上水道の整備、木材の不足
地面が鳴動し、目の前にある巨大な立方体が、見えざる手により捏ねられる粘土のように形を変えていく。
数分の後、立方体は立派な建物へと変貌していた。
周りにいた魔人族たちからどよめきの声が挙がる。
「これでよし、と。大分慣れてきたな。じゃあ、確認してくれ」
ユウヤは傍らで呆然とする魔人族に声をかける。
「……あ、はい。かしこまりました」
弾かれたかのように我に返った男を始め数人の魔人族が、いそいそと建物に入っていった。
男は魔人族の総合商会、カドゥナ商会の幹部である。
建物が設計通りできているか、内部を確認しに行ったのであった。
もっともユウヤとしては、確認などしなくても建物の出来には絶対の自信があったが。
この日、ユウヤと商人たちは、帝都の現地確認に出向いていた。無論婚約者達を始めとした、帝都建設の係員達や商人、職人たちも同行している。
『転移』で一度に移動させられるのはせいぜい10人程度であるため、3桁に膨れ上がった人数を輸送するのに、何度も何度も『転移』を繰り返す必要があったため、ユウヤは些かげんなりしていた。魔力的には全く問題はなかったのだが……
(やっぱ要るよな、『転移』の魔法陣。早く解析が終わんないかな)
当然だが、『転移』だけが今日のユウヤの仕事ではない。まず、係員達と各総合商会が城を検分している間にユウヤは各総合商会の支店を建設することになっていたのだが、今ようやく最後になった魔人族の支店の建設が終わった所であった。
「さて、次の仕事は……と」
ユウヤは城に赴く。
城中では多くの商人や職人が行き交い、話をしたり、様々な場所の寸法を測ったりと、皆忙しく動き回っている。
(これだけ人がいると、ちょっと『城』って趣がするな。今まで調度も人もいない、造りだけが新しい廃城みたいなもんだったし。これで調度を整えれば、また違った感じになるんだろうけど)
ユウヤが今日の本部となっている会議室に入ると、婚約者達と総合商会の会頭達など主だったものが議論をしていた。
「総合商会の建物、全部建設が終わったぞ。今は商会員に確認をしてもらってる」
「もう終わったの? 早いわねぇ。ご苦労様、ユウヤ」
アンジェラが答えた。流石にもうユウヤの魔法に慣れたのか、さほどの驚きはないようだ。
「次は何をすればいい?」
「そうね、例の上水道の方を進めてもらおうかしら。他の物はともかく、あれはこの大陸にはないものだから、私から指示のしようがないし。直接の担当は、アディオラ、フィニー、ヴィキの3人でいいのよね?」
「ああ、頼む」
ユウヤ達は、帝都のそばを流れる川の上流に建設しておいた取水場まで『転移』で移動する。
「こんな建物まで建ててたのね。全くユウヤは……」
アディオラが感嘆とも呆れともつかないため息をつく。
「この大きい、窪んだところは何?」
建物の中に入ると、巨大な水の入っていない貯水槽がある。
「まず、川からここに水を流すんだ」
「プール?」
ヴィキが目を輝かせる。
「プール……ではあるけど、泳ぐためのものじゃないぞ。水をためて、時間をおいて砂とかの異物を沈殿させるためのものだ」
「なぁんだ、つまんないの」
「で、ここで異物を取り除いた水を城の近くにある浄水場に流す。ここから浄水場への水路はもう掘ってある。で、浄水場で『浄化』の魔法陣を使って水を更に奇麗にする。その水を浄水場から各建物に流せば……」
「各建物で水が使えるようになるってわけね」
「そういうことだ。で、施設を動かすための設備と魔法陣の設置を頼みたいんだよ。あとファニー、というかラエティア王国には、浄水場から各建物への配水管の設置を頼みたいんだ。金属製品はラエティアが一番なんだろ? 必要な数が多いから、俺一人じゃ流石に厳しいからな」
「……わかった」
「魔法陣の方は大丈夫そうか?」
「そうね……水の量が膨大だから、『浄化』の魔法陣も相当に大規模になるわね。最初に起動する時の魔力は、ユウヤを当てにしていいんでしょう?」
