『生命力の試練』 1
次の日、ユウヤとヴィキ王女は『試練の迷宮』の入り口の前に立っていた。
「さぁーてっと、さっさと終わらせましょ。米を美味しく食べさせてくれるって約束だし。ホントにそんな料理ができれば、だけど」
(吞気なもんだな。少なくともそれなりには危険なんだけど、大丈夫かな)
ヴィキ王女が扉を開き、迷宮の中に入る。既に見慣れた光景だ。
「地下一階は、部屋が一つだけで……」
「入ってみりゃわかるでしょ」
人の話も聞かずに、さっさと部屋の入口まで飛んでいったヴィキ王女はそのまま部屋に入る。
「ちょっと待て!! 」
あわててユウヤも後を追って部屋に入ると、ヴィキ王女が固まっている。
「あ、あれ……あわわわわ」
震える手で、ヴィキ王女が前方を指さす。
そこには、大量の人間、いや元人間が蠢いていた。
目玉がない者、体の一部の骨が露出している者、頭が半分ない者、内臓が腹から飛び出している者など、大部分の者は体に何らかの欠損があり、赤黒い乾いた血液が傷口にこびりついている。
そうでない者も赤黒い肌、崩れた顔など、体が腐敗していることは明らかだ。
吐きそうになるほどの凄まじい腐敗臭が立ち込めていた。
「ゾンビか」
肉体が腐敗しているせいか、動きは遅いながらも、ゾンビたちは不気味な呻き声を上げながらこちらに向かってくる。
(ちょっと刺激が強いみたいだな。こっちで片づけるか)
ユウヤは固まっているヴィキ王女を庇うように前に立つ。
「『聖だ……』がっ!? 」
突然後ろから強い衝撃を受け、ユウヤは前のめりに倒れた。
(痛ってぇ!? ……後ろから!? 何だ? 挟み撃ちか? )
ユウヤははっと後ろを見る。
「おい!? 」
そこにあったのは、ひきつった顔をして四方八方に『聖弾』を乱射する、ヴィキ王女の姿だった。
「来ないで! 来ないで! 来ないでぇ!! 」
絶叫しながら『聖弾』をむやみやたらに乱射し続けるヴィキ王女だが、目をつぶって撃った魔法が命中するはずもなく、その殆どが明後日の方向に飛んでいく。
「ちょっと、落ち着け!! 」
横に回り込んだユウヤが頭に拳骨を落とすと、ヴィキ王女はやっと我に返った。
「ユウヤ、あ、あれ……」
「とにかく一旦落ち着け。ゾンビの動きは遅いし、それほど危険じゃない。ここは俺がやる。頼むからおとなしくしててくれ」
ユウヤは「『聖弾』」を撃ち始めると、ゾンビは一体また一体と数を減らし始めたが、ゾンビの数は余りにも多く、また怯むといったこともないため、少しずつユウヤ達との間合いは詰まっていく。
(これは拙いな……間合いを詰めて剣で戦うか? いや間合いを詰めるとヴィキが危険か。そもそもこいつらと接近戦なんかやりたくないな。臭いし、病気をもらっても困るしな……『聖弾』の威力を上げて、範囲攻撃にでもするか……それともいっそ、アグラヴェインの効果で……)
などとユウヤが考えていると後ろから声がした。
「『浄化』!! 」
その瞬間、眩い光る靄のようなものが目の前に広がり、その靄に包まれた10体ほどのゾンビが溶けるように崩壊し、消えていく。
振り返ると、『浄化』を唱えたのはもちろんヴィキ王女だ。顔は引きつったままで、よく見ると小刻みに震えていたが。
「『浄化』! 『浄化』! 『浄化』! 」
ヴィキ王女が魔法を唱えるたびに、ゾンビが二桁単位で消滅していく。
(ほう。女王が言っていただけあって、魔法の連射のスピード、威力はなかなか……その分、『聖弾』は痛かったけどな。まぁ、『浄化』が有効なら……)
ユウヤもヴィキ王女の魔法と同じ程度にあわせて、『浄化』を撃ち始める。
(思い切り魔力を込めれば一発で壊滅させることもできそうだけど……せっかくやる気になってるヴィキの心を折ってもあれだしな)
それでも二人の『浄化』を合わせると、ゾンビを近づかせず倒すには十分な威力であったようで、それから10分後には数百体もいたゾンビを全滅させることができたのであった。
ユウヤの目の前にすねたような表情をしたヴィキ王女がちょこんと正座している。
「……それで、申し開きは? 」
「……だって、怖かったんだもん。気持ち悪いし、臭いし……」
「それは確かにそうだけど、だからって目をつぶって魔法を乱射しちゃ拙いってことくらいわかるだろ」
「……ごめんなさい、なの」
「除霊はしたことがあるって聞いたけど? 」
「亡霊の除霊とかはやったことあるけど、戦闘とかは、ほら、アタシお姫様だし……ゾンビなんか見たことなかったし……気持ち悪いし、臭いし……パニクっちゃって……」
ユウヤはため息をつく。
「とりあえず、まず落ち着け。それと、先走るな。人の話はちゃんと聞け。部屋の前にゾンビがいるって言おうとしたのに、聞かずに部屋に入ったからこんなことになったんだしな」
「……はぁい」
「まぁ、次から気を付けてくれりゃいいよ。……あと、陛下が言ってたけど、魔法はなかなかのものだったと思うぞ」
ヴィキ王女がパッと顔を上げる。
「ホント? 」
「『聖弾』結構痛かったしな」
「う……」
