米を食え
「……申し訳ありませんでした」
女王が頭を下げる。側に控えるヴィキ王女もばつが悪そうに視線を逸らす。
ユウヤは謁見の間にいた。『試練の迷宮』報告のためである。
「まさか、ユウヤ様を攻撃するとは……このバカ娘は」
「まぁ……ゾンビがあれだけの数いれば、王女殿下がパニックになるのもやむを得ないかと。私から見ても、非常に悍ましい光景でしたので」
「4階でも体調を崩して、荷物のように運ばれただけとも聞きました。報告を受けても、今一つ状況がが分からなかったのですが」
「推測になりますが、4階は生命力を吸い取っていく通路だったのだろうと思います。失礼ながらお体の小さい王女殿下とは相性が最悪の仕掛けだったので、やむを得ないかと。それに、1階から3階までは、1階の最初はともかく、ちゃんと活躍しておいででした。いい経験になったと思いますよ」
「そうおっしゃっていただけると救われます。……いずれにせよ、大変ご苦労様でした。魔人の国カネム・ボルヌへ出立の準備が整うまで、ゆっくりとしていただきたいのですが……実は折り入ってお願いしたいことがありまして……」
「はぁ」
「ユウヤ様は、米の料理ができると伺いました」
「えぇ、まぁ」
「是非、それをお願いしたいのです。我が国では小麦の栽培に向いた土地が少なく、やむを得ず米を作っているところが多いのですが……好んで食べると言うものはおらず、正直な所……市場価値が殆どないのです。それゆえ、我が国は6国の中でも、その、必ずしも経済的に豊かとは言えず……」
「米が美味しく食べられるのであれば、その状況を変えられる、と」
「はい。これは食文化どうこう以前に、我が国の国力に関わることで、非常に重大なことなのです」
「わかりました。お口に合うかどうかは存じませんが、少なくとも先日いただいたものよりは数段マシなものが作れると思います」
「作っていただく際に、何人か見学させることもお願いできますか? その分追加でお支払いは致しますので」
「もちろん結構です」
次の日、ユウヤの姿は城内の厨房にあった。
テーブルの周りには王宮料理人だけではなく、役人らしき者が10人近く陣取っている。米を主に栽培している地方出身の者を集めたとのことであった。それだけに皆、真剣そのものの眼差しをしている。
「どうせなら見るだけじゃなく、実際にやってみては? 」
『造形』で籾摺臼を人数分作り、皆に回す。
「まずは籾摺りからだな。これは米から籾殻、つまり皮を外す作業だ。これをやらない米は食えたもんじゃない。ちなみに、籾摺りをした米は長期保管に向かなくなるから注意してくれ」
ユウヤは籾摺臼に籾を入れ、取っ手をぐるぐると廻していくと、玄米と籾殻が臼の隙間からパラパラとこぼれていく。
他の皆も、見よう見まねで籾摺りを始めた。
籾摺臼からこぼれた物をまとめたら、団扇で煽いで軽い籾殻を飛ばし、玄米だけを残す。
「この『玄米』の状態でも食べられるけど、『精米』をした方が扱いやすくなるから、今日は精米をする。精米っていうのは、玄米のここ、『ぬか』という部分をとる作業だ。ただ、精米した米ばかり食べると健康に悪いから、肉とかキャベツとかと一緒に食べるようにした方がいい。ミカンとかでももいいし」
ユウヤは『造形』で作った小さ目の臼に玄米を入れて、杵で突き始める。
「力を入れすぎて米粒自体を砕かないようにな」
時間をかけて米をついていく。皆がテーブルを囲んで黙って米をついている様子は一種異様である。
結構な時間はかかったが、一応は白米と言えるものが出来上がった。皆の作った白米を一か所に集める。
「これが白米だ。ここまでやって、始めて料理に使えると思ってくれ。ここからの料理はこちらでやるから、今回は見ててくれ」
(さて、何を作るか……試食だし、一品当たりの量は少なめにして……白ご飯は基本だから当然作るとして、おにぎりに、炊き込みご飯、後はパエリアくらいにしとくか)
『造形』で今度は羽釜と平底の薄いフライパンを作る。
洗って水に浸した白米を羽釜に入れて火にかける。別の羽釜には、魚と何種類かの野菜を切って入れ、魚醤などの調味料を幾つか入れて火にかける。
(次はパエリア、と)
フライパンでみじん切りにした野菜を炒めた上で、潰したトマトを投入して煮詰めていく。
