ジャック・アランス
舞台は[英征和帝国]〈えいせいわていこく〉
人間の数多の感情、性格、素質、そこには必ず悪魔が宿る。悪魔と契約した者は、仮面〈マスク〉を付け、「close」と唱える事で、力を借りることができる。
誇り、人道、己の人生すらも捨て、復讐の為だけに悪魔と契約した主人公ベル・セイナを、どうか一緒に見守ってあげて下さい。
「セイナちゃんはよく笑うよね。」
「元々そういう性格なのよ。でもねアランス君といる時は、もっと笑顔になるの。表情筋がはち切れるんじゃないか?ってたまに心配になるの。ほら、あんな感じに」 セイナの母 レイナ が指を指した空間には、アランスとセイナが天使のような笑顔を作りながら、遊具で遊んでいた。
「将来結婚するわね、あの子達」
アランスの母が、嬉しそうに目尻に皺を寄せながら微笑む。
「アランス君なら心配ないわね。」
「見ろ、セイナ!凄いだろ!」
持ち前の俊敏さで、いち早くジャングルジムの上に登ったアランスが、短く折った木片を左手に構え、まだ3段目に足をかけようとしているセイナを見下ろして、得意げに叫ぶ。
「速いよー、」
セイナが必死に登ろうとしていると、
「トォウッ、これが将来征竜士軍を背負う男だ!」 2メートル程ある頂上から、飛び降りて木片を振り回し、竜型の透明な敵と戦いだした。その型にハマらない軽やかな木刀捌きは、ただの木を鉄合金の短剣と錯覚させる程である。
6才の身体能力からは考えられない体幹を披露し、痛がるそぶりすら見せない。年相応ではない根性は、外見同様立派であった。
「征竜士軍なんて怖い人の集まりなんでしょ?アランスはダメ。」
「何でだよ、かっこいいだろ!みんなのために戦う、そしていつかみんなが安心して暮らせるような国を作る。」
神々しく眩いアランスを前に、一瞬返す言葉が出なかったが、セイナにはアランスが征竜士軍に入って欲しくない理由があった。
そもそも征竜士軍とは、国家直属の国際的なドラゴン討伐団であり、世界中のあらゆる所にゲリラ的に現れる竜を討ち、国から報酬を得る軍隊の事である。
その軍団に入るには、国家運営の国鋭所に行き自らの意思で悪魔と契約、もしくは人間の性格や感情、素質に強く依存し、それに付随する能力を持つ上位悪魔 格者〈カクジャ〉と契約をしなければいけない。
後者は選ばれた者しかなれない為、軍団員の多くが前者の方法で、団員として戦っている。
だが、悪魔の力を借りるという事は、それなりの代償があるという事になる。
その代償とは、自分の生涯を竜との戦争に懸けなければいけないというものだ。何とも悲惨で不自由な縛り。
まだ幼年ながらも、お互い恋心同然の想いをアランスとセイナは抱いていた為に一層そんな危険な事に身を投げて欲しくは無かった。
「悪魔と契約するの?」
「あぁ、今のままだとすぐ死んじゃうからな、、悪魔の仮面だぞ クゥ〜〜 生きる英雄ジャック・アランス この異名が世界中に知られるのも夢じゃないぜ!」
セイナは呆れに近い溜息を溢した。
「そうなんだ、、でもアランスは強いからドラゴンなんかに負けたりしないよね?」
「当たり前だろ!俺は不死身だ、最強だ!だから文句無いだろ」
征竜士軍入団の必須条件は、悪魔の力に耐えられ竜と戦える程の肉体を備えている事。その時までに、気持ちが変わってくれる事をセイナは幼い脳みそながら切に願っていた。
「うん、信じる」
そう言葉を残し、透明な竜と戦うアランスを見守った。
すると突然、ウゥーーーーンウゥーーーーンというサイレンが街中に鳴り響く。
1キロ先に見える軍保有分散型司令塔からの信号だ。
「龍門〈ホール〉を感知しました。市民の方は直ちに避難してください。繰り返します、、」
街中に極寒の冬のように凍てつく緊張感が走る。
