『魔力の試練』 4
「地下4階は魔物が一体だけなのね……さっき、数が少ないと、その分強力な魔物が出るって言ってたわよね? 」
「ええ……地下4階でもありますし、『守護者』に次ぐ強敵の可能性が強いかと」
部屋には、一見魔導士のような存在が佇んでいた。
片手に禍々しく曲がりくねった杖を持ち、複雑な模様の入った黒いローブに全身を包んでいる。
深くフードを被っているためのために顔は見えない。
しかし、空中の一点に固定されたようにに浮かんでいること、周囲に放つ名状しがたい瘴気のような禍々しさが、明らかにただの魔導士などではないことを雄弁に物語っていた。
その手にした杖や、身に纏ったローブも強大な魔力を秘めた、相当の業物であることが伺える。
近づく二人に反応したのか、その存在はゆっくりと顔をもたげる。
その顔は、表情どころか一片の肉もついていない、頭蓋骨そのものであった。
眼球のない落ちくぼんだ眼窩の奥だけが、強い光を放っている。
アディオラ王女の表情が強張り、頬を一筋の汗が伝う。
「……最悪ね」
「あれは……レイスか? 」
「そんな生易しいものじゃないわ……リッチよ。最上位のアンデッド、不死の王」
そこでリッチ、と言われたその存在が口を開いた。陰々とした声が部屋中に響く。
「そなたがユウヤか。……娘の方は、見届け人じゃな」
「……何故、俺の名を知っている? 」
「神に、聞いた」
「何だと? 」
「我はあの忌々しい闇の神、エレシュキに捕らわれ、この場に封印されたのじゃ。如何に魔道を極めた我であっても、さすがに神が相手とあっては、抗う術もなかった。……エレシュキめはこう言いおったぞ。この場に訪れる、ユウヤという者と戦え、と。それが終われば開放してやろうと……な」
「そんなことが……」
「奴めの言いなりになるのは業腹ではあるが、さりとて封印されたまま、というわけにもいかぬ。このように何もない所では、魔道の研究も叶わぬでな……さて、言葉を交わすのはこれくらいにして……後は魔道で語ろうではないか。存分に来るがよい」
ユウヤはアグラヴェインを鞘から抜き放ち、アディオラ王女も杖を構えると、リッチは口を開く。
その顔には肉がないゆえ、表情はよくは分からないが、嘲笑を浮かべたようにも見えた。
「剣か……些か興醒め、じゃの。我にそんなものが通じると思うてか」
ユウヤがアグラヴェインに魔力を通そうとしたところで、脳内に声が響く。
『ユウヤ、聞いて』
アディオラ王女からの念話だ。
『リッチに物理攻撃は効かないわ。でも、ユウヤの剣はただの物理攻撃じゃないでしょう? そこが付け目よ』
『何か作戦があると? 』
『ええ。リッチは魔法攻撃しかしてこないでしょうから、それは私が対処するわ。ユウヤはリッチに張り付いて。私が何とか隙を作るから、例の魔力を込めた剣で、一撃で仕留めてちょうだい。気取られないように、決定的な隙が見えるまでは剣に魔力を込めないでね』
『了解』
そこに、リッチが『火球』を放ってきた。人の使うそれよりも明らかに強力な『火球』であったが、アディオラ王女は難なく『結界』で受け止める。
同時にユウヤ『加速』『思考加速』を使い、リッチとの距離を一気に詰めるとともに斬りかかった。
しかし、ユウヤの一撃は『結界』で難なく止められる。
「武器は通じないんじゃなかったのか? 」
「なに、嗜みじゃ。余裕、と言っても良いかの」
そこからは激しい戦いが始まった。アディオラ王女は各種の攻撃魔法を連発しつつ、リッチの魔法を魔法で相殺し、また『結界』『反射』を使って確実に防いでいく。
ユウヤは魔法に巻き込まれぬよう、常にリッチの背後に回り、剣で攻撃を続ける。
しかし、リッチはアディオラ王女と激しい魔法の応酬をしながらも、ユウヤの攻撃を難なく『結界』で弾き続け、一切の隙を見せない。
激しく、それでいて息の詰まるような攻防が果てしなく続いた。
(アディオラ様も大したもんだな……威力自体も強力だが、それぞれの魔法に強弱をつけたり、軌道をずらしたりして、これだけ強力な相手に一歩も引いていない。おかげでほんの僅かずつ、こっちへの対処が雑になってきてる。そろそろ……)
そこで放たれた、アディオラ王女が今日一番の威力を込めた『風刃』は、軌道をずらしたことによりリッチの『結界』をかすめ、不完全ながらリッチに直撃する。
大したダメージはなかっただろうが、わずかに態勢を崩すリッチ。
それでもとっさにユウヤに向けた『結界』を放つが、その位置は、あるべき位置から僅かにずれていた。
「ここだ! 」
やにわに白く輝いたアグラヴェインの刃が襲い掛かり、リッチの胴体を両断しした!
