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希望の光なんていらないと彼女は言った  作者: 福猫 さとね


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5 第一王子の見る夢

 ふと気がつくと随分と高い位置から下を見下ろしていた。

 下に広がる風景が異様な雰囲気だったので、そこが慣れ親しんだ城下の観光名所でもある大広場であると気づくのに時間がかかった。

 いつもであればいくつかの屋台と行き交う人々で賑わうそこには、人の頭の高さよりさらに高い舞台が設えられ、大仰な道具がその中心を飾っている。

 それが何かを僕は知っている。審議書に添えられた図解で見た。人の頭を落とすのに特化した処刑道具、ギロチンだ。

 そこへ引っ立てられる後ろ手で縛られた一人の女性。ろくな食事も与えられなかったのだろう、枯れ木のように痩せ細り、着ている女性用の囚人服のワンピースは汚れ放題で元は銀髪だっただろう髪も、艶はなくて皮脂でベタリとしている。身を清める時間すら与えられずにこの場へ連れてこられたのだろう。

 大勢の民衆を挟んでギロチンの向かいにこれまた急造したであろういくつかの物見台の一つには、僕にそっくりな男とクセのある黒髪を頭の両側で結い上げた女がギロチンの舞台を見ている。その後ろには僕の友人でもある側近達。



 メンディサバル公爵の嫡男で僕の従兄弟、ヘラルド・メンディサバル。

 宰相レセンデス侯爵の次男で座学が優秀なアメリオ・レセンデス。

 ロレンソ伯爵の四男で魔術に優れたオシアス・ロレンソ。

 第一騎士団長のカルデイロ伯爵の三男で本人も剣術に秀でたセサル・カルデイロ。

 表向きはただの子爵家だがその実、王家の暗部を担うタピア家の長男ディマス・タピア。

 そして、三代前に王女が嫁いだ歴史のあるエチュバリア侯爵家の嫡男、トリスタン・エチュバリア。



 僕は彼らを見てすぐにあそこにいるのが自分なのだと判った。少しばかり大人びているが三年ほど歳をとればあんなふうだろうと思わせる。僕だけではない。他の側近達も大人びている。

 隣の女は知らない。知らないが、あれこそがカロリーナ・パドロンだ。男爵令嬢にしては豪奢な赤いドレスにアクセサリーを纏った女は、引き攣った笑みを浮かべて片手にオペラグラスを持っている。もともと造形は悪くなさそうだが、その笑みも所作も下品で、隣にいる僕の腕に胸を押し付けているのがわざとだとわかる様子に、嫌悪感しか湧かない。

 その僕はというとどこか虚ろな目で、冷めた様子で舞台を見ている。押し付けられている胸に気づいているのかいないのか、特にそのことに反応している様子はない。それでいて嫌悪、苦悶、哀惜、義憤などの感情がふと表面に現れては消え()い交ぜになって相殺しあって、結局、無表情になる。

 あれは一体、どういう状況なのだろうか。

 あの僕の中で、何が起きている?

 それにしてもあそこにいるのが僕達ならば、それではギロチンの側に立たされている女性はフィロメナなのか。

 そう思って女性を見れば、酷い有様なのに凛として立ってるように見えて、そのじつ表情は暗く目に光はない。

 その顔に、苦悶も悲哀も憎悪も怨恨もなく。感情がとても凪いでいるような、というより感情が抜け落ちたような様子は逆に痛々しくある。

 フィロメナを引っ立ててきた役人が、彼女の髪を無造作に掴んでうなじの辺りでバッサリと切ると、民衆から歓声が聞こえ、役人は声に応えるように髪を掴んだ腕を振り上げ手のひらを開く。

 フィロメナの髪が風に流され散っていく様を見て、歓声はさらに大きくなった。


「王家を穢す女めっ!」

「第一王子とその想い人を殺そうとした恐ろしい女っ!」

「王子の側近に媚びる売女っ!」

「侯爵家の面汚しっ!」

「お前の悪事もここまでだっ!」


 民衆からそんな怒号が上がる。

 やめろ、フィロメナはそんな女性じゃないっ! 同年代の中で彼女ほど高潔な人間はいないというのにっ!!

 フィロメナを砂の粒ほども知らない者達が、口々に彼女を罵る。それを聞いているはずのフィロメナの何も感じていないような様子は、まるで言われ慣れた言葉を聞き流しているようで。

 そんなフィロメナを遠くから眺めるカロリーナ・パドロンが、引き攣りながらも満足そうな笑みで、


「やっとここまできた。隠しキャラ込みでの本当の逆ハーエンド(・・・・・・・・・)よっ!

 手こずらせてくれちゃって。トリスタンの完全攻略には手を焼いたけど、これでエンディングコンプリでしょ? これでやっと幸せになれるわっ!!」


意味不明な言葉の羅列を叫ぶように放った。周りにいる僕や側近達はそれを聞いても反応がない。一緒になって薄ら笑いを浮かべているだけだ。



 なんなんだ? 僕に何が起きている? ここはどこで、何を見せられている?



