模範試合
大勢の兵に取り囲まれる形でできた即席の会場の真ん中に、カイシャン・ハーンとツァンフェイ王太子、それと成績優秀者らしき三名が待っていた。竜人族が二名、エルフ族が一名だ。
カイシャン・ハーンが声高らかに宣言する。
「数多おる兵の中から、見事に勝ち抜いた三名の強者たちよ、実に見事であった。三名の勇戦を称え、その強い希望に従い、これより模範戦闘を三試合行う」
周りの兵士達が、一斉にどっと沸く。
「まず第一試合は、三位となった竜人族クィン・シュウバオ対シェンノン王国王太子、ツァンフェイ。第二試合、準優勝した竜人族ユゥ・チーゴン対カレドニア王国大将軍、オリバー殿。第三試合、優勝者エルフ族ジャン・ルイ対我、シェンノン国王カイシャン」
周りの兵士からまたもや大歓声が上がる。
「まず第一試合だ。クィン・シュウバオとツァンフェイ以外は下がれ。我が審判をする」
言われた二人とカイシャン以外が兵士の輪の中に入る。
「双方とも準備は良いか……それでは、始め! 」
二人は構えを取ったまま手を出さず、お互いの周りを回り始める。
戻ってきたオリバーにユウヤが話しかける。
「何だ、俺の試合はないのか」
「流石に貴公とでは戦いにもならんだろう。これは罰じゃなくて副賞だからな。それより貴公、この戦い、どう見る? 王太子殿下とは戦ったことがあるんだろう? 」
「あの時はいきなり竜型になられたからなぁ……よくわからん。ツァンフェイ殿下って、そんなに強いのか? 」
「カイシャン陛下は別格とすれば、竜人族一の戦士と言われてるな」
その瞬間双方が動き、激しい斬りあいが始まった。
クィン・シュウバオと言う竜人族も、王太子を相手にして一歩も引かない。二人とも相手の攻撃を躱したりいなしたりということはあまりせず、真正面から剣と剣が撃ち合い、相手を制圧せんとする、いかにも膂力に秀でた竜人族らしい戦いだ。いつ果てるともなく続いた。
「素早さは互角だが、力も体力も、僅かずつ王太子が勝っている。そろそろだな」
ユウヤがポソッと呟き、オリバーが頷く。
長く続いた互角の撃ち合いだったが、少しずつ王太子が押し始める。一度バランスが崩れ始めると、終わりは意外と早いものだった。
渾身の一撃で体勢を崩したクィン・シュウバオの頭上で、王太子の剣がぴたりと止まる。
「……参りました」
同時に、カイシャン・ハーンが片手をあげる。
「そこまで。……また腕を上げたな、クィン・シュウバオ」
「なんの……殿下が技を使わず、撃ち合いに付き合っていただきましたからな。まだまだ未熟にて」
「うむ、更に励むがよい。二人とも、良い戦いであった。下がるがよい」
二人が下がるとともに、オリバーとユゥ・チーゴンが進み出る。
ユウヤの方に歩いてきた王太子が、息も整わないまま話しかけてきた。
「ユウヤ殿、久しいな」
「お久しぶりです。良い戦いでした」
「お世辞でも嬉しいぞ。っと……次の試合が始まるな」
カイシャン・ハーンの合図で、第二試合が始まった。
「第三位であれだと、あのユゥ・チーゴンという者も相当強いのでしょうね」
「ああ、我でも五本に一本は取られるからな。ただ相手があのオリバー殿だからなぁ、どうであろう」
開始の合図から、ユゥ・チーゴンは剣を正眼に構え、オリバーの周りをゆっくりと回り始める。対するオリバーは、剣を大上段に構え、移動はせずにユゥ・チーゴンの方向に向き直るだけだ。
「やはり、いささか段が違うようだな」
そう呟く王太子に、ユウヤも相槌を打つ。
突然オリバーがユゥ・チーゴンに突進し、一瞬にして間合いを潰しざま、大剣を思い切り振り下ろす。
とっさに剣を合わせたユゥ・チーゴンであったが、そのままオリバーの火の吹くような連撃が始まった。ユゥ・チーゴンはあっという間に受け太刀一方になり、それでもしばらくは耐えていたが、体勢を崩した瞬間に狙いすましたオリバーの一撃であっさりと剣を飛ばされる。
「そこまで」
カイシャン・ハーンが宣言する。ユゥ・チーゴンはオリバーに助け起こされながら、
「ここまで差があるとは……陛下、ふがいない戦いをしてしまい、申し訳ありません」
「いや、結果ほどに差があるわけではない。ただ慎重になりすぎて、オリバー殿の最初の大振りの一撃を受けきれなかったのが致命的であったな」