「あの塔ってどこまでドラゴンの居場所が分かるの?」
「知らねーけど、どーせすぐ近くだろ、セイナ逃げるぞ!」
「うん。おかあさーん お母さん達も行こ! 」
セイナは公園の際で、世間話をしている母とアランス母に向かって叫ぶ。
サイレンで慌てている母親達はセイナの声で冷静さを取り戻し、避難しようとした瞬間、
バサッバサッとリズムの良い、翼の劈くような音。母親達の背後に現れたのは、薔薇のように赤いボディ、闇のように黒い翼、その2色が混合した赤黒い頭部、大きさは5メートル近い竜だった。
「お母さん!」セイナが叫んだ瞬間、竜は口を大きく開け、灼熱の赤いブレスを解き放った。嵐のような余波に圧倒され、立つ事さえもままならない。
熱風が過ぎ、顔を上げると目の前一帯が焼け焦げ、次々に飛び火していく。アランスとセイナが唯一認識できたもの、それは母親達の灰と化した残骸。
「お、、かあさ、、ん」セイナの口から出てくるのは生気の無い、震えた声。ただひたすらその場に呆然とする事しか出来ない、目の前に大きく醜い敵がいるというのに、、
「セイナ、大丈夫か!早く逃げるぞ、母さんのことは後で考えろ!」アランスはそう言って動かないセイナを担ぎ上げ、馬鹿力でその場から走り去る。
街中は、既に5匹ほどの竜が天を舞っている。
竜の中でもリーダー的存在がいるのか?5匹の動きは整然としていて統率されている。
街中を駆けるアランスに担がれているセイナの顔は、ようやく状況を飲み込めたのか、涙でビショビショになっている。
「まだ早いぞ。軍が来てくれるまで、俺らは泣いちゃいけない。逃げる事だけ考えろ。」
数キロ離れ、人気もなく隠れやすい裏路地まで逃げてきた。アランスの体力も尽きてしまった。
「よし、ここなら大丈夫かな。セイナ、大丈夫?」
「お母さんが、、お母さんが、、」
あまりの狼狽さにアランスも怖くなったであろう、だがそのそぶりは一切見せず、
「俺がいるだろ?心配すんなって、それにもうすぐ征竜士軍が来てくれる、それまで頑張ろうな!」
アランスは無理矢理作った笑顔で、セイナを安心させようとした。
すると、コツコツと近くで人間の足音、アランスはショックで座り込んでいるセイナに一声かけ、足音の方へと行き、助けを求めようとした。
そこで、アランスが見たのは、紅色の髪、筋骨隆々としていて、背丈も190センチほどある大男。背中には剣で切り裂かれたような傷跡。明らかに一般市民では無かった。
「あの、征竜士軍の人ですよね?友達が上手く立てないようで、助けてください。」
アランスの呼びかけに反応したのか、進む足を止め、ゆっくりと振り返った。
そして、「私があんなクズ共に見えるか?」と低い声で言い、全身から赤黒い殺気に満ちたオーラを纏って、アランスに方に向かってきた。両腕からは、先程の竜の口から出た、目が焼ける様な色彩をした炎が出ていて、あまりの高音度に、アランスから見る街中の光景はゆらゆらと揺れている。
人では無い。ただ見た目姿は人。人の形をした竜。そんなものが存在するとは、噂に聞いていた。でも、誰かの作り話だと思っていた。
ただ、今その作り話の存在と対面して、アランスは確信した。
数秒後には、もう自分は死んでいると、、
さっき、セイナには「ここで隠れていろ!」と言っていて良かった。最後の言葉には相応しく無いけど、、、
「結局、叶えられなかったなぁ、征竜士軍に入る事、みんなを守る事、そしていちばん叶えたかった事、、、セイナを幸せにする事、、」
紅髪の男は、どんどんと近づいてきて、手に纏った赤炎をアランスの方へと振り翳した。
「ごめんな、セイナ、、」
轟く爆音、骨の髄から溶けていく。
ジャック・アランス 六歳にして立派な夢を持ち、誰よりもセイナの幸せを願った漢の最後は、絢爛に散っていった。