「勿論だ」
「それなら起動は何とでもなるとして……その後の機能を維持するための魔力は……」
「はいはい、俺がやればいいんだろ?」
「駄目よ、ユウヤがいなくなったら使えなくなっちゃうじゃない。維持だけなら、魔導士が数人常駐すれば大丈夫だと思うわ。宮廷魔導士の持ち回り業務にしましょう」
「それでいいんなら、こっちは助かるけどな。後はこの施設の取水弁とか排水弁、つまり水を取り込んだり浄水場へ流したりの操作ってとこかな?」
「それは、装置と魔法陣とを組み合わせれば、何とでもなると思うわよ? 具体的なことは私たち3人で決めていいのよね? ファニーもそれでいい?」
「……ん」
「じゃあそろそろ戻りましょうか。ラエティアの職人にも協議しないといけないし」
城の会議室に戻ると、総合商会の会長たちがユウヤの前に進み出て拝跪する。
「ん? どうした?」
口を開いたのはアーリントン総合商会の代表、ダレンだ。
「支店の確認、恙なく終了いたしました。あれ程の立派な建物を建てていただき、恐悦至極に存じます。代金は不要と伺ってはおりますが……本当によろしいのでしょうか?」
「かまわんよ。それより、今後色々忙しくなると思うが、よろしく頼む」
「それはもう、全力を尽くさせていただきます……時に、お伺いしたいことがあるのですが……前の協議の際に『転移』の魔法陣を商会内に設置する、というお話を頂いたと思うのですが」
「そうだな。カネム・ボルヌ王国に問い合わせたら、解析にあと一か月程度かかるって話だったけど。それが何か?」
「魔法陣の設置と、維持に係る対価については、どのようにお考えでしょうか? 第七階梯の魔法陣など、聞いたこともございませんので……その対価となると、それこそ天文学的な価格になるかと……我らとて予算には限度がございます。それに、魔法陣の維持にかかる魔力の確保も、我ら平民には難しいのですが……」
「……ん? 金をとるつもりは無かったんだけど……」
アディオラが口を挟む。
「それは駄目でしょ。まぁ確かに、『転移』の魔法陣の費用なんて、まともに計算したら払える金額にはならないでしょうし、平民の商会に維持にかかる魔力を確保しろっていうのも無理があるけど……維持の魔力に係る対価くらいは取らないと、いくらなんでも優遇しすぎだと思うわよ。商会にとっては計り知れないほどの価値がある代物だし」
「じゃあ、どうすればいいと思うんだ?」
「そうねぇ……まぁ、根本的にはこちらの都合で設置するものだから、設置そのものと、帝都が建設がある程度落ち着くまでは費用負担はなしにするとして、それ以降の維持のための魔力の維持は、有料で宮廷魔導士が行うってことでいいんじゃないかしら?」
ユウヤはおもむろに商人達の方へ振り返る。
「……だ、そうだが、それでいいか?」
「そういうことであれば……負担する費用にもよりますが」
「それじゃあアディオラ、費用の協議については頼んでいいか?」
「ええ、任せてちょうだい」
その日の夜。係員や商人、職人たちは城や各商会事務所に分散して宿泊することになっていたが、流石に皇族になるユウヤ達は調度もない現地で泊まるわけにもいかず、一旦城に帰ることになった。
今は夕食を終え、皆がユウヤの部屋でお茶を飲みながら寛いでいるところだ。皆少しぐったりとしている。
「皆、ご苦労様だったな。で、現時点で何か問題はあるか?」
その言葉に反応したのはジュスティーヌだった。
「……あるよ。かなり大きな問題が、ね」
「ジュスティーヌには木工品関連を統括してもらってるんだったよな。加工の手が足りないとかか?」
「確かにそれも問題だけど、事前発注して完成済みの物もかなりあるし、他国の職人に一部任せたりしてるから、それは時間の問題で済むんだよね。ただ……根本的な問題として、木材自体が足りないんだよ。今はまだ在庫はあるけど、帝都が形になる前に枯渇しそうなんだ」
