『魔力の試練』 1
地下1階。
「魔物はいないようね。部屋が一つあるきり、と」
自分で『探索』を使ったのだろう、アディオラ王女が独りごちる。
入った部屋はがらんどうだった。
入り口と、開かない出口以外には、床に一つだけ魔法陣があるきりだ。
天井にも壁にも何もない。
ただし魔法陣は直径15m程の巨大なものであり、模様や文字らしきものがその全体にびっしりと、複雑に絡み合って描かれたものだった。
例によって、出口の扉は開かないようだ。
「何もありませんね……この魔法陣をどうにかしろ、ってことでしょうか? 」
「そうでしょうね。ユウヤ、魔法陣の知識はあるのかしら? 」
「いや全く。……いっそのこと、この魔法陣をぶっ壊す方が早いかも」
アディオラ王女が呆れた顔をする。
「バカ言わないで。魔法陣の中には、攻撃に対する罠を織り込んだものもあるのよ」
「……そうなんですか? 」
「ええ、特にこれだけの魔法陣となると……十中八九、何か仕込まれてると思った方がいいわね。それにしても、素晴らしい魔法陣だわ。こんな大きさなのに、これほど精緻な模様がびっしりと……しかもこんなに美しい構成で……」
うっとりするアディオラ王女。
「えーと……アディオラ様? 」
「あ、そうだったわね。『収納』」
アディオラ王女はおもむろに魔法を使う。
「紙とペン、ですか」
「魔法陣の解析をしてみるわ。時間はかかるかもしれないから、ユウヤは待ってて」
アディオラ王女は魔法陣を調べ始める。
魔法陣の各所に移動し、指でなぞり、時にメモを取り、首を傾げたり頷いたり……ということを延々と続ける王女を、退屈さと気まずさが入り混じった気持ちで見つめるしかないユウヤ。
(何もしないのもあれだけど……知らないものはどうしようもないしなぁ。話しかけるのも邪魔だろうし……)
そうして一時間が過ぎたころ、アディオラ王女がゆっくりと立ち上がる。
「大体解析が終わったわよ」
「お疲れさまでした。で、どうなんでしょうか」
「まず、今のままで発動するのは、攻撃された時の罠だけね」
「つまり、本当に罠があったということですか? 」
「そうね。魔法陣を攻撃したら『爆破』が起動する仕掛けよ。起動したら、二人とも木っ端微塵だったわね」
「それは……危なかったですね。おかげで助かりました」
「それはいいんだけど……他にも問題があるわね。まず、省略されてる部分があるわ。多分意図的なものね。省略部分を補完することが試練ってことね」
「何とかできそうですか? 」
「ええ、何か所か補完すれば大丈夫そうだから、こっちは問題ないわ。ただ……もう一つ問題があって、深刻なのはこちらの方ね」
「その問題とは? 」
「魔法陣に魔力が残っていない、ということね。魔法陣は作成の時に魔力を込めて、その魔力を使って効果を発揮するものなのだけど、この魔法陣には『爆破』分の魔力しか込められていないの」
「今から魔力を込めればいいのでは? 」
アディオラ王女は肩をすくめる。
「それはその通りなんだけど……どうも必要な魔力がとてつもなく膨大、らしいのよね。それこそ今込められている魔力の十倍、下手したら数十倍の魔力が必要よ」
「……そうなんですか」
「ええ、困ったわね……『試練の迷宮』は入れるのは私達だけだから、他人に協力してもらうわけにもいかないし、二人だけで魔力を補充するとなると……何か月かかるか、想像もつかないわ」
「……うーん……では、とりあえず省略部分の補完をお願いしてもいいですか? 後のことはまた考えましょう」
「そうね。とりあえずは補完しましょ。少し待ってて」
今度は『収納』で筆とインク壺を取り出すと、アディオラ王女は魔法陣の中を歩き回りながら、各所でしゃがみ込み、魔法陣に書き込みを始めた。真剣そのものの表情で、ずれたり間違ったりしないようにだろう、慎重に補記をしていく。
「こんなところね」
三十分を過ぎたころ、アディオラ王女が立ち上がった。
「後は魔力を込めるだけね。まぁ、それが問題なんだけど」
「やり方がわかれば、とりあえず自分がやってみます。魔力には自信がありますんで」
アディオラ王女は魔法陣の真ん中に小さく描かれた六芒星を指さす。
「じゃあとりあえずお願いするわね。ここに手を当てて、魔力を込めるだけでいいわ。……そういえば、ユウヤは『爆破』を一人で使えるって言ってたわね。それほどの魔力があるなら、うまくいけば二週間くらいで終わるかもしれないわ」
ユウヤは六芒星に手を当て、魔力を込め始める。
(手加減はいらないよな……そういえば、全力で魔力を込めるのは初めてか? )
ユウヤは今まで魔法を何度も使ってきたし、その時込める魔力も強くしたり弱くしたりはしていたものの、それはあくまでも相対的にということであり、全力で魔力を込めるという経験は今までなかった。正確には、とんでもない結果になるのが怖くてできなかったということだが。
魔法陣は魔力を際限なく吸っていく。
(どんどん魔力が流れていくのがわかるな……それにしても、俺の魔力ってどれくらいあるんだろうな。神々は無限みたいなことを言ってたけど。魔力が枯渇……どころか、減るっていう感覚自体経験がないしな。魔力が枯渇したらどうなるんだろうな……死んだりとかするのか? もしそうなら……ん? )
ユウヤは魔力を注ぐのを止めて、立ち上がる。
「そろそろ魔力の限界かしら? 」
「いや、出口の扉が光り始めました。通れるようになったんじゃないかと」
アディオラ王女が光る扉を押してみると、果たして扉は音もなく開いた。
「確かに開いてるわ……おかしいわね、魔法陣を読み間違えたかしら? 」
アディオラ王女は魔法陣に手をかざす。
「……信じられない。魔力が完全に充填されてるわ……と言うことは」
「と言うことは? 」
「ユウヤは人間じゃない、ということね」
「えぇ……それは酷くないですか? 」
「正確には、ユウヤの魔力量は、人間のそれとは次元が違うってこと。何なの? あなた……」
「まぁ……特別製の肉体を与えた、と神々に言われましたからね」
「やっぱり人間じゃないじゃない。……まぁいいわ、おかげでこの階を突破できたんだし。でも……魔法を使うときはよく気をつけてよね。信じられないけど、あなたの魔力は少なくともうちの国の魔導士全員の魔力を合わせたよりはるかに大きい、みたいだから」
「……はい」




