再会
二人が偵察の報告を終わったところで、エカラデルハン7世は簡素な仮の玉座の上で小さく安堵のため息をつく。
「まずは、二人共よく無事に戻ってきた。偵察に行っておる間、気が気ではなかったぞ」
「お気遣い恐れ入ります。今少し詳細に調べたいところだったのですが……」
「いや、十二分である。確かに儀式のことなど、気になる所は多々あるが……現時点では調べようも、対策の打ちようもあるまい。チャド盆地を最高精度での観測することが可能となり、既にオグボモショに悪魔が召喚されていたことだけでなく、その数と級も把握できたとなれば、期待以上だ。これ以上を望むのは贅沢というものであろう。これである程度、戦略を固める事もできよう。二人とも、大儀であった。下がって休むがよい」
その数日後。砦の中をうろついていたユウヤは、後ろから肩を叩かれる。
振り向くと、大柄な武人が懐かしい笑顔を向けてきていた。
「久しぶりだな、貴公。全ての『試練の迷宮』を首尾よく突破したと聞いたぞ」
「来てたのか、オリバー」
「当然だろう。これでもカレドニア王国大将軍閣下、だからな。さっきまで六王国の将軍級で会議をしていたところだ」
「これは失礼いたしました、閣下」
二人は顔を見合わせて呵々大笑する。
「貴公、軍議が始まるまではやることもなかろう? それまでは俺の幕舎に来んか? 飯は糧食しかないが……実は秘蔵の酒を持ち込んである」
オリバーがニヤリと笑う。
「これはこれは……是非ご相伴に預からせていただきたい、閣下。しかし、陣中にそんなもん持ち込んでいいのか? 」
「まあ陣中のことで、深酒というわけにもいかんが、少しはな」
オリバーの幕舎で話し込む二人。二人の間のテーブルには琥珀色の液体で満たされた、繊細な美しい細工の施された瓶が鎮座している。ドワーフのブランデーの中でも名高い逸品らしく、その香り高さ、甘く深い味わい共に、その美しい瓶の形にも増して見事としか言いようのないものであり、当然酒は進み、それにつれて話もまた進む。
「貴公、アンジェラ様が会いたがっておったぞ、なかなか隅に置けんな。まあ、ここには来ておられぬが」
「冷やかすなよ。元気にしておられるのか? 」
「ああ。魔界の眷属との戦いが近づいていることもあって、最近表情の方は固いがな。前にお転婆と言ったのは嘘じゃないんだが、実はあれで『カレドニアの賢姫』と謳われるほどの政治手腕がおありでな、最近は魔王の件もあって、かなり忙しくしておられる」
「そうか……戦いが終わったら、またお目にかかりたいものだな。……ところで話は変わるが、さっき六王国の将軍級と会議してたって言ってたよな? まだ集結してない国もあったんじゃないのか? 」
「軍勢はな。主な将軍級と参謀は先発しておってな、既にこの砦に集結しておる。そろそろある程度の方針を決めておかねばならんからな」
「なるほどな。で、方針とやらは決まったのか」
「うむ、最終的な決定ではないが、概ねの所はな。機密事項ではあるんだが……貴公は知っておいたほうが良かろうな。俺の権限で、教えておこう。まず地形なんだが……」
オリバーは紙に図を描きながら説明する。
「このラゴス砦より少し南下した所に、ヨルバ平原というのがあってだな、ヨルバ平原の西北の端と、さらに南の首都オグボモショはアビジャン回廊という細く長い回廊で接続されている。アビジャン回廊の真ん中あたりには、東に分岐する道があって、チャド盆地というだだっ広い盆地に繋がっている。宮廷魔術師達の観測では、魔界の眷属が召喚されるのは、このチャド盆地らしい。戦場はここいらあたりだな」
「地形はこの前一通り見たから知ってる。で、作戦はどうなっているんだ? 」
「我ら人間族、エルフ族、ドワーフ族の三種族の混成軍団がヨルバ平原の南西、アビジャン回廊の出口辺りに布陣し、回廊から出てきた反乱軍を討つ。百体程度の悪魔がいると聞いたが、三種族でかかれば何とかなるだろう。それとは別に、各王国の宮廷魔導士と魔族で構成された魔道軍と、竜人族軍がヨルバ平原の南、平原とチャド盆地を隔てる山脈の北に配置される。魔道軍が遠隔で大規模な『爆破』で召喚された魔界の眷属を攻撃した後、竜型となった竜人族軍が山越しに突撃する。竜型になれば山脈は飛んで超えられるからな」
「遠隔で大規模な『爆破』? 」
「ああ、貴公は儀式魔法を知らんのか。大勢の魔導士が協力し、魔法陣を駆使することによって、遠隔地で魔法を発動させたり、規模を拡大させることができるんだ。六王国全ての宮廷魔導士軍と魔族の総力をもって発動する、空前の規模の『爆破』だ、さぞ見物だろうよ。無数の魔界の眷属とて、ただでは済むまい。もっとも、山脈に阻まれて見ることは出来んだろうが」
「天使族はどうするんだ? さっきの話には出てこなかったが」
