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希望の光なんていらないと彼女は言った  作者: 福猫 さとね


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7 次期辺境伯の密入国

「これより森に入る。慎重に進め」


 後ろに続く者達にそう告げて、俺は鬱蒼と茂る緑の中に足を踏み入れた。







 事の発端は王都にいる兄貴からの小さな荷物を携えた隼便(ハヤブサびん)だった。

 なんでも隣国グラナドス王国との境界になっているトゥレヴィリアス山の、隣国側の廃坑で事故が起こりそうかどうか調査をしてくれということだった。

 最初に手紙を読んだときはなんて無茶振りをしてくれるんだと困惑した。だってそうだろう? 国内ならともかく、なぜ隣国の調査をしなけりゃならんのか。しかも秘密裏にだ。兄貴は俺に密入国しろと言うのか。その上、調査対象は廃坑だ。人っ子一人いない打ち捨てられた場所だ。事故が起こるとしても被害など出ないのが分かっている。

 だが手紙には続きがあって、その廃坑の地下には未開通のダンジョンが形成されている恐れがあって、それが廃坑の事故により外界と繋がるかもしれない……それが真実かどうか調べて欲しいと甥っ子が願い出たということだった。

 そんな情報をどこから仕入れてきたものか。眉唾ではあるが兄貴がそれを重く受け止めているのは隼便を使ったことから察せられる。王都からの便りは通常の方法であれば三ヶ月ほど掛かる。王家の書簡ではそんなことは起こらないが庶民や下手をすれば貴族の出した手紙でも途中で紛失することもある。だが魔術で育成された王家所有の隼便なら一週間で確実に届く。デメリットは送り主と受取人が固定されていることと小さく軽い荷物しか持たせられないことか。鳥が持てる重さには限界があるからな。

 可愛い甥っ子の頼みなら聞いてやるのもやぶさかではない。ただ、隣国との関係性を考えると大っぴらに「調査をさせてくれ」と言うのは憚られるし言えたとしても許可が出るまで時間が掛かる。隼便を使ったもう一つの理由として“時間が惜しい”ということが考えられる。

 結局、俺はこのことを義父に相談して少数精鋭の調査隊を編成し、その責任者としてこっそり隣国へ侵入することになった。

 義父としても兄貴の手紙を無視はできない。なぜなら、兄貴はこの国の現国王アベラルド・ラウル・オルディアレスなのだから。

 俺はグレンデス辺境伯家に婿入りした王弟で、将来は義父の跡を継ぐ次期辺境伯でもある。まだ王家に籍は残っているが、それも第一王子である甥っ子が成人して立太子するまでの、あと数年の話だ。

 王弟である俺がなぜ王都でなく辺境伯領にいるかといえば、学園生であった時分に同じく学園生であったグレンデス辺境伯令嬢に一目惚れをして求婚を受け入れてもらえたから。

 グレンデス辺境伯の子供は娘ばかりで、親戚から養子をもらうか娘の誰かに婿を取るかという状態だった。その頃には兄貴はすでに立太子していたし、俺は王位に興味が無いうえに兄弟仲は良いのにも関わらず、俺を担ぎ上げようとする貴族達にうんざりもしていた。だから辺境伯令嬢エリナとの婚約が成ったとき、俺は迷わず婿養子になることを選んだ。

 もともと剣術だけは兄貴より上だったし荒事のほうが得意だったし、なによりも俺は王の器じゃない。兄貴のように国全体どころか他国の情勢まで見られるほどの視野は無かった。いや、やろうと思えばできなくはないだろうが俺の性分じゃない。俺は政治をするより武功を立てるほうに向いている。

 かくして俺はグレンデス辺境伯家へめでたく婿入りし、アスドルバル・リコ・グレンデスとなった。

 辺境伯領というからには国の端に存在し、だいたいは周りの隣国との国境沿いにある。稀に隣国との間に“どの国のものでもない土地”があったりするが本当に稀だ。ただ、その“どの国のものでもない土地”と変わらないくらい過酷な土地が国境付近には多いので、どちらにしろ辺境の都市は防衛に長けた騎士や兵士を多く所有しているのが普通だ。

 隣国との街道が無い土地なら魔物や害獣に気を付けていればいいが、街道や抜け道があるような土地だとさらに人にも気を配らなければならないので人材を豊富に揃えていなければならない。

 俺が婿入りしたグレンデス辺境伯領がまさにそんな土地柄で、グラナドス王国との大きな街道の他にトゥレヴィリアス山の麓に広がる森の中に、グラナドス王国も把握しているかどうか分からない細くて目立たない道がある。もし向こうも知っていた場合、いざ関係が悪化したときに工作員や諜報員が使う可能性があるが、逆にこちらからも目立たず隣国に入り込める道でもあるということだ。

