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復讐


 嫌な予感を感じ取ったセイナは、アランスが向かった方へと行き、そして爆炎で灰と化すのを目の当たりにした。

 セイナの美しく見惚れるほどの青に恵まれた瞳には、もはや光はなく、絶望の黒に侵食されかけている。大好きな母、友、その死を前にして残るのは、悲哀では無かった。あるのは敵に対する強い憎悪。それは、自分の非力さに対する憎悪でもある。


 隠れていろという言いつけは守れなかった。悪寒が走り、自分には何も出来ないと分かっていながらも、本能がアランスの方へと体を動かした。

 紅髪の男は、セイナを見て近づいてくる。両腕には、先程アランスを焼いた灼熱の炎。禍々しい圧のせいで、今にも気絶してしまいそうである。

 だが、恐怖心は無かった。

 「よくも、、よくもアランスをーーー」

 セイナは紅髪の男の方へと、大きな一歩を踏んだ。ただ憎悪をぶつける事しか出来ないと分かっていながらも。

 すると、次の一歩を踏み込んだ瞬間、セイナの体は後ろに引き戻された。服の首襟を掴まれ、喉に食い込んだ服によって、咳込みえずく。

 セイナは深呼吸をし見上げると、背丈が180センチほどあり、紅髪の男とはるほどの体格をした男が1人。金髪、黒と銅を基調とした団服。肩には頭に刃が刺さっている竜の紋章。

 セイナはこの時初めて、征竜士軍の団員を見た。アランスが夢を語った時に出ていた神々しい気を纏いながらも、その中には人間では無い、瘴気蠢いたものも感じた。

 

 「儚い命ほど大事にしなよ、嬢ちゃん。俺の後ろに隠れてな。」団員の頼もしい言葉によって、セイナは少しだけ正気に返ることが出来た。

 そして、マリオネットの如く言われた通りに動き、団員の大きな背中を一望する。

 

 「珍しいな、人型のドラゴンなんて、」

 「チッ、団員か。お前は殺す。」

 「お前は? この嬢ちゃんは生かしておくみたいな言い方だな。」

 「黙れ、、邪魔だ。」


 紅髪の男は、両腕から全身に炎を移し、目で追えない速度でこちらに向かってきた。

 それに応じて、団員は右手に力を込め、ブラックホールの様な黒の渦を巻き起こす。するとその渦の中から、黒い仮面が現れた。その仮面が醸し出すオーラは、黒炎の様にも見える。

 「close」そう言って団員は、仮面をつける。その瞬間、先程みた神々しさは刹那に消え、邪悪そのものだけが残り増大する。左手には団員の半身程の長さがある太刀が現れ、刀身にはワインレッドの炎を纏っている。


 「格者か、」

 そう言い、紅髪の男は勢いを落とした。格者か、 と言う言葉には諦念が込められていた。団員はその一瞬の隙をつき、間を詰め、轟々しい炎剣で紅髪の男を一刀両断する。


 「轟々者の大剣〈シャウト・えいごうけん〉」

 

 ワインレッドの炎に溶かされながら、金切り声に似た断末魔を残し、紅髪の男は跡形もなく消えた。

 すると、街中で軍隊の如く整然と飛んでいた竜の集団は、挙動がおかしくなり、雑然と暴れ回り出した。統率していた紅髪の男が死んだ事で、混乱しているのだろう。

 

 団員の男は、ただ戦闘を見ることしか出来なかったセイナに近づく。

 「嬢ちゃん、もう大丈夫だ!残りは俺の仲間がやってくれる。」

 般若の形相をした仮面に怯えているセイナに感づいたのか、

 「あぁ、ごめんごめん、これか」

 と言って、仮面を外す。仮面は現れた時に出てきた黒い渦に吸い込まれる様にして、消えていった。

 「俺は嬢ちゃんの味方だ、安心しな、、、」

 目の前の仇が死んだ。母の、、アランスの仇が。セイナにとって、紅髪の断末魔は心地が良かった。だが、憎しみが消えたわけではない。むしろ、その逆だ。どんどん増幅する憎悪の矛先は、母とアランスを殺した竜だけでなく、〈竜〉という存在自体に向けられていった。

 

 「おじさん、お母さんと友達が殺されたの、」

 現実を受け入れたセイナは、ようやくまともに喋れることが出来た。 

 「おじさんじゃなくて、お兄さんな、、」

謎のプライドを披露した後、セイナの言葉を理解したのか、咳払いをして神妙な面持ちになる。

「そっか俺がもう少し早くきてたら守れてたんだな、ごめんな。」

 「おじさんは征竜士軍の人?」

 呼ばれ方は諦めたのか、〈おじさん〉について訂正はしなかった。

 「そうだ、征竜士軍護衛団の団長ロイ・シェイドルって言うんだ! 」

 「ゴエイダン?」

 「ちょっと難しいかな?まぁ簡単にいうと偉い人だ。」

 シェイドルは、今のセイナの心情とは真反対に陽気で溌剌〈はつらつ〉とした性格だ。

 

 街の喧騒の中、あらゆる方向から竜の苦しむ鳴き声が聞こえてくる。他の団員が、残りを討伐し終えたようだ。

 「名前はなんていうんだ?」

 「ベル・セイナ、、」

 「セイナか、いい名前だな。」

 シェイドルは、セイナに身寄りが無いことを知り、国が管理している施設へと連れていく事にした。施設には、セイナのように身寄りが無く、行くあてが無い子供達が沢山いる。シェイドルはセイナを担ぎながら、ひとまず自身が拠点としている軍塞に向かった。


 馬の様に速い足、シェイドルの背中は大きくて、暖かくて安心する。一歩一歩足を進める度に生じる心地よい揺れは、セイナの眠気を促進させた。

 「それにしても偉いな、セイナは。そのぐらいの年だと、ショックで喋れないとかしょっちゅうあるんだけどな、、、おーいセイナ?」首を後ろに回旋させながら問いかけるも、既にセイナは、眠りについていた。

 「大した子だ。」



 「〈復讐者〉と契約しますか?」

 セイナが目を覚ますと、そこは深淵の底にいるかのような冷たく真っ暗な空間だった。

 「〈復讐者〉と契約しますか?」

 聞き覚えのない女の人の声、〈復讐者〉とは何なのか?皆目検討がつかない。

 「〈復讐者〉と契約しますか?」

 この言葉が、お経の様に何度も繰り返される。

 復讐者、復讐者、、この単語を聞く度、セイナの脳内には、母とアランスの姿が現れては、消え、現れては消えてを繰り返す。

 そうだ、復讐、復讐しなければいけない。

 お母さんとアランスの為に、あいつらを、、

 「〈復讐者〉と契約しますか?」

 「うん、、」


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