魔人族の国へ
出立の日。
「ユウヤ様、無事にご使命を果たさんことを。ご武運を祈っております。そしていつの日か、米料理のコンクールの際にはまたこの国にお越しください。必ず実施しますので」
「はっ」
女王への挨拶を終え、外交官と共に馬車に乗り込む。
外交官の名は、ミカエル・コニアテス。ヴィキ王女のように小さくはないにせよ、かなり若く見えるのだが、実際は外交官として長く勤めており、経験も豊富らしい。
馬車が動き始めてすぐ、ユウヤは忘れていることがあると気づいた。
「あ」
「どうされました? ユウヤ様」
「すまないが、街を出る前に神殿に寄ってもらえないか? 神々に報告をしとかないと」
「わかりました。ユウヤ様は信仰に篤くていらっしゃるのですね。感心なことです。神々もそのお気持ちに必ずやお答えになることでしょう」
(……実際に神々と話をしてるとは、思いもつかないだろうなぁ)
神殿は街のはずれにあった。
広大な前庭には、入り口から奥の方まで通じる真っすぐな幅広の水路があり、水路の両脇に白く美しい幾何学模様の入ったタイルで舗装された通路が配され、そのまた脇には花壇が整備されている。
はるか奥には巨大な、白く輝く神殿が鎮座していた。建物自体は流石に球形ではないが、一番上はドーム状になっている。その両側には街でも見たような、球形を積み重ねたような高い塔が数本聳え立っていた。
白一色ながら、美しい大理石と彫刻によって他国のものにも勝る壮麗さを具現しているその威容に圧倒されながらも、ユウヤは建物に入り、祈りをささげる。
と、いつもの通り、目の前に6柱の神が鎮座していた。
声をかけてきたのは、やはり光の神マルドゥクである。
「大儀じゃったの。まぁ順調じゃったな」
「……見届け人の負担が大きすぎると思いましたが」
「確かに、あの王女には少し厳しかったかもしれんの……じゃが試練である以上、ある程度の苦労はしてもらわねばならんでの。汝が何とかするとは思っておったし、実際何とかなったじゃろ? 汝自身、王女の良い経験になったと、女王に申しておったじゃろうが」
「まぁ……そうですが。それはそれとして、『守護者』について……黄金竜なんかもそうでしたが、魔界の眷属はあんなに強力なのですか? あんなのが大量に出てくるとなると、相当厳しいと思うのですが。私だけが戦うわけでもないようですし」
「魔界の眷属どもは数こそ膨大となるじゃろうが、単体では『守護者』には及ばぬよ。ただ、汝は色々なことを覚え、どのような事態にも対応できるようにならねばならぬゆえ、『試練の迷宮』の難易度をそれなりのものにしたまでじゃ」
「それなり……でしたかねぇ。まぁ、少し安心しました」
そこで、黒い衣を着た女神が口を開く。闇の神エレシュキ神だ。
「そろそろ、実際に戦う相手も知っておいた方がいいわね。『魔の試練』に配置することとしましょう。魔界の眷属どもの中でも、選り抜きの者をね」
「……うむ、そうしてもらおうか。後は……そうそう、アーティファクトについての説明が必要じゃの。汝が新たに手に入れた鎧の銘はガウェイン。不壊と、聖属性への強力な耐性を備えているのは他の物と同じじゃ。ああ、耐性はあくまでも攻撃魔法に対するもので、『治癒』などを妨げることはないからそこは安心するがよいぞ。あと特殊能力じゃが、環境に対する耐性じゃな。暑さや寒さは言うに及ばず、強風、毒霧など色々なものから体を守ってくれるゆえ、過酷な環境の下でも不自由なく動けるようになるじゃろう。……そろそろ時間じゃな。『試練の迷宮』も残り一つ、その後はいよいよ魔界の眷属との戦いゆえ、気を引き締めて望むがよいぞ」
「はっ」
馬車は一路、魔族の国カネム・ボルヌに向け進んでいく。
「カネム・ボルヌの首都はオグボモショ、だったっけ? あと何日くらいかかるんだ? 」
「ユウヤ殿、確かに首都はオグボモショですが、そちらには向かいませぬぞ」
「そうなのか? 」
「オグボモショはかの魔王、ドゥナマ・ダッバレミめに占領され、彼奴の本拠地となり果てておりますので。これから向かうのは、我ら6王国連合軍の最前線であるラゴス砦という所です。この砦には現在魔族軍に加え、人間族軍、天使族軍が駐留し、魔王めの軍勢に備えております。魔族の王族の方々もこちらにおられます」
