村の内情
二人が戻った広場には、続々と人が集まりつつあった。
みな目を輝かせながら、解体のための台を引っぱり出したり、包丁を研いだり、思い思いに解体の準備をしている。
「おぉい、ふたりとも、こっちだ」
二人に気づいたエイデンが遠くから手を振ってきた。
二人が側に行くと、エイデンは声を張り上げる。
「皆、聞いてくれ! この人が、魔物を提供してくれたイサムさんだ! 」
村人たちが歓声を上げ、そこかしこにお礼の言葉が混じる。
今度は村長が声を張り上げる。
「皆の者、一旦静まれ! ……儂からも、報告することがある。……先程、イサムさんが食料倉庫を再建してくださった。……これこれ静まれ。何を言っているかわからんじゃろうから、後で見に行ってみよ。燃え落ちた食糧倉庫の跡地に、もっと立派な石造の倉庫が出来ておるのじゃ。この目で見た儂も信じられんのじゃが……。まぁ見に行くのは、この大量の魔物を皆で解体し終わってからじゃ。数も多いで大変じゃが、皆頼むぞ」
首を捻りながらも、皆は解体作業に戻っていった。
ユウヤは村長に誘われて、村長宅でまったりする。
「イサムさん、あまりのことで先程は言いそびれましたが、返す返すもありがとうございました。改めてお礼を申し上げますじゃ」
「あまりのこと? 」
「突然あんな立派な建物が立つなど、常人には考えられませんですじゃ。碌に隊かも払えませんのじゃが……せめてもの礼として、今夜はささやかながら宴など開きたいと思っておりますですじゃ」
「ん? 食料は燃えちまったんだろ? 宴なんて、無理する必要は……」
「野菜や酒などは、別の場所にも保管しておりましたので。それに、その、大量に肉をいただきましたので、大部分は保存食に回すとしても、宴の一回や二回くらいは……」
「それなら、よばれようかな。……さて、一旦失礼するぞ」
ユウヤは席を立つ。
「イサムさん? どちらへ? 」
「ちょっと用があってな。どうせ解体には時間がかかるだろ? 夕方くらいには戻ってくるよ」
その日の夕暮れ前のこと。
「おぉ、戻りなさったか、イサムさん」
戻ってきたユウヤに、エイデンが声をかける。
「ああ。大分片付いたみたいだな」
魔物の解体は概ね終わったようで、後片付けが始まっていた。
一部のテーブルで野菜や肉の切り付けや、大釜で何かを煮ているのは、宴の準備なのだろう。
「村人総出で、馬力をかけてやりやしたからね。ところで村長から聞いたんだが、明日も肉をもらえるって聞いたんですが、いいんですかい? 俺たちゃアンタを襲ったってのに……」
「まぁ、気にするな。それよりも急で悪いんだが、人を集めてくれないか? 力仕事をしてもらいたいから、男手がいいんだけど……」
「人手……ですか? そりゃ別にかまいませんが……何人くらい集めりゃいいですかね? 」
「多ければ多いほどいい。宴が始まるのは二時間後ってところだろ? 食糧倉庫に集合ってことで頼む」
「ようがす」
食糧倉庫の中で大きな袋に囲まれているユウヤの背後から、声がかかった。
「ああイサムさん、中にいたんでやすか」
「エイデンか。男手はどうなってる? 」
「二十人ほど連れてきました。後からまた何人か来ると思いやす」
「ご苦労さん。じゃ、この袋を倉庫の端から詰めていってくれ、どんどん出すから。宴が始まるのは二時間後ってところだろ? それまでには済ませたいから、急いでくれ」
「ようがす。おぉい、みんな! 入ってきてくれ! この袋を倉庫の端から詰めていってくれ! どんどん出てくるらしいから、急いでくれ」
集まった男たちは、めいめいに作業を始めた。
「で、この袋は何なんですかい? 」
「ん? 小麦だけど? 」
男たちの手が止まる。
「は? 小麦!? これが……全部!? 」
「手が止まってんぞ。話は後だ、急いでくれ」
(『整地』とか『造型』の規模が流石に大きすぎたか……物損については補填しとかないとな。それにしても、人的被害が無くてよかったな)
誰も知らないとはいえ、ユウヤは食糧倉庫の消失の責任の一端が自分にあると理解していたユウヤは、流石に責任を感じていた。