しかし、その下半身こそ糸が切れたように落下したものの、上半身は大きくよろめきながらも、とっさに巨大な『火球』を自らの目の前の床に放つ。
床に命中した火球が爆発した隙に、リッチは二人から距離を取った。
『……倒したと思ったんですが……』
『アンデッド、しかもリッチはあれくらいじゃ死なないわ。それでも相当の深手よ、これならいけるわ! 』
確かにリッチは、下半身に加えて左手の半ばまでローブごと切り裂かれており、相当の深手を与えたことは一目瞭然であった。
切り落とされた下半身をちらと見つめたリッチであったが、すぐに二人の方に向き直った。その頭蓋骨のみの容貌からは表情を読み取る事はできなかったが、アンデッドゆえに痛覚もないのだろう、特に自らの深手を気にした様子もない。
「……汝ほどの魔導士が、効くはずもない物理攻撃を繰り返すままにさせておったゆえ、一応警戒はしておったのじゃが……成程、魔力を込めた剣、か。とんだ隠し玉もあったもの、じゃな」
「これで均衡は崩れたわ。後は時間の問題ね」
「そう思うのも無理はないが……? 隠し玉があるのは汝らだけ、とは限らぬぞ」
「強がりを……」
「良いものを見せてもらった礼もあるでな……我が魔道の粋、今こそ見せてやろう」
そう言って放ったリッチの『魔弾』を、アディオラ王女は抜かりなく『反射』で迎撃する。
しかし、『反射』に命中した『魔弾』は、反射されずに『反射』ごと爆発した!
「きゃぁぁぁぁっ!? 」
「アディオラ様! 」
ユウヤはアディオラに駆け寄り、『治癒』を使う。幸いにも大したダメージではなかったようだ。
「『魔弾』? でも、『反射』を破壊するなんて、どういうこと!? 」
「魔道の粋を見せると言うたであろう? これは……魔力の収斂という技じゃ。込める魔力の大小で魔法の大きさを上下させるということは汝もやっておったであろう? これはその先の技術でな……魔力の密度を上げることにより、魔法の威力を飛躍的に向上させる技じゃ。我が人であったのは千年も前じゃが、更にはるか昔、人が魔界の眷属に対抗するために編み出した奥義、とされておる」
「……魔力の収斂……聞いたことがあるわ。難易度が高すぎて、とうに廃れた技術だったはず」
「ほう、存じおったか……なかなかに賢しいの。我も人であるころは叶わなかったがの……リッチと化した我には無限の時間があった。そして数百年の研鑽の果てに……遂にこの境地に至ったのじゃ」
「……もしそうなら……対抗する手段は……」
「……わかっておるようじゃな。この境地に至った者の魔法は、相殺することも、『結界』や『反射』で防ぐこと敵わぬ。あまりにも威力が違いすぎるでな。汝ほどの豊かな才能の持ち主であれば、あるいは生あるうちに辿り着くこともできたやも知れぬが……残念ながら今の汝には、対抗する術はない。自分でも、わかっておるじゃろう? 」
「……そんな……」
アディオラ王女が力なくへたり込む。
「汝も、瞠目に値する魔導士ではあったがの……殺すのは惜しいが……見逃すわけにもいくまい。苦しまぬよう、一撃で終わらせてやるのがせめてもの慈悲じゃ……逝くがよい」
リッチが放った一際大きい『魔弾』が、もはや抵抗する気力なくへたり込んだままのアディオラ王女を襲った、その時である。
「『結界』! 」
ユウヤの声に従って、アディオラ王女の前に不意に現れた『結界』に命中した『魔弾』は、通常のそれより一際大きな炸裂音とともに雲散霧消した。
