはシェイドルの背中に担がれていた。いや、今は乗っていたという表現の方が正しいのかもしれない。
シェイドルが足を止めた。セイナを見るや否や、瞳孔が開ききって、体が硬直している。時が止まっている様だった。
気付いたのは、目が覚めてから数秒後の事だった。自分の身体に視線を落とす。視界に広がるのは、大人の肉付きをしている自分の身体。そして、背中から降りた自分の目線は、背丈が180センチ程あるシェイドルの肩と平行している。
艶のある黒い髪の毛。顔のサイズ程しかなかった髪の長さは、胸元まで伸びている。
時が止まったシェイドルは、セイナの変わり果てた姿を見て、
「セ、セイナ、もしかして契約したのか?」
と、性格からは想定できない様な、おどおどした口調で言った。
「うん、そうみたい、だいぶ大人になっちゃった、、」
すると、シェイドルはセイナの肩を揺さぶり、目の奥を見て必死の顔をしながら話しかける。
「おい、まだ子供だぞ、それはねーだろ!聞こえてんだろ、出てこい、、早く出てこい、、」
セイナに話しかけているのではないようだ。
セイナの中にいる、精神の更なる内に向けて。
シェイドルは叫び疲れたのか、全身の力を抜き、息を整える。
征竜士軍護衛団の団長であるシェイドル、いろんな修羅場を潜り抜けてきたはずの男が、この驚愕っぷり。
セイナは、自身の身に起きた事が、普通ではないことは分かった。恐らく前代未聞の事であることも。
ただ、幼かったとはいえ、自分の意思で決めたこと。 命の恩人であるシェイドルには、これ以上何かに傷を負って欲しくはなかった。
「私は大丈夫だよ、シェイドル。自分で決めたことだから、、」
「セイナも分かっていると思うが、悪魔と契約したからには、自分の生涯をドラゴンとの戦争に捧げなければいけないんだぞ。」
「うん、それでもいい、全て覚悟の上だよ。」
2人の間には沈黙が流れた。
そして、先に口を開いたのはシェイドルだった。
「よし、覚悟は伝わった。だが、今からいう事はセイナにとって残酷な事だ、その覚悟はいいか?」
「うん、出来てる。」
「悪魔は確かにドラゴンをも倒す力を貸してくれる。だが、その理由は分かるか?」
「分からない、、」
「悪魔が人間に力を貸すのはな、ドラゴンの魂が好物だからだ。だから、悪魔と契約した者は征竜士軍に入る事が強制される。」
「好物? ってことは、その好物が無くなったら?」
「そこだな、、つまり俺たちはドラゴンを全滅させる事は出来ない。もし、この世に竜という存在がいなくなれば、世界中の征竜士軍およそ1000名が、自らの悪魔に魂を喰われてしまうとの言い伝えがある。」
「そんな、、」
「これが現実だ、、」
セイナの心情は複雑に絡まっていた。竜を全滅させれば、軍のすべての人が死ぬ。だが、全滅させなかった事で、アランスと母が死んだという2つの事実によって。
それでもセイナの憎しみの矛先は、自分たちの命を大事にしている軍ではなく、ただ目の前で母とアランスを殺した竜という存在に向いている事は変わらない。
心と身体も成長したおかげで、理知的で冷静な判断が出来ている。軍の人間を恨んでも意味が無いと。
「質問、ドラゴンはなんで私たち人間を襲うの?」
「俺も詳しくは知らない。」
「じゃあもう1つ、さっきの話だと征竜士軍はわざとドラゴン達を生かしているって事?」
「まぁそういう訳でもないんだ。俺たちはドラゴンの世界に行く術を持っていないから、いくら息巻いても人間界に来る奴しか倒せない。
それにもし行けたとしても、さっき俺が殺した奴いるだろ、人型のやつ。あれはドラゴンの中でも稀に生まれてくる知能を持った珍種だ。そいつらの中でも階級があってな、あんなのが何体も出てくると、、まぁ全滅させようと思ってもそう簡単にはいかないって事だ。」
この竜と人間の戦争は終わらない。
種族としての矜持が存在する限り。
だが、それでも良い。竜を1匹討つ度に、母とアランスが報われるなら。
セイナは、これからの将来を考えると、身体が小刻みに震えだした。恐怖からくるものではない。武者震いである。
「俺たちを憎んでいるか?」
「いや、私はただあの醜い生き物を殺したいだけ。」
「おっと、急に口が悪くなったな、、まぁそれなら話ははやい。ようこそ、征竜士軍へ、俺たちの存在意義は市民の命を守り、竜を葬る事。そしてこの終わりの見えない戦争の終止符を探すこと。」