「うむ、最初の一撃をきっちり受けられたら、俺とて苦戦させられただろう」
「お心遣い、ありがたく……今一度、修業しなおします」
「うむ。ユゥ・チーゴン、ご苦労であった。下がるがよい。オリバー殿は審判をお願いできるかの? 」
「はっ。ジャン・ルイ、出番だぞ」
呼ばれたジャン・ルイが、ゆっくりとした足取りで歩み寄る。その両腕には小手がはめられており、どちらの小手にも60cm程の木製の刃が取り付けられていた。
「歩き方一つとっても只者じゃないですね、あいつ。それにしても変わった武器だな……あれで、どんな戦い方をするんだろう」
呟くユウヤに王太子が答える。
「奴が戦うのを見ていたのだが……剣技というより格闘術だ。体勢を地表すれすれといっていい程低く保ってだな、素早い動きで幻惑しつつ、あの刃で斬りかかったり、場合によっては蹴りや投げなども使っておった。見慣れぬ戦法というのを差し引いても、あれはやりづらかろう。さすがに父上が負けるとは思えぬが……」
第三試合が始まると同時に、ジャン・ルイはカイシャン・ハーンに躊躇なく突っ込んだ。
(速い! )
ジャン・ルイは一瞬にして間合いに入り込むと、斬撃を右手の剣で受けざま、左側の剣でカウンターを取りに行く。カイシャン・ハーンは半身を引いて躱すものの、間髪おかず次の攻撃が襲い掛かる。
両者は頻繁に立ち位置を入れ替えながらも、激しい斬撃を続ける。
「ここまでとは……父上が受け一方だぞ。あの父上の強力な斬撃を受け、体勢一つ崩さず、あんなに速く反撃し続けられるのは何故だ」
唸る王太子に、ユウヤは解説する。
「スタンスを極端に広くとることで重心を低く保っていること、あの手甲で、斬撃を重心の近くで受けていることが大きいですね。しかも、素早い動きで僅かずつ芯を外して受けています。陛下が相手だと、とんでもない技量が必要なことですが……ただ」
「ただ? 」
「陛下が動きはともかく、いささか剣速を押さえているのではないかと。狙ってますよ」
「む……」
二人の斬りあいは、二人の剣速の速さと運速の激しさも相まって、どこか剣舞のような美しさを帯びながらも延々と続く。周囲の兵たちもこれ以上なく盛り上がっていた。
しかし終わりは唐突にやってきた。凄まじい速さで撃ち合っていた中で、カイシャンが一瞬更にに急加速し、ジャン・ルイの受け太刀をわずかに逸らし、ジャン・ルイは僅かに体勢を崩す。
ジャン・ルイもさるもの、一瞬にして体勢を立て直したが、その首筋にはすでに剣が突きつけられていた。周囲から爆発したかのような大歓声が上がる。
オリバーが片手をあげる。
「そこまで」
ジャン・ルイはその場でカイシャン・ハーンに膝を折る。
「参りました。お見事にございます」
「いや、汝こそ実に見事であった。こう言っては何じゃが、エルフ族にここまでの強者がおるとはの……驚嘆の限りじゃ」
「いえ、陛下には遠く及びませぬ。私としては最高の速さをもって戦っておったのですが、一段階落として対応されておったとは……」
「速さ自体は汝の方が上じゃ。対捌きの巧みさで何とか対応できたが……まぁ、年の功といったところかの。ところで汝、我が国に来ぬか? 相応の待遇を約束するぞ」
「大陸最高の強者と名高い陛下にそのような言葉を賜るとは、光栄の極みでございますが、アクィタニアに捧げしこの身でございますれば」
「……残念じゃが、仕方あるまいの。まぁ、近いうち我が国に遊びに来るがよい。其方ならいつでも大歓迎じゃ」
「ありがたき幸せ。いつか必ず伺います」
その場で、簡単ではあるものの表彰が行われた。上位数名に賞金が入った重い袋が渡される。
周りの兵士は大歓声を上げていたが、その中に不満そうな声があった。
「ユウヤ様は戦われんのですか? 」
その声に辺りは一瞬静まり返ったが、すぐに兵士たちが騒めき始める。
「ユウヤ様は魔導士だろう? 」
「そうだ、あのとんでもない魔法を……」
「いや、カイシャン陛下を模擬戦で下したのを我はこの目で見たぞ」
「何だと! 」
「オリバー閣下を下したという噂があったが……」
「大陸最強の二人を倒した? そんな馬鹿な……」
「ここで戦ってみればわかるのでは? 」
騒ぎは段々大きくなり、それは徐々にユウヤの戦いを望む声となっていく。
