8 次期辺境伯の廃坑調査
軽く朝食を済ませてから隊の点呼を取り、岩山だらけの廃坑への道を登る。掘り出した鉱石を運ぶための道なので狭くは無いが広いとも言えず、なによりガタガタで足場が悪い。記録が本当なら二十年前には廃れていたらしいが当時からこんなだったのか、それとも風雨に晒されて劣化したのか。
ともかく登って行くとさほどせずに周りを木組みで補強した出入り口の穴が見えてきた。
穴の前は作業し易いようにか少しばかり広めに均してあったので、そこで持ってきた荷物の中から鉄の棒を三本とカンテラを出す。鉄の棒は三本を継いで一本になるようにできていて1メートルほどの長さになった。その先端には鉤が付いており片手で持てる程度の重さの物なら下げられる。今回はカンテラだ。
使用するカンテラは魔道具ではなくオイルランプ。今回のような洞穴などの奥に入る時に用心のために使う。
索敵役の隊員に火を灯したカンテラを下げた棒を前方に差し出すように持たせて先頭を任せる。二番目に俺が……と思ったら「次期当主に危険なことはさせられない」と一列に並んだ真ん中にいるように隊員達に口々に言われた。戦闘になればそれこそ誰よりも先に前へ出張っていくのに何を言うか。と思わないでもないが、戦闘とは違いこういう場所での危険というのは目に見えない。
殿の隊員は普通に魔道具の灯りを使っているのでカンテラの灯りとも合わせて坑道の壁に等間隔に二種類の魔道具が設置してあるのが見える。一つは灯りの魔道具。もう一つは空気を中に送り込むための風の魔道具。どちらも朽ちていて起動しそうにない。その風の魔道具こそがこういった場所で安全に作業するための物で、坑道の奥の空気が澱んで息ができなくなるのを防ぐためにある。
澱んだ空気は火を消す。だからオイルランプのカンテラの火が消えたら撤退の合図だ。
少しばかりとは言え山を登ったのに坑道は緩やかに下へ向かって延びている。道の脇に時折、木箱が置いてあったり積んであったりするが、風雨の影響が無いからだろう。外の住居に比べると劣化が少ない物が多い。
先頭の隊員には「良くない方向」へ行くように指示してあるので分岐のたびに一呼吸おいて方向を定めて進んだ。
幸いにも……と言うべきか、カンテラの火は消えることなく行く先を照らす。俺達の歩く音は周りの土に吸収されてザッザッと乾いて聞こえる。
やがて、坑道が途切れた。つまりは行き止まりだ。位置的にはそこそこ地下に潜っているはず。ここまで危険は無かった。だが、俺でも判るほど嫌な気配が漂っている。
暗闇の中では蛙の気配さえも牛ほどに感じてしまうように、目に見えないがゆえに感覚的に誇張された気配が、土壁の向こう……の足元に近いところから足を伝って登ってくるのだ。それは他の隊員も同じようで、それまで真剣ではあったもののどこかのん気な雰囲気だったのが一瞬で緊迫したものに変わった。
「……この辺りは今すぐ崩落しそうな感じはありませんが、下方から感じる瘴気からすると一、二ヶ月くらいで地盤が脆くなりそうです」
魔術が得意な隊員がそう呟く。聞く者など俺達しかいないのに声を潜めるのを仕方がないと受け入れるくらいには空気が重くなった。
多分だが、ここで引き返しても任務達成と言えるだろう。直接、目で確認しなくてもこの下でダンジョンが形成されつつあるのが判ったのだからそれを報告するだけだ。
「隊長、規模を確認するべきだと愚考いたします」
索敵役がそう声を上げた。
「理由を言え」
「はい。前情報ではここが崩落するのは一月半後と伺いました。それは彼の予想ともほぼ一致します。そして崩落と同時に近在の村に被害が出るほどの魔物が溢れ出るのだとしたら、実はかなり前からダンジョン形成が始まっっていたか、あるいは形成のスピードが速いということも考えられます。前者であれば規模を確認することで一月半後の魔物氾濫の規模も想定できます。後者であれば我々がいま思っている以上の早急さが必要になるかもしれません」
「……もし後者でありかつ現時点でダンジョンが著しく未熟だった場合、我々で崩壊させてしまった方が良いと思うか?」
「お勧めはしません。飽くまで我々の任務は廃坑の崩落の予兆があるか、崩落で繋がるダンジョンが存在するかの確認です。ここが他国で秘密裏に事を運んでいる以上、ダンジョンの崩壊は越権行為であり密入国を摘発されれば言い訳もできません」
至極真っ当な返答に、俺はしばし思考を巡らせた。
