久々の隠れ村
その日、ユウヤは城の一室にいた。両隣には婚約者たち、続いてスペンサーを筆頭とした都市開発の担当者達が控えている。
目の前には一人の壮年の男が跪き、右手を胸にあてて一礼する。
「帝国皇帝となられるユウヤ様にご拝謁を賜り、光栄至極でございます。アーリントン総合商会筆頭、ダレンと申します。帝国発展のために力を尽くしますので今後ご愛顧のほど、よろしくお願いいたします」
その動作は優雅であり、装いも洗練されたものである。顔には微笑を湛えてはいるが、それとは対照的に目の光は強く、抜かりなく周りを観察しているのがわかる。
アンジェラの説明によると、どの王国にもそれぞれ国を代表とする総合商会があり、全ての職種のギルドを統括しているらしい。
王室が商品を購入したり工事を発注する場合は、そのような商会に発注し、商会の方から各業者に注文を振り分ける事になっている、ということであった。
王室の発注するものは特に規模が大きかったり、超高級品であったりするため、商会の間で熾烈な争いになったり、特定の商会に注文が偏ったりする可能性が高い。
そこをうまく調整し、国内の商業を上手く回すのが総合商会の使命らしい。
(王室御用達の総合商社っていうところかな? )
ユウヤはそのように理解している。
これから建国する帝国には当然総合商会などというものは存在しないため、各国の総合商会が協力して帝都建設にあたることになる、ということであった。
目の前にいる男、ダレンはカレドニア王国の総合商会、アーリントン総合商会の筆頭というだけでなく、各国の総合商社の取りまとめを担う立場だそうだ。
つまり、帝都建設における民間側の実質トップということになる。
「其方がダレンか。利に聡いながらも、その利を巧みに分配し、全てを上手く取りまとめることに長けると聞いている。未曽有の大規模事業ということになるため、苦労を掛けると思うが、よろしく頼む」
鷹揚に構えたユウヤは、事前にアンジェラと打ち合わせた、というか言われたとおりに答えた。
「はっ。全力を尽くす所存にございます」
挨拶が終わり、ダレンが促されるままに着席したところで、アンジェラが話し始める。
「事前に話は伝えたとおりなのだけれども、以前から練っていた帝都建設計画が完全に狂ってしまったのよ」
アンジェラにチラ見されて、ユウヤは視線を逸らす。
「お話は伺っております。城や城壁などが既に完成しているなど、何の冗談かと思いましたが……無礼ながら今一度確認させていただきたいのですが、本当に事実なのですか?」
「気持ちはわかるけど、まぎれもなく事実よ。この目で確認したから、間違いないわ」
「……さて、困りましたな。流石に想定できる事態ではないので、今後如何に進めるか……」
顎に手を当て、暫く考え込んだダレンであったが、ふと顔を上げる。
「いずれにしろ、まずは現地確認ですな。日取りを決めて各国の総合商会が現地に赴き、検分の上で必要なものを見積もり、緊急性により順序を付け、早急に調達していくしかないでしょう」
「……そうね。何時頃になるかしら?」
「まず各総合商会に通達するのに伝書鳩を使って三日。総合商会が準備を整えるのに、急いで十日。そこから二週間ほどかけて現地に赴き、現地にて一週間ほど検分し、必要な物資等を見積もるということになりますかな」
「……帰るのに二週間。そこから物品を調達して、また帝都に輸送して……数か月はかかるわね」
「一回輸送するだけなられで済みますですが、何分物資の量が膨大でございますので、各総合商会で分担したとしても、輸送は何十回と繰り返す必要がございます。加えて、まだ作成が済んでおらぬ物も多く……。そうそう、作成してないといえば」
「何かしら?」
「我々、各総合商会の拠点も必要です。本来なら、都市建設の際に併せて視点を建設する予定でしたが……とりあえず、仮設の事務所だけでも建設しないと」
「それもそうね……気長にやるしかないわね」
二人は顔を見合わせて、ため息をつく。
最初の挨拶以外は黙っていればよいといわれていたユウヤだったが、流石に見かねてそっと手を上げる。
「ユウヤ、何かしら?」
「俺も手伝おう。相当迷惑かけてるみたいだしな」
「手伝うって、何を?」
「そうだな……まず通達と現地確認の移動については、俺が『転移』を使えばすぐ終わるだろ?」
「……それは確かに、助かるわね。でも、大陸中を行ったり来たりしないといけないけど、魔力が足りるのかしら?」
