『魔力の試練』への旅
砦に入ったユウヤ達は、早速国王に謁見する。
魔人の国王ということで、ローブに身を包んだ老人を想像していたユウヤだったが、実際は良く鍛えこんでいるのであろう、均整が取れた体形をした壮年の人物だった。
短く刈り込まれた髪にカイゼル髭、軍服がよく似合っている。
ただしその頬は些かこけており、眉間には深いしわが刻まれている。
「そなたがユウヤ殿、であるな。カネム・ボルヌ王国国王、エカラデルハン七世である。……とは言っても、王城を乗っ取られた今、半ば亡国の王のようなものだがな」
「ユウヤでございます」
「本来ならそれなりの供応をすべき所だが、残念ながらこの砦ではそれも叶わぬ……せめて旅の疲れをしっかりと癒してから、『魔の試練』に取りかかるがよい」
「事情お察し申し上げます。疲れを癒すなどと申さず、すぐにでも取り掛かりたいのですが」
「……すまぬ。くれぐれもよろしく頼む。見届け人であるが……アディオラはまだか!? 」
「今人を遣っているところでございます。今しばらくお待ちを」
王の側に控えていた人物が答える。
「先に説明しておこう。見届け人を務めるのはアディオラ、余の娘である。親の欲目ではないが、魔法の腕は宮廷魔導士、それも上級クラスの者に匹敵し、聖以外の5属性を使いこなし、魔道具や魔法陣の知識も瞠目するものがある。必ずや其方の助けになるであろう」
そこに、王座の後ろの入口から女性が入ってきた。
緩くウェーブを描きつつ腰まで流れる濡れ羽色の髪に象られた幾分小さめの顔に、長いまつ毛で飾られた切れ長の目、すっきりと通った細めの鼻、ぷっくりとした形のよい深紅の唇がバランスよく配置され、左のこめかみから頬にかけて魔族特有の模様が入っている。
漆黒の、体にぴったりと合ったドレスに包まれたその体は、たやすく折れてしまいそうな細い腰の上下が大きく盛り上がっており、その顔も併せて、ゾクゾクとするような色気を放っていた。
(……なんか凄いのが出てきたな。体全体から妙なフェロモンでも放ってそうだ……あの胸、スイカか何か入れてるんじゃないのか? )
「アディオラ、遅い! 」
「ごめんなさい、軍務が忙しくて……あら」
多少怒気を孕んだ声の国王を軽く受け流し、アディオラ王女の真っ赤な瞳がユウヤを見つめる。
「あなたがユウヤね。私は見届け人のアディオラよ。よろしくね」
「よろしくお願いします。お忙しいとのことですが、『試練の迷宮』にはいつ頃向かいますか? アディオラ様に合わせますが……」
「それは流石に最優先よ。明日にでも行きましょう」
翌日、ユウヤとアディオラ王女は、『試練の迷宮』へ向かう馬車の中にいた。
アディオラ王女は、昨日とは一転して黒いローブに身を包んでいた。黒いとは言っても、ローブのいたる所に金を始めとして、様々な色の糸で複雑な模様が施されているため、地味なものではない。
「随分と繊細な模様の入ったローブですね」
「この模様は魔法陣になってるの。ローブなんかに魔法を仕込んで、戦闘に役立てるっていうのは私達魔族の基本なの。身だしなみと言ってもいいかもね。例えばこのローブには、『加速』とか物理、魔法攻撃への耐性といった効果があるわね」
「攻撃への耐性? そんな魔法はないと思いますが」
「魔法陣の模様とか、色々な素材を使うとかして魔法の性質を変化させて、本来の魔法とは異なる効果を持たせるっていうのは、魔法陣や魔道具の基本であって肝なのよ」
(そういや、そんな話聞いたな)
「『結界』とか『反射』とかを仕込むって方法もありそうですが」
「ローブは体全体を覆うものだから、『結界』とか『反射』みたいな魔法を込めるのは無理があるわね。何処にどういう大きさで出すか、精密なコントロールができないのよ。『反射』は私もそうだけど、魔族の魔導士なら大抵は使えるから魔道具とかを使う必要はないし」
アディオラ王女は『収納』を唱え、王女の身長程もある、長い杖を取り出す。王族の持ち物らしく、繊細で美しい細工が全体に施されている。
「『結界』はこれに仕込んでるわ。これも基本ね。『結界』は戦闘には欠かせない魔法だけど、魔族で聖属性の魔法を使える者は少ないしね。私も使えないわ」