ある程度に詰まったら魚介を追加で入れ、煮立ったら煮汁以外を一旦取り出す。
米を投入し、しばらく強火で煮汁を飛ばしたら、先ほど取り出した野菜や魚介をフライパンに戻し、絞ったレモンを廻しかける。
(ご飯もそろそろだな)
羽釜の方の火を止め、暫く蒸らした後、白ご飯の一部を、塩をつけた手で握っておにぎりにする。
後は全てよそって完成。漬物は存在するとのことだったので、味を見てみると、悪くはなかったので白ご飯に添えておく。
「これで出来上がり、だ。食べてみてくれ。炊き込みご飯とパエリアはいろんな食材で試してみるといい。あと、おにぎりも具を中に仕込んだり、炊き込みご飯で作ったりする手がある」
その場の料理人や役人に言いおいて、盆を抱えた召使と共に王女のもとに向かう。
「何品かありますね」
「米の普及には品数があった方がよろしいかと。一番端の白ご飯は、他の食べ物と交互に食べるものと思ってください。小麦でいうパンみたいなものです。隣のおにぎりは、そのまま手でとって食べていただければ」
「そうですか。ではいただきましょう」
女王、ヴィキ王女、宮廷料理長、ユウヤの4人は食べ始める。女王は優雅な手つきで白ご飯を一口に入れ、ゆっくりと咀嚼する。
「あら」
と少し顔をほころばせて、付け合わせの漬物を食む。それからはご機嫌な表情のまま、他の物にも手を伸ばしていった。
ヴィキ王女はスプーンですくった炊き込みご飯を暫く胡散臭そうに眺めていたが、意を決したように口に放り込み、暫く咀嚼し他かと思うと目を丸くする。その後はわき目も振らずにがっつき始めた。
(あーあー、がっついちゃって。ほっぺたに米粒ついてるぞ。本当にこいつは……)
宮廷料理長はそれぞれの料理を、ゆっくりと、何かを確かめるように咀嚼する。その合間に、「……これは」「なるほど」などと唸るような声が混じる。
その目つきはまるで何かの勝負のように、真剣そのものだ。
「おかわり! 」
ヴィキ王女が声を上げる。皿は既にすべて空になっていた。
「しばらくお待ちください」
侍女が慌てて部屋を出ていったが、暫くして戻ってくると、
「申し訳ありません。残りは料理人たちが全て……」
「えぇぇぇぇ!! 」
泣きそうな顔をするヴィキ王女。
「レシピは伝えてあるんで、いつでも食べられますよ」
ヴィキ王女がむくれている間に、全員が食べ終わった。
「素晴らしかったですわ」
女王はこの上なくご機嫌そうに続ける。
「お願いしておいて何ですが、まさか米をここまで美味しくいただけるとは思っておりませんでした」
「お粗末様でした」
「ところで、今回の料理に使った米はいつもの物と大分違うように感じたのですけれど」
「米の籾殻、つまり周りの皮に当たる部分を取り除いております。この作業、精米というのですが、これが米を料理する際の最大の肝で、これをやらないと、まともに米を食べることはできません。例えば、ミカンを皮ごと食べるようなものです」
「この小さな粒の一つ一つから皮を除去するのですか? それは大変な手間なのでは」
宮廷料理長が口を挟む。
「確かに一手間かかりますが、まとめて除去する方法を教えていただきましたので、そこまで問題ではないかと。また、工夫すれば器械化なども可能かと存じます」
「それは是非進める必要がありますわね。ユウヤ様、お礼を申し上げます。時間はかかるかもしれませんが、これなら米の価値は間違いなく上げられます」
「炊き込みご飯とパエリアは一例でして、具材と調味料次第で色々な味を出せます。差し出口かもしれませんが、コンクールなどやってみてはいかがでしょうか? 」
「コンクール? 」
「今日のレシピを伝えたうえで、例えば各地方ごとに、独自の具材や調味料を使った料理を作らせるのです。それを一堂に会した席で試食し、優秀者には表彰なり賞金や商品を与える、と。米料理の普及促進に一役買うかと思うのですが。料理をする際に、米の産地のお役人もおられたことですし」
女王は両手を合わせる。
「素晴らしいですわ! そのアイディア、ありがたく使わせていただきます。……もちろん、魔界の眷属の打倒が成った後のことにはなりますが……」
こうしてユウヤはまたしても臨時収入を得たのであった。しかも今回は、『国力に直接かかわること』というだけあって、それまでに比べても莫大な額であった。




