隠れ村の移住
薄暗い建物の一角。今ちょうど、アディオラとヴィキが魔法陣を描き終えたところだ。
「じゃあ、魔力の充填をお願いね」
「……はいはい」
言われるがままに、ユウヤは魔法陣に魔力を込めていく。
今は建設したばかりのシェンノン大使館の『転移』の魔法陣の起動のため、魔力を充填しているところだ。
無論大使館の建物自体も、ユウヤが魔法で建設したことは言うまでもない。
「あー、疲れたな……」
「……流石に魔力の限界かしら?」
「いや、魔力的にも体力的にも問題はないんだけどなぁ……なんでだろ」
転生の時に神々が言っていたような気がするが、どうもユウヤの魔力には本当に限界がないらしい。幾ら魔力を使おうが魔力が切れるどころか、減っていく感覚すらないのだが、だからと言って疲労しないというわけでもないようだ。
「普通はこんな建物を建てようとしたら、完成のはるか手前の時点で魔力が尽きて過労死するんだけど……ユウヤは普通じゃないから……私達にはどうなってるのか分からないわね。まぁ、これが済んだらいったん休憩しましょ」
「ああ、そうしよう。それはいいんだけど……この都市の建築物全部、俺が建てなきゃいけないって考えると……気が遠くなりそうだ。まぁ、言い出したのは俺なんだけど」
ユウヤがぼやくと、アンジェラが不思議そうな顔をする。
「ユウヤ、まさかとは思うけど……すぐにでも都市全域の建物を建てようなんて思ってないわよね?」
「え? 思ってるけど?」
「……そんな必要、あるわけないでしょ」
「何でだ?」
「今確かに各国で移民を募っるところだけど、そんなに大勢が押しかけてくるわけじゃないわよ? 住む人がいないのに、建物ばっかり増やしてもしょうがないじゃない」
「あ……そっか。あの都市模型のイメージがあったから、全部完成刺せるもんだと思い込んでた」
「あの模型は数十年後、都市の最終的な完成形であって、今すぐあの模型通りにする必要はないわよ? 人口増加を見ながら、少しずつ建物を増やしていけばいいのよ」
「そりゃそうだな。じゃあ今すぐ建設しないといけないのは……」
「城と総合商会の支店はもうあるでしょ? 他に当面必要なのは……平民用の住居が数百人分と、その平民を統括する役所が各種族分。あとは各種店舗用の建物ってところかしらね。この数はは各総合商会にでも取りまとめをさせとくわ」
「ん? 貴族の家は? 貴族は最初に全て任命するって話だったから、平民用と違って、最初からまとまった数がいるだろう?」
「え? ……あぁ、全ての建物がユウヤの賃貸って言っちゃったから、勘違いさせちゃったのかしら? 何処の国でも、貴族の邸宅は王家、この都市ならユウヤが下賜して、建物は貴族自身が建てるものよ。 自分の家格とか予算に応じて、それぞれが自分なりの趣を凝らして建てるものであって、ユウヤが手を出すようなものじゃないわよ」
「あ……そうなんだ。そういうことなら、すぐに建てなきゃいけない数はそれほどでもないな」
ユウヤは胸をなでおろす。
「いや、それでも普通の魔導士、いや、何処の国の宮廷魔導士全員でかかっても、手におえる数じゃないんだけどな……まぁ、今更かな」
苦笑いをするジュスティーヌであった。
それから数日たった。
各国の王城と総合商会に帝都への転移魔法陣を設置によって、関係者が瞬時に行き来できることになり、『転移』であちらこちらに人を移動させる必要がなくなったため、ユウヤの負担はかなり軽減された。
それでも一日あたり数棟の建物を建てたり、数週間に一度は木材を貯木場に供給したりといった業務はあるのだが、ユウヤにしてみればそこまでの負担というわけではない。
城の方では、スペンサー指揮の下、事前に発注していた分の物資や調度品の搬入が始まっているらしい。
デルフォード城にあった都市開発の拠点も、帝都の城に引っ越し中だ。
実務が動き始めた所であるため、一番上で指揮する立場の婚約者たちには多少ながらも余裕ができ、今ユウヤと婚約者たちは、真っ先に調度品を取りそろえたばかりインぺリア
城にあるユウヤの居室で、久々にゆっくりとお茶をしているところだ。
「殺風景ではあるけど……いい景色だねぇ。風も……心地いい」
大きく開けられた窓から外を見て、満足そうなジュスティーヌ。
「まぁ、都市自体がまだがらんどうだし、殺風景名のはしょうがないな。ま、これからゆっくりと整備していくさ」
「ところで、やっぱり便利よねぇ、『転移』の魔法陣って。頭では分かってたつもりだけど、物資搬入にしろ連絡にしろ、効率がここまで違うと……」
感慨深げにアンジェラが言うと、何故かヴィキが胸を張って見せる。魔法陣の設置の一部を手伝ったとはいえ、主になっていたのはアディオラなのだが。
そのアディオラが溜息を吐く。
「最悪の極悪人、思い出したくもない男だけど……ダッバレミが大陸史上有数の魔導士であったことは、まぎれもない事実ね。彼自身も使えない第七階梯の魔法を解析して、魔法陣化するなんて……正直、魔導士としては嫉妬せざるを得ないわ」
「まぁ、かの魔王は大陸全体にあれだけの災厄を振りまいたのですから、少しくらいは役に立ってくれないと……」
久々にゆっくりとしていることもあって、皆表情は和やかだ。
一人だけ、いつも通りの無表情でくぴくぴと飲み続ける例外はいるが。
「ところで、ユウヤ。例の人たち、そろそろ移動させてくれるかしら?」
「例の人たち?」