 森の中にはそれなりに魔物も獣もいる。増えすぎた魔物や獣の討伐も辺境領騎士の仕事だ。だが、魔物除けや獣除けの対策を取っていれば一般人でも森の浅い部分までなら入れなくもない。そうやって森に近い村の住人は森の恵みの恩恵に与っている部分もある。狩人であればもっと深くまで入るが、今回の俺達はさらにその向こうへ足を運ばねばならない。

 国の命令で密入国するのだ。辺境伯騎士団の団員の中でも索敵、斥候に長けた者や魔物討伐に秀でた者、いざという時に口の回る者などの少数精鋭で調査隊を組み、冒険者の格好をして森へ入った。ちなみに俺は根っからの剣士で、強いて言うなら魔物討伐に秀でた者になるだろう。そうでなくても調査隊の隊長として隊員を率いる立場だ。隊の先頭に立たねばならない。



 道中で体力を消耗しないように魔物除けの魔道具を起動させ、獣除けの薬草を燻しながら歩く。こういった道具は絶対ではないため警戒は緩めない。

 村人達が歩く道はまだ緩やかで歩きやすいが、森の奥に入り登り道になってくると岩や木の根ででこぼこして歩きにくくなってきた。それでも獣道ではない、人が長い間行き来して踏み固められた道が細いながらも大岩や大木を迂回しながらうねうねと続く。こうして道としての機能が残っているのは、誰かが利用している証左に他ならない。その誰かが何者なのかなんて詮索は野暮というものだ。

 トゥレヴィリアス山の裾を行くとはいえ、ちょっとした登山と変わらない。当然平地を行くよりずっと消耗する。

 途中休憩を取りながら、確実に進む。

 森の奥深くまで来たのは初めてではないが今回はまだ魔物にも獣にも遭遇しない。だいぶ幸運なようだ。

 昼を回ってしばらくしてから登り道が終わった。この先はもうグラナドス王国だ。ここから先は()()()()()()ので、知っている隊員に先頭を代わる。

 彼が言うには()()()()の森の出口付近に小規模の野営地があるそうだ。日が暮れる前にはそこまで行きたいが、いかんせん普段とは人数が違う。どんなに急いでもいつもより歩みが遅くなるのはどうしようもない。それでもまだ疲れが見える隊員は一人もおらず、だが登りより下りのほうが危険も負担も増えるのでよりいっそう慎重に歩を進めた。

 野営地に着くまでに魔物二体、獣七体と遭遇。魔物は二体とも撒いたが獣とは戦闘になり三体が逃げ、四体を仕留めた。

 魔道具も薬草も時間が経って効果が薄くなってきているのもあるだろうが、グラナドス王国側の森のほうが魔物が多いかもしれない。目的地の廃坑も元々は魔鉱石を掘り出していたというし、その地下にダンジョンができているかもしれないのなら、土壌そのものに問題があるのかもしれない。

 狩った獣はもったいないので野営地まで運び解体。近くに小さい川があったので何とかなったが、晩飯にありつけたのが予定よりだいぶ遅くなってしまった。それでも寝やすい場所があるだけマシなのだろう。

 隊員達と交代で見張りをして夜を明かす。森の出口付近まで来る魔物や獣はそういないだろうが、こちら側の森のほうが危険度は少しばかり高いようだし、なにより我が領民同様、この森を利用している村人がいてもおかしくない。魔物を狩りに来た冒険者風を装うのが無難だ。

 無事に一夜明け、俺達は廃坑の詳しい場所を知るために近くの村を訪った。おおよその場所は分かっているが詳しい道順が必要だ。


「廃坑? 魔鉱石の? ああ、確かにありましたなぁ。この道をあっちに行って二番目の右に曲がる道を行けばもともと採鉱村だったところに着きますですよ。あんたがたの足なら夕刻前には着くんじゃなかろうかねぇ。

 それにしてもあんな誰もいない辺鄙なところに何の用事で? え? 流れ者が住み着いてるかもしれない? それを確かめに。へぇ、冒険者ってのはそんなこともするんですねぇ。

 いやぁ、わしらは見てませんなぁ。このへんじゃよそ者はすぐに分かりますからねぇ、あんたがたみたいに。

 えっ? これをくださるんで? グレーウルフの肉ですと。道案内のお礼にしちゃ多すぎますでしょう? はぁ、まだある?

