6 第一王子の友人とその師匠たち
学園での昼休憩。王族と高位貴族が使えるサロンで、僕とトリスタンと対峙するのはオシアス・ロレンソだ。内密の話があるとして他の側近達には遠慮してもらった。とはいっても、今の状況を鑑みれば内密の話がフィロメナに関することだというのは彼等にも察せられただろう。とっくに卒業したトリスタンを伴っているのでなおさらだ。
「それで、内密の話とはなんでしょう?」
食後の紅茶を一口飲んで、オシアスは単刀直入にそう尋ねてくる。彼の顎のあたりで真っ直ぐに切り揃えられた顔の両サイドの紫色の直毛がわずかに揺れた。彼が学園の制服の上から纏っている黒いローブの背の中ほどまでには三つ編みされた長い後ろ髪が垂らされている。
そんな彼へ、僕も端的に言った。
「君の人脈で魔術あるいは呪術に詳しい者がいれば紹介してほしい」
魔術と呪術は本来べつのものだが、構築技術や概念が似かよった部分もあし、魔術を修めていれば呪術も最低限聞きかじった程度の知識を要している場合が多い。ただしそれは研究者と呼ばれるほどの知識人に限られ、学園で習う程度の魔術では呪術に触れるような機会は無い。
ゆえに、呪術について知りたければ魔術の研究者の大家か、呪術そのものを研究している人物を当たるほか無い。そんな人物を僕は寡聞にして知らない。
「もちろん、君が詳しいのならそれに越したことはないのだが」
僕の人脈で思い当たるのは彼しかいない。しかし彼自身、学徒の身であればいかに優秀でも僕の欲しい答えを持っているかは疑わしい。他に身近な人物でいえば魔術師団長がいるが、魔術師団そのものが攻撃系か防御系の魔術に特化していることから呪術に詳しいとはいかないだろう。
「残念ながら、ぼくごときでは殿下が欲する知識は持ち合わせておりません。
呪術を持ち出してくるあたり、魔術だとしても精神系あたりの知識が必要なのでしょう? ぼくはそちら方面にはあまり興味がないので最低限の防御法しか知らないのです」
「そうか……」
「ただ、紹介できる人はいると思います」
「では……っ!」
「その前に、なぜそのような知識が必要なのか聞かせてください。……予想はできますがきちんと話していただかなければ、紹介して良いものかどうか判断が付きかねます」
至極真っ当なことを言われて、僕は腹を決めた。
「僕自身に知識が必要……というわけではないんだ。とある事象を理解できて僕らに説明できるのであれば」
そう前置きして僕はフィロメナの身に起きている事柄を打ち明けた。彼の人脈を頼ろうと思った時点で想定していたことだ。父上に続いて二度目という事もあって、スムーズに説明できたと思う。
オシアスもフィロメナと知らぬ仲というわけでもない。僕と同じくらいには彼女のことを知っているし言葉を交わしたこともある。彼なりのフィロメナの理解というものもあるだろう。
「なるほど。死に戻っていることの真偽はともかく、エチュバリア嬢が精神的にかなり追いつめられていることは解りました。それでエチュバリア侯爵令息も同席しているのですね」
説明を聞き終えたオシアスの感想は少しばかり意外なものだった。
「正直、あの日はぼくもかなり驚きました。エチュバリア嬢に人を刺すほどの気概があったことに。
ぼくはつねづね、彼女に心許無さを感じていました。エチュバリア嬢は善人過ぎます。人柄としては好感が持てますし淑女としての評価も高い。ですが、彼女は嘘や謀り事に疎いでしょう? 人の悪意には気付けても、それへの対処ができない。馬鹿正直に正論で諭そうとするか、それが通用しなければ黙って耐えてしまう。可愛がってくれる貴族家へ嫁ぐだけの令嬢であればそれで構わないかもしれませんが、いずれ王子妃、王太子妃、王妃となるには頼りないと言わざるを得ません」
オシアスのフィロメナ評はなかなかの辛口で僕のほうが気後れしてしまった。トリスタンをちらっと窺い見れば、眉尻が少しだけ下がって苦笑を浮かべている。実の兄にも思い当たることがあるような顔つきで、オシアスに怒りが湧いている……ということも無さそうだ。
「ですから、殿下から状況を伺ってエチュバリア嬢の印象が変わりました。彼女は勇猛さも持ち合わせていたのですね。
