『魔力の試練』 5
強大なリッチを退けた二人は、ようやく地下5階にたどり着いた。
「これでやっと『試練の迷宮』も終わりか」
「ユウヤは6か所全てを回ったわけだしね」
「ええ、なかなか大変でしたよ。まぁ、本番、魔界の眷属との戦いは今からですが」
「そうね……でも、気を抜くのは早いわよ。4階にリッチがいたことを考えると、5階の『守護者』も、とてつもなく強力な魔物だろうし」
「あまり脅かさないでくださいよ」
ユウヤには既に見慣れた巨大な扉にアディオラ王女が手をかざし、二人は扉が開ききる前に部屋を覗き込む。
そこにいたのは、一見人のような五体を持ちながら、あからさまに人ではない何かだった。貴族らしい豪華な装いを身に纏い、腰には幅広の長剣を佩き、燃えるような真っ赤な髪を奇麗に後ろに撫でつけている。
ただし、3mを超える巨体に載っている頭の左右には黒い、山羊のような角が生えており、背中からは畳んでいても巨大な、蝙蝠のような翼が飛び出している。
顔は赤黒く、大きく裂けたような口からは何本もの、大きく鋭い牙が覗いている。瞳がない目全体が禍々しい赤紫色に光っていた。
「……まさか」
アディオラ王女はゾッとした表情で、ユウヤを後ろに引っ張る。
「どうかしましたか? 」
「強力な魔物、とは言ったけど……まさか、神々のお造りになった場所に、あんな悍ましいモノがいるなんて……」
「あの魔物をご存じなんですか? 」
「魔物というか、魔界の眷属そのものよ。それも、最上位のね」
「魔界の眷属……」
「いわゆる魔界の眷属というのは、悪魔と、悪魔の使役する特別な魔物の総称なの。当然使役する側の悪魔の方が強いわ。あれは、まごうことなき悪魔よ。しかも、あの装い、サイズ、どう見ても将軍級ね」
「将軍級? 」
「将軍級は下級の悪魔を従える魔界の貴族で、私たちがいるこの世界には出てこれない魔神を除けば、最上級、最強の存在よ。来る魔界の眷属との戦いでも、現れて数体程度って推測されてるわ」
(そういえば、エレシュキ神が選り抜きの魔界の眷属を出すって言ってたっけな)
「ちょっとユウヤ、聞いてるの? 」
「ああ失礼。要は、魔界の眷属との戦いにおける敵の大将格ってことですよね。それなら、避けて通れない敵ってことで、今戦うのは望むところですよ」
「……普通は恐れ慄くところなんだけど……まぁいいわ、戦わないわけにもいかないし。悪魔について私が知ってることを教えとくわね。まず、物理攻撃は殆ど効かないわ。リッチみたいに無効というわけじゃないけど、肉体がとてつもなく強靭なのよ。魔法の抵抗力も、とても高いわね。将軍級ともなると、聖魔法を除いて第5階梯までの攻撃魔法は一切効かないと言うのが通説よ」
「物理も魔法も効かないって……無敵じゃないですか」
「聖魔法はある程度通ると言われてるわ。後は攻撃の方なんだけど、剣戟も得意だし、聖魔法以外の各種魔法を使いこなす事ができるわ。結論としては……『結界』や『反射』なんかを駆使して攻撃を何とかいなして、聖魔法で攻撃する……位しか思い浮かばないわ。最も、ユウヤの能力は非常識だから、他の方法もあるかもだけど」
「ご助言どうも。まぁ、とりあえずやってみますよ」
ユウヤが部屋に入ると、悪魔は顔をもたげてユウヤを見る。
「……何だ、人間族か。ここは……どこだ」
「ん? わからないのか? 逆に、どうやってここに来たんだ? 」
「気が付いたらこの部屋に閉じ込められておった。どうやってもこの場から出ることが叶わぬ……貴様が入ってきた扉も、今までは固く閉じられておった」
「それは、ご愁傷様だったな」
「まぁよい……貴様が扉を開いたおかげで、ようやく外に出ることができそうだ。その礼に……貴様の手足を引き抜き、目を潰し耳と鼻を削いで、生きながら内臓を食らってやろう。ゆっくりと、時間をかけてな。せいぜい良い悲鳴を上げるがよいぞ」
「随分と物騒な礼だな……ここから出ることもできない奴にそんなことができるのか? 」
「……人間族風情が、言いおるわ。恐れた様子もないようだな……まともな人間が我と対峙すれば、恐怖のあまり口をきくことも出来ぬはずなのだがな。よほどの愚か者か、身の程知らずか……貴様のその無謀さ、気に入ったぞ。いいものをくれてやろう、ほら」
悪魔がユウヤの方に突き出した手のひらから、白い火花のようなものが飛んでくると、ユウヤの目の前で、目もくらむような閃光と共に爆発を起こした!
