『生命力の試練』への旅
道中、馬車の中でもエールを呑んでいるのはドワーフ族ならではであろう。城を出発して以来、国境を超えた現在に至るまで、クリューガーはずっと呑み続けている。ユウヤも決して嫌いではないので、問題はないのだが。
「それにしても、ユウヤ殿はイケる口ですのう。人間族とは思えん」
「まぁね。で、話の続きなんだけど」
「おおそうじゃ。天使族ってのは背中に一対の羽があって、何処の国でも神殿なんかで見かけるってとこまでは話しましたかの。神殿によくいるのは、天使族自体が魔法が得意で、魔力も多い上に、聖属性の魔法が得意な者が多いからですじゃ。やっぱり神殿には『治癒』なり『浄化』なりを使える者がいないと話になりませんからのう。魔法ってだけなら魔族の方が上なんじゃが、魔族にとって聖魔法は対立属性じゃから、なかなか使える者はおらんですからのう」
「なるほど。他には? 身体能力とか」
「正直、身体能力はあまり高くありませんなぁ。儂らドワーフ族程ではなくてもどちらかというと小柄じゃし、体格も華奢じゃし。空を飛べるといっても、他種族が走れば追いつんこともない速さしかありませんしのう。あぁ、小柄で思い出した。天使族は珍しい特徴が一つありましての」
クリューガーは空になったジョッキに酒を注ぐと、一気に呷る。
「どんな特徴だ? 」
「体が成長する程度が個人によってまちまちということですじゃ。例えば人間族なら二十歳くらいまでは体が成長するわけじゃが、天使族は成人まで体が成長する者もおれば、かなり幼い時期に成長が止まってしまう者もおるのですじゃ」
「そりゃ確かに変わってるな」
「お、そろそろ首都ヴェルギナが見えてくるころですじゃな。酒はこれくらいにしときますか」
窓から外を見ると、はるか遠くに白い塔のようなものがいくつか見える。
「まだ相当距離はあるんですがの。天使族は空を飛べますんで、都市みたいな人口の多い所では部屋を上に上に積み重ねて、家や建物を建て増すんですじゃ。で、ああいった高い塔みたいな建物が幾つもできる、というわけですな。だだの集落にはあんな塔はありませんがの」
近づくにつれてユウヤにもわかってきたが、はるか遠くに見えていた建物は、何十本もの塔の先端だった。
どの塔も、太さは違うものの、丸い玉が積み重なったような形をしている。
「そういえば、国境からこっちにあった建物は、どれも白くて丸かったな。積み重ねたらああいう塔になるってことか。それにしても、倒れたりしないのか? 」
「『保護』の魔法で強化しとるのですじゃ。儂らドワーフ族程でないにしても、土属性の魔法が得意な者も多くおりますでの」
塔が見え始めた時はすぐ近くまで来ているのかと思っていたが、塔は相当に高いものだったらしく、首都ヴェルギナの門をくぐったのはそれから1日ほどたってからだった。
門を入ると、町中に高い高い塔が林立している。とは言っても、それぞれの塔が磁器のように白く光を反射しており、塔自体もある程度の間隔を空けて配置されていることもあって、地上にいても暗いというほどではない。その風景自体も相当な奇観なのだが、なんといっても圧巻だったのは住民そのものだ。
地上を歩く者も少なくはないが、空中の至る所に羽が生えた天使族が舞っている。いや舞踏をしているわけではないのだが、空中を様々な方向に飛んでいく者、空中で静止したまま話に興じる者、塔の高層にある店を物色する者、空中で籠を持って物を売る者など、無数の人々が思い思いに天使族ならではの三次元の動きを見せる様は、そこら辺の舞踏など相手にならないほどの斬新な光景であった。
「すごい光景だな」
「まぁ、儂ら他種族にとっては、何をするにも不自由な街ですがの」
そんな光景を愛でつつ、一行はようやく王城にたどり着いたのであった。
「クリューガー殿、神より遣わされし使徒殿の護衛任務、大儀でした」
「ねぎらいのお言葉ありがたく存じます、女王陛下。して、こちら例のユウヤ殿でございます」
「ユウヤ殿、ヴェルギナへようこそ。私はアルテミシア。エピルス王国の女王です。今後よしなに」
「よろしくお願いいたします」
「長旅でお疲れでしょう。城内の一角を用意してありますので、旅塵を払い、暫くは英気を養った上で、『試練の迷宮』に挑むとよいでしょう」
「ありがとうございます」
「『試練の迷宮』の見届け人ですが、こちらのヴィキ王女が担当いたします」
女王の傍らに控えていた、純白のドレスを纏った天使族が行儀よく一礼をする。
(ちょっと待て)
身長はドワーフ程度、体も手足も華奢で凹凸がなく、若干釣り目気味の大きい目の上にはツンツンした金色の短髪、何処をとっても女性というよりは、明らかに子供である。
「陛下……大変無礼で申し上げにくいのですが……『試練の迷宮』の探索にはかなりの危険が伴います。自分の力の限りお守りはいたしますが……」
ヴィキ王女が頬を膨らませる。女王はクスクスと笑いながら、
「何をおっしゃりたいかはわかりました。ヴィキはこれでも成人しておりますのよ。天使族は成長度合いが個人によってまちまちですので……」
(あ……そういえば、クリューガーがそんな話をしてたな)
「それは大変失礼いたしました。お詫びいたします」