そのため、ユウヤは村長宅を出ていった後、人目につかない所で『転移』を使い、デルフォードの市場で手当たり次第小麦を買い付けていたのだった。
一国の首都の市場ということもあり、混乱が起るほどではなかったが、それでも「方々に一人で現れて大量の小麦を買い付けては、規格外の『保管』で事も無げにしまい込んで去っていく謎の魔人族」として、暫く市場の噂になったことは、ユウヤには知る由もない。
宵闇は深くなってく中、村の中心の広場では大勢の老若男女が大いに盛り上がっていた。
魔獣の肉のバーベキュー以外にはスープと簡単な料理ばかりではあるが、ユウヤが大量に食材を提供したため、その量はふんだんにある。
これらは食料が常に不足気味の村民にとって久しぶりの大変なご馳走であり、食糧問題が解決したこともあって、村民たちは昼とは打って変わってみなご機嫌な表情で、めいめいに騒いだり踊ったり、歌を歌ったりしている。
ユウヤはと言うと、最初のうちは村長を始め村の面々から口々に感謝の言葉を聞かされたり、何度も乾杯を求められたりして楽しむどころではなかったのだが、ようやくにしてそれも落ち着き、今はまったりと村長やエイデン達とおしゃべりをしながら食事や酒を楽しんでいる。
「……さっき、子供たちと寺子屋がどうのって言ってなかったか? この村には寺子屋があるのか? 」
「子供全員に、読み書きや算術なぞを教えておりますじゃ。さっきのは、今日はお客様が来られてるから授業は中止という話をしておりましたのじゃ」
「じゃあ、この村の子供たちは全員が読み書きとか計算ができるってことか」
「大人もできますじゃ。流石に、大人ができないことを子供に覚えろとは言いにくいですでな、村ができて間もないころに全員が覚えましたのじゃ。かなり苦労した者もおりましたが……」
「こう言っちゃ何だが、この大きさの村で読み書きとか、必要なのか? 」
「確かにこの村で暮らす分には必要ないのですじゃが……ここは所詮お尋ね者の村でございますじゃ。できれば子供たちには、ゆくゆくはこの村を出て、真っ当な人生を送ってほしいというのが我ら大人の思いでしてなぁ……読み書き等を覚えれば、どこか大きな町に出て、商会や役所で雇ってもらうこともできるじゃろうと思いましてな……まだ数は多くありませんが、実際に町に移住した若い者もおりますじゃでな」
「成程ねぇ……ところでこうして見ると、人間族以外の種族もぼちぼちいるみたいだな。人間族の村って話じゃなかったっけ? 」
「この村は、ご覧のとおり街道からは隠れておりますじゃが、たまには迷い込んで来る者もおりましてじゃな……中には他種族もおりますのじゃ。もう村ができてから十年にもなりますんで、他の種族もそこそこの数になりましたのじゃ」
「来るものは拒まず、ってとこか? 」
「流石にタチの悪い者にはお引き取り頂いておりますじゃ、幸い村にも腕に覚えがある者もそこそこおりますじゃでな。ただ話をしてみると、確かに脛に傷がある者も少なくないのですじゃが、そういう者でもそれぞれに事情があったりして、やむを得ずという場合がほとんどでしてなぁ……そういった者を受け入れてきたのですじゃ」
「なるほどね」
「ただ、最近はちょっと人が多くなりすぎておりまして、頭を抱えておりますのじゃ」
「何でだ? 村民が増えることは別に悪いことじゃないだろ。統制がとれなくなってきたとかか? 」
「いえ、他に行く当てもない者が多いこともあって、村民はエイデン達を中心に良くまとまってはおりますじゃ。ただ……食料が不足がちになっておりますじゃ」
「畑を広げればいいだけじゃないか? それに人数が多ければ、その分狩りとか採取でとれる量も稼げるだろ? 」
「それがそうでもないのですじゃ。これ以上村を拡張すると、街道から見つかる危険が大きくなりすぎますのじゃ。我らの多くはお尋ね者じゃから……狩りや採取も、あまり遠くまで行くのは危険ですから、人数をかけただけ収穫が増えるわけではないのですじゃよ」