「そうだったか。ところで、魔族とは一人しか会ったことがないんだけど、どういう種族なんだ? 」
「見た目としては、体格は人間程度、浅黒い肌をしており、燃えるような真っ赤な瞳、体のあちこちに刺青のような模様が入っております。この模様は魔法を使う際に、込めた魔力量に応じて青白く光ります。またその名のとおり、六種族の中で最も魔法に秀でております。魔力量も多く、彼らの属性たる闇属性に加えて多種類の属性の魔法を使える者や、高階梯の魔法を使える者も多いですね。流石に闇の反対属性である光属性を使える者はあまりおりませんが。ああ、光属性と言えば、かの魔王めは全ての属性の魔法をを使えると伺っております。全属性を使える者など、伝説の中でしか聞いたことがありませんでしたが……」
(ここにもいるんだがな。まぁ、俺は事情が特殊だしな)
「それに加えて、彼奴は魔力量も人並外れ、使える魔法も多い上、魔法陣や魔道具にも通暁しており、宮廷魔導士の中でも将来を嘱望されていたようです。年若いゆえ、位階はそれほど高くなかったようですが」
「それが、どういう経緯で魔王になったんだ? 」
「何やら、数年前のある時期を境に、憑りつかれたように研究をするようになったと聞いております。それも、何と申しますか……禁忌とされるような類の研究にのめりこんでいったようで……国が処分を検討し始めた矢先、突如として数十体の魔界の眷属を召喚し、軍の上層部の半ばと呼応してクーデターを決行しました。相当の血が流れたのですが、王と一部の王族は今から行くラゴス砦まで何とか落ち延びた、という次第です」
「軍の一部が協力した理由は? 元々何か火種があったとか? 」
「特に政争があったわけではないようですが、軍上層部に魔王めの兄弟が二人ほどおりまして……」
「幾ら軍上層部といっても、二人だけではどうにもならないんじゃ? 」
「巷では、かの魔王が兵士を洗脳なり、操作なりしたのではないかとも囁かれています」
「そんな魔法はないだろう? 」
「その通りですが、魔法陣や魔道具はその限りではないかもしれません。特にあの魔王めは、先程申しましたように、禁忌にかかる研究に傾倒しておりましたので……」
「そうなのか? そっちの知識は全くないんだけど」
「魔法陣や魔道具というものは、複数の魔法を組み合わせたり、特定の素材を用いたりして、通常の魔法とは異なる効果を生むことができるものなのです。現在のところそのような魔法陣や魔道具は知られておりませんが、彼奴ほどの魔導士であれば、あるいは」
国境門を越えた翌日、建物が見えてきた。
各国の王城には些か及ばないものの、相当に巨大な建造物だ。ただし砦らしく、ユウヤがそれまで見てきた巨大な建造物と違い、飾り一つない無骨そのものの造りである。その高くそそり立つ壁は全ての光を吸い込むかのような不気味な漆黒をしており、高所には無数の狭間が穿たれている。それら全てをもって訪問者を威圧するかのように、その建物は屹立していた。
ある程度近づくと、砦の周りに無数の軍隊が駐留しているのが見えてきた。かなり物々しい雰囲気だ。
「あれがラゴス砦です。まだ我が国もカネム・ボルム王国もない遠い昔に建造されたものと伝わっておりますが、その堅牢さは大陸随一とも言われております。」
「随分と大きいな。それにしても、何で真っ黒なんだ? 」
「あれは石そのものの色です。封魔石と申しまして、魔法防御に秀でた石です。王城もあの石で出来ております」
駐留している軍隊から数騎の騎馬が駆けてきた。先頭の騎士が声高に誰何する。
「誰か! 」
「エピルス王国が外交官、ミカエル・コニアテスである。証明はここに。国王陛下にお取次いただきたい」
騎士が、コニアテス卿が提示した紙切れを確認する。
「通られよ。我らは取次のためお先に失礼する」
そう言い置くと、騎士たちは一斉に砦に向かって走っていった。
「随分物々しいな」
「ここは既に前線ですからね。御覧なさい、あちらに我らがエピルス王国軍が既に集結しております。ここからは見えませんが、人間族のカレドニア王国軍も着陣しておると聞きます。おっつけ他の3王国の軍も到着するでしょう」
「そうか……」