アディオラ王女は再び『収納』を唱えて杖を仕舞いこむ。
「ところで昨日伺いましたですが、アディオラ様は自ら軍務に関わっておられるのですか? 」
アディオラ王女はため息をつく。
「クーデターの時に亡くなったり、ダッバレミに着いたりして、深刻な人手不足なのよ」
「それは……大変ですね。魔法の腕は王宮魔導士並みと伺いましたが」
「それなりに自信はあるわよ。流石にダッバレミには敵わないけどね」
「そういえば、奴は元々宮廷魔導士ということでしたね。ご面識は? 」
「あるわよ……というか、一時期しつこく言い寄ってこられてたわ」
「その様子だと、良くは思っていなかった、と」
「ええ。立場が違うから横暴なことはされなかったけど、私が王女じゃなかったらと思うとゾッとするわね。ガリガリに痩せてて、目だけがぎょろっとした不気味な小男ってのはまだ許せるとしても、死霊術とか悪魔関係とか、ロクでもないものばかり研究してる高慢で根暗で不潔な性格の悪い男なんていくら何でも願い下げよ。幾ら魔法の腕があってもね」
「言い寄られてたのはいつ頃のことですか? 」
「3年位前からね」
(……確か、数年前から取りつかれたように研究するようになったって聞いたような……まさかね……この話はしない方がいいな)
「ところで、ユウヤは全ての魔法を使えるって聞いたけど、本当なの? 」
「そのようですね。使った事がないのもありますけど」
「あらもったいない。なんで使わないの? 」
「魔法の修業は殆ど独学に近かったんで、効果がよくわからないものもあったり……あと、多分強力すぎる魔法もありますし」
「強力すぎる魔法? 」
「火の第6階梯、『爆破』っていう魔法があるんですが」
「確かに強力な魔法ね。私も使ったことがあるわ。でも、場所を選べば試せないってほどでもないんじゃないかしら」
「いや『爆破』は使ったことがあります。小さな島から海に向かって使ったら、高波が起きて流されそうになりました」
「それは……そうなるでしょうね」
アディオラ王女はくすくすと笑う。
「で、使ったことがないのは『爆破』の上、火の第七階梯の魔法でして」
「火の第七階梯? 魔法の名さえ伝わってないわね。どういう呪文なの? 」
「『隕石』という呪文です。名前どおり、隕石を降らせる呪文らしいのですが、『爆破』ですらあれだけ強力となると……」
「……それは確かに、怖くて使えないわね。失伝したのもそれが理由かもしれないわ……ところで、さっき独学って言ってたけど、『爆破』はどうやって使ったの? 」
「……え? 普通に使いましたが? 」
「何人かで協力しないと『爆破』なんて発動しないでしょ? 」
「一人で発動できましたけど? 」
「……それは普通とは言わないわ。あなた、どれだけ魔力があるのよ」
「……この体は特別製らしいんで」
「まぁいいわ。期待させてもらうわよ。『試練の迷宮』も、その後もね」
「はぁ……お任せください」
それからも二人は魔法関係の話題で盛り上がったが、『試練の迷宮』は砦からかなり近いところにあったようで、話が尽きる前にたどり着いたのであった。
二人は巨大な扉の前に佇んでいた。ユウヤにとっては既に見慣れた光景だ。
「これが最後の『試練の迷宮』か」
「そっか、ユウヤは他の『試練の迷宮』を全部回ったんだったわね。で、この大きい扉、どうやって開けるのかしら? 」
「アディオラ様が扉に手をかざせば開きますよ」
アディオラ王女が手をかざすと、いつも通り扉がゆっくりと開く。
「……魔法陣があるわけじゃないのね。この扉自体が魔道具なのかしら? 」
魔道具に通暁していると言われただけあって、扉に興味津々な様子のアディオラ王女。色々な角度から扉に目を凝らしたり、手を当てて何ごとかを呟いたりしている。
「……えーっと、お気持ちはわかるんですが……」
「あ、こんなことをしてる場合じゃなかったわね。行きましょ。この先に何があるのか、楽しみになってきたわ」
そう言うと、アディオラ王女はそそくさと階段を下りていくのであった。




