潜入
二人はチャド盆地の端の山裾に降りると、観測装置の設置を始めた。
子供一人程度の大きさがある観測装置を埋め込む必要があると言っても、ユウヤの『整地』にかかれば、設置に大した時間がかかるわけでもない。
二人は発見されないよう、警戒しながら山裾の林の中を飛びつつ、順調に観測装置を設置していく。
「ところでフェイさん、さっきから気になってることがあるんですが……」
「何でしょうか? 」
「ずっと『探索』を使ってるんですが、盆地のどこにも人がいないようなんですよ。村落は所々にあるのに……」
「私も違和感は感じてましたが……全くいないんですか? 」
「そのようです。このあたりだけではなく、盆地全体に人っ子一人いないようです」
「……それは、確かにおかしいですね。チャド盆地は穀倉地帯で、それなりの人口があるはずなんですが……魔界の眷属の召喚を避けるために避難させられた? ……あのダッバレミが住民の命に配慮するとは到底思えないのですが……」
「情報収集の際に、このことも聞き込んだ方がよさそうですね」
無事観測装置の設置が終わった二人は、『飛翔』で山脈伝いに飛び、チャド盆地とアビジャン回廊を繋ぐ谷まで入った。
「この辺で降りましょう。ここから一時間も歩けばアビジャン回廊に合流します。合流地点には宿がありますので、そこで一泊しましょう。馬も借りられるはずです」
二人は地上に降り、アビジャン回廊に向けて歩き出した。
「歩いている間に、設定を決めておかないと」
「設定? 」
「ここからは聞き込みなどもしないといけませんので、私たちの素性が何か、二人の関係は何か、偽名はどうするか、といったことです」
「なるほど、確かに」
「そうですね……素性は幼馴染の冒険者仲間ということにしましょう。冒険者なら、あちこち旅をすることはよくありますし、素性なんてあってなきがごとしですからね。で、国の南方を暫く回っていたけれども、出身地のチャド盆地に戻ってきたら誰もいなかった、ということで」
「チャド盆地出身? 」
「チャド盆地の事を聞く理由ができるでしょう? 幼いうちに離れたから、知り合いもほとんどいないし、出身の村もわからないということにすれば、バレる事もないでしょうし。ここまではいいですか? 」
「結構です。後は名前ですね。私は『イサム』とでも名乗りましょうか」
「『イサム』? ……聞いたことがありませんが、魔族は変わった名前も多いので、まあいいでしょう。私は……フェイのままでいいでしょう。ありがちな名前ですし」
「名前はいいとしても、魔族の首都に行くのなら、フェイさんは顔を知られてるのでは? 」
「そのことなら、問題ありません」
そう言ってユウヤの方を見たフェイの顔は、明らかに別人のそれであった。
「あれ? 」
「私は魔道具で変装できます。ユウヤ様が王女殿下から賜ったペンダントと似たようなものですね。あとは……言葉遣いは砕けたものにしましょう。冒険者が敬語など使うわけがありませんし」
「わかりまし……いや、わかった」
フェイの言ったとおり、二人が一時間ほど歩くと、宿屋が見えてきた。
「えらく寂れてるなぁ。ここに来るまで一人もすれ違わなかったし」
「宿屋がやってるだけ良かったわ。とりあえず入りましょ」
宿屋は閑古鳥が鳴いていたものの一応営業は続けており、首尾よく部屋と馬を借りることができた二人は、遅い夕食を取っていた。
「すまないねぇ。もう少しいい物を出してやりたいんだけど、最近行商人もあまり来なくて……ベーコンは自家製だからそれなりに自信があるけど……」
カウンターの女将が申し訳なさそうに言う。言うだけあってベーコンだけはなかなかのものであったが、他は……しなしなになった野菜に酸っぱいエールと、あまり有難くない代物であった。
「最近行商人が来ないってのはどういうことなんだ? 」
「ほら、チャド盆地の人がまとめて避難しちまっただろ? 国境の方は封鎖されちまってるしさ。そりゃ行商人も来なくなるわよねぇ。それまでは、この辺りも活気があったんだけど……」
「チャド盆地の人が避難? なんで? 国境の方はわかるけど……」
「なんだ、知らないのかい? 国境の方でもうすぐ戦争が始まるらしくって、お偉いさんの命令でチャド盆地の人たちも王都の方に避難する事になったらしいよ。私もそろそろこの宿を閉めて避難しようかと思ってたところだよ。あんたらが来るのがもう少し遅かったら、今日は野宿だったかもね」