「まぁいいや。魔法の能力が高いのはわかったし、今後はアテにさせてもらうさ。いい経験になっただろ」
「うんっ!! 」
地下2階。
いつもの石壁の通路や部屋といった造りではなく、曲がりくねった広大な洞窟になっていた。
『探索』で探ってみたところ、かなりの距離がある。所々に魔物もいるようだ。
天井からは幾つもの石筍が垂れ下がっており、その先からは時折ぽたぽたと水が落ちている。左側にはかなり大きい池があった。
「何か変わった洞窟ね。あれ、何かな」
見ると、視界の右奥の方に石でできた棚田のようなものが見える。
「……これは、鍾乳洞だな」
「鍾乳洞? 」
「水に溶けた石灰岩が何百年とか何千年とかかけて少しずつ降り積もって、こういう特殊な地形になるんだ。……ただ」
「ただ? 」
「普通の鍾乳洞は、石灰石でできてるから、白いはずなんだよな」
「確かに、紫とか赤っぽい色とか……なんか毒々しい色してる」
「この階がどういう仕掛けになってるかわからないし、注意して進んだ方がよさそうだな」
洞窟を進み始めた二人だが、5分もすると見た目以上に歩きづらいことがわかった。
ちゃんとした道があるわけでもなく、段差がかなりあるところも多い。
それに加えて、洞窟全体が石灰を含んだ水で濡れているため、非常に滑りやすくなっていた。
(そう言えば、あれがあったな)
ユウヤはアーティファクトのうち、パーシヴァルに魔力を込めると、その特殊効果により、滑らずに歩くことができるようになった。
ヴィキ王女は最初から空中に浮かんで移動しているので、全く問題はなさそうだ。
「そんな小さい翼でよく飛べるな。しかも人が歩くくらいのゆっくりした速さで」
「ん? 天使族が飛べるのは、羽に『飛翔』の魔法が掛かってるからだよ? 」
「そうなのか? 」
「うん、鳥と一緒にしないでよ。もっとも、鳥みたいに速くは飛べないんだけど」
(そういえば、街中でそんなに早く飛んでる人はいなかったな。……ん? )
見ると、ヴィキ王女の息が少し荒い。
「なんか疲れてないか? 少し休憩をいれるか? 」
「そんなに疲れるようなことはしてないんだけど……確かに少し体がだるいかも……」
「地下1階で大分魔法を使ったからじゃないか? 」
「あの程度じゃ疲れないはずなんだけど……」
そう話している間にも、ヴィキ王女の息は少しずつ荒くなっていく。
微かにではあるが、ユウヤ自身も体にだる気を覚え始めていた。
(これは……何かあるな。この階の『仕掛け』ってことか? ……どういう仕掛けだ? ……考えろ……待てよ? この鍾乳洞の色……この迷宮は聖属性の国にある……となると……試してみるか)
「『浄化』」
ユウヤはヴィキ王女に「『浄化』」の魔法をかけると、荒い息をしていたのがほどなくして収まった。
二人の周りの地面が白く変色している。
「……どうだ? 」
「……何か楽になったかも。何で? 」
ユウヤは自分にも「『浄化』」をかけると、
「毒だな。多分この鍾乳洞、ただの石灰じゃなくて毒が混ざってるんだろうと思う」
「ってことは」
ヴィキ王女は自分に「『治癒』」をかけると、
「確かに、体調がよくなった。てことは、毒で体力が減ってたってことで間違いないね。じゃーあー、今から『浄化』の魔法を使いながら進まなきゃいけないってこと? あとどれくらい進まなきゃいけないの? 魔力にも限りがあるんだけど」
「あと10kmほどだな。『浄化』は俺が使い続ける。魔力的には問題ない」
「マジ!? 天使族で指折りの魔力があるアタシでも厳しいのに」
それからは、ユウヤが『浄化』を使いながら進んでいくことにした。
蝙蝠や山椒魚が巨大化したような魔物が度々襲いかかってきたが、『探索』でユウヤが事前に位置を察知し、ヴィキ王女が魔法で倒していく。
(やっぱり魔法の腕は大したものだな。パニクることもなくなってきたし、さっきの経験が生きてるな)
何か所かあった地底湖や小規模な滝の水も有毒かもしれないため迂回したり、念のため『浄化』や『治癒』を時折自分たちに使ったりしたため、かなりの時間がかかったが、それでも二人はようやく最奥部までたどり着いた。
「行き止まりじゃない」
「いや、この奥に下に続く階段があるはずなんだが……」
最奥部は、数十mもある絶壁が立ちはだかっているきりであった。絶壁の上の方は暗くなっており、よく見えない。
『探索』で調べた限りでは、壁の奥に地下3階への階段があるはずなのだが。
「……ひょっとしてさぁ、この壁の上に階段があるとかじゃない? 」
「そうかもな」
「アタシちょっと見に行ってくる」
上昇し始めたヴィキ王女を、ユウヤは慌てて止める。
「先走るなって言っただろ」
「う……でも、どうすんの? 空飛べないと確認できないでしょ? 」
ユウヤは『飛翔』を使い、ヴィキ王女のそばまで上昇する。
「アンタ……『飛翔』なんて使えるの? 始めて見たわ」
「天使族に言われてもなぁ……まぁいいや。行こうか」
二人は天井近くまで飛ぶと、はたして崖の頂上はに小さな空間があり、下に続く階段が設置されていた。