情報源が確かなもので、自国に有利なように事を大きくしようと思えば俺達にお使いを頼むはずがない。今、現時点で公にできない事情が兄貴……か甥っ子かその周辺にある。そもそも位置的にいってもここら辺りで魔物氾濫があったとしても俺達の国にまで被害が及ぶとは思えない。氾濫中の魔物は人間のいる方向へ引かれる習性がある。近くに村があるのだ、山越えをしてまで越境してくる可能性はかなり低いだろう。それでもこうして確認をさせるくらいには捨て置けない情報源だったということだ。
よし! と腹を決めて方針を口にしようとした瞬間、
「隊長! 少し戻った場所に隠し通路があります。もしかしたら……」
殿を任せていた隊員の報告が飛んだ。
索敵役と顔を見合わせると、「確認してきます」と一言だけ置いて斥候がこの場を去っていった。
待つことしばし、戻ってきた斥候の答えは「当たりです」だった。
来た道を戻ると、それほど戻らないうちに最後に見た積まれた木箱のところで殿が「ここです」と言った。
よく見てみれば、なるほど。元々はこの木箱で隠してあったのだろう。カンテラの灯りだけでは木箱の影も相まって見落としてしまう、そんな人が一人通れるかどうかという穴が空いていた。
これは全員で穴に入っては危険だ。そいういわけで二班に分けた。
斥候と索敵は外せない。ここまできたら俺もこの目で確認せねばならない。もしもの時は逃げる一択、その時間を稼ぐのに魔術使い。この四人で突入し、残りは待機。
幸いとも言えるのは、大立ち回りなど絶対に不可能な穴の狭さが想定される敵の侵入をも困難にするだろうということだ。
今度は斥候を先頭に、魔術師を殿に狭い中を進んだ。この中で一番体格の良い俺はなかなかに窮屈だが歩けなくはない。体を横にすればすれ違えなくも無いが、抱き合うくらいに近くなるのでできればそんな事態にならないことを祈る。
先ほど行き止まりで感じた嫌な気配が程なく復活し、斥候と索敵役が慎重に歩みを進めていく。彼らの合図で立ち止まったり歩いたりしながら辿り着いたそこは……。
なぜか穴の終わりが薄らと見える。斥候が持つカンテラはオイルランプなので魔道具の灯りほど先を照らさないのにだ。どうやら穴の向こうでは何かが僅かに発光しているようだ。
先行した二人が穴の出口で立ち止まると、一瞬動きを止め、それでも合図をしたので魔術師と二人で近づく。
先の二人が姿勢を変えてくれたので、穴から出ることなく穴のその先を見ると、そこは質素な神殿がごとき部屋になっていた。
天井までは6メートルほどで、壁も四方6メートルくらい。つまりは6メートルの立方体で、四方の角に円柱がある。材質は俺達が今いる穴と同じ土だが表面がつるりとしていて室内をかろうじて見渡せるくらいに光を放っていた。
そして俺達がいる穴の向かいの壁に、黒い四角。明らかに通路であろう闇がある。
「これは……」
「形成途中のダンジョンですね。部屋自体がまだ未完成で、瘴気はありますが魔物が湧くほどではありません。
あの通路の先は判りませんが、この部屋から推察してもまだ危険なほど育ってはいないでしょう」
俺の呟きに魔術師が答える。
ダンジョンには二種類あって、遺跡などの古い建造物がダンジョン化したものと、ここのようにいつの間にか瘴気が凝って土中に形成されたものだ。建造物がダンジョンになると地下へ向かって、土中に形成されると地上に向かって成長するという特性を持っている。
まだ解明されていないが出来上がったダンジョンはなぜか人工物を模して造られ、立派なものになると神殿や城の内部のような構造になるのだ。
それを踏まえると確かにこの部屋はまだ装飾的な物が無いため形成途中と言えるだろう。
ここは元は鉱山で地下に向かって掘り進めた坑道があるので、こうして横道から外界と繋がったが、もしこの横道がなければこうして形成途中のダンジョンを目にする機会などなかっただろう。
俺は少しだけ身を乗り出して天井を確認しながら、今日辿った坑道を頭の中でなぞる。
位置的にいってこの横道がある壁側の左上あたりがさっきの行き止まりに近い場所になるはずだ。だからこの部屋が成長してさらに天井が高くなるか上方にまた部屋ができるかしてあの行き止まりが崩落するのだろうが……。
「この横穴は大丈夫なんだろうか?」
瘴気が広がるならこの横穴のほうからダンジョンになりそうだが、なぜかここはあの行き止まりより安全な気がする。
「……ああ、ここには何か魔術が掛けられていますね。結界……? ではない。なんだコレ……」
魔術師が何事かブツブツと呟きながらかけられた魔術の分析に没頭し始めた。まだ魔物が湧く段階では無いとはいえ長考されるのはよろしくないと思うものの、何かがあると判っているのにそれを調べないわけにもいかない。
