苦渋の決断
ユウヤ達が議場に着いた時には、既に出席者の殆どが集まっていた。
魔導士の一人が観測結果を報告する。
「ここ数日、魔導士軍団の総力を挙げて魔力の流れを追っていたのですが、大変なことが判明しました」
「勿体ぶらずに結論から述べよ」
「はっ。オグボモショ王城から膨大な魔力が継続的に流れ出しておりまして、その行先は2か所。まず、今我らの目の前にある、オグボモショを覆う結界です」
「確かにこれだけの結界を維持するには、大量の魔力が必要であろうからな。そういえば、ユウヤ殿とフェイ殿はそちらの調査に向かったはずだが、どうであった? 」
フェイが答える。
「あれだけの規模であるにも関わらず、並みの攻撃ではビクともしない強大な結界です。ユウヤ様の攻撃であれば貫通はするのですが……」
「貫通するなら問題ないではないか」
「いえ。驚くべきことに、この結界は自己修復力があるのです。ひとたび貫通しても、次の瞬間には貫通された部分が修復され、元通りになるようです」
「なんと……! そのような結界、聞いたこともないぞ」
「うむ、何とかして破壊する手段を講じねばならぬが……」
何人かが意見を出したが、最初に魔力の流れを報告した魔導士に遮られる。
「お話を遮り申し訳ありませんが、今一つの魔力の流れる先について、先に報告させていただきたい。実は、問題なのはこちらの方でして」
「続けよ」
「こちらの魔力の方が強大なのですが、その流れる先は、チャド盆地にございました」
「チャド盆地? 何故あんなところに? 」
「どうやら……魔力の歪みを、無理やりこじ開けようとしているようです」
その瞬間、議場はにわかにざわつき始めた。
「魔力の歪みは消滅したのではなかったのか!? 」
「確かに殆ど消滅しておりますが、未だに残滓とでもいうべきものが若干残留しております。これも本来なら数か月をかけてゆっくり消滅するはずのものでしたが、オグボモショからの魔力がこの残滓に干渉を始めておる様子です」
「……このまま放置した場合、どうなる」
「最も蓋然性が高いのは、おおよそ一か月後、次元に大穴が開くということかと」
「次元に、大穴? ……歪みではなく? 」
「はい。歪みであれば、ある程度魔界の眷属が吐き出されれば閉じるものなのですが、大穴が開いてしまえば、もはや自然に閉じる事はないかと。最悪、魔神が出現する可能性すらございます」
その瞬間、議場が水を打ったように静まり返った。暫く発言をする者もいなかった中で、ウィリアム12世が絞りだすように問いかける。
「……その情報……間違いないのか? さして観測期間もとれなかった状況でもあるし……」
「……残念ながら。チャド盆地には先の会戦で観測装置を幾つも埋め込んでおり、精密な観測が可能でございました故」
「……何と、いうことだ」
ウィリアム12世が天を仰ぐ。他の出席者も、頭を抱える者、嘆息する者、隣と小声で話をする者など、様々だ。
「大穴が空くことを防ぐことはできぬのか? 」
「すでに魔導士軍団が対応を始めておるのですが、先程の一か月という期間は、それも織り込んだうえでのものになります」
「おかしいではないか! 今この地には各国から選りすぐった魔導士が集結しておるのだぞ!? 幾らダッバレミめが不世出の魔導士とはいえ……」
「確かにおかしいのですが、現実としてオグボモショから流れる魔力量は、我が軍の魔導士全員のそれをはるかに凌駕しております」
「それほどの膨大な魔力、何処から調達しておるのだ? しかもそれを今から一か月もの間、維持できるというのか? 」
「……それは……残念ながら、わかりませぬ」
議場に重い沈黙が流れる中、エカラデルハン7世が呟く。
「城内の魔法陣……消えた者たち……まさかとは思っていたが、あれ、しか考えられぬ」
「エカラデルハン7世殿、何か心当たりでも? 」
「あるのだ。膨大な魔力を生み出し、それを蓄積する方法が」
驚いたフェイが王に話しかける。
「そのような方法、我らカネム・ボルヌの宮廷魔導士にも伝わっておりませんが? 」
「さもあろう。最悪の禁忌ゆえ、王族の限られた者のみに、半ば伝説の形で伝わっておるのみ故、な」
「どのような方法なのですか? 」
「……儀式を通して人間を供物とし、その魔力のみならず、肉体から魂から、その存在全てを膨大な魔力に転換するという方法だ。また儀式の方法を少し変えることで、魔力を膨大に保管できる特別な魔石を得ることも可能だという」
「そ、そんな方法が……」
「ダッバレミは王城を占拠した後、王族に伝わる書物からその存在を知ったのであろう。具体的な方法までは書かれておらぬのだが……奴は卓越した魔導士、それを自力で編み出した……それ以外にこれだけの魔力を調達する方法など、考えられぬ」