「ほら、前言ってた『隠し村』の住民よ。移民達が来るのはもう少し先の話ではあるけど、仕事のやり方を教える期間もいるでしょ?」
「それもそうだな。じゃあ、明日にでも行ってくるか」
次の日、予定通り隠し村に向かったユウヤ。
村外れで農作業をしていた男に声をかける。名前までは覚えてないが、何度か顔を合わせた男だ。
「よぉ、久しぶり。村長はいるか?」
しかし、ユウヤの顔を見た男は怪訝な顔をする。
「誰だ、おめぇ!?」
「誰だって……俺だ、イサムだよ。忘れたのか?」
「馬鹿こくでねぇ! イサムさんはおめぇみたいな奴じゃねぇ。大体お前、人間族じゃねぇか」
「ん?……あ、そうか」
変装するのを忘れていたことに気が付いたユウヤがペンダントに魔力を込めると、瞬時にしてその顔が魔人族のそれに変わる。
「ほら、俺だ」
「え!?あ……確かに、イサムさん……に、偽物じゃないだろうな」
「偽物って……あのな、俺を騙って、何の意味があるんだよ」
「ま、まぁ、確かにそうだが……」
まだちょっと胡乱そうな顔をする男を伴って、ユウヤは村長宅に向かった。
「よぉ村長、元気か? お、ちょうどいい、アルノーもいるな」
「おおイサム様、お久しぶりですじゃ。今日は、どうされましたかな?」
「前言ってた、移住の話なんだけどな。そろそろ移住を始めてもらおうと思ってるんだが……準備の方はどうなってる?」
「はぁ、元々貧乏な村じゃで、そんなに荷物もありませんから、お話があれば、すぐにでも始めますじゃで……いつも冷静で無口なアルノーが、何故かやたらと準備を急かしておりましたでの。ただ、建物の解体もありますじゃで、今日明日というわけにもいきませんが……」
ユウヤは首を傾げる。
「建物の解体? 何のために?」
「何のためって……移住先に移築するためですが?」
「もう家は準備したぞ?」
「はぁ?」
村長が素っ頓狂な声を上げる。
「だから、移住先にお前らの家はもう建ててあるんだよ。だから、家の解体なんかしなくていいぞ。家財道具だけ持っていけばいい」
「いや、そういわれましても貧乏な村じゃで、家の建設費用が……」
「賃貸だから、建設費はいらないぞ。役所で働いてもらうって言ったろ? その給料の一部を賃貸費として払ってくれりゃいい」
ここで、先程から微妙な顔をしていたアルノーが口を挟む。
「失礼、ちょっと口を挟ませていただきますが、イサム様、ちょっと二人だけでお話できませんか? 村長、すまないが、話の間に村民を村の広場に集めておいてくれないか?」
村長は頷くと、連絡のために家をでていった。
二人きりになったところで、ユウヤの前に跪いた。
「ご無沙汰しております、ユウヤ様」
「ああ、久しぶりだな。何の話だ?」
「一つ確認なのですが、村民には正体を明かさないという意向でございますか?」
「いや、そんなつもりはないぞ。最初に来た時に変装した姿だったから、なんとなく正体を明かす機会がなかっただけで……」
「であれば、村民を集めたうえで、ユウヤ様の正体も含め、私の方からご意向を説明させていただこうかと思うのですが、よろしいでしょうか? 村民達とは長い付き合いですので、私の方が説明しやすいと思うのですが」
「……そうしてくれれば助かるな」
その後二人で打ち合わせをした後、広場に移動する。
広場には既に、多くの村民が集まりつつあった。アルノーに促され、ユウヤは広場の隅にある演説用の台でしばし待つ。
村民があらかた出揃った所を見計らって、ユウヤのそばに立ったアルノーが朗々とした声で話し始めた。
「以前から、皆に移住の準備を進めるよう話をしていたが、今日イサム様から、受け入れ先の準備が整ったとのご連絡をいただいた。今日からでも移住をしてもらうことになるのだが……」
アルノーは一旦言葉を切って村民たちを見渡し、一息して話を続ける。
「先ごろ大戦があり、その結果、この大陸を統一する帝国が建国されることになったという話があったのは、以前話をしたから覚えていると思う。その帝国の帝都、インぺリアこそが先日目撃情報があった城壁に囲われた都市であり、我らの移住先である。我らは移住後、帝都の吏員として働くことになるのだ。逃亡等の罪については既に恩赦が決定している。つまり我々は日々の糧に苦慮する必要も、逃亡者として隠れる必要もすでになくなったのだ」
村民たちが一斉に歓声を上げる。歓声が静まるまで暫く待ったアルノーは、更に話を続ける。
「ここで重要な話がある。隣に立つイサム様についてだが、イサムというのは本名ではなく、世を忍ぶ仮の名前だ」
アルノーに目で促され、ユウヤが変装を解くと、集まった村民たちは一様に目を剝く。
「この方こそ、先の大戦を勝利に導いた英雄であり、帝国の初代皇帝となられるお方、ユウヤ・ユリウス様である。皆、頭が高い。控えよ」
皆が唖然としながらも、一斉に跪く。
ユウヤは手でアルノーを制し、魔人の顔に戻って話し始める。
「あー、いや、その……別に騙そうとしたわけじゃないんだけどな。皇帝がこの辺をうろつくわけにもいかないから変装してたところでエイデン達と会ったから、なんとなくそのままになっててな。今後もお忍びの時に会うことはあるだろうけど、この顔の時はくれぐれも魔人イサムとして扱ってくれ。間違っても拝跪したりしてくれるなよ?」
その後はアルノーから細々とした説明があり、やっと説明会は終わったのであった。