収拾がつかなくなりそうになってきたところを、カイシャン・ハーンが片手をあげて制した。
「皆の気持ち、あいわかった。確かに、ユウヤ殿は最高の剣士であるが……どうするかの。我でもオリバー殿でも、相手を務めるのは……」
オリバーはユウヤの方を見て、ニヤリと笑う。
「陛下、私に考えがございます。王太子殿下、こちらによろしいですか? クィン・シュウバオ、ユゥ・チーゴン、ジャン・ルイ、お前たちも来い」
集まった六人は円陣のようになり、何やら話し出した。
ユウヤはため息をついて見守る。
(オリバーの笑みが黒かったな……何を話してるかわかんないけど、どうせ禄でもないことなんだろうな)
話し合いが終わったようで、カイシャン・ハーンが片手をあげて話しだした。
「ではこれより、ユウヤ殿の模擬戦を行う。相手は我、オリバー殿、ツァンフェイ、クィン・シュウバオ、ユゥ・チーゴン、ジャン・ルイの六人がかりじゃ。ユウヤ殿は受け太刀と寸止め以外の斬撃は禁止じゃ。あと、我らのみ強化魔法もありとする」
「陛下、六試合やれってことでしょうか? 」
「いや、一試合じゃぞ? 一対六で」
ユウヤは唖然とする。
「はぁ? いくら何でもハンデがおかしくないですか? 」
「ほぅ、これでも足らぬか? やっぱり、もう少しこちらの人数を増やした方が良いかの? 」
「……いや、いいです」
カイシャン・ハーンの号令の下、一対六の模擬戦闘が始まった。
六人は一斉にユウヤに群がり、剣戟の雨を降らせてくる。
(無茶苦茶なハンデつけやがって……正面がオリバーと王太子、クィン・シュウバオが右、ユゥ・チーゴンが左か。ジャン・ルイは隙ができたところから随時……ってところか。本命は陛下だな。常に背後をとる動きをしてきてるから、これを一番警戒して……って、いくらなんでも手数多すぎるだろ、これ! )
流石にこの六人が相手、しかも受け太刀と寸止めのみとなると、さすがのユウヤも受けに回らざるを得ない。
ユウヤは包囲をされないように激しく動き回りながらも、振ってくる無数の剣戟を受け止め、あるいは躱し続ける。
(いくらなんでもこれじゃ、長くは持たないぞ……崩すとすれば……少し引き気味の陛下とジャン・ルイよりも、正面四人からか? 四人のうち技量的には……)
それまで下がりながら受け一方となっていたユウヤは意を決して前に出ると、正面の四人の剣を前転して躱しざま、一瞬にしてクィン・シュウバオの首筋に剣を突き付ける。
「クィン・シュウバオは敗退だ、下がれ」
オリバーは宣言しつつも、他の四人と共になおも厳しくユウヤを攻め続ける。
(一人倒してもそこまで変わらないか……次はユゥ・チーゴン狙いだな。こいつを倒せば少しは先が見えてくるだろ)
ユゥ・チーゴンに狙いを定めたユウヤは、一層激しくなる無数の斬撃をなんとかいなしながら、隙を伺う。
長い忍耐の末、その時が来た。ユウヤは左側に僅かに空いた隙間に無理やり体をねじ込み、〇○〇の頭に剣を振り下ろす。
しかし、唐竹割り寸前で剣を止めたその瞬間、ユウヤの首筋に戦慄が走った。
「!? しまっ……」
後ろ襟を掴まれたかと思うと、ユウヤは一瞬にして後方に投げられていた。
空中で何とか体勢を入れ替え膝立ちで着地するも、既にユウヤの目の前には何本もの剣が降りかかってきている。
「ちいっ!! 」
思わずユウヤが横薙ぎにした剣が、オリバーと皇太子の剣を切り裂いていた。
「そこまで! 」
カイシャン・ハーンの声が響く。
「え!? 」
「ユウヤの反則負けじゃ。受け太刀と寸止め以外は禁止じゃからな」
「あ……」
オリバーがユウヤを助け起こす。
「六人がかりでこれだけかかるとはな。しかし陛下、作戦通りでしたな」
「作戦? 」
「うむ、一対六というだけでは心もとなかったからの。本命はジャン・ルイの投げと決めておった。ユウヤ殿が見てない攻撃じゃったからな。他の動きは全てジャン・ルイへの警戒をさせないための陽動じゃ。我が背後を伺い続けたのも、竜人族の二人が倒されたのもな」
「……一対六で、そこまでします? 」
「よく言うわ。現に良い勝負だったじゃろうが」
カイシャン・ハーンの言葉に、場がどっと沸く。今一つ納得いかない表情のユウヤをよそに、即席の剣闘会は大盛況のうちに幕を閉じたのであった。




