建国の式典
「襟元が曲がってるわよ」
アンジェラがユウヤの襟元に手を伸ばす。
「このくらい、良くないか?」
確かに曲がっていると言われればそうかもしれないが、気にするほどではないと思うユウヤ。
「駄目よ。今から建国式ってわかってる?」
ユウヤは城の謁見室の奥ににある控室にいた。これから、いよいよ建国の式典が挙行されるのだ。一口に建国の式典といっても、戴冠式から建国宣言、ユウヤ達の挙式、大臣等の主だった家臣の任命式、城外でのパレード、最後に会場を大広間に移して宴会と、予定は目白押しである。
「いい? 今日は打ち合わせのとおりにお願いね。くれぐれも余計なことをしないで」
「当たり前だろ。子供じゃあるまいし」
「……子供の方がマシかも」
「子供から目を離しても、いきなり都市ができたりはしないからね」
ファニーとジュスティーヌの突っ込みにその場の皆がクスクス笑う。
「……信用なさすぎだろ」
ユウヤがげんなりしているところに、係員から入場するよう合図があった。
「じゃあ、行きましょうか」
控室は玉座の間と隣接しているのだが、今日はそちらからではなく、回り込んで一般の入口の大きな扉から入場する。
玉座の間に入ると、両側に大勢の貴族たちが控えていた。ユウヤが各王国の謁見などで見てきた貴族よりも、比較的若い者が多いようだ。
各王国の、若く前途有望な貴族を中心に、帝国貴族を選定したと言う話であった。
本性を隠し、真面目腐った表情のヴィキを見て噴き出しそうになるのを抑えつつも、ユウヤは婚約者達と横一線になり、玉座の前まで静々と歩いていく。
玉座の横に控えているのは、この後正式に帝国宰相として任命されるスペンサーだ。そのまた横に控える副官が、大切そうに王冠を抱えている。
本来、王冠は神から授けられるという建前であり、実際には神の代理人たる神殿のトップである教皇が授けるものらしいのだが、何せ帝国には六つの宗教があり、当然六人の教皇が存在する。
そのため、誰がユウヤに王冠を授けるかで揉めにに揉めた結果、妥協案として宰相が戴冠式を執り行うということで何とか収まったのであった。
(こんな面倒ごとが、これからも色々起るんだろうなぁ)
そんなことを考えながら、流石にそれはおくびにも出さず、宰相の前に跪くユウヤ。
その頭に王冠が乗せられると、玉座の間全体に歓声と、万雷の拍手が鳴り響く……手はずであったが、想定外の事態が発生した。
突然天井から巨大な六色の光の玉が降ってきたのだ。
「な……これは……何だ!?」
光の玉は驚き慌てる参加者をよそに、玉座の間中を縦横無尽に、弾むかのように乱舞する。
ユウヤが辺りを見ると、スペンサーと婚約者達は一様に、何か訝しむような、咎めるような目でこちらを見ていた。
(知らんがな。俺のせいじゃないぞ)
誰も対応のしようもないまま、しばらくその状態が続いたかと思うと、突然光の玉はユウヤの方に飛んでいき……ユウヤの体に吸収された。
「今のは……一体……」
スペンサーが片手をあげ、冷静な声で制する。
「静まれい。帝国貴族ともあろう諸卿が、そのように取り乱すものではない。……陛下、大事ありませぬか」
「特に……問題はない、な」
スペンサーは参列者の方に向き直り、内心はともあれ、何事もなかったかのように続ける。
「今の光の玉は、それぞれ六神を象徴する色であった。思うに、神々も今日この式典を嘉しておられるのであろう。ともあれ、ユウヤ・ユリウス陛下は偉大なる六神の恩寵の下、正式にヘキサゴニア連合帝国皇帝として即位あそばされた。これより、陛下から建国の辞を賜う」
スペンサーから目で合図されたユウヤは、あらかじめ用意されたシナリオどおり話し始める。
建国の際、ただ一度きりのシナリオと言うこともあり、長い長い演説であり、ユウヤにとっては苦痛そのものでしかなかった。
長いことが問題だったわけではない。人智を超える記憶力を持つユウヤにとって、原稿を覚えること自体は苦でもなんでもなかった。
しかし、この大陸の安寧のために神々より遣わされ、先の大戦で魔王を打倒し、この帝都を創りあげ……などと自画自賛を延々と語らされるなどという非常にむず痒い原稿は、ユウヤにとって耐えがたいものであり、せめてもう少し何とかならないか、と粘り強く交渉したものの、周囲の全員から当然のように却下されたのであった。
その上、棒読み過ぎるだの、話すのが早すぎるだの、果ては重々しさが足りないだの、スペンサーとアンジェラの理不尽とも思える厳しいチェックの下、事前にうんざりするほど何度も練習させられたこともあり、実は演説をしてる本人にとっては、トラウマものの演説だったのだ。
本番で内容を変えて喋ってやろうかとも考えたが、どう考えても後が怖いため、内心はおくびにも出さず、何とか無難に演説を終えたユウヤ。
その後も延々と儀式は続いたが、ユウヤは内心胃が痛くなるような思いもしながらも、無難に全ての日程を終了した。
折角の宴会の食事は、ほとんど味がしなかったが。
「はぁ……やっと、終わった」
控えの間に戻ると、精魂尽き果てた様子でソファに身を投げ出し、横になって溶けたようにぐったりとするユウヤ。
ふと見上げると、アンジェラが不機嫌そうな目で見下ろしている。
「終わった、じゃないわよ」
「え……今日の予定は終わりじゃなかったか?」
「言ったわよね? くれぐれも余計なことをしないで、って」
「余計なことなんて、してないだろ?」
「とぼけないで。あんな光の玉、予定になかったでしょ?」
アンジェラは、あの光はユウヤのせいだと思っているらしい。ユウヤは何もやっていないのだが。
「いや、そんなこと言われても、俺は何もやってないぞ」
「あんなことができる犯人、他に心当たりがないのだけど?」
「そーだそーだ!」
ちゃちゃを入れるヴィキ。
「本当だって……あのな、俺は元々の予定にだって、派手すぎるって言ってたくらいだぞ? 余計に派手にするわけがないだろう? 後でアンジェラ達に怒られるってわかってるのに」
「確かに、それはそうだけど……」
まだアンジェラは疑わしそうな表情だが、スペンサーは対照的に冷静そうだ。
「……意外に、私の申したことが事実なのかもしれませんな」
「神が嘉しているとか言ってた、あれか……え? そう思ってたわけじゃなかったのか? 一人だけ随分冷静だったが」
「あれは、場を収めるためにそう申したまでです。それくらいのことが咄嗟にできないようでは、帝国宰相など務まりませぬ……特にユウヤ陛下の宰相は」
「なんか酷いことを言われたような気がするが……まあいい。実際は、あの光の玉を何だと思ってたんだ?」
スペンサーは小首を傾げる。
「普通に、陛下の悪戯と思っておりました。違うのですか?」
「だから、違うって。これでも一応主君だぞ? 少しは信用してくれ」
「まぁ確かに、陛下の悪戯なら、あの程度では済まないかと……」
「……いくらなんでも酷すぎないか?」
後日、魔道省による検証も行われたのだが、結局は光の玉が何だったか、分かる者は誰一人いなかった。はるか高くからニヤニヤしながら見守る六神を除いて、ではあるが。