「ヴィキは武器は護身程度にしか扱えませんが、こう見えて聖魔法は第6階梯まで使えますし、魔力はエピルス王国中でも指折りに高いのですよ。除霊の経験はそこそこございます。まぁ、成人したてなので経験不足は否めないのですが、今後のために経験を積ませたいということもあって、抜擢することにいたしました。それに……ユウヤ殿が守ってくださるのでしょう? 他国での活躍は伺っておりますよ。剣も魔法も規格外なまでのお力をお持ちであると」
「それはその……わかりました。よろしくお願いいたします」
『試練の迷宮』への道すがら。
ユウヤは思い切りげんなりしていた。出発して3時間も経とうというのに、ヴィキ王女のおしゃべりが止まらない。それも狭い馬車の中を器用に飛び回りながらである。
(あーうっとうしい。やっぱ最初の子供扱いがまずかったかな)
「……だからぁ、そういうことで、このヴィキ様ほど魔法の才能に満ち溢れた天才はそういないってのっ。宮廷魔導士だって目じゃないんだから。アタシが『試練の迷宮』でビシーっと決めるんだからね。ユウヤ、アンタは私の後をついてくればいいのっ」
「……はいはい」
最初の数時間は辛抱強く相手していたが、段々言葉遣いも含めて対応がぞんざいになっていたユウヤであった。
その時、轍にはまったのか、ガタンという大きな音とともに馬車が大きく縦に揺れ、宙に浮いていたヴィキ王女はしたたかに頭を天井に打ち付け、反動で席に落ちる。
「……!! ううう……」
頭だけでなく口も抑えている。どうやら舌を噛んだらしい。
(ちょっとかわいそうではあるけど……やっと静かになった)
ユウヤはふと窓の方に目をそらす。
抜けるような、雲一つない快晴だ。道のそばは一面の水田になっており、青々とした、垂れるにはまだ当分かかりそうな稲穂がびっしりと植わっている。水田の端では湛えられた水が太陽の光を浴びてキラキラと光っている。
(のどかだなぁ。こんな風景も前世の、それもガキの頃ぶりだな……なつかしい……ん? 水田……? ちょっと待て、水田!? )
「ちょっと馬車を止めてくれ」
馬車から転がり落ちるように降りたユウヤは、稲穂を手に取る。
(間違いない、米だ……それも、タイ米とかじゃなくて短粒種)
いぶかしげな表情で馬車から降りてきたヴィキ王女。
「ユウヤ、どうしたの? 米なんか見て」
「これ、米だよな……あるのか、米」
ヴィキ王女は意外そうな顔をする。
「よく米なんか知ってるわね」
「前世では主食だったからな」
「えぇ……アンタの前いた世界って、相当食糧事情が悪かったのねぇ。それとも……前世では貧民だったとか? 」
「え? ……何でだ? 」
「米って不味いじゃない」
「は? そんなに味がするもんじゃないけど、別に不味くはないだろう? 」
「味はともかくとして、食感がね……あんなモソモソというか、パサパサというか」
「え? ……そんなことはないと思うが……ひょっとして、俺が知ってる米と違うのか? 」
「そんなのわかんないわよ。そうだ! 『試練の迷宮』についたら一泊する予定だったわね? 夕食に米を出すように言っといてあげるわよ。私はいらないけど」
「是非頼むよ」
二人は馬車に戻る。
「こっちでは米をどうやって食べるんだ? 」
「水で煮て、お粥にして食べるらしいわね。国全体でも南の方は小麦が育ちにくいらしくて……代わりにしょうがなく作ってる感じ。美味しくないし、値も付かないから税収も上がらないしでいいとこないんだけど、それでも作らなきゃ、このあたりの民は食べていけないし……」
「そうなのか……」
(粥にしてモソモソ、パサパサ? そんなわけは……見た目と名前が同じでも、実は違う作物とかいうオチか? でも今まではそんなことはなかったよな……うーん……まぁ、夕食で出してくれるって話だし、そん時わかるだろ)
そんなことを考えるうち、一行は『試練の迷宮』に近づいていくのであった。
「……何じゃこりゃあ……」
夕食の席で出されたものを一目見て、愕然としたユウヤが頭を抱える。
「何って、米食べたいって言ってたじゃない」
「いやまぁ……確かにそうなんだけどな」
ユウヤに出されたのは、米の粥……ではあるのだろうが、それはユウヤの想像のはるか斜め上の代物だ。何せ、全体が黄土色だ。
(なるほど、こう来たか……そりゃあ不味いわな。いくら何でも脱穀すらしてないとは思わなかった……)
米粒は籾が付いたままであり、粥の表面にも籾殻のかけらが無数に浮かんでいる。とてもじゃないが食えたものではない。
とは言っても、出されたものを残すようなことはしたくないので、全く食欲をそそらない黄土色のそれを、ユウヤはなんとか我慢して口に放り込み、大量の水で流し込んだ。
「ほら、不味かったでしょ? 」
ヴィキ王女がニヤニヤ顔で聞いてきた。
「ああ。米の使い方に問題がありすぎる」
「ふーん、負け惜しみ? 米を美味しく食べる方法があるみたいな言い方じゃない」
「方法はあるぞ。少なくとも今の粥よりは何百倍もマシだ」
「へぇー、そんな方法があるんなら、ウチの国もとっても助かるんだけど。ホントにあるなら、ね」
「作ってやるよ。『試練の迷宮』を突破したら、な」