ユウヤは首を傾げる。
「伐ってくればいい……てわけには、いかないってことか?」
「それはやってるんだけど、僕たちエルフにとって森は大切なものだから、丸裸にするわけにはいかないし、ある程度大きな木でないと材木としては役に立たないだろう? それに王国内の需要も考えると……確保が難しいんだよ」
「なるほどね」
「各国に頼む手も考えたけど、森が多い国って無いんだよね。内陸部なら大きな森はあるけど、木こりや材木の移動、あと魔物の対応もあるから……」
「内陸部……あ、そうだ。材木なら大量にあるぞ?」
「え? どこに?」
「帝都に城とか建てる時に、まず整地をしたんだけど、その時に木を根こそぎにしたからな」
「確かに、城壁の内部には木一本生えてなかったね……どうやったのか分からないんだけど、根こそぎにしたっていう木は何処にやったんだい?」
「全部『収納』に仕舞ってあるぞ」
「え!?……いや、『収納』がどうとかっていう量じゃないよね?」
驚くジュスティーヌの肩をアディオラが軽く叩き、黙って首を振って見せる。
「……ユウヤの魔法はまともじゃないのは知ってるつもりだったけど……」
呆れかえるジュスティーヌ。
「材質的とか、大きさ的に使い物にならないのも多いんだろうけど、それなりに使える物もあるんじゃないのか?」
「うん、まぁ……そうだね。あると、大分助かるよ」
「なんか歯切れが悪いな。それでも足らないとか?」
「実際に見てみないとわからないけど、あれだけの広い土地に生えてた木が全部使えるのなら、帝都が回りだす位の量は賄えると思う。でも、いずれ帝都の人口が増えてくると、建物を建てるだけの木は……いや、そのころには帝都の周りの木を伐採していけば、ある程度は賄えるかもしれないね」
「ん? 足らない木材ってのは、ひょっとして建築資材か?」
「もちろんそうだよ。一番大量に木材を使うのは建物だろう?」
「建物は石造にすればいいんじゃないか?」
「いや、石造の建物なんて建築費が嵩むんだから、よっぽど裕福じゃないと平民じゃ買うのは当然、借りるのも無理だろう?」
「建築費なんて、俺が建てればタダじゃないか」
アンジェラが慌てて口を挟む。
「ちょっと待って!? ユウヤ、あれだけ広い都市の建物を、全部自分で建てる気? 正気なの?」
「まぁ、都市の建物を全部建てるんなら結構時間はかかるだろうけど、いきなり移民が押し寄せるってわけじゃないんだから、人口増加に合わせて少しずつ建てればいいだろ? 何とでもなるさ」
ユウヤの言葉に、たまたまお茶を変えに来たオリヴィアを含め、その部屋の全員が絶句した。しばらくして、気を取り直したアンジェラがユウヤに聞く。
「滅茶苦茶な話だけど、確かにユウヤならできそうではあるわね……平民の家を皇帝が建てるのはどうかと思うけど。で、売却代金とか家賃の設定はどうするの?」
「いや、今考えた話だし、何も考えてない」
アンジェラはため息をつく。
「……それじゃ、帝都の建物は全て家主のユウヤの賃貸ってことにしましょう。其方が将来的に動きやすいでしょうし。城からの距離で家賃を変えていって、最外周は貧民でも払える金額に設定すればいいかしら。貧民まで石造の建物に住めるなんて、贅沢な話だけど……ああ、それなら各総合商会の建物についても、家賃を取らないとね」
「ん? 連中にはタダって言っちゃったんだけど……」
「大丈夫よ。総合商会はお金も持ってるし、第一建物の建築から魔法陣の設置までタダにしてるんだから、文句なんか言えないわよ。上手くやるから、任せて」
「分かった、そっちは頼む。ジュスティーヌ、これで木材は足りるんじゃないか?」
「今の話が前提なら、確かに大丈夫だね。ただ、ユウヤの『収納』に入っている木は、あると助かるな。近日中にアクィタニアの材木置き場に案内するから、提供してもらってもいいかい?」
いい表情になったジュスティーヌが答えた。