「部屋全体を巻き込む大爆発だ。逃げ場もあるまい」
悪魔は爆発の炎と爆風の中、身じろぎもせずにほくそ笑む。しかし爆発が収まってみると、ユウヤは何事もなかったように平然とした顔で立っていた。
「手足を引き抜いて、どうこうするとか言ってなかったっけ? 」
悪魔の顔が不快そうに歪む。
「……貴様、何故生きておる? 」
「何故って、『結界』を使っただけだが? ところで、あれだけ派手な『爆破』を使った割には、そっちも傷一つないようだけど」
「我ほどの格の悪魔になると、『爆破』などは効かぬのだよ。つまり、人間風情の魔法では我に傷一つつける事はできぬということだ。どうだ、絶望したであろう? 」
悪魔が下卑た笑みを浮かべる。
「そうか? じゃあ試してみよう。『聖弾』」
ユウヤの放った『聖弾』は、躱す事もしない悪魔にまともに命中したが、悪魔は平気な顔をしている。
「ほれ、効かぬであろうが」
「成程、傷一つつかないな。しかし、体はともかくとして、服も破れていないというのはどういう理屈なんだ? 」
「この服は魔法に強い素材で出来ておる上、我が魔力がたっぷりと染み込んでおる。人間族の魔法など効きはせぬわ。何なら、もう何発か試させてやってもよいぞ。愚かな貴様が自分の絶望的な状況を理解するまでな」
「そりゃどうも。じゃあ、お言葉に甘えて」
ユウヤはまたも『聖弾』を放つ。ただし、今度は相当の魔力を込めてだ。
「ぬ!? ぐぉっ! 」
目を剥いた悪魔がとっさに上半身を庇った腕に『聖弾』が命中した。服の袖は裂け、腕にも酷い火傷のような痕ができている。
「なるほど、全く効かないわけでもない、と」
「貴様っ!? ……何だ、今のは? 」
「何って……『聖弾』だが」
「ほう……人間族にしては大した魔力だ。誉めて遣わす。だが、たかが皮膚を焼き焦がしたに過ぎぬぞ? しかも、見るがよい」
確かに、悪魔の腕の痕が煙を上げつつ、少しずつ小さくなっていくのがわかる。
「再生能力もある、と」
「そういうことだ。渾身の魔法であったのだろうが、残念だったな。しかも」
悪魔の目の前に光の壁が現れる。
「『反射』も使う。もはや、魔法で攻撃することすら叶うまい? 」
悪魔がニタリと、薄気味悪い笑みを浮かべた。今日一番のドヤ顔だ。
「じゃあもう一発」
ユウヤが次に放った『聖弾』は、『反射』をばらばらに砕き、そのまま悪魔の右肩をあっさりと貫通した!
「ぐぁぁぁぁっ! 」
悪魔が肩を押さえて転がり回る。
(なるほど、やっぱり使えるな、魔力の収斂。このまま倒してしまってもいいんだが……せっかくだからもう少し実験しとくか)
ユウヤはあえて追撃をせず、悪魔の回復を待つ。悪魔が再び立ち上がるまで、一分はかかっただろうか。肩に空いた穴もまだ塞がり切っていない。
「き……貴様、一体何をしたあっ!? 」
「さっきも言っただろう、『聖弾』だ」
「馬鹿な! たかが『聖弾』で我を貫くなど、まして『反射』を破壊するなど、できるわけがないであろう!! 」
「そう言われてもなぁ、実際できてるだろう? それより、ご自慢の再生能力も、大したことはないようだな」
「やかましい! もう容赦はせぬ。一気に決着をつけてくれるわ! 」
悪魔は『加速』を使う。
「人間族ごときの『加速』とはわけが違うぞ。貴様のおかしな魔法も、当たらなければ意味があるまい! 」
「そうかい。じゃあ、魔法を使うのはやめとくか」
ユウヤはおもむろに剣を抜く。
「……貴様、ふざけておるのか? 」
「至って真面目だが」
「人間の武器など、我に効くはずがあるまい……さては、魔力が切れたな? 我の身を貫くほどの魔法、魔力を使い果たしたのであろう? ならば、これからは一方的な虐殺を楽しませてもらおう」
「……そうでもないんだけどな。まぁいいや、行くぞ」
ユウヤは『加速』『思考加速』を使うと、悪魔に突進する。悪魔は肩の怪我が癒え切っていないせいか、両手の長く鋭い爪で迎撃してきた。
自分で言うだけあって『加速』で強化された悪魔の動きは、複雑な足捌きも相まってその巨体にも拘らず非常に鋭く、目にも止まらぬ連撃を放ち続けるが、その全てをユウヤは難なく躱し、捌き、受け止め続ける。
(なかなかの技量だけど、『加速』を使えばなんてことないな)