たとえそれが絶望や諦観の末で、目的が己の終末だとしても、一歩踏み出す気骨がある。ただ状況に流されて悲観するだけの籠の鳥ではなかったようです」
その先が他者を害する結果だとしても、易々諾々と悲運を受け入れ壊れるよりも、己を保ち己として散る覚悟、それをフィロメナは持っている……とオシアスは微笑んで言った。
殺人は罪だ。だが時にそれは正当性をもって許される場合がある。戦争などがその代表例だが、日常であっても起こり得ることだ。罪を犯した側が清廉であり人々が同情する背景があればその価値観はひっくり返る。
罰はある。罪人の烙印も押される。それでも大衆の支持は得られる。そうなればその後の人生は暗がりを歩むだけのようなものではないはずだ。
「それで、紹介はしてもらえるだろうか?」
「正確にはぼくの師匠の友人ですので紹介の仲介を師匠に頼んでみます」
オシアスの師匠といえばドナト・セルバンテス。魔術学院で教鞭を取っている魔術師で、その技術で若くして教授に抜擢されたことで有名な人物だ。
「たぶん、彼であれば引き受けてくれるとは思いますが、エチュバリア嬢のことを話してもよろしいでしょうか?」
確かに話を聞かなければ引き受けるかどうか判断はできないだろう。だが、今のフィロメナのことをそうおいそれと打ち明けるわけにはいかない。少し悩んで
「フィロメナの名前を出さずに依頼できるだろうか? もちろん、必要があればフィロメナとの面会も視野には入れている。だが、断られる場合を考えると悪戯に彼女の名前を出したくないんだ」
と言ってみた。
オシアスは片眉をちょっと上げたが、
「やってみましょう」
悪戯ずきな子供のような顔をしてそう快諾してくれた。
「それで、その『師匠の友人』とは一体どんな方なのですか?」
トリスタンが少し不安そうに尋ねるのへ
「カミロ・アルカラという名の呪術師です。
元はユニオール地方の一部を管理する領主のアルカラ子爵家の五男ですが、今は家を出て平民となって、呪術研究の聖地にして禁域と呼ばれるマルディシオン協会に属しています。
あー、彼は良く言えば気さくですが悪く言えば誰に対しても馴れ馴れしい性格で好き嫌いが激しいです。多分ですが、王族に対しても敬意を払うかどうか……。もしお会いになる場合は、その辺りを考慮していただけると助かります」
「良いのですか、そのような人物と……」
オシアスの言葉にトリスタンが難色を示すが……。
「フィロメナを助けられる可能性があるならなんでもするし誰とでも会うさ」
僕の決意は変わらない。
「一応言っておくと、危害を加えてくる心配はありませんよ。好き嫌いが激しいと言ってもそれで気に食わない人物に何かするということもありません。ただ、師匠を介しても会ってくれるかどうかは彼の気持ち次第。今の段階では“頼んでみる”としか。
ですが、エチュバリア嬢の身の上に起こっていることを話せば食いついてきそうな気はします」
「そうか。それでは頼む。それから、このことは他の者には……」
「分かっています。まだ内密に……ということでしょう? エチュバリア嬢絡みだというのはみんな察しているとは思いますが、殿下に声を掛けてもらうまで待ちますよ、みんな」
そう微笑まれて、己がいかに恵まれた環境にいるかと再確認した。
呪術とは、もともとは文字通り【呪い】を掛ける技術のこと。
【呪い】とは他者へ災いをもたらすのを目的としているが、そのために呪術師というのは迫害されてきた歴史を持つ。まあ、当然だろう。
だが、歴史の変遷に伴ってその立ち位置も少しずつ変化していった。
実のところ“【呪い】とは呪術師でなければ掛けられないというわけではない”というところが大きい。例えるならば、歌を歌ったり楽器を奏でるのに楽譜を読めるように学び研鑽したり技術を磨いたりするのが魔術なら、楽譜が無くとも歌ったり楽器を鳴らしたりできるのが呪術だ。
【呪い】の力の源は何か? との問いにいまだに明確な答えは無い。ある者は恨みの念だと言い、ある者は魔力とは別の呪力とでも言うべきモノだという。呪術の研究者の半数はそれを探求しているのだと聞く。
