TKG
「米料理の試作? いつすんの?」
「だから、今からだよ」
「今から料理? もうすぐお昼だよ?」
「料理っていうほど複雑なものじゃないから、すぐできる。米はもう炊いてあるしな」
ユウヤはテーブルの上に置いてあったお櫃を手元に寄せる。この世界にお櫃などというものはなかいが、構造自体は単純なものなので、ユウヤは『造型』でちゃっちゃと作り上げていた。
「蒸らしもそろそろいいだろ」
お櫃のふたを開け、布巾を取ると、日本人には懐かしい、仄かに甘い香りが立ち込める。
ユウヤは、しゃもじでお椀に米をよそう。もちろんどちらも『造型』で作ったものだ。
「で、これに卵をかけてっと」
ユウヤはアディオラに作ってもらった魔道式の冷蔵庫から卵を取り出すと、ご飯の上に割入れた。今日の朝、変装してこっそりと買いに行ったものだ。卵を買うためだけに第七階梯の『転移』を使うなど、魔導士が聞いたら憤死ものなのだが。
そこに醤油を垂らし、箸で程よくかき混ぜる。
「これでよし、と」
ご満悦そうなユウヤに、ヴィキが首を傾げる。
「これでよしっ……て、それをどうすんの? 焼くの?」
「これは……こうするんだ」
ユウヤは茶碗を持ち上げると、箸で一気に卵ご飯を口の中にかきこんだ。
「……旨い。やっぱ卵かけご飯はシンプルなのが一番だな」
しばし目を閉じ、感慨深げなユウヤだったが、ふと見ると、ヴィキが悍ましいものを見たようなドン引いた目で、こわごわとこちらを見ていた。
「あ、アンタそれ、生……生卵……!」
「ん? ああ、この世界じゃ生卵は食わないのか。まぁ消毒なんて概念もないだろうしなぁ……心配するな、卵に『浄化』をかけてるから、腹を壊したりはしないぞ」
「そ、そういう問題じゃ……おぇ」
生卵を食べるということが、どうしても受け入れられないらしいヴィキ。
「何やってるの?」
ヴィキ以外の5人が部屋に入ってきた。
「いや、新しい調味料ができたんで、試食してただけだ」
「ヴィキはとても試食って顔じゃないけど……よっぽど口に合わなかったのかしら?」
「いや、口に合わないも何も、まだヴィキは食べてないぞ。それより、やっぱこの世界じゃ生卵を食べたりはしないのか?」
「そりゃそうでしょ。お腹壊すわよ」
「『浄化』を使ってるから、それは大丈夫だと思うけど……ひょっとして、『浄化』を料理で使うっていう発想がないとか?」
アディオラが首を傾げる。
「うーん……冒険者なんかが他に食べるものがない場合に、古い食材に使うってことはあるかもしれないけど……あくまでも緊急措置でしょうね。まともな料理に『浄化』は……ないわねぇ」
「そもそも、卵を生で食べようなんて思わないよなぁ」
ジュスティーヌが言うと、他の5人も頷く。
「やっぱ、そうなんだ。旨いんだけどなぁ……じゃあ残念だけど、俺だけの楽しみに……ん?」
ふと見ると、ファニーがユウヤの服を引っ張っている。
「……食べる」
「え?」
「……早く」
「わかった」
ユウヤは茶碗にご飯をかけると、割った卵の殻をうまく使って黄身だけをご飯に落とし、醤油を回しかける。
「ほれ。食べやすいように白身は取っといたぞ、俺は白身も食べるけどな。王女サマに言うのもなんだけど、下品にかきこんだ方がうまいぞ」
「……ん」
ファニーが茶碗を受け取るが早いか、ほんの一息で茶碗が空にすると、ユウヤに茶碗を突き出す。
「……おかわり」
「お、気に入ったか?」
「……卵と米と、新しい調味料がよく合ってる」
「そうかそうか」
ご機嫌になったユウヤがお代わりをよそおうとすると、アンジェラが待ったをかけた。
「ちょっと待って、ユウヤ。ご飯はその入れ物の分しかないんでしょ? 私たちの分がなくなるじゃない」
「お、皆も食べるか?」
「正直、ちょっと引いてるけど……新しい調味料っていうのが気になるしね。お腹を壊したりはしないんでしょう?」
結局、ヴィキ以外の皆も卵かけご飯に手を伸ばす。
「……意外と食べられるね」
「少し生臭さが気になるけど……薬味をうまく合わせれば、もっと美味しく食べられそうだね」
「このショウユ、でしたか? シェンノンの魚醤と少し似てますが、癖がなくていいですね。色々な料理に使えそうです」
概ね好評そうな皆を、ジトっとした目で見るヴィキ。
「あー、ヴィキ、食べろとは言わないけど、米は実家のエピルスの特産で、現在売り出し中なんだよな? じゃあ、米に合う調味料を真っ先に食べなきゃいけないのは誰だろうな?」
ユウヤの一言を聞いたヴィキは苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「食べるわよ……食べりゃいいんでしょ」
装われた卵ご飯を、暫くは親の仇でも見るような目で見ていたヴィキだったが、意を決したかのようにぎゅっと目をつぶると、一気に茶碗の中身を口にかきこみ、飲み下す。
「……あれ? ……そんなに、悪く……ない、かも」
「だろ? さっきジュスティーヌが言ってたけど、生臭さが気になるなら、ネギなんかを添えてもいいしな」
折角作った醬油も受け入れられそうで、ご満悦なユウヤ。
その日の午後は料理人に醤油や、一緒に作っておいた味噌の作成方法と、それらを使った料理のレシピの宮廷料理人への伝授に費やし、夜にはシンプルながら約2年ぶりとなった懐かしい料理の数々を堪能したのであった。