 僕自身は今いる空中から動けず、なんなら身体など無いようでただ眼下の出来事を見つめることしかできない。


「ねえ、ヒル。これからずっと、私と一緒にいてくれるわね? 私を幸せにしてくれるんでしょ?」


 カロリーナ・パドロンが、媚びたような、それでいて有無を言わせぬ強さで僕に問う。そこにいる僕はゆっくりと隣の女に視線をくれ


「ああ、もちろん」


愛しい者でも見るように微笑んで甘く答える。

 だが、その瞳は笑っていない。表情が無い。

 それはひどく不気味で、そんな二人を背後から見守る側近達の目も、嫉妬、嫌悪、友愛、猜疑などの感情がそれぞれの中で綯い交ぜになっているようで、そこにいる僕と大差ない表情で一見仲睦まじそうな二人を見ていた。その様子はまるでやりたくもない役を無理強いされているような違和感を覚える。

 そもそもなぜ、こんな状況を国王が許しているのか。と他の物見台を見てみれば、王家と王族がいる物見台、エチュバリア家の者がいる物見台、それ以外の国の中枢にいる貴族達が揃っている物見台があった。

 その誰もが厳しい表情でギロチンの舞台を見ている。特にエチュバリア降爵は蛇蝎を見るよな目を向けていた。

 僕の知る限り、エチュバリア侯爵は自分の娘を可愛がっていたはずだ。不器用でいて厳格な人ではあったけれど、彼のメロフィナを見る目には確かに愛があった。少なくとも娘にあんな眼を向けるような人物ではなかったはずだ。それだというのに…………。

 僕はその視線を追って、舞台の方を再度見た。

 フィロメナが真っ直ぐ立っている。

 ふと、空を仰ぎ見た。

 とても静かで、その瞬間、音が消えた………………気がした。

 真っ直ぐこちらを見つめる紫色の瞳。

 僕を見ているのかと感じた。そんなはずはないのに。

 そして思い出す、フィロメナが言っていたことを。



────あの時の空の色は忘れられませんわ。どこまでも青くて、青くて、あのまま天に吸い込まれてしまえればどんなに良かったか。



 いろんな表情が抜け落ちたその貌で、絶望の縁に立っているはずなのに、ほんのわずかに目を綻ばせるフィロメナ。

 僕が呆然としている中でさらに歓声が大きくなった。

 フィロメナが跪かされその細首をギロチンの下方にある板の窪みに乗せた。

 役人がさらに同じような窪みが下についている板を彼女の首を挟むように嵌め込んでいく。

 もうそれだけで民衆の歓声はさらに大きくなり、地表で雷が鳴っているかと思うような有様だった。

 僕は思わず


「やめろっ!!」


と怒鳴ったつもりだった。だが声は出せなかった。

 そもそも今起きている出来事を高い空から見下ろしているのだ。僕自身が普通の状態のはずがない。今の僕は……きっと身体が…………無い。

 身体がなければ声が出るわけもなく、ならどうして眼下の情景が見えるのかという謎は残り。

 だがそんなことに思考を割く(いとま)は無かった。

 役人が罪状を読み上げる。

 フィロメナが語った無実の罪が一つ一つ積み上がるごとに歓声が沸き、世界が揺れた。

 それを止めたくて「やめろ」と出ない声で怒鳴ることしかできない僕。

 読み上げが終わり、後ろの方に控えていた斧を手にした覆面の男がずいっと前に出る。

 男が立っている位置は、ギロチンの刃とそれを吊り上げる極太のロープを固定している床の金具とのちょうど真ん中、ロープの前。

 役人の合図と共に振り上げられる斧。

 一際大きくなる歓声。

 やめろ、やめてくれっ。

 フィロメナ! フィロメナ!! 駄目だっ、死なせちゃ駄目だっ!!

 僕の思いとは関係なく斧は振り下ろされ、バツンッと切れるロープ。

 両脇の溝に沿って落ちる重い(やいば)




 ヒュッ……ガンッ!




 あまりにも、あまりにも短い音に、大地を揺るがすかと思われた大歓声がしんっと静まり返り、ゴロンというフィロメナの頭が落ちて転がる小さな音さえ響くように聞こえた。

 さほど転がることもなく静止した頭はフィロメナの顔が見える状態で、生きている時はあれほど生気を無くしていた瞳は、死を迎えることで逆にガラス玉のように陽の光を反射して美しかった。






































「フィロメナぁぁあああぁぁっ!!」


 ガバッと上半身が起きる。

 突き出された右手、乱れる息、早鐘を打つ心臓、額から頬へ流れ落ちる汗。

 目の前には、見慣れた寝室の風景。

 呼吸をわざと大きくひとつ吐き、右手を引き寄せ膝の上に置いてみる。

 自分の寝室のベッドの中だと分かっているのに、直前までどこかに行っていたような感覚。だが、確かにここは僕の寝室で、昨夜、自分の意思でベッドに潜った記憶がある。

 だったら、さっきのは夢か。

 だが、夢にしてはやけに生々しい……。

 フィロメナの話に当てられたのか?

 なににしろ悪夢であることに変わりはない。

 僕の叫び声に何事かと専属侍女と護衛騎士が部屋に飛び込んできたのへ


「夢見が悪かっただけだ。騒がせてすまない」


と軽く詫びて朝の支度のために起きた。

 表面上はなんでないふうに振る舞ったが、胸の奥がざわざわして仕方がない。

 学園に登校しなくてはいけないが気が進まないのを、無理やり朝食を口に運び身支度を整え、なんとか馬車に乗り込んだ。

 僕の場合、学園へ通うのは学業より人脈形成のためが大きい。だから公務があれば休むことも多い。現状であればフィロメナのことを言い訳に学園よりも調査などを優先できるが、昨日のフィロメナとの面会や父上との話を経て、すぐに会っておきたい人物ができた。それは僕の側近で友人のオシアス。ロレンソ伯爵の四男で学園の生徒で一番魔術に造詣の深いオシアス・ロレンソだ。

 王宮に喚ぶこともできるが、学園で会うほうが目立たない。

 今はまだ水面下で情報を集める時だと思うし、彼に相談したい内容が他者に知られるのは憚られるから、できるだけ秘密裏にしようとするなら学園が好都合だと判断したのだ。

処刑の様子を書いたので、「残酷な描写あり」キーワードを追加。

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