 ああ、ここまでの道中で襲われて狩ったんですか。そりゃぁ生肉となりゃあ道中では持て余しますなぁ。

 あ、そうだ。あんたがた、帰りもこの道を使いなさるんでしょ? 残りの肉を預けてくれたら燻製にして帰りにお返ししましょう。

 いやいや、ただの道案内にこんな良い物もらったんだ。こんくらいやってやっと釣り合いが取れるかどうかですよぅ。燻製にしてしまえば帰りの道中に時間が掛かっても持つから遠慮はいらんですよ」


 根が素直な村の老人が俺達の方便を信じてくれたようで廃坑への道を教えてくれるどころか、親切にも森で狩った獣の肉を日持ちするように燻製肉にしてくれるという。

 国の端っこのこれ以上ない田舎だ。規模も大きくないがその分、村人は朴訥で裏表がない。村民の利益は村の利益。謝礼の肉も村人で分け合うのだろう。

 果たして、老人の言うとおりこのあたりの主軸であろう田舎道を行くと時々左右に別れ道が出てきて、教えられたとおりに右側の二番目の道に入って行くと、どんどん緑が少なくなってきた。代わりに岩肌を剥き出しにした山が近づいてくる。日が傾き始めると獣と遭遇するようになったが森の中のものより弱く、向こうもこちらに気づくと逃げていくので戦闘にはならずに日が落ち切る前に廃墟の村に着いた。

 老人は「誰もいない辺鄙なところ」と言っていたがその通りの様子の廃村が目の前にある。そう大きくもない建物のほとんどは朽ちて崩れて、たぶん村長か鉱山管理者の事務所兼住居だったのだろうと思わしき建物だけがかろうじて使えそうだが、それでも雨風が凌げる程度という有様だった。


「野宿と変わりないですが、屋根があるだけマシですね」

「竈が残ってるので暖かい物が食べられますよ」

「ベッドは無理でした。そもそも人数分ありませんが」

「井戸も駄目になってます。放置されてかなり経ってますね」

「代わりに近くに小さい川がありました」

「このあたりには獣も魔物もいません。ただ、山のほうからは変な気配がします」


 隊員達が次々に報告をくれる。調査に行くのは明日になるため、この廃村で一夜を明かさねばならない。場合によってはそれ以上に滞在する可能性もある。とりあえず今夜の過ごし方を決めなければならないが、最後の報告が引っ掛かった。


「変な気配とはどんなのだ?」


「すごく弱いです。ふとした瞬間に感じる嫌な予感とか、なんとなく近づきたくないと思う、そういう気のせいにしてしまえるくらいの、弱いが良くない気配です」


 答えるのは索敵を担当する隊員。彼は気配察知に特化し勘所も良く危険を回避することに突出している。魔術などの技術とは違った個人の資質や性質の特色が色濃い技能で、彼のおかげで命を拾った兵や騎士は多いし俺も何度も救われている。その彼が「弱いが良くない」と言うのだ。地下でのダンジョン形成の信憑性が高まったかもしれない。


「よし、食事後は交代で見張りと休息だ。明日に備えて体調を整えておいてくれ」


「隊長、もしも……の場合はどうするおつもりですか?」


「それは状況次第だ。崩落がすぐにでも起きそうなら補強をして時間稼ぎをするか、いっそ崩してダンジョン形成の段階を確認までするかもしれない。魔物の勢力が小規模で俺達でも危なげなく討伐できそうなら……余計なお世話だがこっそりダンジョンを潰すのも有りだ。が、まあそこまでするつもりはない。ここは自国じゃないからな。崩した部分を戻してその周りと一緒に補強して終わりだ」


 そしてその情報を持ち帰って兄貴に渡す。

 この仕事に対して、兄貴は自分の資産から報酬を出すと言ってくれている。それは現状では国家予算からは出せないということだ。つまりは今のところ公的ではなく私的な依頼なのである。

 急を要する事態のときなんかにはままあることだ。後から予算会議にかけられる場合もあれば話にも上らないこともある。さて、今回はどっちだろうな。

 もしも……のその先、もっと悪い状況だったら、身分を隠したまま近在の冒険者ギルドにでも報告してグラナドス王国に情報が行くようにしたほうが良いんだろうな。

 俺達の足で一日の距離に村があるんだ。俺達が立ち寄らなかった位置にも村や小さい町があるだろう。他国の民とはいえど素朴で善良な民衆が犠牲になるのは避けたい。あまり目立つマネはできないが、助ける手段があるのなら使うのを躊躇いたくはない。

 まあ、それも本当に最悪の場合だ。まずは自国の国王陛下の命を全うする。それが国から領地を預かった辺境伯の次期当主としての義務だから。

 そんなことを考えているうちに夜は更けていき、何の問題もなく朝を迎えた。


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