「やったことはないけど、今まで『転移』で魔力が減ったって実感は無かったから、問題ないだろ」
アンジェラは若干引きかけたが、気を取り直して続ける。
「さっき『まず』って言ってたけど、他にも何か手伝ってもらえるのかしら?」
「事務所が必要なら、現地確認の時にでも建てればいい。仮事務所とかケチなことを言わずに、ちゃんとした事務所を建ててやるよ」
ダレンが胡乱そうな表情になった。
「ユウヤ様が……建物を、建てるのですか? どうやって……? 」
「『整地』と『造型』を使う。城とか城壁は実際それで建てたしな。規模は知らないけど、流石に城よりは小さいんだろ? なら何とでもなる もっとも、内装とか家具とかまでは面倒見れないけどな。どうだ?」
今度はダレンが目を丸くする。さっきから百面相になっている様子がユウヤには少しおかしい。
「……それは、非常にありがたいお話なのですが、その……それだけの規模の建物となりますと、代金の調達にお時間をいただく必要がございますが、よろしいのですか?」
「いらんいらん。色々面倒をかける事になったから、特急料金の替わりってことにしとこう。現地確認の時までに、設計書を提出してくれ」
「……心より感謝いたします。他国の総合商社も、喜ぶことでしょう」
「後は……そうだな、物品の輸送も『転移』を使えばいいんじゃないか?」
とユウヤが言った瞬間、ダレンは青くなり、激しく首を振る。
「いくらなんでも、ユウヤ様にそこまでしていただくわけには参りません!」
「そうね、皇帝陛下が運送屋の真似なんて、流石にサマにならないわよわね」
アンジェラが苦笑しながら同意する。
「俺は別に構わないんだけどな……」
尚も主張するユウヤを、皆が口々に止めた。
「皆が止めるんならしょうがないか……でも、輸送がボトルネックなのは間違いないんだよな?」
「まぁ、それはそうなんだけど……とにかく、ユウヤが輸送するのは流石に却下ね」
「うーん……あ、そうだ。アディオラ」
「何かしら?」
「オグボモショ城に、転移の魔法陣があったよな?」
「あぁ、ダッバレミが設置した魔法陣ね」
「あれは今どうなってんだ? 解析するって聞いたと思うけど」
「……さて、どうかしら? 解析が終わってもおかしくないけど、魔導士達も復興に駆り出されてるでしょうから……」
「あれを総合商会の、各国と帝都の拠点に設置すればいいんじゃないか?」
「うーん……いいアイディアだと思うけど、第七階梯の魔法陣だから、設置に係る魔力の確保が……あ」
アディオラがポンと手を打つ。
「解析が終わってれば、設置できると思うわよ。ユウヤが魔力を込めてくれるのなら、だけど」
「じゃあ、今から俺と皆で各国を回って、各商会に現地確認の日程と、その日までに商会事務所の設計書を作成することを伝える。カネム・ボルヌについては、追加で『転移』の魔法陣の解析状況を確認する。とりあえず以上でいいか?」
「そうね。建物の設計があるから、現地確認の日程は……」
それからは現地確認の日程等を取り決めて、会議はお開きになった。
「あ」
会議から数日後の昼下がり。優雅な紅茶を楽しんでいたユウヤだったが、隠れ村のことすっかり忘れていたことに気づいた。
「小麦は大量に渡してるからいいとして、肉はそろそろなくなるころじゃないか? 恩赦のことも、役所で働いてもらうことも伝えてないし……一回様子を見に行っとくか」
ユウヤは村の外れの林に転移した。勿論婚約者たちには事前に許可を取っている。アンジェラ一人にあれだけ文句を言われたのだ。六人に増えた今、黙って外出するとどうなるか、ユウヤは考えたくもなかった。
「ん?」
林を抜けたところでユウヤの姿を認めたらしい男が、すごい勢いでユウヤの方に向かって走ってくる。
確か村民の一人だったはずだ。
程なくユウヤの所までついた男ははぁはぁと息を切らしている。
「久しぶりだな。元気か?」
「はぁ、はぁ……イサム様、大変ですだ」
「は? 何かあったのか」
「まずは、村長の所に……はぁ、はぁ……」
ただならぬ物を感じたユウヤが急いで村に向かうと、中央の広場に村民が集まっていた。
その中央では村長やエイデンなど、幹部連中が深刻そうな何やら顔で話をしていたが、その一人がユウヤに気づいたようだ。
「イサム様!」
「皆、久しぶりだな。……何かあったのか?」
「それが、大変なことが起こりましたのじゃ」
「だから、何があったんだ?」