「あー、なるほどな」
「村を分割することも考えておりまして、エイデン達に新しい村の建設地を探してもらっておるのですじゃが、ここのように都合の良い土地はなかなか見つかっておりませんで……」
「ああ、お前らがあんな所にいたのはそういう理由か」
ユウヤはエイデンに話を振る。
「ああ、そうだ。あんな目に合わされるとは思わなかったけどな……まぁ、結果的にはそのおかげでこの村を救ってもらったんだけどよ」
「あんな目? どんな目にあったんじゃ? 」
村長は不思議そうな表情で口を挟む。
「あ、いや、その……」
しどろもどろになるエイデンを、更に村長が問い詰める。
村長がしつこく問い詰めるうちに、エイデン達は渋々ながらユウヤとの成り行きを白状した。
村長は泣きそうな顔で嘆息する。
「何故そんなことをしたのじゃ……我らはお尋ね者には違いないが、追剥などでは断じてないぞ! 」
「……すまねぇ。ただよ、状況は村長が一番よくわかってるだろう? ガキどもを飢えさせるわけには……いかねぇんだ」
「確かにそうじゃが……イサム殿」
村長はユウヤの方に向き直り、深々と頭を下げた。
「申し訳ございません。何とお詫びを言ってよいやら……全ての責任はこの儂にありますじゃ」
「あぁ、事情も聞いたし、終わったことだ。少ーしばかり痛めつけたから、それでケジメってことでいい」
「痛めつけた? 五対一で、ですか? 五人もそこそこ腕に覚えがあるはずですが……」
それを聞いたエイデン達は顔をしかめる。
「そうなんだが……正直、五人がかりでも全く歯が立たなかった。完全に子供扱いというか……」
「そうで、ございますか……イサム殿、こやつらの無礼、重ねてお詫びしますですじゃ。しかも、そんな事があったにも関わらず、あれほどの食料を提供していただけるとは……」
「構わんよ。こっちにもちょっと事情があってだな」
「どのような事情が? 」
「あー、それはちょっと勘弁してくれ」
流石に自分が食糧庫焼失の一因であるとは言いにくい。
「……しかし、困りましたな。これほどまでに良くしていただいたのに、こちらとしては何もお返しできるものが……そうじゃ。もし受けていただけるのなら、この村の新しい長となっていただくのは……」
「それはちょっと勘弁してくれ。俺には仕事もあるし、婚約者もいるんでな」
「そうでございますか……それは残念ですじゃ。イサム殿なら、必ずやこの村をいい方向に導いてくれると思ったのですじゃが……。ところで、イサム殿は何の仕事をしておられるのじゃ? 」
「実はここから少し離れたところに、村というか、町を建設する計画があってだな……その関係の仕事ってところだな」
村長のみならず、ユウヤの周りにいた村民たちはにわかに顔を曇らせる。
「それではイサム様は、どこかの国のお役人様ということですか? それでは儂らは……」
「まぁ、役人というわけじゃないが……似たようなもん、かな。とは言っても、別にアンタらを捕まえようとか罪に問おうとか、そういう事はないから安心してくれ。もしそうなら、食料を分けてやったり、倉庫を建ててやる必要なんかないだろ? 」
「確かに、それはそうですじゃが……しかし、この近くに町ができるとなると、この村の存在も遠からず……」
「バレるだろうな」
「……それでは儂らは……どうすれば……」
「そう心配するな。これも何かの縁だし……今どうするとまでは言えないけど、アンタらのことは何とかするよ。これでも結構な立場にいるんでな」
「……それは、信じてよいのでございますか? 」
「もちろんだ。どうしたらいいか決めるのにしばらく時間はもらうが、絶対に何とかするから、安心して待っていてくれ。……ただ、間違ってももう追剥とかはするなよ」
「と、当然だろ。おかげで食糧問題は解決したんだし、やる必要もねぇよ」
エイデンが苦々しげな顔で返し、周りにいた者たちは苦笑する。それからも宴は延々と続き、ようやくユウヤが城に帰ったのは、未明になってからのことだった。