「やっててくれてよかったよ。ただそういうことなら、確かに女将さんもとっとと逃げたほうがいいな。ご馳走様」
明日に備えて、早めに床に入る二人であった。
次の日、オグボモショに向かって馬を駆る二人。予想していたことではあるが、回廊に人の姿は殆どなく、二頭の蹄の音だけが響いている。
「やっぱり移住させられてたか」
「変ねぇ……昨日も言ったけど、あの魔王が住民を避難させるなんて考えられないんだけど……それに、チャド盆地の人全員を受け入れる場所なんて、オグボモショにもあるとは思えないし……」
「オグボモショから各地に少しずつ割り振ってるのかもしれないな。他の可能性もあるかもしれないけど……いずれにせよ、オグボモショで聞き込みすればわかるだろ」
「……そうね」
そのようなことを話しながら、夕方までひたすら進んでいくと、日が陰るころようやくにして、夕日を浴びながらもただ闇のように黒い城壁と、その向こうに、やはり黒い城らしき建物がはるか向こうに見えてきた。
「あれがオグボモショよ。何とか日が完全に落ちるまでには着きそうね」
城門では大した検査もなく、すんなりとオグボモショに入ることができた。
「戦時中にしちゃ、随分警戒が緩いな」
「農民達が帰ってくる時間と重なったのが良かったみたいね。城から出る人達はかなり厳重に調査されてたみたいよ。数が少なかったせいかもしれないけど」
「とりあえず、宿を決めないとな。当てはあるのか? 」
「任せてもらっていいわ。地元だし」
そう言ってフェイに連れられて行ったのは、かなり大きい宿屋だった。名は「五色亭」というらしい。
とりあえず二人は部屋に落ち着く。
「随分と大きい宿だな」
「ええ、王都で一番大きい宿ね。さっき見たと思うけど、一階が大きな酒場になってるの。情報収集には打ってつけかと思って。前ほどは客がいないようだけど……ちょっと、当てが外れたかもね」
「まぁ、それはしょうがない。それより、作戦って程でもないんだけど……俺は常人より五感が鋭いらしい。『思考加速』も使えば、一階の酒場程度なら、誰がどんな会話をしてるか、大体把握できると思う。だから、最初は隅の方で全員の話をこっそり聞いてから、気になる話をしてる奴に寄っていこうと思うんだけど、それでいいか? 」
「そんなことまでできるの? 全く、ユ……イサムは……。いいわ、じゃぁそれで行きましょ」
一階の酒場には、フェイの言葉とは裏腹に、そこそこ客が入っていた。多分以前はかなりの客が入っていたのであろう。
隅の方のテーブル席に陣取り、ちびちびとエールをやりながら、肴のチーズを齧るユウヤ。
隣では、フェイがやっぱりエールを喉に結構な速さで流し込みながら、ナッツを口に放り込んでいる。
(フェイさん意外と呑兵衛なのか? まぁそれはいいとして……なるほど、このエールは悪くない。このチーズもエールに会うな。味は濃過ぎず、かと言って旨味自体は強い。これなら確かに、これだけ広い店でも満員になっておかしくない……いやいや、そんな場合じゃなかったな。そろそろ始めるか)
こっそり『思考加速』を使った上で、耳を澄ませるユウヤ。普通ならザワザワとした喧騒にしか聞こえない会話を、意味の分かる会話一つ一つにより分けていく。
『……うちのカミさんが機嫌悪くてよ、こっちに逃げてきちまったよ……』
『……この一杯のために生きてるなぁ……』
『……最近の景気の悪さはどうにかならねぇのか? 』
『うるせぇよ、この野郎! 』
『……やっぱり戦争になるのかねぇ……』
『……この店も、最近客が減ったよなぁ……』
『……あいつ、何処に行ったんだかなぁ……』
「……こいつらかな。フェイ、行くぞ」
ユウヤとフェイはは立ち上がり、テーブル中央近くの席に移動する。そこでは軽装のレザーアーマーを着た男が三人で仲良く飲んでいた。
ユウヤはそのうちの一人の背後を通る時に、わざと体をぶつける。その弾みで、男が持つジョッキからエールが零れ落ちる。
「おいお前、気をつけろ! 」
体をぶつけられた男が立ち上がる。
「ああ、すまんすまん」
「すまんじゃねぇよ、この野郎! エールがこぼれたじゃねぇか、どうしてくれんだよ。女まで侍らかせやがって、気に入らねえ」
「おい、やめとけよ」