「天使族はばらけて各軍に配置される。天使族は戦闘こそ得意じゃないんだが、『治癒』については他族の追随を許さんからな、衛生兵として活躍してもらう」
「なるほどな……で、俺はどこに配置されるんだ? 」
「実は……決まっておらん。個としての貴公の力が卓越したものということは各王国とも把握はしておるが、軍同士の戦闘だからな、どう配置したらよいのか、誰も把握しておらんのでな。軍議の席ではその事も議題となるから、貴公自身も自身がどのような役割を果たすべきか、考えておいた方がいいだろう。貴公にどの程度の力があるのか、本当にわかっておるのは貴公だけだからな」
「そうだな」
その後もとりとめもないことを、夜遅くまで話し込む二人であった。
「ユウヤ」
夜遅くまでオリバーと話し合い、やっと寝入ったユウヤの頭に響く声。
(……ん? 誰だ? )
ユウヤが目をこすりながら見ると、そこは寝床ではなく、何度も見た、6柱の神が並ぶ光景であった。慌てて姿勢を正すユウヤ。
「……報告がないわよ、ユウヤ。見てたから知ってるけど」
何故か不機嫌そうに話すのは、黒い衣を着た闇の神エレシュキ神だ。
「あー……失礼しました。今いる砦には神殿がないものですから」
「……まぁ、いいわ。とりあえず、『試練の迷宮』は無事終えたようね」
「おかげさまで」
「魔法の収斂の技も身につけたようだし、魔界の眷属の力も測れたわよね。あれは来るべき戦いで償還される魔界の眷属としては、最強格よ。来るべき戦いの役に立つような魔物をわざわざ選んであげたんだから、感謝しなさい」
「ありがとうございます……4階のリッチ、多少気の毒な気もしましたが」
「……リッチに気を使う人間なんて始めて見たわよ。アレについては、こっちに考えがあるから同情はいらないわ。それよりも……地味って何よ、地味って」
エレシュキ神は指でテーブルをコンコン叩く。
「は? 」
「アーティファクトのことよ。折角あなたのために手間暇をかけて創造してあげたのに、『地味』の一言で片づけるなんて、ふざけてるの? 」
「あー……申し訳ありません」
「もういいわよ。ちょっと腹は立つけど、私は寛大だから許してあげるわ。いいこと? あのローブの銘はガラハッド。ローブとはいっても、そこらの鎧とは比較にならないほどの防御力も備えてるわ。不壊……というか、破れたりしないこと、闇属性に高い耐性があることは他のアーティファクトと同じね。特殊能力なんだけど、魔力を込めれば、あなたは誰からも認識出来なくなるわ」
「見えなくなる、ということですか」
「もちろん見えなくなるけど、それだけじゃなくて『探索』とか、それに類する魔道具からも身を隠せるの。ただし、見えなくても触れることはできるし、誰かが触れた時点で効果は切れるから、そこは注意してね」
(そういうことなら、偵察の前に教えてくれれば……)
心の中で愚痴るユウヤに、聖の神マルドゥクが口を開く。
「さて、これで全ての『試練の迷宮』を無事突破し、汝はその過程で必要な学びを得た。もはや、来るべき魔界の眷属との戦いにおいて不安はないと我らは考えておるが、どうじゃ? 」
「では一つだけ。六王国軍はチャド盆地に召喚される魔界の眷属に、まずは遠隔で大規模な『爆破』で一撃を加えるという作戦らしいのですが、先日戦った悪魔には『爆破』が全く効かなかったようでした。この作戦が有効なものなのかどうか、教えていただきたい」
「ふむ……」
炎の神ギビルは顎に手を当てて少々考えると、ユウヤに答える。
「……いかに大規模とはいえ、『爆破』では心もとないであろうな。汝の申した通り、将軍級には効果がないであろうし、隊長級も無傷とは言わぬが、戦闘力を奪われるまでには至らぬであろう。ある程度の損害を与えはするだろうが……」
「……やはり……」
「何を悩むことがある? 汝には、より強力な魔法があろうが」
「それはもしかして、『隕石』……ですか? 」
「そうだ。わかっておるではないか」
「第5階梯の『爆破』さえあの威力だったので、怖くて今まで使えなかったんですが」
「確かに、あれは戦略級の魔法であるからな、どこでも使ってよいものではない。ただし、今回の戦い、魔界の眷属共が湧くのはチャド盆地であろう? あの場所なら山脈に阻まれ、盆地外に破壊が広がることはなかろうし、将軍級の悪魔とてただでは済まぬほどの破壊力もある」
「それなら、収斂をした『隕石』なら」
「収斂など、間違ってもしてはならぬ! 汝がそれをやると、国の半ばが地殻ごと破壊されかねぬわ」
「えぇ……わ、わかりました。ご助言ありがとうございます」
マルドゥク神が立ち上がる。
「ではユウヤ、6柱の主神の名において、改めて命ずる。来るべき戦いにおいて、六王国軍と連携して魔界の眷属を撃ち滅ぼし、然る後、元凶たるドゥナマ・ダッバレミをも打倒するのじゃ。これらが果たされた時をもって、今の生における汝の使命は全うされたものとする」
「はい。必ずや」