「……ぬ? 『結界』で防がれるとは……久々に使った技故、失敗したか? 」
「いや、そういうことじゃないと思うぞ」
そう言いながらユウヤが放った『聖弾』は、リッチは余裕をもって使った『結界』をいとも容易く貫通し、リッチの頭を霞めて飛んで行く。
「ふぅん……加減が難しいな。もう少し慣れないとな」
「……汝……一体、何をした」
「何って、お前が言ってた魔法の収斂、とやらを試してみただけだ」
「魔法の収斂だと……!? ふ、ふざけるなぁっ!! 魔導士でもない汝が、魔道の極致とも言うべき収斂を使うなど……あるわけがない!! 」
「魔導士じゃないなんて言った覚えはないけどな。それに、実際使えたみたいだぞ? それより悪いんだけど……ちょっと練習台になってくれ」
ユウヤは『聖弾』を連射し始めた。
慣れないためか狙いを外すものも多かったが、それでも大量の『聖弾』がリッチを襲う。
リッチは『結界』や『反射』を重ね掛けし、またユウヤの『聖弾』に対して斜めに『結界』や『反射』を使うことで魔法を滑らせたりと、手を尽くして対応していたが、ユウヤが慣れてくるにつれて、次第にそれすら次第に叶わなくなり、幾つもの『聖弾』が機関銃のようにリッチを貫いた。
残った上半身をローブごと穴だらけにされ、、見る影もなくボロボロとなったリッチの上半身が、ドサッと音を立て、力なく地面に落下する。
「……我の……負け、のようじゃな……」
「なんで『結界』とか『反射』を収斂しなかったんだ? そうすりゃ防げただろうに」
「『結界』の収斂は無理ね」
答えたのはへたり込んだままのアディオラ王女だ。
「リッチはアンデッドだから、聖魔法の『結界』は本来使えないもの。杖に仕込んだ『結界』じゃ収斂するのは無理よ。『反射』の方はわからないけど」
「……そのとおりじゃ、娘よ。『反射』の方じゃが、一旦効果が発生したら消え去る『反射』では、あれほど大量の『聖弾』の迎撃は出来ぬ」
「そういうことか」
「……我の数百年の弛まぬ努力の末、やっとの思いで辿り着いた境地にここまで容易に辿り着かれ、あまつさえ練習台にされようとは……無念じゃ。我の永きに渡る研鑽は何であったのか……我のこれまでの時は、全くの無価値だったというのか……」
「あー、そうでもないと思うぞ。この体は神々が特別に創造したものでな、全属性の全魔法が使えたり、魔力も無尽蔵だったり、色々と規格外らしくてな」
「またしても神か……なんと理不尽な……もう、良い。止めを頼みたい」
「わかった……が、その前に、名前を教えてくれないか? 」
「……何故じゃ? 」
「意図したわけじゃないだろうが、あんたのおかげで強力な技を覚えることができたからな。師……と言わないが、名前くらいは記憶に刻んでおきたくてな。敬意と共に」
「名は……アデバヨ、じゃ。我が人であったころの……とうの昔に捨てた名、じゃがな。姓は……忘れた」
「アデバヨ、か。わかった」
「……そろそろ、送ってもらってよいか」
「ああ」
ユウヤが放った、一際大きい規模と密度の『聖弾』は、アデバヨと名乗ったリッチに残された上半身全体を、一瞬のうちに、塵一つ残さず消し去ったのであった。
「アデバヨ……」
アディオラ王女が呟く。
「どうかしましたか? 」
「いや、なんでもないわ。行きましょう」