一緒に呑んでいた二人が宥める。ユウヤは銀貨を男の鼻先に出してみせた。
「女がどうこうは知らねぇが、すまなかったな。今日の払いは俺の奢りってことで手を打たねぇか? 」
「奢り? ……全部か? 」
「零れたエールの分だけなんてケチなことは言わねぇよ。今日のあんたら三人の分、これからのも含めて全部だ」
3人の顔がぱっと輝く。
「マジかよ! そんなら何も問題ねぇよ、兄弟! 」
「その代わりとは言わねえが、この街に来たのは久しぶりなんだけどよ、なんか昔と比べてやたらシケてるみたいだが、色々聞かせてくんねぇかな」
「まかせとけ! 俺たちゃ城壁の門番でな、こう見えて事情通なんだよ。おう、座れ座れ、そっちの姉ちゃんも」
「そんじゃ邪魔するぜ。まずは乾杯からだな」
衛兵三人、ユウヤとフェイは乾杯をする。
「さっきも言ったけどよ、この街自体は初めてじゃねぇし、この店にも来たことはあるんだけどよ、大分昔のことなんだよ。前はもっと客がいたと思うんだけどな」
衛兵たちは口々に答える。
「最近不景気でなぁ……ほら、クーデターあったろ。あれからどうもなぁ」
「この店はまだいい方だぞ。閉めちまった店も結構あるぜ」
「王様と一緒に景気も逃げ出しちまったってことよ。ラゴス砦までな」
「王様も気の毒になぁ。俺は嫌いじゃなかったんだが」
「俺はちょっとなぁ。民を見捨てて王族だけで逃げ出したわけだし」
ユウヤはちょっと水を向けてみる。
「不景気ねぇ……チャド盆地に住んでた連中がこっちに避難してるって聞いたけどよ、その分景気が上がったりはしねぇのか? やっぱ難民が増えただけじゃ駄目か」
「ああ……あいつらか。一時は毎日のように来てたんだがな、それも集団で」
「俺たちゃ門番だからよ、あの頃は死ぬほど忙しくってなぁ。少し前に落ち着いたから、もういいんだけどよ」
「やっぱこの街のどこかに住んでんのか? 会いてぇ奴がいるんだけどよ」
衛兵達の目つきが少し剣呑になった。一人が声を潜め、囁くように答える。
「大きな声じゃ言えねぇんだがよ……あいつらが何処に行ったか、誰も知らねぇんだよ。昼に城門から入った連中が、一晩空けたら何処にもいなくなってんだ。夜中に落ち着き先に出発したって聞いてるんだがよ……他の門番に聞いても、どうも要領を得ないんだよなぁ」
「この街で一番大きい建物と言やぁ城なんだが、城でも収容できる人数じゃねぇからなぁ。煙みたいに消えた、てわけでもあるめぇし、外に出たとしか考えられねぇんだけどな」
「消えたと言やぁ、将軍様も一人消えたって聞いたなぁ」
「将軍? 」
「アリーユ・ダッバレミ様が先月、結構な軍勢を率いて南の方に出陣したらしいんだが、これが何処に行ったかわからねぇし、帰ってもこねぇ」
「アリーユ様? ダッバレミ様のお名前はドゥナマ様じゃ……」
「何だ、知らねぇのか? 何処の田舎もんだ? アリーユ将軍はドゥナマ様の弟君だ。ついでに言やぁ、大将軍のガルバ様はドゥナマ様の兄君でな、クーデターが成功したのも、ガルバ様が軍を抑えてたってのが決め手だったらしいぜ」
「ま、俺たち下っ端にゃそんなお偉方のこたぁ関係ねぇけどな」
「そうとも言えねぇだろ。もうすぐ戦争になるって話だし」
「あー、確かに……最近、城の周りが物々しいしなぁ」
「城の周りといやぁ、変な噂があったっけ」
「噂? 」
「それがよぉ……最近城の周りが封鎖されてて、毎日のように軍が演習してるんだけどよ…見たって奴がいるんだよ」
「見たって……何を? 」
「それがよ……夜にな、城の上空に悪魔がいたのを見たって言うんだよ。一時期は結構噂になってたんだが」
「あー、そんな話あったなぁ」
「いつの間にか、誰も言わなくなってたけどな」
「いくら何でも与太だろ、ありゃ。俺達の周りでそれ言ってたの、カビル位じゃねぇか? そういやあのインチキ野郎、最近見かけねぇな」
「悪魔…ね……」
フェイが一人ごちる。そのうち酒が回りすぎたのか、衛兵たちの話は段々とりとめもなくなっていく。段々夜も更けてきた。
「そろそろ帰んねぇとな。随分とご馳走になっちまったな、兄弟。ああ、一つ忘れてた。今この街な、治安維持のために夜間外出禁止令が出てるから、日付が変わってから朝までは外出禁止になってるぜ。衛兵が巡回してっから、気をつけろよ。じゃあな」
「俺達ゃこの宿に泊まるから問題ねぇよ。じゃあな、兄弟。気をつけて帰れよ」