「人体そのものを魔力に転換できると仮定しても、これだけの魔力を生み出すとなると、理論上は数百人の生贄でも足らぬと思いますが? 」
「会戦の前の偵察で、チャド盆地の住民が悉くオグボモショに移動させられたはずだが、それ以降の消息が不明だと報告したのは汝等であろう? 彼らは何処に行ったのだ? 」
「あ……」
またも、重苦しい沈黙が会場を包む。しばらくはしわぶき一つ聞こえなかったが、その沈黙を破ったのはカイシャン・ハーンであった。
「魔力が途切れぬ可能性が高いこと、このままなら一か月後には次元に穴が開くことは分かった。ならば、我らのなすべきことは、沈黙する事でも、ましてや嘆くことではなく、対策を練ることじゃ。一つの方法として、次元の穴が開き、魔界の眷属が再び出現した時に、ユウヤ殿にまたあの『隕石』を使ってもらうというのはどうじゃ? 」
直ちに宮廷魔導士が反駁する。
「残念ながら非現実的です。会戦の際には出現する魔界の眷属の数には限りがありましたが、大穴が開いた場合はそうではありませぬ故」
エカラデルハン7世は苦渋に顔を歪め、声を震わせながら言葉を絞り出す。
「もはや……『隕石』を、ここオグボモショに落とす……しかないかもしれぬ。あの忌々しい結界も、流石に『隕石』であれば……」
フェイが顔面蒼白になって立ち上がる。
「お待ちください! それでは、オグボモショや周辺に居住する民が……」
「……わかっておる! 」
「王たる陛下が、民を見捨てるというのですか? 」
「では聞くが、他に手があるのか……? 次元の穴が開いた場合、もはや我が国だけの話には留まらぬのだぞ。これは、大陸全土、いやこの世界が滅ぶかどうかという話なのだ……」
「……」
エカラデルハン7世は消え入りそうな、震える声で続ける。
「確かにこのような決断、あってはならぬ。あってはならぬのだ……しかし、それでも決断せねばならぬのであれば……その決断は、カネム・ボルヌ王たる余が下すしか……」
「お待ちください」
議場全ての目が、突然発言をした者に集まる。それはユウヤであった。
「一つ、試してみたい手があります」
「ユウヤ殿……どのような手があるというのだ? 」
「やってみなければわかりませんが……実は、私だけならおそらく、オグボモショに潜入できるのではないかと思います」
「何!? 結界は破壊できなかったのであろう? どうやって潜入するというのだ!? 」
「ご存じの通り、私は以前オグボモショに潜入したことがございます。そして私は『転移』が使えます」
「……『転移』か……! 確かに、その手があったな。しかし『転移』では、せいぜい数名しか潜入はできまい? 数人が潜入できても、その後どうするというのだ? 」
「魔力を保管するために魔石が必要と聞きましたが、膨大な魔力を保管しているのなら、大量の魔石を使った、魔力を集積している場所があるのでは? それを破壊するのです」
「魔力の集積場と言うべきものは、確実にあるであろうな……確かに一つの手ではあるかもしれぬ……しかし、あまりにも危険にすぎよう」
フェイが身を乗り出す。
「何も、一人で行かなくてもいいのでは? 数人程度なら移動させられるのでしょう? 」
ユウヤは首を振る。
「それはそうなのですが、隠密行動が前提となると、数人で行っても危険が増えるだけです」
「しかし……ユウヤ殿、既に其方は十二分に貢献してくれた。これ以上、其方一人に負担を負わせるのは……」
「お気遣いはありがたいのですが、神々から与えられた私の使命は、魔界の眷属のみならず、魔王ダッバレミの打倒です。そして、それは未だ果たされておりません」
「しかし……城内は当然厳重に警備されておろう。潜入などできるのか? 」
「私はアーティファクトの機能を使い、姿を消すことができます。このように」
ユウヤはガラハッドに魔力を込める。
「なっ!? 」
「ユウヤ殿が……消えた!? 」
にわかに会場が騒めいているところに、ユウヤは再度姿を現す。
「加えて、最悪の場合、私なら『転移』で即時脱出することもできます。破壊工作にはうってつけかと」
「む……」
そこからも議論は暫く続いたが、他に方策が見つかるわけでもなかった。発言する者もいなくなったところで、カイシャン・ハーンが口を開く。
「議論は出尽くしたようじゃな。では今後の作戦じゃが……ユウヤ殿はオグボモショ城に潜入し、魔力の集積場を破壊。魔導士軍団は引き続き、チャド盆地における次元の大穴への対処。他の者はこのままオグボモショを包囲し、ユウヤ殿が結界を解除出来れば総攻撃。これでよいか? ユウヤ殿にばかり負担を押し付けて申し訳ないが……」
もはや異議を唱える者などなく、作戦は決定したのであった。