攻撃が当たらないことにその大きく裂けた口で歯ぎしりしながらも、攻撃の手を休めず、徐々にヒートアップしていく。
「おのれ、ちょこまかと……! 幾ら防ぎ続けても、どうせ貴様の剣など効かぬのだ。さっさと往生するがよい! 」
「そうかな? じゃあそろそろ攻撃いくぞ」
ユウヤは悪魔の攻撃が大振りとなった一瞬をついて背後に回り込むと、その左肩に思い切りアグラヴェインを振り下ろした。
(おっ? )
アグラヴェインは深さ3cm程切り裂いたのみで、鈍い衝撃音と共に悪魔の肉体に受け止められていた。
(物理攻撃が効かないっていうのも嘘じゃなさそうだな。幾らアグラヴェインでも、魔法を込めないとこんなものか)
ユウヤは一旦距離を取る。悪魔は肩の傷を見やると、またしてもニヤリと笑う。
「ほう、我が肉体に傷をつけるとは、……こんな傷を幾らつけても、我は倒せぬがな。その剣、かなりの業物と見た。貴様を殺した後、我が差料にしてやろう。我に剣を献上できるという栄誉に感謝するがよい」
「……そうか。じゃあ、この剣の使い方を教えておこうか」
剣に聖の魔力を帯びて、アグラヴェインは白く輝いていく。
「……何だ? 剣が……輝くなど……」
「この剣は魔力を込めることができてな……もう一撃いくぞ」
ユウヤは不意に悪魔との間合いを詰めると、悪魔の左腕に一撃を入れる。
「がぁぁぁぁぁっ! 」
悪魔が悍ましい悲鳴を上げた。その左腕が宙に舞う。
「こんな、こんな馬鹿なぁっ! わが肉体が、剣で切り裂かれるなど!! 」
「ふーん、斬り落とせはしたが、結構抵抗があったな。やっぱりタフだな」
「貴様、貴様ぁっ!! 」
「長々と実験に付き合わせて悪かったな。次で最後にするから、もう一回だけ付き合ってくれ」
「……実験? 実験だと!? 」
「ああ、言ってなかったか? 今度大量のお前のお仲間さんと戦う予定があってな、どの程度の力があるのか、色々と試させてもらったんだよ。倒すだけなら魔法だけでも倒せてたんだけどな」
「な、な……」
ユウヤはアグラヴェインに魔力を収斂させ、アグラヴェインはその輝きを増していく。
「じゃぁ、お疲れさん」
「ま、待……」
ユウヤがすれ違いざま、横薙ぎに放ったアグラヴェインは、悪魔の首を何の抵抗もなく跳ね飛ばしたのであった。
その場にドサリと音を立てて倒れた首のない悪魔の体と、遠くに跳ね飛ばされて転がった首が煙を上ながら消滅していく。
「最上位がこいつ程度なら、本番も何とかなりそうだな。大量に出てこられると面倒だけど……」
「ユウヤ」
振り向くと、微妙な表情のアディオラ王女が立っていた。
「信じてなかったわけじゃないけど、こんなにあっさりと倒すなんてね。心配していろいろ言った私が馬鹿みたいじゃないの」
「いえ、いただいたアドバイスは結構参考になりましたよ」
「全くそうは見えなかったけど? ところで、何か妙な戦い方だったような気がしたんだけど」
「これから大量の悪魔と戦うことになるので、どの程度の攻撃なら効くのか、試しながら戦ってましたからね。少なくとも将軍級の悪魔に対しては、聖属性の魔法でも収斂なしでは厳しいようですね。あと、第5階梯までの魔法が効かないってのも本当のようですね。『爆破』に巻き込まれても平気でしたし」
「そうね……でもそうなると……収斂なんて使える魔導士がいるわけないし……」
「……ここにいるんですけど」
「そうなんだけど……まぁ、ここで考えてもしょうがないわね。帰って報告しましょ」
小部屋の祭壇に置かれていたのは、一見ただの、真っ黒い布だった。
「……なんだこりゃ」
ユウヤは布を手に取り、広げてみる。布は人一人を包めるほど大きく、そのしっかりとした生地に反して、殆ど重さを感じない。手触りもよく、素材こそ良いもののようだ。ただ、他のアーティファクトにあったような意匠もなく、裏も表も真っ黒である。
「ローブね。ほら、そこにフードがついてるわ」
「ああ、確かに。しかし何というか、地味な……」
「神々の賜いしアーティファクトにケチをつけるのはやめてちょうだい。神罰が下っても知らないわよ。確かに、魔法陣の一つもないというのは不思議だけど……それより、帰りましょう。悪魔の情報を一刻も早く伝えないと」
こうして全ての『試練の迷宮』を巡るユウヤの旅は、ようやく終わったのであった。