そんな【呪い】は、呪術師でなくても掛けることができるというのが問題で、『領民に重税を課した悪徳領主が領民に呪い殺された』などという昔話や『男を騙した娼婦が呪われて顔に重篤な傷を負った』といった教訓めいた話などもある。噂話程度であれば、誰それが実は呪われただの呪っただのという話はたまに流れてくることもあるし、【呪われた土地】なんて話もある。
そういった【呪い】を解呪する方向へと舵を切っているのが今の呪術師だ。
僕がその仕組みを理解せずとも魔道具が使えるように、呪術を学び研究する者達は力の正体が解らずとも自分の思った通りに呪術を扱える。もちろん、【呪い】の状態を見誤ったり己の力量以上の【呪い】に手を出せば最悪、身を滅ぼす。その辺りは魔術ともそう変わりはない。
そして優れた呪術師であれば【呪い】の状態、つまりはどのくらいの強さか、どんな内容か、時には誰が掛けたのか、などが判る……らしい。
僕が呪術師を求めたのはその能力を期待してのことだった。
その日はさほど待たされることなく実現した。
オシアスに呪術師の紹介を頼んだ日から二日目、学園は休日で王宮の方に来てもらったのだが、応接室に行ってみたら嬉しい誤算もあった。
「ヒルベルト殿下、ぼくの師匠とその友人の呪術師を連れて参りました」
オシアスが自分の師匠である魔術師も連れてきてくれていた。
「お初にお目に掛かります。オシアスの魔術の師ドナト・セルバンテスと申します。
こちらは私の友人で呪術師の……」
「カミロ・アルカラです……。友から第一王子が呪術師を求めていると声を掛けられたので見参いたしました……」
二人とも三十代半ばくらいだろうか。セルバンテスはよくあるブラウンの髪に赤茶の瞳の、人当たりが良さそうな人物だ。オシアスと同じローブを纏い、長い髪を首の後ろで束ねている。アルカラはというと新雪のような白髪は肩に届かないくらいだが癖があるのかふわっとしていて、瞳は灰色。左目に片眼鏡を掛けている。セルバンテスと比べると非常に目立つ容姿をしている彼が纏うのは紺色のローブだ。
「よく来てくれた。
僕はヒルベルト・ハイメ・オルディアレス。ご存知の通り第一王子をやっている。
とても正直に言うが、今回のことに呪いが関係しているかは判らない。それを確かめてもらうために貴方がたを呼んだ」
「どなたかが呪われているかもしれない……。そうおっしゃるのですね?」
セルバンテスの問いに答えようとすると
「ククッ、第一王子の周りにそのような人物が……。興味深いですな」
何が面白いのか小さく笑ってアルカラは一人、うんうんと頷いている。
なるほど、聞いていた通りの性格らしく“第一王子”と僕を呼びはするものの王族に対する敬意というものは感じられない。が、不思議とそれが不快ではない。むしろ彼には気に入られたように思えてホッとしている自分がいる。
「呪われているかどうか、相手を見て判るものだろうか?」
「そうですねぇ……、ええ、大体は判ります。あー、アレです。第一王子殿下は瘴気をお感じになったことは……?」
「どうぞ、アルベルトと呼んでくれて構わない。
生憎そういった場に行ったことが無いので体感したことはないな。叔父上は軽いものなら“嫌な気配”、重いものなら“全身が総毛立つ”と言っていたが」
「ではオシアス君と同じようにアルベルト殿下と。
叔父上……、グレンデス辺境伯の入婿の王弟殿下ですねぇ、なるほど……。あそこは魔物を相手取ることもあるでしょうからねぇ。……ええ、感じられる方は概ねそんなふうな表現をなさるでしょう。
呪いの気配というのはその瘴気と似ています。感じ取れる者にはなんとなく“嫌な感じかする”ものです。ただ、瘴気と違うのは感じ取れる者はよほどそちら方面に“敏感”な者で、ほとんどの人は感じられないか感じても気のせいにしてしまいます。
だから呪われても判らない……」
妙な癖のある言い方で饒舌に語る内容は不穏なものだ。
「だが、あなた方に呪いを解いて欲しいという依頼はそれなりに来るのだろう? それは呪いを感じとっているからでは?」
「ククッ、やってくる依頼の一割もありませんね、本物は……」
「……は?」
思わず王族にあるまじき間抜けな声が出た。