「それが……しばらく前のことでございます。ここから少し離れた、街道の集まるところに……いつの間にやら、立派な門ができているとの報告があったのですじゃ」
「……ん? 門?」
「最初は報告した者の見間違いかと思い……一応エイデン達に確認を頼んだのですじゃが……実際に、巨大な城門が建っていたのですじゃ!……ちょっと前には、間違いなく何もなかったはずなのに」
「……あー、何だ、その……」
ユウヤが割って入ろうとするも、興奮した村長はなおも続ける。
「門扉はなかったようで、エイデン達が意を決して城門を抜けてみると……見渡す限りの森林であったはずが、とてつもない広さの、まっ平な平原となっており……その周りにぐるりと城壁が設置されておったそうですじゃ……あまつさえ、その平原の真ん中には、巨大な城まで建っておったそうなのですじゃ! エイデン達はあまりもの恐怖で撤収したのですじゃが……目と鼻の先にあれほどの巨大な建造物が建っておるのに、我々が気付かないなど、何がどうなっておるのか……」
頭を抱える村長に、ユウヤは冷や汗をかく。
「あー、その、何だ……村長、そのことなんだが……結論から言うと、特に問題はない」
その答えに、ぱっと顔を上げる村長。
「問題ない、ですと!?……ひょっとしてイサム様、何かご存じなので?」
「ご存じも何も、実は……あれを作ったのは俺だ」
「は!? イサム様が……作った!?」
村民皆が目を剥き、今度はユウヤが頭を抱える。
「ほら、前来た時に言わなかったか? この辺りに町を作る計画があるって。エイデン達が見たのがその町だ」
「町なんてレベルじゃなかったけどな……城まであったし。あんなものを……作ったって……」
なおも訝しむエイデン。
「ほら、前ここに来た時に、食糧庫を再建しただろ? 同じようなもんだ。まぁ、ちょっと規模はアレなんだけど……そこは気にしないでくれ」
「同じような物と言われても……全然違うような……」
「いいから飲み込んでくれ。で、ここからが重要なところなんだけど、この村の皆には、あそこに移住してもらおうと思ってるんだ。もうちょっと後の話だけどな」
皆が騒然となった。騒めく村民の中で、村長が半ば悲鳴のような声を上げる。
「い、移住と申しましても……儂らはお尋ね者と申し上げたはずですじゃ。大手を振って歩けないからこそ、隠れて暮らしていたわけで……それに、街中に住めと言われても、儂らは農民で……」
「お尋ね者の件は解決済みだぞ。もらったリストに載ってる者は、全員恩赦がもらえることになったからな。それと、この村の者は全員読み書きができるんだろ?」
「読み書きですか?はぁ、幼子以外は一応……」
「新しい町に役所を作るから、そこで働いてもらおうと思ってるんだが……いやか?」
「め、滅相もございません。しかし、村民は二百人ほどもおるのですじゃが……」
「町の規模が大きいからな、全員雇えると思うぞ。もし駄目なら、別の手を考えるさ」
「は、はぁ……そうなれば、大変ありがたいのですが……しかし、それなりの立場だとは伺っておりますが、イサム様は一体……」
「ん? アルノーは何も言ってなかったのか? というか、アルノーは何処だ?」
「アルノーでございましたら、また行商に出ておりますじゃ。そういえば、行商に出る前、理由は言えないが、何事によらずイサム様のおっしゃることには必ず従え、必ず儂らの良いように取り計らってくれる、頼むから絶対に逆らうなと……普段は口数が少ないあいつが、強硬に申しておりましたなぁ……」
(確かに俺が正体を隠してるのに、アルノーがばらすわけにもいかなかったんだろうな。この場で話しといたほうがいいかな? いや……確か帝国ができることも知らないはずだし、アルノーがいる時の方がいいだろうな)
「まぁ、アルノーとはちょっとあってな、俺を信用してくれてると思う。俺の立場とかについては後日アルノーがいるときにでも説明するし、あの城壁とかについての心配もいらないから、暫くは今の生活を続けてくれ。食料は足りてるか?他にも問題があるなら相談に乗るけど?」
「はい、小麦は備蓄分も含めて十分頂いておりますし、肉は……頂いた分もありますし、村でもそこそこ狩猟をしておりますじゃで、大丈夫ですじゃ。他には……城壁がイサム様の作ったものなら、特に問題はありませんですじゃ」
こうして何とか村人たちを安心させたユウヤは、城に戻ったのであった。