そんなことを考えていたが、魔術師が何度か自分達のいる荒削りの穴の壁を撫でると顔をこちらに向けた。
「結界もどきの魔術が掛けられています。我々が使う結界術よりお粗末で“もどき”にすぎませんが、代わりに土魔術の強化と風魔術の風壁っぽい魔術がかけられてて、この横穴だけやたら頑丈になってます。かけたのは素人ですね。多分、独学でしょう。ただ、並外れた魔力の持ち主です。……二十年以上もこの状態を保ち続けていることからも分かりますが」
神妙な顔でそういう魔術師は、「勿体無いです……」と静かに付け足した。
確かにそうだろう。この場所にこんな魔術を掛けた人物が貴族階級とは思えない。状況的にも多分、鉱夫。労働階級の平民。たまに体内魔力が多く習わずとも魔術が使える平民が生まれることがあるが、教育を受けなければ魔術“もどき”に止まる。感性が鋭ければ魔術師に匹敵する才能を発揮する場合もあるが、それも結局は教育を与えられる者に見出されるしかない。ここに魔術を掛けた者は、その機会に恵まれなかった。だからこんなところで鉱夫をやっていた。少なくとも二十年以上前の当時はそうだった。
「いや、分からんぞ。もしかしたら今頃は能力を見出されて王宮魔術師になってるかもしれん。
どうする? 仮にこの国と戦争になったとして、グラナドス王国筆頭魔術師として我々の前に立ち塞がったら?」
少し戯けた口調でそう訊いてやれば、
「その時は、全力で相手してやりますよ」
と、一瞬呆けた後に苦笑してそう言った。こいつはこいつでなかなかに苦労して今の地位を得たらしい。それはみんな同じだが、思うところはそれぞれなのだろう。
「さて、この目で確認もできたことだし、そろそろ引き上げよう。
この穴はどうするのがいいか……」
「施された魔術はそのままに埋めてしまいましょう。そうすればこの場所からダンジョン形成が進むのは完全に阻止できます。その上で、先ほどの行き止まりにも地盤の強化魔術を掛けておけば時間稼ぎにはなるかと思います」
「他国の領土でのことだ、それ以上は無理か……。
よし、ここを埋めながら引き返そう。合流したらもう一度さっきの行き止まりへ行き、手分けして地盤の強化だ」
俺はそう命令して、遂行した。
わずかな隙間を利用して配置を入れ替わり、来た時と同じく魔術師を殿にして、土の魔術で穴を埋めながら戻った。
得意ではないが土の魔術なら俺も使えるので少しは彼の助けになったと思いたい。
横穴の入り口で待機していた隊員と合流して行き止まりの地盤強化を施して外へ出てみれば、昼はとうに過ぎていた。
「今から帰途についても村に到着する頃には真夜中です。ここで一夜を明かしましょう」
斥候の進言で出発は明朝となった。
確かに昼食を取り損なっているし、戦闘があったわけではないがわずかな灯りだけを頼りにさして広くもない場所を歩いていたのだ。みんな、精神的な消耗は激しい。
昨夜と同じく廃墟の村で一夜を明かすべく準備に取り掛かるが、その前に俺は荷物の中から兄貴の隼便で届けられた小さなある物を取り出す。簡素な手紙と一緒に鳥の足に括り付けられていた特別な紙片。
極小の魔道具巻物だ。
面積の小さいそれに俺はできるだけ小さい文字で、廃坑の様子、ダンジョン形成の状態、その後の対処、予測できることを記して発動させる。
俺の掌の中で淡く光ったそれは、空気に溶け込むように消えて無くなった。
このスクロールは対になっていて、発動させれば書いた内容がもう片方に転写される仕組みだ。主に軍用に開発された物なので小さく、発動で消えるようになっている。問題点は作るのに経費が嵩むことか。だから重要な内容に限定されているはずだが、兄貴がこの任務にこれを寄越したのもあって俺は真剣に取り組まざるをえなかった。
よその国に同じ物があるかどうかは知らないが、似たような物なら開発されているだろう。
「隊長、夕飯まで時間があるのでこれでも食っといてください」
隊員の一人が気安く小さめの携帯用のパンを放ったのを俺は受け止めて一口齧る。
明日の朝、早めに出れば例の村へは夕方前には着くだろう。そこで受け取る燻製肉も楽しみだ。その後、また一日掛けて森の中を歩いて……。帰還したらそれで任務完了だ。
今回の情報を兄貴がどのように使うかは俺は知らんし興味もない。それで何が起きようが、俺がするべきことは愛する家族がいる土地を全力で守ることだから。
そう考えたら、早く妻や子供達に会いたくなる。
逸る気持ちを抑えて今夜の野営の準備をした。




